マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第30話

 

 

 

「携帯を、忘れてしまいました……」

 

 武内Pがスーツのポケットを叩いた時、すでに神社が見えていた。周りを歩く人達の半分は和装で、さらに半分はカップルだった。慣れない下駄をカラコロ鳴らし、楽しそうに笑っている。

 

「まあ、どのみちすぐに使えなくなるからいいんじゃない? ほら、年があけたら明けおめメールで」

 

 李衣菜の指摘はもっともで、ハッピーニューイヤーな神社において携帯は高性能な電卓に成り下がる。

 

「では、はぐれないように気をつけてください」

 

「はい……」

 

 武内Pの言葉を待っていたのかもしれない。そのくらい、まゆの動きは速かった。

 

「まゆちゃん、大胆にゃ……」

 

 猫口をひきつらせるみくの視線をたどるとそこに恋人がいた。恋人にしか見えなかった。

 

「だって、はぐれたら大変ですから……」

 

 免罪符を強調しながらまゆは武内Pの腕をぎゅっと掴む。間接をきめようと狙っているかのようにしっかり掴んでいる。

 

 ごおん……。

 

 除夜の鐘が始まった。それが煩悩を打ち消すなんて絶対に嘘だと伊華雌(いけめん)は思う。だってまゆは煩悩のままに武内Pの腕をつかんでいるし、それを見ていると煩悩が活性化してよからぬ妄想が大量生産されてしまうし!

 

「みく、わたあめ食べたい!」

 

 みくが空いてる方の手を引いて、武内Pと屋台の親父を引き合わせた。普段は土木工事の現場監督でもやってそうなヒゲの親父が顔中クシャクシャにして笑う。武内Pもぎこちなく笑う。

 

「ねーねー、Pチャンお願いっ! わたあめおねだりにゃっ♪」

 

 ――この屋台にあるわたあめ全部持ってこい!

 

 興奮に任せて叫びたくなるほどみくのおねだりは伊華雌の心を貫いた。やっぱり除夜の鐘は無力だと思った。

 

「わたあめが欲しいなんて、みくちゃんはコドモだなー」

 

 わたあめをむぐむぐしているみくの目付きが鋭くなる。お気に入りの駄菓子をけなされて怒る小学生みたいな顔で――

 

「じゃあ、大人な李衣菜ちゃんは何を頼むのか、見本をみせるにゃ!」

 

 李衣菜は馬の手綱を引くように武内Pの手を引いて、目当ての屋台に歩かせて――

 

「プロデューサー。りんご飴一つおごってよ♪」

 

「全然大人じゃないにゃぁぁああ――ッ!」

 

 猫口をかっ(ぴら)いていきり立つみくをよそに、李衣菜は買ってもらったりんご飴をぺろっとなめて――

 

「自分が大人って思ったら、それが大人なんだよ♪」

 

 さすがに無茶苦茶な理屈だと思ったが、なんかもう、理屈とかどうでもよかった。それぞれ青とピンクの着物を着付けたみくと李衣菜が、お祭りの雰囲気をみせる神社の境内でわたあめとりんご飴を振り回しながらじゃれている。

 

 理屈なんてどうでもいい。

 理屈なんて必要ない。

 

 音楽が国境をこえるように、二人の可愛さを理解するために小難しい理屈は必要ない。心震わせる絵画を鑑賞するように、無心で鑑賞すればいい。そして除夜の鐘よ黙れと言わんばかりに、煩悩のおもむくままに――

 

〝アスタリスク可愛いんじゃぁぁああ――ッ!〟

 

 伊華雌がみく李衣菜に心を奪われている一方で、武内Pはもはや嫁の風格を持って腕を掴んでいるまゆに――

 

「佐久間さんは、何か食べたいものはありませんか?」

 

 うーん、そうですねー。まゆは細い人指し指をくるくると迷わせてから――

 

「まゆ、あれがいいです……」

 

 佐久間まゆのリクエストに伊華雌は戦慄する。

 

 いやそれ、まずいだろ……。まずくないけどまずいだろ! だって、想像しただけで煩悩が暴走で妄想が初日の出暴走なんですけど!

 

 動揺していたのは伊華雌だけだった。武内Pもアイドルもことの重大さに気付いていない。だから忠告してやめさせることは出来ない。

 

 だって、別にまずいことではないのだ。

 至って健全な行為なのだ。

 

 ただ――

 

 紳士フィルターを通してしまうと新世界が見えてしまうだけで、だから誰も悪くないんだけど、悪いのは紳士な自分であるから何も言えないんだけど、でも俺はどうすればいいんだぁぁああ――!

 

 伊華雌が神の前で髪をかきむしりながら葛藤する信者の気持ちになっているとは露知らず、武内Pは注文する。

 

「チョコバナナ一つください」

 

 チョコバナナ! これがいかに厄介な代物であるか、紳士であれば説明は不要である。

 平然とチョコバナナを佐久間まゆに渡している時点で武内Pの爵位は低い。いいなー、とか言いながら欲しがっているみくと李衣菜も当然ながら爵位など無い。武内Pがその手の事象に疎いとまゆは知っているはずだから、狙って注文した可能性もゼロだろう。

 

 つまりこの場には平民しかいない。

 ただひとり伊華雌だけが紳士な視線を有しており、そして一人苦悩する。

 

 絶対にバナナにモザイクをかけるな。絶対にバナナにモザイクをかけるな。絶対に――

 

 頭の中で繰り返して紳士な自分を抑え込む。除夜の鐘にもっと働けと激をとばす。それでも伊華雌の煩悩は屈強で、油断するとよからぬ妄想が――

 

 まゆがぱくっとバナナをくわえた。

 

 一瞬だけ、伊華雌は紳士になってしまった。

 

 一体、誰が発見したのか? それを初めて目撃したとき、伊華雌は名もなき天才の偉業に心を動かされた。

 

 まさか、チョコバナナにモザイクをかけるだけで、こんなにエロくなるなんて……ッ!

 

 錯視、というほど立派なものでなない。無限の想像力をかきたてるコラ画像である。モザイクのかかっているモノをくわえているという構図がアダルティーなDVDのそれと一致して脳が混乱してしまうのだ。

 

 くそ……、除夜の鐘もっと仕事しやがれ!

 

 チョコバナナを食べるまゆによからぬフィルターをかけまいと闘う伊華雌に愛想を尽かせたのだろうか、除夜の鐘が聞こえてこない。煩悩を爆発させる自分に恐れをなして職務を放棄したのかと思ったが――

 

 そうではなかった。

 

 境内に携帯の着信をしらせるメロディがこだました。そのメールの件名を予想するのにサイキックは必要ない。それをもらった経験はないが知識として知っている。

 

 ――この国には、年が明けると同時に明けおめメールを送る習慣があるのだ。

 

「明けましておめでとうにゃ!」

「あけおめっ♪」

「明けまして、おめでとうございます……」

 

 武内Pは、律儀に頭をさげて――

 

「明けまして、おめでとうございます」

 

 そして伊華雌は、猛烈な自己嫌悪に陥っていた。チョコバナナまゆによからぬ妄想を爆裂(ばくれつ)させながら年を越すとか、紳士にもほどがあるだろう……。

 

「初詣するにゃっ!」

「あっ、ちょっと待ってよ」

 

 みくと李衣菜が駆け出した。武内Pの腕をつかんだまゆが、恋人にしか見えない足取りで歩きだした。

 参拝客が新しい年の始まりに片っ端から浮かれる中で、伊華雌は自己嫌悪に沈んでいた。

 

 全部、チョコバナナが悪いのだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 パンパン。

 

 二回手を叩き、神様にお願いをする。

 

「ずっと、プロデューサーさんと一緒にいられますように……」

 

 隣で神妙な顔をしていたみくが、神様に聞こえないように声をひそめて――

 

「まゆちゃん、口に出しちゃだめにゃ。誰にも知られないようにしないとお願いかなえてもらえないにゃ」

 

 まゆはめげない。それならばと、いまだに右手をつかんでいる武内Pをじいっと見つめて――

 

「じゃあ、プロデューサーさんがお願いしてください。ずっと、まゆと一緒にいられるようにって……」

 

 なんかもう、神の力なんてまゆには必要ない気がした。神頼みなんてしなくても十分べったりである。これにゴッドパワーが加算されたらあとはもう合体するしかない。……いや、やらしい意味じゃなくてね! いや、ほんとに、ほんとに……ッ!

 

 神様の前で紳士であることを否定する伊華雌であるが、今さら焼け石に水であると思った。バカが死んでも治らないように、紳士も死んでも治らない。じゃあ開き直って治さない。

 そして神様にお願いする。きっと武内Pがやっているであろうお願いにさらなる効力を追加するべく強く願う。

 

 ――アイドル達がいい笑顔でありますように!

 

 マイクになる前と今とで、一番変わったのはアイドルに対する考え方であると思う。以前は純粋に崇め(たてまつ)る対象であったが、今は身内というか、親戚や家族のように考えてしまっている。

 だからこそ、笑顔になってほしいと思う。

 芸能界という、激戦区の地雷原みたいな場所を走り抜けて、それでも笑顔でいてもらいたいと願うのはもはや横暴かもしれない。だけど、だからこそ、その笑顔には何物にも変えがたい価値がある。

 

「みく、甘酒飲みたい! 甘酒おねだりにゃ!」

 

 そんなことを言うみくにゃんには甘酒を樽でプレゼントしたい!

 

「ちょっとお腹すいちゃったな。ねえ、たこ焼きおごってよ♪」

 

 よし、李衣菜ちゃんにはたこ焼きを屋台ごと買ってやらぁっ!

 

「まゆ、何だかぼーとしてきちゃいました……」

 

 甘酒で酔っちゃう子供なまゆちゃんにはチョコバナナをもう一本――って、だからチョコバナナはダメだっつってんだろぉぉおお――ッ!

 

 一人で盛り上がる伊華雌はさておき、武内Pも担当アイドルとの初詣を楽しんでいるようだった。屋台でおねだりをされた時は愛娘(まなむすめ)にたかられるお父さんみたいに嬉しそうな顔をしているし、いつもより口数が多い気がする。

 そんな武内Pに、さらなる喜びが追加される。

 

「プロデューサーさん、首が寒そうですね……」

 

 帰り始める人の波に乗って歩き、神社の石畳がアスファルトに変わった時にまゆが立ち止まった。巾着袋をごそごそやって――

 

「これで、暖かいですよ……」

 

 真っ赤なマフラーだった。それはただの赤ではない。まゆと運命の人を結ぶ、運命の赤い糸によって紡がれし運命のマフラーである。

 

「素敵なクリスマスプレゼントのおかえしです。手編みなんです……」

 

 佐久間まゆの手編みマフラー……ッ! それがどれほどの価値をもつのか、想像しただけで気が遠くなる。試しにヤフオクにだしてみなさいよ! 過去最高の取引金額叩き出すから!

 

「じゃあ、みくも……。Pチャン、手、出して!」

 

 武内Pの手に、見るからにキュートなネコチャン手袋がはめられた。それは可愛いすぎて武内Pにはあまり似合っていない。勇ましいブルドックに可愛いリボンが似合わないように、武内Pにキュートなアイテムは似合わない。それでも、みくは満足げに八重歯を光らせている。

 

「わたしからは、ロックでクールな――」

 

 背伸びをした李衣菜が耳当てを武内Pの耳に付けた。見るからに暖かそうなもふもふ素材のイヤーマフは、やはり武内Pに似合わない。綺麗にイルミネーションされた戦車みたいな、本人のイメージと装備品のもつ可愛らしさが致命的に噛み合っていない。それでも、李衣菜は歯を見せて笑う。

 

 ――そして、武内Pはどこまでも嬉しそうだった。

 

 きっと、何でも嬉しいのだ。〝何を〟もらったのかではなくて、〝誰に〟もらったかが大切なのだ。その気持ちが嬉しいのだ。

 

〝よく似合ってるぜ、武ちゃん!〟

 

 伊華雌は嘘をついた。優しい嘘だった。似合ってないけど、でも、似合っている。今の武内Pと担当アイドルの関係を表しているような格好だと思った。

 

 本人には悪いけど、仲の良い父親と姉妹にしか見えなくて、でも、それはプロデューサーとアイドルの関係として悪くはないと伊華雌は思った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 アイドル達を女子寮まで送った。今日は〝年越しパーティー〟と称して朝まで騒ぐと言っていた。玄関にいても楽しそうな歓声が聞こえてきた。

 

 アイドルだらけの新年会とか、定点カメラで撮影してぇぇええ――ッ!

 

 伊華雌の想いが届いたのか、みくと李衣菜が武内Pを誘ってくれた。それを辞退した武内Pに、まゆがすかさず――

 

「じゃあ、まゆのお部屋に来ますか……?」

 

 〝じゃあ〟の意味がよく分からない。パーティーに参加するよりハードルあがってますよ、まゆさん! さすがに深夜にそれはまずいですよ、まゆさん! 〝深夜のお部屋訪問〟というキーワードだけで妄想がとまらなくなるマイクもいるんですよ、まゆさんッ!

 

 武内Pはもちろんまゆの誘いも辞退してアイドル達と別れた。

 

 女子寮から独身寮まで、徒歩にして30分。それがやけに寂しかった。アイドルの足音が消えて、今は革靴の音だけで。さっきまでが賑やかだった分、寂しさが身に染みた。

 

〝何か、すっげー楽しかったなー〟

 

 伊華雌がつぶやくと、武内Pは穏やかな顔で月を見上げて――

 

「前川さんと多田さんは、屋台の好みが子供っぽくて……。佐久間さんは、本当に甘酒で酔っていたようで……」

 

 語るにつれて目の光を強くして――

 

「何だか、もっと頑張りたいと、思いました」

 

 ふと、気が付いた。チョコバナナまゆに気を取られていたばっかりに、大事な人に、大事な挨拶をするのをすっかり忘れていた。

 改まって言うのは、ちょっと恥ずかしいのだけど――

 

〝あっと、えっと……。今年もよろしく頼むぜ、武ちゃん!〟

 

「えぇ、こちらこそよろしくお願いします!」

 

 きちんと新年の挨拶をしたのなんて、初めてだった。何か、気分が良かった。人間だった頃は、今年もよろしくお願いすることもなければ、されることもなかったから……。

 

〝帰ったら新春特番チェックしないとな。結構アイドル出てくるから!〟

「346からは、高垣さんと片桐さんと川島さんが〝命燃やして話せよ乙女〟という特番を――」

〝あーあれいいよなー。酒飲みながらゲストとグダグダトークするやつ。――ってか、酒飲み過ぎだと思うんだけど、うちのお姉さま方!〟

 

 月夜を歩く一人と一本は上機嫌だった。伊華雌が人間であれば、肩を組んで笑っていたかもしれない。

 

 しかしその上機嫌も、独身寮の前に立つ人影に気づくまでのことだった。

 

 最初、心霊現象だと思った。

 だって、一般的な亡霊のイメージと一致していたから。

 

 女性で、黒髪で、ロングヘアーで。

 

 心の履歴書の〝苦手なもの〟の項目に大きく〝おばけ〟と書いてある武内Pは、足をとめて青ざめた。しかしその亡霊がスマホを操作してその明かりが顔を照らした瞬間――

 

「……渋谷さんッ!」

 

 駆け付ける武内Pを見るなり、渋谷凛は遅すぎるレスキュー隊を責める遭難者みたいな目付きで――

 

「携帯、つながらなかったから……」

 

 武内Pは手短に説明した。携帯を部屋に忘れて、そのまま神社へ向かってしまった。

 

 渋谷凛も手短に説明した。紅白に出場するLiPPSを応援するため、卯月・未央と連れだって観覧席に陣取った。無事にステージを終了させたLiPPSとプロジェクト・フェアリー。そして赤羽根Pと黒井社長が肩を並べて――

 

「あたし、その、意味がわからなくて……。卯月も未央も、どうしていいのかわからなくて、それで――」

 

「話を、聞かせてください……ッ!」

 

 月光の下、武内Pは本気の目付きで凛を見つめた。

 凛は、正しい道を教えてほしいと懇願するように――

 

「赤羽根さん、961プロに移籍するって。アイドルも一緒に……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 〝みく・李衣菜編〟終了になります。お付き合いいただき、まことにありがとうございますっ!

 次回から〝赤羽根P編〟に突入します。武パネ戦争にケリがつきます。


 プロデューサーのみなさま、今年も各担当のプロデュースお疲れ様でした。良いお年をーっ!












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