シンデレラプロジェクト。
346プロの
芸能の道を諦めてプロダクションを去ろうとするアイドルに、素敵な魔法をかけてもう一度アイドルとして輝かせてあげよう。魔女の魔法できらめき輝くシンデレラのように、プロデューサーの魔法でアイドル達をもう一度輝かせよう!
シンデレラプロジェクトに関する書類の中で、悲痛なテンションの文面が部署の趣旨を説明している。恐らくは歴代担当プロデューサーに渡されているであろうこの文章を、書いた人間は果たして正気だったのか?
真相は闇の中であるが、その不気味なテンションは武内Pと
「いわゆる〝
346プロ本社のエレベーターで地下二階に降りて、そこからさらに階段で地下三階へ向かう。配管むき出しの薄暗い非常階段は、まるで
「シンデレラプロジェクトから生還したプロデューサーは存在しないと、言われています。そして、プロデューサーの亡霊が、担当アイドルを求めてさ迷い、怪奇現象を引き起こしているという噂が……」
〝おいおい武ちゃん。
「まっ、マイクさん。こっ、怖いんですか……」
〝いっ、いやっ、別に! ってか、武ちゃんこそびびってんじゃね! さっきから俺のこと握りすぎなんですけど! 手の震えが半端ないんですけど!〟
「これはっ、その……」
カタンと、音がした。
誰もいないはずの地下室から、音が……。
伊華雌は息を呑む感覚を思い出しながら、しかし出来るだけ明るい口調で――
〝きっと、ネズミだよ! でっかいネズミの、巣になってんだよ!〟
「それはそれで、遠慮したい光景なのですが……」
武内Pは伊華雌を握りしめたままドアを睨んだ。
点滅を繰り返す蛍光灯が、古ぼけた
「いきます……」
意を決したのだろう。武内Pの喉が大きな動きを見せた。その一歩は、大きな
こつ、こつ、こつ……
革靴の音が、反響する。反響が反響を呼んで四方から音が降る。もたらされる恐怖心に
革靴の音が、反響のこだまを残して消えた。
武内Pは、ポケットから鍵をだして、鍵穴に差し込もうとして――
落とした。
拾い上げようとして、扉に頭をぶつけた。
革靴の音よりも、遥かに大きな音がした。
「誰か、いるんですか……」
聞こえてきた。
扉の向こうから。
女の声が。
言葉など出なかった。
伊華雌はマイクであることを忘れて、武内Pは人間であることを忘れて、つまり自分が何者であるかすら忘れて純粋な〝恐怖〟に全身を縛られた。
そして――
足音が、近付いてくる。
ドアノブが、回転する。
ギギィ……
緑色の、亡霊が……ッ!
「うぁぁああああああああああああああああ――――――――ッ!」
絶叫。
伊華雌の悲鳴など、軽くかきけしてお釣りがくるほどの
「きゃあ!」
その絶叫に、緑色の亡霊も悲鳴をあげる。赤いリボンのついたポニーテールの残像を残し扉の向こうへ姿を消した。
……ん? 悲鳴に、ポニーテール?
先に正気を取り戻したのは伊華雌だった。
確かに武内Pの絶叫は相当なものだった。ヒャッハー状態の星輝子を
しかし――
だからといって亡霊を蹴散らすことは出来ないだろう。亡霊なら、むしろ喜んで調子に乗るだろう。人間の悲鳴を聞いて
それに――
扉に引っ込んでいく間際に見えたあのリボン。
なんで亡霊がオシャレしてんだよおかしいだろ! 可愛くみられたくて努力しちゃうとか亡霊失格だろッ!
〝……武ちゃん。大丈夫? 息してる?〟
武内Pは、尻餅をついた体勢で荒い呼吸を繰り返していた。それは時間をかけて穏やかになり、最後に大きな吐息をついて平静を取り戻した。
「みっ美城常務に、ほっ報告を……」
武内Pは逃げ腰だった。扉の向こうに亡霊がいると信じて疑わず、一刻も早くここから逃げ出したいと鬼気迫る顔が訴えていた。
〝武ちゃん、落ち着け。見間違いだ。あれは亡霊なんかじゃない〟
武内Pは、震える足で立ち上がると、険しい顔でしきりに首を左右に振って――
「あれは、人知をこえた、何かです。科学では証明できない、何かです。あぁ、白坂さんに連絡して退治してもらったほうが……。いやでも、悪霊退治なら道明寺さんのほうが……」
〝あの子もどじっ子も必要ない。さっきのは人間だ。武ちゃんと同じ、人間だ〟
「いいえ。自分は、ハッキリ見ました。見てしまいました。心霊現象なんて、大嫌いなのに……」
武内Pはすっかり
逃げ腰の相棒を励ますべく伊華雌は言葉を重ねるが、武内Pはまったく耳を貸そうとしない。
何を言ってもきかないチキンな武内Pに、やがて怒りがこみ上げてきて――
〝武ちゃん、それでいいのかよ……〟
「……何が、ですか?」
伊華雌は、階段をあがる武内Pの足をとめるべく――
〝おばけごときにびびって逃げて、それでいいのかよ! 武ちゃんのプロデューサーをやりたいって気持ちは、その程度なのかよッ!〟
武内Pの、足がとまった。
〝卯月ちゃんの担当プロデューサーを目指すんだろ! だったら、おばけぐらいでびびるなよ! おばけだって可愛ければスカウトしてアイドルにしてやる、ぐらい言ってくれよッ!〟
武内Pが、ゆっくりと振り返る。不穏なオーラを放つ地下室の扉を睨み――
「……そう、ですね。もう一度、島村さんの担当プロデューサーになるためには、こんな所でつまづいている場合では、ありませんね」
武内Pは、依然として恐怖に震える足で、しかし階段を降り始める。再びシンデレラプロジェクトのドアと対峙して、ポケットから伊華雌を取り出す。
「マイクさん、ありがとうございます。おかげで、目が覚めました」
〝うん。それはいいんだけど、何で俺
「一緒に、戦いましょう!」
〝うん? それってつまり、武器ってこと? いざとなったら俺で物理攻撃ってこと?〟
「行きます……ッ!」
〝ちょっ! 乱暴なのはっ、らめぇぇええええ――――ッ!
伊華雌の悲鳴と供にドアが開け放たれた。武内Pはその大きな体躯をいかして一気に踏み込んだ。
「悪霊退散ッ!」
叫んで、伊華雌を振り上げた。
――彼はつまり、まだ完全に正気に戻ってはいなかったのだ。
何故、施錠されているはずの扉が開いたのか?
何故、長年放置されているハズの地下室に明かりが灯っているのか?
当然考慮して結論に結び付けるべき疑問を、全て無視して悪霊退治に踏みきった。
――その結果、悪霊よりも遥かに恐ろしいものを目撃することになる。
地下室の中にいたのは――
千川ちひろ。
彼女は、悪霊扱いされて怒っていた。
その笑顔の背景に、凶暴な龍のオーラが出現していた。
武内Pは伊華雌を振りかぶったまま固まっていた。
その顔は、猫の尻尾を踏んだネズミのように青くなっていた。
――そして、お仕置きの時間が始まる……ッ!