マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第6話

 

 

 

 シンデレラプロジェクト。

 

 346プロの暗部(あんぶ)(ひそ)む深海魚のような部署である。

 

 芸能の道を諦めてプロダクションを去ろうとするアイドルに、素敵な魔法をかけてもう一度アイドルとして輝かせてあげよう。魔女の魔法できらめき輝くシンデレラのように、プロデューサーの魔法でアイドル達をもう一度輝かせよう!

 

 シンデレラプロジェクトに関する書類の中で、悲痛なテンションの文面が部署の趣旨を説明している。恐らくは歴代担当プロデューサーに渡されているであろうこの文章を、書いた人間は果たして正気だったのか?

 真相は闇の中であるが、その不気味なテンションは武内Pと伊華雌(いけめん)を威圧するに充分だった。

 

「いわゆる〝窓際(まどぎわ)部署〟として有名なんです……」

 

 346プロ本社のエレベーターで地下二階に降りて、そこからさらに階段で地下三階へ向かう。配管むき出しの薄暗い非常階段は、まるで現世(げんせ)と地獄の()け橋のようで、二度と戻れない錯覚を覚え振り返るのがシンデレラプロジェクト担当プロデューサーの(つね)だった。

 

「シンデレラプロジェクトから生還したプロデューサーは存在しないと、言われています。そして、プロデューサーの亡霊が、担当アイドルを求めてさ迷い、怪奇現象を引き起こしているという噂が……」

〝おいおい武ちゃん。洒落(しゃれ)にならないからこういう場所でそういう話はやめようぜ。話してると出るっていうし……〟

「まっ、マイクさん。こっ、怖いんですか……」

〝いっ、いやっ、別に! ってか、武ちゃんこそびびってんじゃね! さっきから俺のこと握りすぎなんですけど! 手の震えが半端ないんですけど!〟

「これはっ、その……」

 

 カタンと、音がした。

 

 誰もいないはずの地下室から、音が……。

 

 伊華雌は息を呑む感覚を思い出しながら、しかし出来るだけ明るい口調で――

 

〝きっと、ネズミだよ! でっかいネズミの、巣になってんだよ!〟

「それはそれで、遠慮したい光景なのですが……」

 

 武内Pは伊華雌を握りしめたままドアを睨んだ。

 点滅を繰り返す蛍光灯が、古ぼけた鉄扉(てつとびら)をおぞましくライトアップしている。それはまるで、〝拷問部屋へ通じている恐怖の扉〟を思わせる迫力があって、ここが目的の部屋とは思いたくはなかったが、扉に張り付けられた表札が容赦なくシンデレラプロジェクトを名乗っている。

 

「いきます……」

 

 意を決したのだろう。武内Pの喉が大きな動きを見せた。その一歩は、大きな体躯(たいく)に対してあまりにも小さい。しかしその小さな一歩によって、彼の強張った頬に冷汗(れいかん)が流れた。見ているだけで彼の中にうごめく恐怖の大きさが伝わってきた。

 

 こつ、こつ、こつ……

 

 革靴の音が、反響する。反響が反響を呼んで四方から音が降る。もたらされる恐怖心に(あらが)おうとするかのように、武内Pは浅い呼吸を繰り返し、足をとめずに前進し、ドアの前に辿り着いた。

 

 革靴の音が、反響のこだまを残して消えた。

 武内Pは、ポケットから鍵をだして、鍵穴に差し込もうとして――

 

 落とした。

 

 拾い上げようとして、扉に頭をぶつけた。

 革靴の音よりも、遥かに大きな音がした。

 

「誰か、いるんですか……」

 

 聞こえてきた。

 扉の向こうから。

 女の声が。

 

 言葉など出なかった。

 伊華雌はマイクであることを忘れて、武内Pは人間であることを忘れて、つまり自分が何者であるかすら忘れて純粋な〝恐怖〟に全身を縛られた。

 

 そして――

 

 足音が、近付いてくる。

 ドアノブが、回転する。

 

 ギギィ……

 

 (サビ)を削り殺しながら鉄の扉が開き、その向こうから――

 

 緑色の、亡霊が……ッ!

 

「うぁぁああああああああああああああああ――――――――ッ!」

 

 絶叫。

 伊華雌の悲鳴など、軽くかきけしてお釣りがくるほどの阿鼻叫喚(あびきょうかん)

 

「きゃあ!」

 

 その絶叫に、緑色の亡霊も悲鳴をあげる。赤いリボンのついたポニーテールの残像を残し扉の向こうへ姿を消した。

 

 ……ん? 悲鳴に、ポニーテール?

 

 先に正気を取り戻したのは伊華雌だった。

 確かに武内Pの絶叫は相当なものだった。ヒャッハー状態の星輝子を凌駕(りょうが)する絶叫だった。

 

 しかし――

 

 だからといって亡霊を蹴散らすことは出来ないだろう。亡霊なら、むしろ喜んで調子に乗るだろう。人間の悲鳴を聞いて(えつ)()るのがやつらの習性だ。

 

 それに――

 

 扉に引っ込んでいく間際に見えたあのリボン。

 

 なんで亡霊がオシャレしてんだよおかしいだろ! 可愛くみられたくて努力しちゃうとか亡霊失格だろッ!

 

〝……武ちゃん。大丈夫? 息してる?〟

 

 武内Pは、尻餅をついた体勢で荒い呼吸を繰り返していた。それは時間をかけて穏やかになり、最後に大きな吐息をついて平静を取り戻した。

 

「みっ美城常務に、ほっ報告を……」

 

 武内Pは逃げ腰だった。扉の向こうに亡霊がいると信じて疑わず、一刻も早くここから逃げ出したいと鬼気迫る顔が訴えていた。

 

〝武ちゃん、落ち着け。見間違いだ。あれは亡霊なんかじゃない〟

 

 武内Pは、震える足で立ち上がると、険しい顔でしきりに首を左右に振って――

 

「あれは、人知をこえた、何かです。科学では証明できない、何かです。あぁ、白坂さんに連絡して退治してもらったほうが……。いやでも、悪霊退治なら道明寺さんのほうが……」

〝あの子もどじっ子も必要ない。さっきのは人間だ。武ちゃんと同じ、人間だ〟

「いいえ。自分は、ハッキリ見ました。見てしまいました。心霊現象なんて、大嫌いなのに……」

 

 武内Pはすっかり()()づいていた。地下室に背を向けて、手すりをつかんで、階段をのぼり始めてしまった。

 逃げ腰の相棒を励ますべく伊華雌は言葉を重ねるが、武内Pはまったく耳を貸そうとしない。

 何を言ってもきかないチキンな武内Pに、やがて怒りがこみ上げてきて――

 

〝武ちゃん、それでいいのかよ……〟

 

「……何が、ですか?」

 

 伊華雌は、階段をあがる武内Pの足をとめるべく――

 

〝おばけごときにびびって逃げて、それでいいのかよ! 武ちゃんのプロデューサーをやりたいって気持ちは、その程度なのかよッ!〟

 

 武内Pの、足がとまった。

 

〝卯月ちゃんの担当プロデューサーを目指すんだろ! だったら、おばけぐらいでびびるなよ! おばけだって可愛ければスカウトしてアイドルにしてやる、ぐらい言ってくれよッ!〟

 

 武内Pが、ゆっくりと振り返る。不穏なオーラを放つ地下室の扉を睨み――

 

「……そう、ですね。もう一度、島村さんの担当プロデューサーになるためには、こんな所でつまづいている場合では、ありませんね」

 

 武内Pは、依然として恐怖に震える足で、しかし階段を降り始める。再びシンデレラプロジェクトのドアと対峙して、ポケットから伊華雌を取り出す。

 

「マイクさん、ありがとうございます。おかげで、目が覚めました」

〝うん。それはいいんだけど、何で俺(つか)んでんの?〟

 

「一緒に、戦いましょう!」

 

〝うん? それってつまり、武器ってこと? いざとなったら俺で物理攻撃ってこと?〟

 

「行きます……ッ!」

 

〝ちょっ! 乱暴なのはっ、らめぇぇええええ――――ッ!

 

 伊華雌の悲鳴と供にドアが開け放たれた。武内Pはその大きな体躯をいかして一気に踏み込んだ。

 

「悪霊退散ッ!」

 

 叫んで、伊華雌を振り上げた。

 

 ――彼はつまり、まだ完全に正気に戻ってはいなかったのだ。

 

 何故、施錠されているはずの扉が開いたのか?

 何故、長年放置されているハズの地下室に明かりが灯っているのか?

 

 当然考慮して結論に結び付けるべき疑問を、全て無視して悪霊退治に踏みきった。

 

 ――その結果、悪霊よりも遥かに恐ろしいものを目撃することになる。

 

 地下室の中にいたのは――

 

 千川ちひろ。

 

 彼女は、悪霊扱いされて怒っていた。

 その笑顔の背景に、凶暴な龍のオーラが出現していた。

 

 武内Pは伊華雌を振りかぶったまま固まっていた。

 その顔は、猫の尻尾を踏んだネズミのように青くなっていた。

 

 ――そして、お仕置きの時間が始まる……ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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