マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第5話

 

 

 

 年が明けて最初の出勤日。

 

 プロデューサーはそれぞれの事務室で担当アイドルの到着を待ち、明けましておめでとうございますの挨拶を交わして最初の仕事を始める。

 

 ――契約更新。

 

 それは儀式的なものであり、緊張はない。

 スカウトとは違うのだ。

 更新するのが当たり前なのだ。

 契約書にサインをして、今年もよろしくお願いしますと頭をさげるまでが新年の挨拶なのだ。

 

 しかし――

 

 今年は様子が違っている。どのプロデューサーも合否通知を待つ受験生のようにピリピリしている。

 みんな、知っているのだ。

 赤羽根Pがアイドルを連れて961プロに行こうとしていることを。

 みんな、心配なのだ。

 担当アイドルが、果たして事務室のドアを開けてくれるかどうか。

 

 ――これは、アイドルにとってもチャンスなんだ。

 

 赤羽根Pの言葉に誰が反論できるだろうか?

 業界トップのプロダクションに移籍出来るのである。それはつまり、トップアイドルに近づけるということであり、アイドルにとってもチャンスなのは事実であって、だから移籍を否定できない。

 

〝未央ちゃん、考え直してくれたかな……?〟

 

 そこはシンデレラプロジェクトの地下室で、凍えるような空気とエアコンが戦っている。ちひろが用意した鏡餅が机の端に置いてあって、控えめに正月の余韻を漂わせている。

 

「もっと、情熱的に引き留めたほうが良かったでしょうか……?」

 

 未央ぉぉおお――ッ! 行くなぁぁああ――ッ!

 

 夜の団地で絶叫する武内Pを想像し、伊華雌(いけめん)はかぶりを振る感覚を思い出した。

 情熱的な言葉が効果的なアイドルもいれば、そうでないアイドルもいる。

 未央の場合、売り言葉に買い言葉で感情的な言葉のやり取りになってしまうような気がした。そして深夜に仲良くポジティブパッションした二人は、お巡りさんのお世話になって仲良く留置所で一夜を明かしたのでした……、というバッドエンドを想像できてしまうあたり、情熱的な言葉は避けて正解だったと思う。

 

 カン。

 

 地下室に続く非常階段の音が聞こえた。

 武骨な鉄の階段である。その音は四方をコンクリートに囲まれた地下空間によく響き、それが来客を知らせるインターフォンの役割を果たしている。

 さらに伊華雌ほどのベテランになれば足音でアイドルの判別が可能になる。

 聞こえる足音は嬉しそうに跳ねている。大好きな恋人の部屋に向かう女の子の足音である。

 鉄扉を開けるのが誰であるか、絶対の自信をもって断言できる。

 

「プロデューサーさん、まゆですよぉ……♪」

 

 ですよねー、知ってた!

 

 この喜びを隠さない足音は、佐久間まゆ特有のものである。まゆはもう、全開なのだ。〝大好き〟が足音にまで溢れているのだ。

 

「プロデューサーさん、はいっ……」

 

 学校帰りだろうか、制服姿のまゆがカバンから取り出した。

 契約書だった。

 赤かった。記入するところが全部赤字だった

 

「ずっと、まゆのプロデューサーさんでいてくださいね……」

 

 おかしいな。一年契約の更新をしたはずなのに、婚姻届を受け取ったような錯覚を覚えてしまう。

 ……しかし、まゆならそのうちやるかもしれない。

 しれっと契約書の代わりに婚姻届をだして、そのまま市役所にゴぉぉおお――ル!

 

「また、よろしくお願いします」

 

 武内Pが頭をさげて、まゆが微笑む。

 

 ――理想的な契約更新だと思った。

 

 プロデューサーと担当アイドルが強い信頼の絆で結ばれていれば、移籍の誘惑なんて気にする必要はない。すべてのプロデューサーとアイドルが武内Pのまゆの関係であれば、移籍話におびえる必要なんて無い。

 ――と、思うものの、それはつまりすべてのアイドルがヤンデレな346プロということであり、アフガニスタンの激戦区と同じくらい生存確率の低いプロダクションになってしまいそうだと思った。

 

 カカン!

 

 二人ぶんの足音が聞こえた。

 仲良くじゃれる子供を思わせる足音である。もしもこれが1000万のかかった足音当てクイズであっても、伊華雌はファイナルアンサーを迷わない。

 

「Pチャン、お疲れさまーっ!」

「お疲れー、プロデューサー」

 

 みくと李衣菜が入ってきた。

 小学生の子供が家に帰ってきた大家族みたいにシンデレラプロジェクトの地下室が騒がしくなる。

 

「Pチャン! 今年はキュートなアイドル活動したいにゃ!」

「プロデューサー、今年はロックにいこうね」

 

 二人ぶんの契約書が差し出される。

 受け取って頭をさげる武内Pを尻目に口喧嘩が始まる――

 

「李衣菜ちゃん。今年はキュートにいくにゃ。アスタリスクはキュートで可愛いユニットにするにゃ!」

「いーや! クールでロックなイメージを押し出すべきだと思うんだよね。キュートなアイドルユニットとか、普通すぎて埋もれちゃうよ」

「クールでロックなアイドルユニットだってホコリをかぶっているにゃ! だから、もう一味(ひとあじ)必要なんにゃ。ただキュートなだけじゃなくて、アスタリスクがアスタリスクであるための――」

 

 学校のカバンに手を突っ込んだみくが、渾身のドヤ顔で八重歯を光らせながら――

 

「ねこみみっ♪」

「却下!」

 

 迎撃ミサイルを思わせる即座にして無慈悲な否定。

 そして李衣菜は、ライブハウスの片隅でアコースティックギターを鳴らしながら人生の真理を説く伝説のギタリストを、エアギターで再現しながら――

 

「ロックでクールじゃ物足りないなら、ギターを持てばいいんじゃない? デュオバンドなアスタリスク、悪くないと思うな……」

「自分で自分の首を絞めるのはやめたほうがいいにゃ。アスタリスクがギターバンドユニットになって、困るのは李衣菜ちゃんにゃ」

 

 エアギター李衣菜が、したり顔をひきつらせた。

 

「な、なんでわたしが困るわけ!」

 

 みくは、いつまでたっても初歩的な算数が出来ない小学生に呆れる教師のようなため息を落として――

 

「李衣菜ちゃんがギター弾けないからに決まってるにゃ。二人並んでエアギターで笑われるのが嫌なら大人しく猫耳を受け入れるにゃ」

 

 やられっぱなしじゃ終われない。李衣菜の瞳が、好戦的な光を放ち――

 

「でもさぁ、仮にアスタリスクが猫耳ユニットになったとして、困るのはみくちゃんだと思うけど?」

「根拠のない負け惜しみはみっともないにゃ。アスタリスクが猫耳ユニットになったら、みくは大喜びで――」

 

「きっと、増えると思うよ――」

 

 ドラキュラに隠し持っていたニンニクを突き出すような、一発逆転のドヤ顔で――

 

「お魚の仕事!」

 

 みくが死んだ。

 

 まるで速効性の毒を血液注射されたみたいにソファーに倒れた。震える手を伸ばしてまゆに助けを求める。

 

「まゆちゃん、なんとかしてにゃ。李衣菜ちゃんがいじわるにゃ……ッ!」

「お魚は美味しいですよ……」

 

 柔らかく微笑むまゆはみくの援護をしてくれない。

 

「じゃあPチャン! Pチャンはお魚食べられるの!」

 

 武内Pは、申し訳なさそうにうなずく。

 伊華雌の見ている限り、武内Pは食べ物にこだわりのない人である。何でも残さず食べている。もしも武内Pがペットだったら、飼育しやすくて人気がでるタイプだと思う。悪いペットショップであれば〝残飯処理に最適〟という売り文句を付けるかもしれない。

 

「コドモなのはみくちゃんだけだね。ってか、何で魚が苦手なの?」

 

 みくはのっそりと体を起こし、ブレザーの制服についたシワをのばし、李衣菜のセーラー服の黄色いスカーフを睨みながら――

 

「お魚は、キモいしクサイにゃ」

 

 お魚に転生しなくて良かったと思う。嫌悪に顔を歪めながら“キモいしクサイ”とか言われたら、ショックでマリアナ海溝に潜りたくなる。そして深海魚の世界で叫ぶのだ。

 失望しました! みくにゃんのファンやめま――

 

「でもさ、食べ方によっては大丈夫かもよ。今度、カレイの煮付け作ってあげるよ。得意料理なん――」

「ノーセンキューにゃ!」

 

 みくは意地になった幼児のようにそっぽをむいて――

 

「みくは自分を曲げないよ!」

「……いや、そこは曲げようよ」

 

 可愛くもわがままな幼女に振り回されるお父さんのように苦笑する李衣菜がいて、そのやり取りを優しく見守るまゆがいる。

 

 まるでここは核シェルターのようだと伊華雌は思う。

 

 今、346プロは〝961プロへ移籍〟という核爆弾の爆風が吹き荒れているというのに、シンデレラプロジェクトにその影響はない。

 

 武内Pのプロデュースだからこそ、だと思った。

 

 アイドルを笑顔にするプロデュースは、結果を追い求めるプロデュースよりもアイドルと強い絆を結ぶことができるのだ。移籍の話なんて、一笑に付して退けてしまうほどの信頼で武内Pと担当アイドルは結ばれているのだ。

 

 だから、核シェルターなのだ。

 何があろうとシンデレラプロジェクトは安全なのだ。

 

「ところでさー」

 

 李衣菜が、天気の話でもするかのように何気なく――

 

「周子ちゃんって、本当に移籍しちゃうの?」

 

 核シェルターだからこそ、話題にできる。自分達に関係ないから心配できる。火事を心配するのはいつも対岸にいる人間だ。

 

「本当に移籍しちゃうみたいにゃ。紗枝ちゃんが説得してたんだけどね……」

 

 女子寮の出来事を思い出す。はんなりでお馴染みの紗枝が怒っていた。きっと、それだけ真剣に向き合っていたのだ。怒るってことはそれだけ相手に本気であると、言っていたのは誰だっけ……?

 

「LiPPSのメンバーは、全員移籍しちゃうみたいです」

 

 まゆが残念そうに顔を伏せる。

 伊華雌も残念だった。

 年末の紅白歌合戦。プロジェクト・フェアリーの後ろで踊る姿が、まさか最後のLiPPSになるとは思わなかった。もしかしたら961プロで再びユニットを組むかもしれないが、それはLiPPSとは呼べないような気がする。

 

 ――その時、足音が聞こえた。

 

 みんな、反射的に耳をすませた。二人ぶんの足音だった。ひとつは音が軽かった。子供の足音だと思った。第三芸能課の誰かが来たのだと予想するが、それにしては静かすぎる。第三の子供達は五秒以上黙っていると死んでしまうはずである。

 

 ――じゃあ、誰だ?

 

 伊華雌のデータベースにない足音だった。

 その二人は、ドアの前に来ると、アンタはここで待ってて、と言い置いて、ドアを開けて――

 

「あけおめー☆」

 

 城ヶ崎美嘉だった。ギャルピースをしていた。

 

「ちょっと、話いいかな?」

 

 彼女は能天気なピースを引っ込めると、カリスマモデルとしてランウェイに挑む時の目付きで、武内Pをじっと見据えて――

 

「移籍の件で、アンタに話したいことがあるの……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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