マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第7話

 

 

 

「せっかく手伝ってあげようと思ったのに、まさか悪霊(あくりょう)扱いされるなんて思わなかったなぁ……」

 

 千川ちひろは笑っていた。しかし心中(しんちゅう)は穏やかでないと、荒っぽくはねるポニーテイルが語っている。

 

「あの、すみませんでした。この部屋の雰囲気が、その……」

 

 言いよどむ武内Pに、千川ちひろは容赦をしない。半殺しにしたネズミをもてあそぶ猫みたいに八重歯を光らせて――

 

「この部屋が、どうかしたの? ただの、ほこりをかぶった地下室だと思うけど。まあ――」

 

 ちひろが、ゆっくりと近づく。まるで抱きつこうとするかのように体を寄せて、目一杯の背伸びで武内Pの耳に口を近づけて――

 

「幽霊とか、出そうだけど……」

 

 あからさまに、からかっていた。大人をからかって遊ぶのが大好きな子供みたいにクスクス笑っていた。

 

「ゆうれいとか……、いや……、まさか……ッ!」

 

 ホラー映画の一場面でも思い出したのか、武内Pは顔を青くして喉を大きく動かした。

 それを見たちひろは――

 

「……あはっ、あははっ、武内君っ、怖がりすぎっ!」

 

 ぱたぱたとポニーテイルを揺らしながら武内Pの肩を叩いた。

 

「……脅かさないでください」

 

 武内Pは、こみ上げた恐怖を吐き出そうとするかのように大きなため息をついた。

 

「だって、面白いんだもん。武内君、でかいくせに恐がりで」

 

 ちひろは機嫌が直ったのか、アイドルみたいな笑顔を浮かべてポニーテイルを揺らしている。

 

 ――二人のやりとりを傍観していた伊華雌(いけめん)は、まさに今、ダークサイドへ()ちていた。

 

 え? ナニコレ? え? これって、もしかして――

 

 カノジョ的な……?

 

 同志だと思っていた武内Pがまさかのリア充だった。その裏切りに伊華雌は怒りのヒャッハー状態に突入する。キノコ派だと思っていた人間がタケノコ派であることを知った星輝子のように伊華雌は怒りを爆発させる。

 

「あの、千川さんは、どうしてここに?」

 

 武内Pの放った問いに、伊華雌のヒャッハー状態は加速する。

 

 カレシに会いに来たに決まってんだろ! カレシである、あんたになッ!

 

「さっき言ったよね。武内君を、手伝ってあげるって」

「手伝い……ですか?」

「そうっ」

 

 ちひろが、テーブルの上に置いていたブリーフケースを手に取った。その中から書類を取り出して――

 

「シンデレラプロジェクト着任おめでとうございますっ! 私は、事務員として武内君のお手伝いをすることになったから! 同期で一緒に働けるなんて嬉しいねっ、武内君!」

 

 今にも歌いだしそうなちひろに対する感情を、武内Pは首の後ろをさわることで表現した。

 

「……嬉しくないの?」

 

 ちひろの口から、笑みが消えそうになって――

 武内Pは、慌てて首から手を離して――

 

「いっ、いえ! そういうわけではありません。ただ――」

「ただ?」

「シンデレラプロジェクトは、その、窓際(まどぎわ)部署と聞いていたので、千川さんを事務員として配置してもらうことに、抵抗があるというか、申し訳ないというか……」

 

 ため息があって、ポニーテイルが揺れた。

 ちひろは、手に持った書類に目を落としながら――

 

「美城常務、何だかんだいって武内君に期待してるんだよ。だから、シンデレラプロジェクトを任せたんだよ」

 

 期待があるなら花形(はながた)の部署に配属するのが筋ではないか? 最前線で活躍している島村卯月の担当に、戻してくれるべきではないか?

 

 伊華雌が疑問を()いて見つめる先で、ちひろは天井を見上げた。蛍光灯に蜘蛛が小さな巣をはっている。しかしちひろが見るのはもっと上。ビルの最上階でふんぞりかえっているあの人へ視線を向けて――

 

「シンデレラプロジェクトを作ったのは、美城常務なんだって」

 

 ちひろはまるで、昔話を聞かせるように――

 

「先輩から聞いた話なんだけどね。美城常務って、あんな態度だけど、会社の従業員や所属アイドルに愛着を持っていて、脱落者を一人も出したくないと思って――」

 

 346プロから去っていくアイドル・プロデューサーに、手を差し伸べることはできないものか。考えた末に、シンデレラプロジェクトが生まれた。アイドルのために。そして、プロデューサーのために。

 

「でも、評判は悪かった。シンデレラプロジェクトへ送られたアイドルは、それを戦力外通告と受け取った。プロデューサーは、窓際(まどぎわ)部署への左遷(させん)だと受け取った」

 

 そんな状態で、アイドル・プロデューサーの救済なんて出来やしない。シンデレラプロジェクトは、アイドル・プロデューサーの墓場と化した。

 

「私は、武内君がシンデレラプロジェクトの担当になった理由、分かる気がするな」

 

 ちひろは、告白をする学生のように、ためらいの沈黙を挟んでから――

 

「武内君は、人の痛みが分かるから。そういう人じゃないと、誰かの痛みを(やわ)らげることなんて、出来ないから」

 

 ちひろは、武内Pを見上げていた。

 武内Pも、ぼんやりとちひろを見ていた。

 

 蛍光灯が点滅して、止まっていた時間が動き出した。

 

「あっ、えっと、私は上へ行って美城常務に報告しないとっ!」

 

 初めてのキスを経験して、我に返るなり己の行為に羞恥を覚える乙女のように、ちひろは頬を赤くして戸口へ向かった。ドアをあけて、そこで動きをとめて、振り向いて――

 

「武内君、がんばろうねっ」

 

 言葉尻に添えられた笑顔は、ここが不気味な地下室であることを忘れるほどに甘かった。

 甘々だった。

 

 ――そんな甘いやりとりを、許せぬ男がここに一人。

 

 今は訳あってマイクの身だが、人の心は忘れていない。いちゃつく男女に対する怒りは、マイクに転生しても伊華雌を修羅(しゅら)に変える。

 

〝事情聴取を行う。俺の質問に、正直に答えてくれ〟

 

 自分でも驚くくらい冷静な声だった。人間、怒りが限度を越えると逆に冷静になるという話は本当なのかもしれない。

 

「いきなりどうしたんですか?」

〝いいから俺の質問に答えてくれ。武ちゃんの返答によっては、今この場でコンビ解消だ〟

「えっ! どうしてそんなことに!」

 

〝……男には、譲れないものがあるんだよ〟

 

 たとえ武内Pがどんなにいいやつだったとしても、自分と同じくらい島村卯月を好きだとしても、彼と組むことによってアイドルとちゅっちゅっできるとしても――

 

 リア充と組むのだけはゴメンだった。

 

 マイクの身である今、リア充のイチャコラ劇場から逃れる(すべ)はないのである。人間だったころは〝()ぜろ〟とつぶやき背を向けることで心の平穏を保つことができたが果たして今はどうだ? 仮に武内Pとちひろがイチャコラカップルだった場合、どんな試練が待っている?

 

 イチャコラ劇場S席一名さまご案なーい! 途中退場は禁止でーす。

 

 ふざけんな! アイドル並みに可愛い事務員とのイチャコラを至近距離で見せつけられるとか、ありがとうございま――じゃなくて、ふざけんなッ!

 

 だから、事情聴取。

 武内Pを、リア充容疑で取り調べ。

 

Q1、千川ちひろさんとの関係は?

 

「千川さんは、同期なんです。自分と、赤羽根さんと、千川さんは高卒採用の同期なので、よく話したりするんです」

 

Q2、よく話したりするといいますが、一緒に食事に行ったりする、ということですか?

 

「まあ、そういうこともあります。仕事が終わったあとに、偶然会った時なんかは」

 

Q3、……それは、二人きりで、ということですか?

 

「入社直後は、よく赤羽根さんと千川さんと自分の三人で食事に行きましたが、最近はそれぞれの仕事があるので、三人で食事をするのは難しくなってしまいました」

 

Q4、つまり、ちひろさんと、二人きりで食事をしていると?

 

「まあ、たまに、ですけど」

 

Q5、よし、爆発しろ。

 

「いっ、いきなり何を言うんですか! 質問でもなんでもなくなってますよ!」

 

Q6、あー、ごめんごめん、心の声がもれちゃった爆発しろ。せっかく同志だと思ってたのにリア充だった武ちゃんなんて嫌いだ爆発しろ。

 

「……もしかして、千川さんと自分が、その……〝恋人〟ではないかと、疑っているんですか?」

 

Q7、せっかく見つけたパートナーが憎むべきリア充でした。僕はどうしたらよいのでしょうか?

 

「……あの、何か勘違いをしていると思います。千川さんと自分は、ただの同僚です。高卒(わく)の同期が三人しかいないので、話す機会が多いだけです。それに――」

 

Q8、……それに?

 

「千川さんは、赤羽根さんのことが好きなんだと思います。自分は、そういう対象に見られてないから、気安く接してもらえているのだと思います」

 

Q9、……じゃあ、武ちゃんとちひろさんは、付き合ってないの?

 

「はい」

 

Q10、今まで、誰かと付き合った経験は?

 

「恥ずかしながら、誰かと特別な関係をもった経験は、まだ……」

 

〝おぉ! 心の友よぉぉおお――――ッ!〟

 

 伊華雌は、泣いていた。心の中で、泣いていた。心の底から込み上げる親近感に打ち震えていた。武内Pとなら、実在するのかどうかすら定かではない幻の関係――〝親友〟にすらなれるかもしれないと思った。

 

「マイクさんは、真面目ですね」

 

 いきなり、突拍子(とっぴょうし)のないことを言われた。今のリア充爆発面談のどこに感心する要素があったのだろう?

 しかし武内Pは、テーブルの上に伊華雌を置いて、尊敬する先輩を(たた)えるような眼差しで――

 

「恋人にうつつを抜かしているようではプロデューサーは務まらない。もし自分が千川さんとそういう関係であったらプロデューサーとして返り咲くことなんて出来ないからコンビを解消する。つまり、そういうことだったんですね!」

 

 違う、なんて言えなかった。ただの(ひが)(ねた)みでしたなんて、暴露することは出来なかった。

 

 ――だって武内Pが、すっごい尊敬の眼差しをむけてくるから……。

 

「一緒に、がんばりましょう!」

 

 武内Pが、握手とばかりに伊華雌を握った瞬間――

 

 電話が鳴った。

 

 ちひろが設置したのだろうか、古ぼけた地下室の中にきれいな電話があって、呼び出し音を撒き散らしている。

 

「はい、シンデレラプロジェクトです」

 

 電話で話す武内Pの、表情が強張っていく。テーブルの上に置かれた書類を引き寄せて、その裏にペンを走らせる。

 

「……分かりました。全力で、担当します」

 

 受話器を置いた武内Pの、表情から心情を読み取ることは出来なかった。

 

 興奮と、落胆と、緊張。

 

 他にも様々な感情か入り乱れて、どんな気持ちなのか判断できなかった。

 ただ一つ、確実に分かるのは――

 

〝担当アイドルが、できたんだな!〟

 

 シンデレラプロジェクトの所属になるということは、つまり脱落寸前ということである。誰かが輝きを失って、アイドルの世界から去ろうとしている。

 

 それが誰なのか?

 

 確かめるのが、怖くなった。

 346プロのアイドルは、卯月に限らず好きなのだ。みんな笑顔で、輝いていてほしいのだ。

 

「ハッピープリンセス、ご存じですか?」

 

 伊華雌は、武内Pを見上げていた。いや、睨んでいた。そのくらい、強い視線を向けていた。

 

 だって――

 

 ハッピープリンセスとか、大好きだから。あの中から誰か抜けるなんて、考えたくなかった。もうこれ以上聞きたくないとすら思ったが、伊華雌はマイクであるから耳を塞ぐことはできない。

 

 そして武内Pは、悲痛な面持ちで――

 

「佐久間まゆさんが、ハッピープリンセスから抜けることになりました……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 プロローグ編、終了になります。お付き合いいただき、まことにありがとうございますっ!

 次回より〝ままゆ編〟に突入します。シンデレラプロジェクトがヤンデレラプロジェクトになるかもしれません! エヴリデイドリーム!

 なお、副業が始まってしまうので、週1ペースの更新になると思います。
 働きたくない……ッ!(双葉杏感w













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