マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第17話

 

 

 

 プロデューサー会議が終わってから、武内Pは夕方まで打ち合わせに追われた。

 

 武内Pは〝総括プロデューサー〟として、他のプロデューサーと打ち合わせをする必要がある。それは、どんなライブを提案すれば担当アイドルのいい笑顔を引き出すことが出来るか? を考える打ち合わせであって、必然的に時間がかかってしまう。

 全ての打ち合わせを終えた武内Pは、さすがに疲れが顔に出ていた。白坂小梅が見たら『いい感じにゾンビみたいだね』と言って嬉しそうに微笑むかもしれない。

 

〝武ちゃん、お疲れ。ちょっと休憩しようぜ。昼飯とか、食ってないじゃん〟

 

 伊華雌(いけめん)が心配になって声をかけても、武内Pは足を止めようとしない。346プロの廊下をひたすらに歩く。

「まだ、今日中にやっておきたいことがあるので……」

 一度走り出したら目的を達成するまで突っ走る。それは武内Pの長所であると同時に短所であると伊華雌は思う。

 体を壊してしまうのではないかと心配になる。それこそ旦那を心配する嫁の気持ちで働き過ぎを(とが)めたい。

 

 ――せめて俺がマイクじゃなくてミキサーに転生していれば、乙倉ちゃんもびっくりのミックスジュースを作ってやれるのに……っ!

 

 伊華雌は無力なマイクであること悔やむばかりである。

 もしも自分がミキサーであれば、栗原ネネちゃん秘蔵のレシピ(青汁)によって効果抜群な特製スタミナドリンク(ゲロまず)を生み出して、武内Pの疲労を吹き飛ばしてやることができる。そして青汁を生み出した代償として〝悪臭を放つミキサー〟にメルヘンチェンジ! 燃えないゴミの日に捨てられる……。

 

 ――いやっ、可哀想すぎるだろ俺! なんでいつも俺の妄想は悲惨な結末まっしぐらなんだよっ!

 

 伊華雌が己の妄想にクレームを付けている間にも、武内Pはゾンビの足取りで廊下を進む。シンデレラプロジェクトの事務室の前で足を止め、ドアを開けた。

 

「あっ、Pチャンにゃ♪」

「プロデューサー、おつかれー」

 

 ソファーに並んで座っているみくと李衣菜が、振り返って武内Pを見上げた。その顔に輝いているのは、父親の帰宅を喜ぶ子供みたいな笑顔。

 二人の向かいのソファーに座っているのは佐久間まゆで、彼女は武内Pに気付くとすっと立ち上がる。窓から差し込む夕日の中をしずしずと歩き、武内Pの真正面で足をとめた。

 

「お疲れ様です、プロデューサーさん……」

 

 制服姿の佐久間まゆである。

 しかしその(たたず)まいが、エプロン姿で旦那を迎える妻に見えてしまう。『ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも、うふふ……』と言わんばかりの眼差しを武内Pへ向けながら、ブレザーのふところへ手を入れた。

「プロデューサーさん、新しい企画のことで疲れているでしょうから、これ……」

 まゆがブレザーのうちポケットからスタミナドリンクを取り出した。キャップの星飾りが夕日を反射して光る。

「プロデューサーさんがお腹を壊さないように、温めておきました……」

 

 ――佐久間まゆが懐で温めたスタミナドリンク……だとッ!

 

 伊華雌は雷に打たれた人の気持ちになりながら、差し出されているスタミナドリンクを見つめてしまう。

 懐で何かを温めるのは豊臣秀吉の専売特許である。それは歴史の教科書に載ってしまうほどに献身的な行為であるけど――。

 じゃあ、プロデューサーのために懐でスタドリを温めたまゆはどうだ?

 

 ――秀吉ってレベルの献身じゃない。

 

 秀吉の体温で暖められた草履を受け取った信長は、〝草履あったけー〟ぐらいの反応だろう。

 しかし、まゆの体温で温められたスタドリとか、そんなものを飲んでしまったら……っ!

 

〝体の一部が、すごくホットに!〟

 

 今回、伊華雌が開けた紳士の扉は〝女の子の体温で温められた食品に興奮する紳士〟。その趣向はマニアック過ぎて、その扉の向こう側には誰もいない……。

 どこまでも真摯(しんし)に紳士を目指す伊華雌は、前人未踏の領域に足を踏み入れようとしていた!

 

「ありがとうございます」

 

 妄想を暴走させる伊華雌を尻目に、武内Pは表情を一切変えることなくまゆからスタミナドリンクを受け取る。

 

 固有スキル――〝フラグ・クラッシャー〟発動!

 〝まゆの体温で温められたスタドリ〟は無効化される!

 

「ねー、Pチャン。企画、どうだった? シンデレラの舞踏会、出来そう?」

 学校の制服に赤い眼鏡という〝マジメ・ネコチャン仕様〟のみくに訊かれて、武内Pは少しだけ照れくさそうに……。でも、誇らしげな笑みを浮かべる。

「プロデューサー会議での承認を得ることが出来ました。つきましては皆さんの希望を――」

 

「やったにゃぁぁああ――っ!」

「プロデューサー、ロックだねっ!」

 

 みくと李衣菜が同時に歓声を上げた。

 思わず首を触ってしまう武内Pを尻目に、二人はどんどん盛り上がる。

「みんなにも教えてあげないと!」

「じゃあ、シンデレラプロジェクトのライングループで――」

「みくたちでライブを作れるなんて最高にゃ!」

「最高にロックなステージにしたいなぁー」

「みくは、猫チャン1万匹ライブが――」

 ソファーの上ではしゃぐ二人のアイドルを見つめ、伊華雌は何ともいえない疎外感を噛み締めていた。

 きっと、自分が赤羽根Pのマイクだった〝空白の一週間〟の間にドラマがあったのだ。シンデレラプロジェクトのアイドル達が意見をかわして、紆余曲折の末にシンデレラの舞踏会の企画を完成させたのだと思う。

 その会議に参加できなかったことが残念で、自分がいなくても凄い企画が産まれてしまったことが、少しだけ寂しい。

「今回のライブは、皆さんの意見を積極的に取り入れていきたいと思っております。もちろん、全てを実現出来るわけではありませんが、出来る限りは皆さんの希望を取り入れていこうと思っておりますので――」

 武内Pの説明にみくと李衣菜は、窓から差し込む夕日よりもまぶしい笑顔を輝かせる。

 

「了解にゃ! みく達、すっごいアイディアたくさん出しちゃうんだから♪」

「最高にクールでロックなアイディア、期待していいからね、プロデューサー!」

 

 そしてまゆは、夕日よりも熱い気持ちを視線に込めて、

 

「まゆは、プロデューサーさんが望むことでしたら、なんでも……」

 

 その声色(こわいろ)に、視線に、愛情が溢れている。

 しかし武内Pは贈呈された愛情を、首に手をあてるだけでさらりとかわしてしまう。模範的な〝華麗にスルー〟。それを見た伊華雌は、あらためて思う。やはり武内Pは〝佐久間まゆ担当〟にふさわしい。

 もし仮に自分が〝望むこと、何でも……〟とか意味深なことを言われたら、頭の中で会議が始まってしまう。

 無駄に高い妄想力の全てが動員されて、白熱する議論はR18の垣根も越えて、結論が出る頃には夜が明けている。早朝の事務室で、放置された仕事を見つめて、俺は一体何をやっていたんだ……、とうち震える。出社してきた千川ちひろに、あなたは一体何をやっていたんですか! と怒鳴られて足が震える。懲戒免職待ったなし!

 

「それでは、自分は失礼します」

 

 武内Pはアイドル達に丁寧なお辞儀をして、シンデレラプロジェクトの事務室を出た。

 廊下を歩く武内Pは相変わらずゾンビの足取りで、たまらず伊華雌は声をかける。

 

〝とりあえず何か食べようぜ武ちゃん! メルヘンチェンジ、まだやってるっしょ?〟

 

 アイドルの笑顔で〝心〟を満たすことはできても、〝胃袋〟までは満たせない。(かすみ)を食って生きる仙人のように、アイドルの笑顔だけで生きていくことは出来ないのだ。

 

 ――いやしかし、どうだろう……?

 

 長年の修行を積めばあるいは、島村卯月等身大ポスターを眺めるだけで生きていける超生物になれるかもしれない……。人間の可能性は計り知れないのだから!

 まあ、その可能性はあるのだけど、今必要なのは超生物を目指すことじゃない。腸に栄養を送ること。武内Pをけしかけてご飯を食べさせなければ!

 伊華雌は口やかましいおかんのように『早くご飯を食べなさい!』と言いかけて――

 

 しかし、声を出せなくなってしまう。

 

 廊下の向こうから、制服姿の女の子がやって来る。アイドル事務所なのだから制服JKが廊下を闊歩(かっぽ)していることに疑問を挟む余地はないけど、しかし不思議に思ってしまう。

 

 ――あの女の子、可愛すぎじゃないか?

 

 〝人間〟というカテゴリーから逸脱して〝ラブリーマイエンジェル〟という種族にカテゴライズされている少女が近づいてくる。武内Pに気づくと、嬉しそうにはにかむ。

 それを見たイケメンもこっそりはにかむ。

 同じ〝はにかみ〟という動作であるが、その効果は大違い。人間だった頃に〝はにかみ〟を発動させて、果たしてどうなってしまったか?

 

 ――女・子供は悲鳴をあげて、男性はファイティングポーズをとる……。でも一人だけ、にっこり笑ってくれる人がいた。きちんとした服装で、優しい笑顔で、ちょっと署まで来てもらえる?

 

 伊華雌は悲しい過去を振り払い、目の前に降臨した天使の笑顔に集中する。

 

「プロデューサーさん、お疲れ様です!」

 

 制服姿の島村卯月――という名前の超生物が、武内Pを見上げていい笑顔を炸裂させた。

 

〝卯月ちゃん、今日もいい笑顔なんじゃぁぁああ――っ!〟

 

 卯月の〝ゼロ距離いい笑顔〟によって伊華雌は天に召された。汚れた魂を儚く散らした彼は、しかし最高にいい笑顔だったという……。

 

「さっき、みくちゃんがラインで教えてくれたんですけど、シンデレラの舞踏会、出来るんですねっ!」

 

 卯月の言葉の語尾がぴょんぴょん跳ねている。その言葉すらも笑顔であると思えてしまう。

 武内Pがうなずくと、卯月の喜びは加速する。よほど嬉しいのか、その場でステップを踏みはじめた。〝心を許した人の前では無邪気になっちゃう感〟が途方もなく可愛くて、伊華雌は再び逝ってしまう。

 

「舞踏会、楽しみですっ! わたし、いっぱいアイディア出しますからっ♪」

 

 卯月はまるで、魔法のドレスをもらったシンデレラみたいに全身で喜びを表現する。無邪気にはしゃぐ姿がとても愛らしい。伊華雌は〝あー駄目だ、また逝くわー〟とか思いながら本日三度目の昇天をしそうになって――踏みとどまった。

 

 ――さすがに逝きすぎだろ俺っ! こんなにガンガン昇天して……、そろそろ天使に門前払いされそうだよ! またお前かよ、帰れ! ぐらい言われそうだよ。……でも、しょうがない。こればっかりはどうにもならない。だって〝島村卯月〟という名前の愛天使(ラブリー・エンジェル)が可愛すぎるんだからぁぁああ――っ!

 

 伊華雌は短時間に連続で昇天しすぎてどうにかなりそうだった。幸せの過剰摂取で満身創痍。確かこんな症状に名前があった。えっと、あれは、テクノブレ――

「それでは、自分はこれで」

 武内Pが頭をさげた。それを卯月がいい笑顔で見送る。

「島村卯月、舞踏会のアイディア出し、がんばりますっ♪」

 卯月はなんと! 笑顔だけでは飽き足らず、両手にピースサインを作った……。

 

 ――エヘ顔ダブルピース……、だとぉッ!

 

 伊華雌は逝った。

 何度も逝った。

 だって卯月の笑顔が、記憶の中に存在する〝島村卯月フォルダ〟の中にあるどの笑顔よりもまぶしくて、こんなの逝くしかないじゃない! とか言いながら逝きまくる。

 そして、覚醒――。

 

 新しい称号を獲得しました:テクノブレイカー

 

 マイクの身でありながらテクノブレイクを経験した伊華雌は、その代償として意識を失った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 伊華雌が意識を取り戻した時、そこは346プロ社内カフェ――メルヘンチェンジだった。

 武内Pがちゃんとご飯を食べていることに伊華雌は安堵して、その物量にぎょっとする。茶碗の上にそびえたつご飯は、〝富士山〟という単語を思い浮かべてしまうほどの山盛り。

 

 ――きっと語尾にキャハ☆ってつけるあの子の仕業なんだろうな。

 

 伊華雌の予想は的中する。

「足りなかったらおかわりもありますからねっ!」

 キッチンから顔をのぞかせている安部菜々17歳が、しゃもじ片手に目尻をさげて微笑んでいる。その笑顔に、仕草に、伊華雌は幼少期の記憶を刺激されて口走ってしまう。

 

〝か、母ちゃん……っ!?〟

 

 しかしすぐに自分の言葉を否定する。安部菜々17歳がおかんなわけない。だって、17歳なのだ。17歳っていったら卯月と同い年。花の現役JKだ。母性を発揮できるわけがない。

 

 ――でも、何故だろう……。ウサミンを見てると童心にかえって、お母ちゃん! とか言いながら腰に抱きつきたくなる。現役JKであるウサミンに、どうして母性を感じてしまうんだぁぁああああ――――っ!

 

 伊華雌が〝ウサミン最大の謎〟と戦っていると、どこからともなくスマイリングが聞こえてくる。それは武内Pのスマホの着信音だった。

 武内Pはスマホの基本着信音を、みんな大好き島村卯月のスマイリングに設定している。

 たしかにスマイリングは名曲であるし、島村卯月の担当である武内Pがそれを着信音に設定するのは間違っていない――と言いたいところなのだけど、伊華雌はあえて否定する。スマイリングに限らず、誰かの個人曲を着信音に指定するのは控えたほうがいい。

 

 問題――

 武内Pのスマホから誰かの個人曲が流れたら、何が起こるでしょうか?

 

 正解――

 まゆの瞳から光が消えます。

 

 事務室にいる時に着信があって、スマホからスマイリングが流れた瞬間、まゆがどんな顔をしているのか? 武内Pは気にするべきだと伊華雌は思う。

 どうして一度、スマホの着信音が勝手にエブリディドリームに設定されていたのか? 真相を推理してゾクっとするべきだと思う。

 鈍感なのは武内Pの美徳であるけど、〝行き過ぎた鈍感・難聴は主人公を殺す〟という格言を教えてあげたほうがいいかもしれない。もしくは防刃チョッキをプレゼント。

 

「もしもし。――いえ、大丈夫です」

 

 食事の途中で電話を始めた武内Pを、安部菜々17歳がじっと見ている。それは見るからに不機嫌な目付き。例えるなら、食事中にTVばかり見て箸を動かさない子供を叱るカウントダウンに突入した母親の眼差し。

 ウサミンはしかし17歳。母親の目付きができる年齢じゃない。できるわけがないのに出来ているということは、つまりウサミンは17歳じゃなくて、でもウサミンは17歳だから、つまり、その……。

 

 ――17歳って、なんだろう?

 

 伊華雌が17歳という概念に哲学を感じていると、電話を終えた武内Pがスマホをテーブルの上に置いた。

〝武ちゃん、誰から?〟

 すかさず訊いた伊華雌に、武内Pは小声でこたえる。

「赤羽根さんからでした。会って話がしたいと」

 赤羽根Pと聞いて伊華雌は、待ってました! とテーブルを叩く感覚を覚えた。

 

 あの夜の説得が、果たして実を結んだのか? それとも徒労に終わったのか?

 結果発表の時間である。

 

〝すぐに行こうぜ、武ちゃん!〟

「はいっ」

 武内Pが立ち上がった瞬間、キッチンから様子をうかがっていたウサミンの表情が曇った。

「ちょっと、プロデューサーさんっ!」

 彼女はキッチンから飛び出すと、メイド服のフリルを揺らして武内Pに近付く。武内Pと並ぶと大人と子供にしか見えない体格差がある。しかしウサミンは堂々と武内Pを見上げ、母親の威厳をもって言い放つ。

 

「残さずに食べないとだめですよ! 食べ物を粗末にする人は、お尻ペンペンですからねっ!」

 

 菜々は人差し指を突き立てて〝めっ!〟と言わんばかりに視線を強める。

 武内Pはお母さんに怒られた子供みたいに、しゅんとしながら席についた。

 そして伊華雌は、菜々が発した〝お尻ペンペン〟という単語に強い違和感を覚える。

 完全に〝おかん〟の言葉である。だって、お尻ペンペンでお仕置きをするのはおかんに限るから。ご褒美でお尻ペンペンするお姉さんもいるけど、ウサミンはそれを脅し文句として使った。

 どうして安倍菜々17歳に、母性を感じてしまうのか?

 母親の面影を感じてしまうのか?

 どんなに頭を悩ませたところで答えは見つからない。

 

 謎は深まるばかりである……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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