マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第18話

 

 

 

 夜の時間を迎える新橋の駅前は賑わっていた。

 

 月曜日から居酒屋に繰り出そうと考えるサラリーマンは気合いの入った飲んべえである。迷わぬ足取りで赤提灯を目指す背中に常連の風格が漂う。そんな見るからに飲み馴れたおじさんの中にあって、武内Pも負けていない。体格の良いスーツの背中が、新橋を行き交うサラリーマンの中に溶け込んでいる。

 

 ――まあ、何気に結構来てるからな。

 

 武内Pは新橋の〝常連〟を名乗っても許されるんじゃないかと、伊華雌(いけめん)は思う。例の居酒屋に関しては何度も足を運んでいるし、赤羽根Pを巻き込んだ壮絶な飲み会――というか飲み地獄から大して日にちが経っていないと、歩道のすみに残る雪に教えられる。

 武内Pが白い息を弾ませながらいつもの居酒屋に到着すると、その入り口に待っていた赤羽根Pが手をあげた。

 

「武内っ!」

 

 その覇気のある声に、街灯に照らされた笑顔に、伊華雌は懐かしい気持ちになる。そういえばこの人、こんな笑い方をするんだったな……。昔のビデオを見た時のような気分になって、赤羽根Pが〝イケメンリア充〟という種族であるのだと思い出した。

「赤羽根さん、お疲れ様です。あの――」

 言葉を焦る武内Pを、しかし赤羽根Pは親しげに肩を叩いて黙らせる。

「とりあえず店に入ろうぜ。話はそれからだ」

 軽やかに、そして爽やかに主導権を奪い差って居酒屋の暖簾(のれん)をくぐる赤羽根P。その後ろ姿を見た伊華雌は、懐かしくも荒々しい感情に翻弄される。マイクという無機物に転生した今においても己の中に脈々と流れる陰キャの血が騒いでいる……。イケメンのイケメン的行動に対し理由なく突っかかりたくなって、リア充を起爆する呪詛(じゅそ)の言葉を唱えたくなる!

「待ってください」

 赤羽根Pの後を追って武内Pも居酒屋に入った。

 

「らっしゃっせーッ!」

 

 体育会系な挨拶が二人を出迎える。見るからに美味しそうな煙が立ち込めて、笑う声とジョッキをぶつける音が同時に襲ってきた。

 この店はいつ来ても変わらない。

 実はここだけ時間がループしてるんですよ、と店主に言われたらあっさり信じてしまう。そのくらいに変化がない。でも、そこが良いんだと思う。変わらない場所であることがこの店の魅力なのだ。だからこそ常連が通いつめている。いっそのこと店の名前を〝エンドレスエイト〟にすればいいんじゃないかとすら思う。

 そんなどうでもいいことを考えているうちに赤羽根Pはいつもの個室に入り、武内Pはテーブルを挟んで向かいに腰をおろした。

「ビールでいいか?」

 赤羽根Pの声に武内Pはうなずく。オーダーして、すぐにビールがきて、お通しが続いた。

 しかし乾杯は続かない。

 その前に訊きたいことがある。

 

〝武ちゃん、確かめよう〟

 

 伊華雌の言葉に武内Pはうなずいて、ジョッキをテーブルに置いた。

「あれからどうなったのか、訊いてもいいですか?」

 赤羽根は、あぁ……、と生返事をして、外と店内の気温差でくもってしまった眼鏡をハンカチでふき始めた。

 伊華雌は焦る気持ちを抑えつつ、赤羽根Pがメガネを拭き終わるのを待つ。

 きっと朗報だと思う。そう思えるだけの情報を赤羽根Pは見せている。服装は黒のスーツで、伊華雌の嫉妬心を日野茜ファイヤーっ! できるほどのイケメンな仕草と雰囲気を身に纏って。

 だから期待したいのだけど、油断できない。乾杯は事実を確認してからだ。

 メガネを拭き終わった赤羽根Pは、それをかけて、武内Pの視線を受け止める。

 

「この前は、ありがとな……」

 

 赤羽根Pは、一瞬、照れくさそうに視線を外して。でもすぐに武内Pを見つめなおして、自嘲するようなため息をつく。

「オレ、正直言って参ってた。961プロへ移籍して、そこのプロデューサーとして活躍する。――絶対にそうなるって思ってたから、あてが外れて、どうしていいのか分からなくて……」

 

 赤羽根Pと武内P。

 二人のプロデューサーが視線を交わし続ける。

 言葉以上の何かを読み取ろうとするかのように、互いの目から視線を外さない。

 

「高木社長に誘われて、でも、自信も勇気もなかった。黒井社長から、プロデューサーとして魅力がないって言われたの、結構ショックでさ……。高木社長の元へ行っても、失敗して迷惑かけるんじゃないかって。そう思うと、決断できなくて……」

 その言葉に、伊華雌は気付かされる。失意のあまり部屋にこもった赤羽根Pは、伊華雌が変態エア友達を量産している傍らでいろいろと考えていた。ただ呆然と、何も考えずにぼーっとしていたわけじゃない。

 

 ――ニート状態の時の俺なんて、そろそろ悟り開けるんじゃね? ってくらい何も考えてないんだけどなぁ……。まさに〝無の境地!〟って感じなんだけど……。

 

 引き込もり中の己の心境をかえりみた伊華雌は、赤羽根Pと自分の〝意識の違い〟みたいなものを思い知った。自分の意識があまりに低くて鬱になりかけた瞬間――、赤羽根Pが立ち上がる。

 

「お前に言われて、分かったんだ。オレとお前は、何が違うのか」

 

 赤羽根は、自分に言い聞かせるように。

 そして武内Pに訴えかけるように――

「オレは失敗を恐れていた。だから成功しているやり方を真似て、それで成果を出そうとした。武内は失敗を恐れなかった。だからたくさん失敗をして、でも、自分だけのプロデュースを手にいれた。きっとこれから、大きな成果をあげると思う」

 そして赤羽根Pは結論する。

 今の気持ちを、武内Pに伝える。

「オレは、お前みたいになりたい。失敗を恐れずに突き進んで、自分だけのプロデュースを見つけたい! だからっ!」

 赤羽根Pの手が、スーツの懐から小さな紙切れを差し出した。

 

「765プロの赤羽根です! よろしくお願いしますっ!」

 

 差し出された名刺を見つめて、しばし武内Pは沈黙する。

 ほんのわずかに、じんわりと目の湿度をあげて、込み上げてくるものをこらえようとするかのように口を引き結ぶ。

 そして、赤羽根Pと同じように立ち上がってスーツの懐から名刺を取り出す。

 

「346プロの武内です! よろしくお願いしますっ!」

 

 名刺交換。

 社会人の間で毎日のように行われている行為であるが、赤羽根Pと武内Pのそれには深い意味がある。それは、それぞれ別の道を歩むことになった同期の仲間がお互いの前途を祝福しながら背中を叩き合うような、余人の介入を許さない神聖な別れの儀式だった。

 そして赤羽根Pは、もう一枚、名刺を取り出した。

「あとこれ、ちひろにも」

 差し出された名刺を、しかし武内Pは受け取らない。

「今、呼んでみます。できれば直接」

「あぁ……、そうだな」

 スマホを取り出す武内Pを見て、赤羽根Pは不安げに眉をハの字にする。そして苦手な女性の来店に怯えるイケメンホストみたいな弱々しい声で、

「できれば、ちひろ一人だけを呼んでほしいんだけど……」

「えぇ、分かってます」

 苦笑する武内Pは、赤羽根Pの気持ちを充分に理解しているのだと伊華雌は思う。だって、武内Pも〝飲み会という名の地獄〟を共に乗り越えた戦友なのだから。高垣楓と差し向かいで一升瓶を空けたのだ。本当に346のお姉さまアイドル達の肝臓はどうなっているのか? 武内Pと赤羽根Pがつぶれた後も、まだまだこれから! のテンションを朝まで維持したバイタリティに戦慄を覚えるのは自分だけではないと思う。

「千川さんは、あと少しで仕事が終わるので駆けつけてくれるそうです」

「そうか……」

 視線を交わす二人のプロデューサー。

 そこにはあるのは、伊華雌には分からない彼らだけの空気。

 同期で入社した二人が、時間が経って、立場が変わって。

 それぞれの道を歩むことになって――。

 それがどんな気持ちなのか、伊華雌には分からない。

 

 ――就職とか、したことないし……。

 

「それにしても……」

 武内Pが、何かを思いだそうとするかのように目を細めて、ふふっと笑った。

「……何だよ、いきなりどうした?」

 不満顔でのぞきこんでくる赤羽根Pに、武内Pは珍しく無邪気に笑いながらこたえる。

「さっき赤羽根さんが、自分のようになりたいと言っていましたが……。その、自分も昔、同じようなことを言っていたんです」

「同じようなこと?」

 首をかしげる赤羽根Pに、武内Pはうなずいて、大切な思い出を語る子供の口調で話し始める。

「佐久間さんのプロデュースをしている時、どうやってプロデュースすればいいのか分からなくて、川島さんや城ヶ崎さんに相談したんです。その時、この居酒屋で訊いたんです。どうすれば、赤羽根さんのようになることができるのかと」

 そういえばそんなこともあったなと、伊華雌は思い出した。

 赤羽根Pのようになって佐久間まゆを振り向かせたいと言って――、叱られた。誰かの真似じゃなくて自分自身のやり方で勝負しなければ駄目だ。思えばあれは、価千金の金言だった。

「そんなことが、あったのか……」

「はい……」

 赤羽根Pと武内Pが視線を交わす。

 見つめ合って、笑みをかわして――。

 そんな二人の甘い空気が伊華雌には面白くない。

 

 ――こいつら、イチャコラしやがって……ッ!

 

 赤羽根Pを気にいらない理由は、単にイケメンでリア充だから、というだけではないのかもしれない。多分に〝嫉妬〟の感情が作用しているような気がする。武内Pから赤羽根Pへの好感度がやたらに高くて、それがどうにも気に食わない!

 どうやら〝嫉妬〟という感情は友人相手にも発生するらしい。

 そんなこと伊華雌は知らなかった。

 

 ――だって友達とか、いたことないし……。

 

「では、あらためて乾杯を……」

 ジョッキを持った武内Pを、しかし赤羽根Pは真面目な顔で制止する。

「その前に、話しておきたいことがあるんだ……」

 

 ――なんだよなんだよ! まさか告白でもしようってんじゃないでしょうねえ! そんなの、俺が許しませんよっ! いい加減にしないと同志佐久間まゆを召集してやるからな。そして二人で病んでやる……。俺が、俺達が――、ヤンデレだっ!

 

 嫉妬心をたかぶらせるあまりヤンデレの扉に手をかける伊華雌であったが、赤羽根Pがあまりに真剣な表情をしていたので、一旦病みを引っ込めた。

「高木社長の知り合いで善澤さんっていう芸能記者がいるんだけど、その人が気になることを言ってたんだ。961プロが、週刊誌をつかって346プロのアイドルを叩こうとしてるって」

 伊華雌の中に荒れ狂っていた嫉妬心が、すっと消えた。

 武内Pを守りたいのはもちろんだけど、アイドルだって守りたい。961プロの手先たる〝芸能セブン〟の言いたい放題やりたい放題のスキャンダル記事を看過するわけにはいかない。

「誰が、狙われているのですか?」

 武内Pはすでに臨戦態勢だった。ついさっきまで赤羽根Pと仲良く笑顔交換していたとは思えないほどに表情を引き締めている。

 伊華雌も〝総毛立つ猫の気持ちになるですよーッ!〟と心の中で叫びながら赤羽根Pの言葉を待つ。

 赤羽根Pは、一瞬だけためらってから、口を開く。

「961プロが狙っているのは――」

 彼はまるで、大病の告知をする医者のような重々しい口調で――

 

「島村卯月だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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