マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第19話

 

 

 

 赤羽根Pから情報をもらった週の芸能セブンに記事が載った。

 

 〝島村卯月、天使のような悪魔の笑顔〟

 

 そのタイトルだけでも伊華雌(いけめん)は世界を火の海に変えてやれるほどの怒りを燃え上がらせることができる。

 

 ――ラブリーマイエンジェル島村卯月を悪魔扱いするとは、よろしい……ならば戦争だッ! 今すぐ芸能セブンを出版している会社のホームページにアクセスして、F5キーを16連打でサーバーを焼き払ってくれるわ!

 

 そのくらい語気荒く怒り狂うはずの伊華雌であるが、何も言えなかった。怒りがあって、それ以上に動揺があって、どうしていいのか分からない……。

 

「これは、あんまりです……」

 

 武内Pが口を開いた。そこはシンデレラプロジェクトの事務室。平日の朝ということもあってアイドルも事務員もいない部屋に、明確な怒気を含んだ武内Pの低い声が響き渡る。彼の視線の先には机の上に広げた週刊誌の記事があり、繰り返し読んだ文面を眺めて伊華雌は思う。

 

 ――どうすりゃいいのか、分からねぇ……。

 

 武内Pがおもむろに立ち上がった。寡黙な表情そのままに、しかし殺し屋すら怖気づかせるほどの眼光を光らせて、荒っぽい手つきで週刊誌をつかんで握りしめた。そしてシンデレラプロジェクトの事務室を出ると、美城常務の執務室へ押しかけて糾弾する。

 

「これは名誉毀損ですっ! 訴えて、雑誌を差し止めさせてくださいッ!」

 

 武内Pは、握りしめてグシャグシャになった週刊誌を広げて、その表紙を美城常務へ突き付けた。しかし美城常務はそれを見ようとせずに、机の上へ視線を落とす。そこには武内Pが持っているのと同じ週刊誌があった。

「こちらが騒げば向こうは喜ぶ。相手にしないのが最善だ」

 美城常務は冷静だった。イヤリングをまるで揺らさずに、じっと武内Pを見据えて理解をうながしてくる。

「しかしッ!」

 感情を激する武内Pを落ち着かせようとするかのように、美城常務は週刊誌のページを開き、問題の記事を爪でトントンと叩く。

「残念ながらこれは事実だ。確かに書き方に悪意がある。大袈裟に装飾してある。しかし夏のライブで事故があったのは事実であるし、いまだその被害者が植物状態であるのも事実だ。346プロに過失責任がほとんどないと言っても、ライブで事故が起こってしまった事実を消すことはできない」

「でも、なんでこんなタイミングで……」

 悔しそうに週刊誌を握りしめる武内Pに、美城常務は敵軍の策略を認める指揮官のような無表情で、

「むしろこのタイミングだから、だろうな。961プロはいつでもこの記事を出すことができた。だから温存していた。346プロが攻勢を仕掛けてきたところで鼻っ柱をへし折ってやろうと画策していた」

 世の中はそういうものだと、達観する大人の眼差しをつくる美城常務が、熱くなっている武内Pの頭に冷水をかぶせようとするかのように思慮深い口調で語る。

「この記事はシンデレラの舞踏会を潰すために書かれたものと見て間違いない。島村卯月を潰して、連鎖的の他のアイドルも巻き込み、ライブを失敗させようと狙っている。明確な敵意のもとに作成された宣戦布告のようなものだ」

 美城常務と武内Pの視線が交差する。

 

 常務とプロデューサー。

 それぞれの立場で、それぞれの言葉で――

 

「君の仕事はアイドルを笑顔にすることだ。島村卯月の笑顔を守れ」

「……分かりました。自分は、自分に出来ることをします」

 

 うなずき、部屋を出る武内Pに、伊華雌は言葉をかけることができない。

 その辛そうな表情に胸が締め付けられてしまう。

 彼を苦しめている週刊誌の記事が憎い。

 

 でも、それ以上に――

 

 

 

 * * *

 

 

 

 武内Pがシンデレラプロジェクトの事務室に戻ると、ちひろがいて、その隣に凛がいた。

「渋谷、さん……」

 武内Pが戸惑うのも当然だった。今日は平日で、窓から差し込む朝日がまだ十分な勢力を保っている。時計を見るとまもなく9時で、高校生の凛が事務所にいてはいけない時間である。

 

「ちょっと、この記事なんなのッ!」

 

 凛がスクールバックから取り出したのは例の週刊誌だった。今朝から何度も見ている表紙を見て、そこに踊る文字を見て、伊華雌は食べ物を吐き出す感覚を思い出してしまう。

 凛はその雑誌をグシャっと握りしめて、悔しそうに唇を震わせながら、

「こんなの、ひどい。こんな言い方されたら、卯月……ッ!」

 卯月の名前が出た瞬間、武内Pは息を呑んだ。事故現場で子供の安否を確認している父親のような顔を凛に向けて、

「し、島村さんは、何か言っていましたか! この記事について……」

 凛は握りしめていた雑誌を武内Pの机に置くと、ブレザーのポケットからスマホを取り出して、ラインのやり取りを武内Pに見せた。

「卯月は、気にしてないって。アイドルをやっていたらこういうこともあるから、大丈夫だって」

「そう、ですか……」

 吐息をついて表情を緩めようとした武内Pは、しかしすぐに全身を強張らせる。

 アイドルの細い手が、スーツの襟首をつかむ。

 力を込めて、強引に自分の目線にプロデューサーの顔を持ってきて――

 

「真に受けないで……ッ!」

 

 緑色の瞳が湿っている。高ぶる感情に頬が上気している。その横顔に〝クール・プリンセス〟の面影はない。渋谷凛は、自分が何者かなんてどうでもいい、ただひたすらに荒れ狂う感情に支配されて、唇を震わせながら――

「卯月、大丈夫じゃないから。大丈夫なわけ、ないから……。夏のライブの時みたいに、大丈夫大丈夫って口だけで、笑うこともできなくなって、だから……ッ!」

 襟を掴んで震える凛の手を、武内Pの大きな手が包み込んだ。

 

「自分が、守ってみせます」

 

 武内Pは、吹き荒れる暴風雨のような凛の感情を、大きな体で受け止める。その体よりも大きな心で抱き締める。

「今度こそ、島村さんの笑顔を守ってみせます。絶対に、逃げません」

 その言葉を、待っていたのかもしれない。

 武内Pの襟から手を離した凛は、小刻みに震える自分の手を見て、武内Pの顔を見て、表情を緩める。

「……そうだよね。もう、前のあんたとは違うんだよね」

 武内Pは、ゆっくりとうなずいた。首をさわることもなく、目をそらすこともなく、凛を見据えて堂々と。

「あの、凛ちゃん。学校に……」

 ちひろに声をかけられて、凛はうなずく。

「……迷惑かけちゃって、ごめんなさい。学校には、遅れるって連絡しておきます」

 凛は最後にもう一度だけ武内Pを見た。何かを問いかけるような視線があって、安心して、いや……、安心したいと願う気持ちをかすかに緩めた口元にみせる。そして彼女は黒髪をひるがえし、シンデレラプロジェクトの事務室から出ていった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 プロデューサーとマイク。二人だけの事務室で、武内Pは話してくれた。

「去年のサマーライブで、事故があったんです」

 ライブにはアイドルが〝トロッコ〟と呼ばれる大きな箱に乗ってライブ会場をめぐる演出がある。後ろの席の観客にも間近でアイドルに声援を送ってもらうための演出だ。とても人気の高い演出で、ほとんどのプロダクションが可能であればトロッコをライブに組み込んでいる。

 そして、サマーライブ。

 ニュージェネレーションズを乗せたトロッコが会場を回っていた時のこと。

 

『卯月ちゅわぁぁああ――ッ!』

 

 それは、一際大きな歓声だった。

 声につられて視線を向けて、目が合っていたと卯月は証言している。

 その青年は憧れのアイドルと視線を交わして、興奮のあまり身を乗り出して、等間隔に並んだ黒服警備員の間をぬって通路に転がり落ちた。

 

 それが、致命傷になった。

 

 言ってしまえば〝当たり所が悪かった〟の一言で片付けられる不幸な事故だ。体勢を崩した瞬間、全ての物理現象が青年に牙を剥いて、最悪の場所を最悪の勢いで強打。青年は意識を失った。

 しかし卯月は、それを自分のせいだと言った。その青年と視線を交わして、自分の名前を呼んでいて、だからこれは自分のせいだと決めつけて落ち込んでしまう……。

 

「その時、自分は、落ち込んだ島村さんを励ますことができなくて、逃げてしまったんです……」

 

 これは不幸な事故であって卯月に責任はない。だから気にする必要はない。必死の説得を試みるも卯月は聞いてくれない。だんだん元気がなくなって、笑顔は輝きを失って、しかしどうすることもできなくて……。

 だから武内Pは、赤羽根Pに泣きついた。

 このままでは卯月がアイドルの世界を去ってしまう。でも、アイドル島村卯月はこんな所で終わっていいアイドルじゃない……。もっともっと輝くことのできる可能性を、潜在能力を秘めている!

 だから――

「自分は、ニュージェネレーションズの担当を赤羽根さんに代わってもらいました。赤羽根さんなら、なんとかしてくれると思いましたので……」

 赤羽根Pは持ち前の明るさとコミュニケーションスキル、つまりリア充スキルを発揮して卯月を復活させた。それを見た武内Pは、プロデューサーとしての能力の違いを痛感する。すっかり自信を喪失して、346プロを去ろうと決意してしまう。

「そして、マイクさんに出会いました。自分はマイクさんのおかげで、今もこうしてプロデューサーを続けることができています」

 微笑みに感謝の気持ちを滲ませる武内Pを、しかし伊華雌は怒鳴りつけてやりたくなる。その笑顔を受け取る資格が自分にはないと、号泣の感覚を胸に抱いて叫びたい。

 

 武内Pの話してくれたサマーライブの話には続きがある

 週刊誌の記事が〝その後〟を語っている。

 

 島村卯月の笑顔に魅了されるあまり醜態をさらして意識を失った青年。彼は今をもって植物状態であって、その意識は回復していない。346プロはライブ中に事故を起こしてしまったことを謝罪して、青年の治療費を請け負っている。それでも週刊誌の記事は悪しように346プロを責める。島村卯月を責める。その見当違いな糾弾に重みを持たせたいのか、家族に取材を敢行し、その青年の実名を記事に載せている。

 ライブ中に己の過失で怪我をして、卯月から笑顔を奪って、武内Pから自信を奪い去った青年の名前は――

 

 只野 伊華雌。

 

 大嫌いな自分の名前が、そこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 〝赤羽根P編〟終了になります。お付き合いいただき、まことにありがとうございますっ!

 次回より〝島村卯月編〟に突入いたします。長いお話になってしまいましたが、これにて最終章となります。ラストスパートかけて更新頻度を上げていきます。
 最後までお付き合いいただけると嬉しいですっ!


 ――遅ればせながらツイッターを始めました!

栗ノ原草介@魔法少女さんだいめっ☆
https://twitter.com/sousuke_anzuP

 小説のことや、アニメのことや、アイマスのことや、漫画のことをつぶやくと思います。二次元限定ツイートになる未来しか見えませんが、構っていただけると嬉しいですっ!














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