マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第1章 ― 佐久間まゆを再プロデュース ―
 第1話


 

 

 

 噂に聞いたことがある。

 

 346プロの本社には、従業員とアイドルしか入れないカフェがあるのだと。アイドル達が無防備にお茶を楽しんでいる、夢のようなカフェが存在しているのだと。

 

 ――噂は、本当だった。

 

 346プロ本社ビルの9階。

 エレベーターを降りた瞬間、このフロアが特別な場所であると伊華雌(いけめん)は理解した。珈琲の匂いと食器のすれる音と楽しげな笑い声とミミミンウーサミン。

 

〝いやっ、何でだよ! 何でウサミン!〟

 

 突っ込まずにはいられなかった。オシャレなカフェの雰囲気が、ウサミンコールで台無しだった。

 

「このカフェの店長が安部菜々さんでして、コールがセットになったメニューがあるんです」

 

 武内Pの説明に、つまりメイドカフェみたいなものかと理解した。そして、客としてアイドルがやってくるメイドカフェとか最強じゃないかと思った。

 

 実際に346プロ社内カフェ〝メルヘンチェンジ〟は最強だった。

 

 何が強いって、客が強い。ステージにあがれば数万人という観客を熱狂させることのできるアイドルが、当たり前のようにお茶をしている。城ヶ崎美嘉が、塩見周子が、速水奏が、テーブルを囲んで談笑している。隣のテーブルでは一ノ瀬志希と宮本フレデリカがじゃれあっている。

 

LiPPS(リップス)が大集合してるんですけど……ッ!〟

 

 視線を動かす度に伊華雌は興奮した。メローイエローがドーナツを囲んでいる。セクシーギルティーがカフェにアルコールを置くのはギルティか否か議論している。インディヴィジュアルズがキノコを囲み、ダークイルミネイトが闇に飲まれている。

 

 俺、来世はこのカフェの椅子に転生したいな……。

 

 伊華雌が将来のことを真剣に考えていると、メイド姿の安部菜々が近付いてきた。

 

「ご注文はお決まりですか? キャハ☆」

 

 至近距離で〝キャハ☆〟された。最高に可愛いかった。ただでさえ可愛いアイドルが愛嬌を振りまいたらどうなるのか、理解して悶絶した。

 

 キャハでこれなら、コールなら……?

 

「アイス珈琲を――」

 

〝武ちゃん! そのオーダー、ちょっと待ったッ!〟

 

 伊華雌は、はやる気持ちをおさえつつ、メニューへ視線を走らせた。

 そして、見つけた。

 

〝武ちゃん、オムライスにしようぜ!〟

 

 武内Pは、無言のまま首をさわった。戸惑いのジェスチャー。

 

〝ミミミンウサミンオムライス(ウサミンコール付き)を頼んでくれ! 俺はどうしても、菜々ちゃんのウサミンコールが聞きたいんじゃぁぁああ――――ッ!〟

 

 もしかしたら、ウサミン星からの電波が届いてしまったのかもしれない。もしくは、ただ単にメイド服のウサミンに心を奪われていたのかもしれない。

 

 とにかく――

 

 伊華雌は見たかった。ウサミンが小さな体を躍動(やくどう)させてミミミンミミミンしてくれるのを見たくて見たくて駄々をこねた。おもちゃ屋さんの前で子供が〝買って買って〟をエンドレスで繰り返すように駄々をこねた。

 

「……しかた、ないですね」

 

 武内Pが、折れてくれた。彼はためらいながらミミミンウサミンオムライス(ウサミンコール付き)を頼んでくれた。

 

〝ありがとう、武ちゃん! この恩は一生忘れないぜ!〟

「そんな、大袈裟(おおげさ)ですよ」

 

 照れながら笑う武内Pは、自分が何をしてしまったのか、分かってなかった。

 

 ――ミミミンウサミンオムライス(ウサミンコール付き)を注文するということが何を意味するのか?

 

 知っていたら笑う余裕なんてなかった。ってか、絶対に注文してなかった。

 

「お待たせしましたっ」

 

 菜々がオムライスを持って現れた。ケチャップが一切無い、ひたすら黄色いオムライス。それをテーブルに置くと、演技めいた仕草でポーズをとった。

 

「ピピっ、ウサミン星からの電波を受信しました。これからオムライスを、菜々にメルヘンチェンジしちゃいます!」

 

〝おぉっ、イベント発生! メイド喫茶の定番、ケチャップでお絵描きで萌え萌えキュン!〟

 

 伊華雌の想像を、しかしミミミンウサミンオムライスは上回る。

 

「それではお客さん、お願いしますっ! せーのっ!」

 

 店内BGMが、メルヘンチェンジの冒頭部分をリピートする。さあ歌え、と言わんばかりにミミミンミミミンウーサミン。さあどうぞっ、と言わんばかりに菜々が手拍子を入れてくる。

 

 まさかの参加形(さんかがた)イベントだった。

 えっ、ウサミンコール入れるの客側なの! みたいな……。

 

 伊華雌はもちろん、武内Pも固まっていた。それでも容赦なく続く手拍子と、BGMと、刺さる視線に、武内Pは強張った表情で冷汗(れいかん)をたらしながら――

 

「みみ……、みみ……、うーさ……」

 

 地獄には、受刑者を苦しめる刑場(けいば)が無数にあると聞くが、そのうちの一つに数えられるだろうなと思った。

 

 衆人環視(しゅうじんかんし)の中でミミミンウーサミン。

 

 赤羽根Pのような陽キャイケメンがやるならまだしも、武内Pのような強面(こわもて)の男性が一人(ひとり)ウサミンさせられるとか、本人の辛さを思うと申し訳なくて伊華雌は死にたくなった。

 

 しかし、地獄は始まったばっかりだった。

 本当の地獄はここからだった。

 

「ちょっと君」

 

 (とが)める声に振り返る。

 片桐早苗が、仁王立(におうだ)ちで腕を組んでいた。カフェなんだから静かにしろと、怒られるのかと思いきや――

 

「どこのプロデューサー君か知らないけど、そんな元気のないコールじゃアイドルをプロデュースなんて出来ないわよ! もっとほら、お腹から声だして!」

 

 セクシーギルティの三人が武内Pを取り囲んだ。

 もっと声だせと叱責(しっせき)してきた。サイキック複式呼吸をしろだの、牛さんのように元気よくだの、好き放題に言ってきた。

 カフェにいるアイドル達に見られながら、ウサミンコールを強要されて、世直しギルティの標的にされる。

 

 ――まさに、地獄ッ!

 

 伊華雌の中で自責の念が爆発するが、どうにもならない。こんなハードなメニューだと知っていたらおねだりなんてしなかったのにと、後悔するもどうにもならない。

 

「ミミミン! ミミミン! ウーサミンッ!」

 

 自棄(やけ)になって開き直った。そんな感じの声だった。ウサミンガチ勢の声援に匹敵する声量(せいりょう)を確認して、ようやくイベントは終了する。

 

「ありがとうございますっ! おかげで、エネルギーがたまりました! メルヘンチェーンジ!」

 

 菜々がポーズをとると同時に――

 

「ちょっと失礼するっす」

 

 メイド姿の荒木比奈が現れて、オムライスのキャンバスにケチャップでウサミンを描いた。その出来栄えに感心すると同時に、菜々がスプーンを差し出して――

 

「菜々のこと、残さず食べてくださいね。キャハ☆」

 

 店内BGMが元に戻った。世直しに満足したセクシーギルティが立ち去って、カフェに平穏がおとずれた。アイドル達はそれぞれの世界に戻り、武内Pは突き刺さるような視線から開放された。

 

〝……武ちゃん、……ごめんッ!〟

 

 伊華雌は、謝ることしか出来なかった。突然の羞恥プレイで武内Pを消耗させてしまって申し訳なかった。

 

「……いえ、気にしないでください。自分も、その――」

 

 ――楽しかったので。

 

 そんな風に言われて、ますます申し訳ない気持ちになった。

 だって――

 

 とても楽しそうには見えなかったから。

 彼の性格を考えても、こういうウェーイ系のイベント、苦手そうだったから。

 

 それなのに、怒るどころか気を遣ってくれる武内Pがいい奴すぎて、伊華雌は目頭が熱くなる感覚を思いだした。

 

「味も、おいしいです」

 

 いつの間にか、武内Pはオムライスを半分ほど食べていた。それもまた彼の気遣いに思えた。羞恥プレイを楽しんでいたことを態度で証明するために、ケチャップで書かれたウサミンを嬉々(きき)として崩しているように。

 

〝あんた、ほんとうにいい奴だな、ちくしょう……〟

 

 伊華雌の感動は、しかし長く続かない。彼のドルオタとしての嗅覚が、見るより速く察知した――

 

 恋に恋する乙女の波動。恋に無縁な伊華雌ですら、誰かを愛しく思いたくなる愛の波動。

 

 そんなオーラを出せるアイドルは、一人しかいない。

 

〝武ちゃん、今すぐそのオムライスを完食するんだ……ッ!〟

「待ってください。せっかくだから、きちんと味わいたいので――」

 

〝まゆちゃんが近くまで来てるんだよ! 萌えキュンオムライス食ってるシーンが初対面とか、格好つかないから!〟

 

「……ッ!」

 

 そもそも、武内Pと伊華雌は、遊びでカフェに来てるわけじゃない。プロデューサーとしての〝仕事〟でカフェを訪れている。

 本来ならばシンデレラプロジェクトの事務所に佐久間まゆをお迎えしたかったのだが、事務所は恐怖の地下室である。アイドルをお迎えするにふさわしい場所とは思えない。話し合いの結果、カフェで初対面の挨拶をするべきであると結論した。

 ミミミンウサミンオムライスにそそのかされていなければ、最高にオシャレな初対面を果たせるはずだったのに……。

 

〝武ちゃん! がんばれ! あと一口だ!〟

 

 武内Pは、フードファイターの剣幕でオムライスを頬張って、完食するなりスプーンを皿に放り投げた。

 

 そして、まゆが入口に現れた。

 武内Pは、ハンカチで口のケチャップをぬぐい、立ち上がった。

 

「あの、初めまし――」

「あれー、まゆちゃーん。どしたのー」

 

 城ヶ崎美嘉の声がまゆの視線を連れ去った。

 まゆは武内Pの前を通過して、LiPPS(リップス)のメンバーと話し始めてしまった。

 

 取り残された武内P。

 行き場を失った名刺。

 

〝武ちゃん、がんばれ! リトライだ!〟

 

 武内Pは小さく頷き、LiPPS(リップス)のテーブルに近づく。その度胸に、伊華雌は心の中で賞賛を送る。

 LiPPS(リップス)はアイドルであると同時に年頃の女子高生である。女子高生は、美しさと攻撃性を兼ね備えた生き物である。例えるなら〝スズメバチ〟のようなもので、群れた女子高生に近づくのは、スズメバチの巣に突撃するようなものである。

 

 少なくとも、伊華雌にとって女子高生はスズメバチだった。

 

 近づいただけでキモイと笑われ、(ののし)られた。ただ不細工であるというだけで攻撃された。

 蜂だって、理由がなければ人を襲うことはないのに……ッ!

 

 だから伊華雌は、条件反射でLiPPS(リップス)を恐れていた。

 しかし武内Pは、着実に歩を進めていた。

 足音に気づいて、一つ、また一つと視線が向けられる。それは、見知らぬ人間に対する警戒心を含んだ視線で、自分だったらこの時点で(ひる)んで撤退しているなと伊華雌は思った。いつも無邪気なフレちゃんや志希にゃんに睨まれるなんて、耐えられない。

 

 しかし武内Pは、美嘉と話すまゆに近づいて、名刺を差し出して――

 

「シンデレラプロジェクトの武内と言います。これから、佐久間さんの担当をさせていただきます。よろしくお願いします」

 

 差し出された名刺を、まゆは包み込むように優しく受け取る。

 そして――

 

 とても綺麗なお辞儀をした。

 こちらこそよろしくお願いしますの挨拶かと思った。

 

 ――違っていた。

 

 まゆは、武内Pへ視線を向けて、しかし別の何かを見るような、遠い目をして――

 

「ごめんなさい。まゆ、もうアイドルはやめようと思っているんです」

 

 え……。

 

 伊華雌の頭の中が、白くなった。

 てっきり、ソロで活動するのかと思っていた。それ以外、考えていなかった。佐久間まゆがアイドルじゃなくなるなんて、そんな――

 

「待ってください!」

 

 武内Pが、声をあげた。ウサミンコールなんて比べ物にならない、大きな声で――

 

「シンデレラプロジェクトは、確かに評判がよくありませんが、やめてしまうのは、その判断は――」

 

 武内Pは、なりふり構わず、懇願(こんがん)するように――

 

「自分が、変えますから。シンデレラプロジェクトを、他の部署に負けない、アイドルが輝ける場所に……ッ!」

 

 気持ちが、こもっていた。聞いているだけで思わず(こぶし)をにぎってしまう、強い気持ちがこもっていた。

 

 それを受けたまゆは、再び、綺麗なお辞儀をして――

 

「ごめんなさい……」

 

 緑色のブレザーをひるがえして、カフェから出ていってしまった。

 

「あーあ、フラれちゃったね」

 

 声をかけてきたのは城ヶ崎美嘉だった。彼女は武内Pの横に立つと、遠ざかるまゆの背中を眺めながら――

 

「あんた、シンデレラプロジェクトのプロデューサーなんだ。まゆちゃんの担当、になる予定の」

 

 カリスマJKモデルの肩書きを持つ彼女を、伊華雌は少し苦手だった。確かに綺麗だとは思うけど、挑発的ともとれる仕草が近所の毒舌(どくぜつ)女子高生とかぶってしまって苦手だった。

 

 けど――

 

 伊華雌が知っているのは、アイドルとしての城ヶ崎美嘉でしかない。素の姿なんて知るよしもないのだと、その時の美嘉の横顔を見て理解した。

 

 美嘉は、とても寂しそうな顔をしていた。

 カリスマの肩書きを背負ったライブステージでは、絶対に見せない顔だった。

 

「城ヶ崎さんは、佐久間さんと同じユニットでしたね」

 

 美嘉は、ため息とともに肩をすくめる。

 

「だった、って言うべきだろうね。まゆちゃんはもう、ハッピープリンセスから抜けちゃったわけだし」

「佐久間さんが抜けた理由を、ご存じでしたら教えていただきたいのですが」

 

 美嘉の目付きが、鋭くなる。武内Pのほうへ向き直り、腰に手をあてる。カリスマJKモデルとしての威厳を、鋭い視線に乗せて聞く――

 

「それは、なんで? 単なる好奇心なら、お断りだよ」

 

 武内Pは、美嘉の視線にひるまずに――

 

「自分は、佐久間さんに、もう一度アイドルとして輝いてもらいたいと思っています」

 

 そこからは視殺戦(しさつせん)だった。

 何かを試そうとする美嘉と、信念を貫こうとする武内P。睨みあう二人は、まるでこれから喧嘩を始めようとする不良のようで、菜々が様子をうかがっていた。

 

「ふうん……」

 

 先に目をそらしたのは美嘉だった。

 彼女は近くの椅子に座ると、向かいの椅子を指差した。

 

「あんた、本気みたいだから教えてあげる。座って」

 

 武内Pは、金縛りがとけたみたいに体勢を崩して、美嘉の向かいの席に座った。

 

「まゆちゃんが調子悪い原因ってさ――」

 

 聞かれたくない話なのだろう。美嘉はテーブルに身を乗り出して、武内Pの耳に口を近づけた。

 

 ――カリスマJKモデル城ヶ崎美嘉の、耳打ち!

 

 それだけで特別料金が発生しそうなシチュエーションに、伊華雌は興奮した。

 そしてすぐに反省した。

 武内Pと美嘉の真剣な表情に、不埒(ふらち)なことを考えてしまった己を恥じた。

 

「――分かり、ました」

 

 武内Pが、立ち上がった。美嘉に名刺を渡した。入れ違いに、美嘉もメモを差し出してきた。そこには、美嘉の電話番号が書いてあった。

 

「あたしにできることがあったら協力させてよ。あたしも、まゆちゃんにアイドル、続けてほしいし」

 

 美嘉の笑顔は、どこか寂しそうだった。今の美嘉は〝カリスマJKモデル城ヶ崎美嘉〟ではなく、城ヶ崎美嘉という名前の普通の少女だった。彼女の素の感情が、その表情に現れていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

〝まゆちゃん、何が原因なんだって?〟

 

 会計を済ませてカフェを出た武内Pに聞くと、彼は元から渋い顔を、さらに渋くして――

 

「佐久間さんをスカウトした、プロデューサーが原因のようです……」

 

〝プロデューサーが……?〟

 

 自分の中に生まれた熱い感情が、怒りであると認識するのに時間がかかった。それは、自覚が追い付かないほどの本能的な感情だった。

 プロデューサーのせいで佐久間まゆが調子を落として、アイドルの世界から去ろうとしている。

 

 よし、分かった。

 

 どこのどいつか知らないが、アイドルを傷つけたらどうなるか、分からせてやる必要があるようだ……ッ!

 

〝武ちゃん、今からそいつんとこ行こうぜ。そして、俺でそいつをぶん殴ってくれ! まゆちゃんを傷つけるやつに怒りの鉄拳制裁(てっけんせいさい)だッ!〟

 

 伊華雌の激情に、しかし武内Pは同調しない。

 首の後ろをさわって何かをためらっている。

 

〝そいつ、もしかして武ちゃんの知り合い?〟

 

 武内Pは、頷く。

 

〝もしかして、結構仲がいいとか?〟

 

 再び、頷く。

 

「佐久間さんをスカウトしたプロデューサーは――」

 

 武内Pは、いつも以上に歯切れの悪い口調で――

 

「赤羽根さんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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