マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第4話

 

 

 

 美城プロ社内カフェ――メルヘンチェンジで、武内Pと仁奈ママがテーブルを挟んで向かい合っている。

 スーツ姿で向かい合う姿は仕事の打ち合わせをしているように見えるけど、それにしては仁奈ママの視線が熱っぽい。見る人が見ればその視線の意味は一目瞭然。色恋沙汰に縁のない伊華雌(いけめん)にすら分かるのだ。

 しかし肝心の武内Pが、その視線の意味を理解しようとしてくれない!

 

「あの、食事をしてもよろしいでしょうか?」

 

 そんなことを言い出して、よりによっていつもの大食いメニューを注文した。

 せっかくのラブコメな雰囲気を叩き斬るかのような行為である。だって、例えばギャルゲーでカフェへ行って、『どれを注文する?』っていう選択肢が出た場合に――

 

 1、コーヒー

 2、パンケーキ

 3、日替わり大盛り定食

 

 ――明らかに3は選んじゃいけないやつでしょ! 好感度がしゅーん、って下がるやつだよっ!

 

 ギャルゲーの経験に関しては豊富であると胸を張れる伊華雌である。その知識を元に考えると、武内Pが選ぶべきはこっひー、――じゃなくてコーヒーだと思う。できればブラックで渋くキメてほしい。武内Pの男らしさが際立って、好感度がぐーんと上昇する。

 それなのに武内Pは、大盛のご飯としょうが焼きという〝ガテン系メニュー〟をガツガツ食べている。

 

 ――ちゃんとご飯を食べてくれるのは嬉しいけど、タイミングが……。

 

 さすがに呆れられてしまったのではと思う伊華雌の視線の先で、しかし仁奈ママは相変わらず熱っぽい視線を向けている。むしろその温度が上昇したような……。

 そして彼女は、カフェオレを一口飲んで言うのだった。

 

「武内さん、よく食べるんですね。仁奈みたい……」

 

 母性が! 母性が刺激されている。なるほどギャルゲーの攻略対象はうら若きJKばかりで、子持ちバツ1とかいない。母親の視線で見れば、たくさん食べる男性は子供と重なって好感度が上昇するのかもしれない。

 

 つまり、〝大盛り日替わり定食〟がまさかの正解だった!

 

 次に仁奈ママが何をしてくるか? もはや伊華雌はまるで想像できない。

 唯一の恋愛経験であるギャルゲーの知識が役に立たないのだ。伊華雌にはもう、まゆとちっひが通りかからないように祈ることぐらいしかできない……。

 

「あの……」

 

 口火を切る。そんな言葉がふさわしい、決意に満ちた眼差しと口調。

 仁奈ママはもてあそんでいたカフェオレをテーブルに置いて、武内Pをじっと見つめる。

「わたし、武内さんに感謝しているんです」

 その真剣な言葉の響きに、武内Pは茶碗を置いた。

 

 武内Pと仁奈ママ。

 二人の視線が交差する。

 

「武内さんのおかげで、わたしも、仁奈も、笑顔になれました。あの時アイドルを辞めさせていたら、きっとこんなふうに笑うことはできなかった……。だから――」

 仁奈ママは母親として、一人の女性として、武内Pへ最高の笑顔を送る。

「ありがとうございます、武内さんっ」

 そして武内Pは、割りばしを皿に置いて、じっと仁奈ママの顔を見つめて――

 

「いい、笑顔です」

 

 その一言で、撃ち抜いた。

 仁奈ママのハートを、容赦なく、ずきゅーんと!

 

「へぁっ、あの……。ありがとう、ございま……」

 

 ただでさえ小さい体を縮めながら頬を真っ赤に染める仁奈ママ。

 ずずっと、食後のお茶をすする武内P。

 

 ――何でだよ! 何でお茶すすってんだよ! ちょっとはママにキュンキュンしようぜ武ちゃん!

 

 伊華雌の心の叫びは、もちろん届かない。

 武内Pと仁奈ママの温度差は縮まらない。

 

 かたや初恋の相手と初デートしている乙女みたいにどぎまぎしている。

 かたや大衆食堂で食事を終えたサラリーマンみたいにまったりしている。

 

 さすがに仁奈ママが不憫に思えた。応援してあげたくなるけど、それをやったら緑の人と赤い人に恨まれてしまう……。

 仁奈ママを応援するべきか否か、悩む伊華雌であったが、そもそもその必要はなかった。

 

 仁奈ママには最強の味方がいる。

 

 誰よりも彼女を愛し、遠慮という言葉をしらない。勢いが重要である〝恋愛〟において心強い味方になる。

 

 たんたんたん。

 

 元気な足音が駆けてくる。メルヘチェンジに入ってきた彼女を、安部菜々17歳は笑顔でむかえる。もう一人の店員が『ママはあっちだぞ☆』と教えた。

 そして彼女――市原仁奈は、武内Pと母親の並ぶテーブルにたどり着いて、開口一番――

 

「ママとパパ、仲良しでごぜーますね!」

 

 その言葉に深い意味はない。

 武内Pをパパと呼ぶのはままごと遊びの名残であって、つまり紛らわしいあだ名のようなものである。……いや、この場合は〝しゃれにならないあだ名〟と言うべきかもしれない。

 

「に、仁奈っ! なっなっ、何をっ!」

 

 仁奈ママは慌てて、椅子から転げ落ちるようにして愛娘の両肩を抱く。

 しかし仁奈はキョトンとしている。

 

「どうしたでごぜーますか? 武内プロデューサーはパパでごぜーますよ。ママも家で言ってるでごぜーます。武内プロデューサーがパパならい――」

「わっ、わーっ! あーっ!」

 

 仁奈ママは必死に仁奈の口を塞ぎながら大声をあげる。

 伊華雌は仁奈の言葉を繰り返して、気づいてしまう。

 

 ――今の発言、間接的なプロポーズだったような……。

 

 仁奈ママは完全にパニック状態で、財布から千円札を抜き取るとそれをテーブルの上に置いて、まだ何か話そうとする仁奈を抱き抱えてメルヘンチェンジから逃げようとする。

 

「市原さんっ!」

 

 武内Pが声を上げた。

 いつになく真剣な表情で立ち上がる。

 仁奈ママは足をとめて、ゆっくりと振り返る。

 

 ――これはまさか、仁奈ママフラグが、成就……っ!?

 

 雰囲気は恋愛ドラマのラストシーン。武内Pが、僕もあなたのことが好きです、とか言った瞬間、リア充専用曲みたいヤツがどこからともなく流れ始めてハッピーエンド。

 その可能性は、しかしゼロではないと伊華雌は思う。

 もし仮に武内Pが〝年上好き〟だったとしたら、仁奈ママエンドも充分あり得る。

 

 伊華雌は固唾をのんで二人を見守る。

 仁奈ママは、仁奈を抱えたまま頬を赤くして言葉を待つ。

 そして武内Pは、テーブルの上の千円札を手に取って――

 

「これは、もらいすぎです」

 

 仁奈ママが頼んだのはカフェオレ一杯300円で、確かに千円はもらいすぎだ。指摘して返却するのが社会人の務めであるけど――

 

 ――他にもっと言うことあるんじゃないかな武ちゃん! ほら、何かを期待していた仁奈ママが、恋人からのメールかと思ったらスパムメールでした、みたいな顔してるからぁ!

 

 仁奈ママは抱えていた仁奈を降ろすと、曖昧な笑みを浮かべた。そして仁奈と手をつなぎながら、大きなため息をついた。

 

「今、こまかいのがないので、とっておいてください」

 

 仁奈ママは武内Pが何か言うより早く背をむけた。そのまま仁奈の手を引いてメルヘンチェンジを後にする。

 武内Pは残された千円札を見つめて、首の後ろを触った。

 

「見ーちゃった☆」

 

 武内Pに声をかけてきたのはメルヘンチェンジのバイト店員。

 アイドル事務所の社内カフェである。店長はもちろん、バイト店員もアイドルがやっている。今日のバイトは菜々の友人で、アイドルにしては大きな体で、その存在感はもっと大きい。

 

〝げーっ、しゅがはっ!〟

 

 伊華雌は思わず声をあげてしまった。

 誤解を招く場面を見られたくないアイドル――佐藤心が、武内Pへ好奇心旺盛な瞳を向けている。

 

「さっきの、どういうこと? 仁奈ちゃんのママと禁断のスウィーティー? やーん、はあと気になる! 飲みものおごってあげるから、はあとにこっそり教えてよ。教えろ☆」

 

 そして、訊問が始まる。

 

 テーブルを挟み向かい合って座る心は芸能リポーターさながら武内Pと仁奈ママの〝スウィーティーな話〟を訊きだそうとする。仁奈が自分のことを〝パパ〟と呼ぶのはままごと遊びの名残であると、口下手な武内Pはうまく説明することができない。キッチンの影から様子を見ていたウサミンもいつのまにか訊問に参加して、その状況を一言で総括すると――

 

 誤解を解くのが大変でした!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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