マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第2話

 

 

 

 佐久間まゆは、赤羽根Pが渋谷でスカウトしたアイドルである。

 

 その時まゆは、読者モデルをやっていたが、スカウトをきっかけにそれをやめて、アイドル活動に専念した。

 

 ――あれは、アイドルに夢中なったんじゃなくて〝プロデューサーに夢中〟だったんだよね。

 

 美嘉の話によると、まゆは赤羽根Pに恋をしていたらしい。そのことを知らないハッピープリンセスのメンバーはいないと、断言できるくらいの溺愛(できあい)だったらしい。プロデューサーさんのために頑張りますと、メンバーの前で堂々と公言していたらしい。

 

 ――様子がおかしくなりはじめたのは、ハッピープリンセスがユニットとして軌道に乗った頃だった。

 

 プロデューサーは、複数のアイドルを同時に担当する。その数は、プロデューサーとしての能力が高ければ高いほど多くなる。

 

 そして、赤羽根Pは非常に優秀なプロデューサーだった。

 

 当然ながら、多数のアイドルを担当するようになり、その比重は駆け出しの新人に重きがおかれるようになる。

 リップス、メローイエロー、インディヴィジュアルズ。

 赤羽根Pは、次々とユニットを立ち上げて、アイドル達を輝かせた。

 

 ――そして、赤羽根Pに見てもらえなくなったまゆは、輝きを失った……。

 

〝つまりさー、釣った魚にエサやれよゴルア! って話なんだよな!〟

 

「……マイクさん、やけに怒ってませんか」

〝俺は、女の子をないがしろにするイケメンが大嫌いなんだよ。釣った魚にエサやらないとか――、じゃあその魚、俺によこせってんだよちっくしょぉぉおお――――ッ!〟

 

 伊華雌(いけめん)はキレていた。

 佐久間まゆほどの美少女から溺愛されておきながら、背を向けて他の女にうつつを抜かす。イケメン特有のハーレミーな行動に、激しい嫉妬を覚えてぶちギレていた。

 

〝武ちゃん、今から赤羽根のところへ行くぞ。もっとまゆちゃんを大事にしろと、説教してやるんだ! 言葉で分からなければ俺でぶん殴れッ!〟

 

「……分かりました。暴力には賛成できませんが、佐久間さんの気持ちを伝えることは、確かに必要かもしれません」

 

 武内Pは、カフェのある9階から、赤羽根Pの担当している部署へ向かった。

 

 プロジェクト クローネ。

 

 ビルの8階を割り当てられていた。窓から差し込む陽光が、廊下に並ぶ観葉植物を喜ばせていた。

 シンデレラプロジェクトのクソ地下室とは大違いだった。

 あそこで育つ植物といったらキノコぐらいしか思い浮かばない。

 

 得意の嫉妬で黒い感情を増幅させる伊華雌だが、ドアが開いて、出てきたアイドルを見るなりその汚い感情が消し飛んだ。

 

 丁度、ドアをノックしようとした武内Pと鉢合わせるタイミングだった。

 長い黒髪をなびかせて出てきた彼女は、ドアの向こうに人がいることに気付いて緑色の目を見開いた。

 

 渋谷凛だった。

 制服姿だった。

 

 そもそも、日本の制服というやつは、世界レベルで評判がいい。

 外人が日本のアニメを絶賛する理由の一つに制服女子の魅力があり、日常的にそれを着用している文化があると知るなり賞賛と羨望の感情が爆発するらしい。女の子が好きなのか制服が好きなのか区別できないくらいに制服は魅力的だと豪語して、それを日常的に鑑賞できる日本は最高デースと絶賛するらしい。

 つまり何を言いたいかというと――

 

 制服を着た渋谷凛とか、鬼に金棒状態です本当にありがとうございますマイクに転生して良かった!

 

 ライブでは見ることのできない制服姿の渋谷凛に生きる喜びをかみ締める伊華雌だったが、その喜びは長く続かない。

 

 渋谷凛が、睨んできた。

 近所の毒舌(どくぜつ)女子高生を思い出してしまうほどの敵意に満ちた視線だった。それはもちろん、伊華雌に対するものではない。

 彼女は、武内Pを睨みつけて――

 

「あんた、卯月の担当に戻りたいって、本当?」

 

 言葉尻が、震えていた。今にも爆発しそうな感情を抑えているのが伝わってきた。

 武内Pが頷くと、抑えていた感情が――

 

「余計なことしないでよ!」

 

 廊下を歩く全ての人が、振り返るほどの声だった。

 

「卯月のこと、諦めたくせに。見捨てたくせに、今更……」

「いえっ、見捨てたわけでは――」

 

 武内Pの弁解を、しかし凛は許さない。大きくかぶりを振って長い髪をゆらし、そして再び睨みつけて――

 

「同じことだよ。自分じゃどうにもならないからって、逃げて、他人に押し付けて……。赤羽根さんがいなかったら、卯月、アイドルやめてたかもしれないんだよ……ッ!」

 

 反論のために開けた口から、言葉が出ることはなかった。

 

 沈黙する武内Pをしばらく睨みつけていた凛は、厳しい表情そのままに武内Pのわきをすり抜け、独り言のように――

 

「余計なこと、しなくていいから……」

 

 彼女の足音が消えるまで、武内Pは硬直していた。

 何があったのかしらないが、凛の剣幕は相当なものだった。近所の毒舌(どくぜつ)女子高生なんて話にならない気迫(きはく)だった。武内Pは完全に打ちのめされていた。ここは一旦、出直したほうがいいかと思ったが――

 

「……大丈夫です」

 

 武内Pは、伊華雌を握り、何かを振り払うかのように大きくかぶりを振って――

 

「今は、佐久間さんです」

 

 ドアをノックした。返事を待ってドアを開け、赤羽根Pと対面した。

 

「凛にずいぶんと怒られてたな。まあ、あまり気にするな」

 

 赤羽根Pは、イケメン特有のさわやかな笑みで迎えてくれた。

 

 イケメンという人種は実に厄介なもので、話してみると〝いい奴〟であることが多いのだ。油断をすると好印象をもってしまいそうになるが、騙されてはいけない。

 

 こいつらは、一人で女子を独占する不届(ふとど)き者なのだ。

 

 特にこの赤羽根というイケメンPは、こともあろうにアイドルを一人ダメにしようとしているのだ。

 強い気持ちをもって討ち入りを果たさなければならない。

 

〝武ちゃん、まどわされるな。斬りかかれッ!〟

 

 武内Pは頷いて、まゆの話を切り出した。担当になるから話を聞きたいという口実で、赤羽根Pがまゆのことをどう思っているか確かめた――

 

「まゆの気持ちに、応えることは出来ない」

 

 赤羽根Pは、あっさりと言った。何の罪悪感もない、無邪気な笑みで――

 

「オレ達プロデューサーは、たくさんのアイドルを担当するだろ? 一人に時間をかけることって、できないからさ」

「……では、担当するアイドルの数を、調整するというのは?」

 

 赤羽根Pは、じっと武内Pの顔を見つめて――

 

 笑った。

 

 それは決して、嫌味な笑い方ではなかった。しかし、どこか呆れるような笑い方で――

 

「お前らしい考え方だな。つまり、アイドルに合わせて、自分を変えていこうってわけだ」

 

 頷く武内Pに、赤羽根Pは、真剣な顔で――

 

「オレは、違う。オレは、プロデュースに合わせて、アイドルに変わってもらいたいと思っている」

「しかしそれでは、適応できなくて脱落するアイドルが出てしまいます」

 

 赤羽根Pは、口元に笑みを浮かべて――

 

「そうだな。それは仕方のないことだ。アイドルには適性がある。脱落するってことは、適性がなかったってことだ」

「それは、そうかもしれませんが……」

 

 二人のプロデュースに対する考え方は、根本的に違っている。アイドルに対する認識が、どうしようもなくズレている。

 

「最近、961プロの社長に会ったんだ」

 

 赤羽根Pは、尊敬の眼差しを窓の外へ向けた。そこにあるのは、遠くからでもよく見える巨大なビル。業界最大手である961プロの本社ビル。

 

「農家と一緒だって、言ったんだ。扱うものが、野菜かアイドルかってだけで、やるべきことは農家と一緒だって。たくさん作って、商品にならないものを除外して、売れるものを売る。そのやり方で、961プロは業界1位の実績を作った」

「……赤羽根さんは、その意見に賛成なんですか? 商品価値の無いアイドルは、切り捨てるという」

 

 赤羽根Pは、立ち上がって、窓に近づいた。陽光をあびてギラギラと輝く961プロの本社ビルを睨んで――

 

「武内。お前、野望はないのか?」

「……野望、ですか?」

 

 首をかしげる武内Pに、赤羽根Pは背を向けて――

 

「オレは、トッププロデューサーになりたい。961プロの社長のように、業界にこの人ありといわれるような、プロデューサーになりたい。そのためには、もっとも成功している人間のやり方を模倣するのが一番の近道だと思うんだ」

 

 振り返って笑う赤羽根Pに、嫌味はない。将来の夢をかたる少年のような、無邪気な笑みがそこにあった。

 

 彼の言うことは、正しいのかもしれない。

 彼のやり方が、正解なのかもしれない。

 

 でも――

 

 賛成する気にはなれなかった。

 赤羽根Pのやり方は、正しいけど、正しくないような気がした。

 アイドルの気持ちをないがしろにするそのやり方が、正解だとは思いたくなかった。

 

「……自分は、賛成できません」

 

 伊華雌の気持ちを、武内Pが代弁してくれた。

 

「誰かを犠牲にしてまで、成果を出したいとは思えません……」

 

 すると赤羽根Pは、やはり嫌味なく笑って――

 

「お前らしい意見だな。まあ、優しいのはいいことだと思うけど――」

 

 そこから先を、赤羽根Pは言わなかった。

 それはきっと、同期に対する優しさであり、そんな気遣いがまたイケメンだなと思うけど、言いたいことは伝わってきた。

 

 ――武内Pのやり方では、成果が出せない。

 

 もう、絶対に負けられないと思った。赤羽根Pに負けるということは、彼のやり方が正しいと証明することになってしまう。

 

 アイドルを野菜のように扱う冷酷なやり方は、間違っていると証明してやりたいと思った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

〝武ちゃんは、どう思う……?〟

 

 シンデレラプロジェクトの地下室へ戻るエレベーターの中。

 武内Pは、B2へ向かって進むランプを見上げて――

 

「赤羽根さんのやり方は、きっと間違ってないのだと思います。実際に、赤羽根さんは成果を出しています」

〝そうだけど……。じゃあ――〟

 

 伊華雌は、ライブステージで輝く彼女のことを思い出しながら――

 

〝まゆちゃんは、もうダメだって、思うのか?〟

 

 武内Pは、すぐに返事をしなかった。エレベータを降りて、地下室へ繋がる扉の前で、足をとめて――

 

「佐久間さんは、まだ、アイドルとして輝けると思います。いや……」

 

 ――輝いて欲しいと、思います。

 

 武内Pの気持ちを確認して、伊華雌は自分がマイクであることを悔やんだ。もし自分が人間であれば、力強く肩を組んで同意していたのに。

 

〝絶対にまゆちゃん、復活させてやろうぜ〟

 

 これは、赤羽根Pに対する宣戦布告であると思った。

 彼の切り捨てたアイドルを再び輝かせることで、彼のやり方が間違っていると証明してやるのだ。

 

「しかし、どうすれば佐久間さんに、アイドル活動に対する意欲をとりもどしてもらえるのでしょうか……」

 

 赤羽根Pを説得してまゆに対する関心を取り戻してもらうのが、いわゆる正攻法(せいこうほう)だった。

 しかしそれは、望めない。赤羽根Pのプロデュース方針からして、脱落したアイドルに関心を持つことはないだろう。

 赤羽根P以外でまゆを復活させる方法を探さなければならない。

 

〝一つ、試してみたいことがある〟

 

 伊華雌は、自信があった。

 アイドルの世界には、アイドルとプロデューサーと、そしてもう一人、重要な登場人物がいるのだ。

 

「何か、思い当たる節があるのですか?」

 

 階段をおりる足をとめた武内Pに、言ってやる――

 

〝まゆちゃんの、ファンの力を借りるんだ〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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