元新選組の斬れない男(再筆版)   作:えび^^

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プロローグ1

 赤ん坊になり、物心がつくまで育った私は、ようやく自我というモノを手に入れた。それまではぼんやりと夢の中にいるような感覚であったが、日毎に夢が覚めていくように意識がはっきりとし、ようやく物事を考えられるようになったのだ。

 初めて感じたのは違和感。それは、前世の記憶であった。

 

 前世で私は、平成という元号の時代に生きていた。成人は超えていたと思うが、何歳まで生きていたのか、どのような知り合いがいたのか、何が好きだったのか、どうも記憶がはっきりしない。死んだ記憶もない。

 ただ一つはっきりしていることは、どうやら私は転生したようだということだけだ。

 私が知ることのできる範囲の、生活様式、文化レベル、暮らす人々の情報から、どうも江戸時代に転生したようだった。

 

 

 生まれ変わった私の新しい名前は、浜口竜之介という。ちなみに竜之介の名前には、竜のように強い男になって欲しいとの父の願いが込められていると、母から聞いた。

 父は醤油の卸問屋を商いにしており、母との仲は良好。兄弟は、二人の兄と一人の姉がおり、皆私をかわいがってくれた。

 家業は好調なようで、かなり裕福な暮らしをすることができているように思う。少なくとも食べるモノには困ることはなかった。

 

 私が10歳になった頃に、父は私を近所の道場に連れて行った。父は武士に憧れている節があるようで、私に武士の真似事というか、剣術を学んで欲しいようであった。本当は兄上たちにも剣術をさせたかったようだが、大事な跡取りには怪我をされては困るとか、家業を継ぐための勉強の時間が必要だとか、様々理由で道場に連れてこれなかったのだと聞かされた。

 私が連れていかれた道場は、試衛館というところであった。

 

 私は試衛館に通うようになり、初めて友と呼べる存在ができた。厳しい稽古で苦楽を共にし、切磋琢磨しながら剣術を磨くことが、何よりも喜びであった。

 特に同年代である沖田に対して、密かにライバルと認定し、何度も勝負を持ち掛けていたのだが、なかなか勝つことができない。体型は私の方が恵まれ、背丈も彼より一回り大きく、膂力も上回っていた。なのに勝てない。

 

 私はその時、『技』というものを体で理解した。どんなに強い体でも、『技』がなければ強くなれない。自分よりも力の小さなものにすら負ける可能性がある。

 それからひたすら、同門の仲間を観察し、『技』を鍛えた。どうすれば力が弱くても剣が振るえるのか、どうすれば体が弱くても打ち込みに耐えられるのか。わからないところは聞き、

教えてもらえないことは目で盗む。

 剣術だけでは足りないと思い、一見、関係のなさそうな棒術、槍術、柔術などの『技』も盗み剣術に落とし込んでいく。そういった工夫を稽古で見せるたびに、仲間が驚き、私を褒め、認めてくれる。

 私は剣術が、他のどんなことよりも楽しかった。

 

 そうして熱心に稽古を行う姿を、先生からも見どころがあると褒められ、父も機嫌を良くしてくれた。ありがたいことに、周囲の理解もあり、誰もが剣術に打ち込むことを何も咎めずにいてくれた。

 私は幸せだった。

 

 

 そのまま、剣術を学び幾ばくかの時が流れた。私が15を過ぎたころ、道場の仲間に誘われて、将軍上洛の警護のため、京へ行くこととなった。母は最後まで反対したが、父は立派に務めを果たしてこいと、応援してくれた。

 この頃確信したのだが、試衛館の仲良くしているメンバーは近藤先生、土方さん、沖田…。どう考えても新選組である。

 京での活動は、おそらく危険が伴うであろう。史実での新選組の活動内容についてはよく知らないが、その後の歴史の流れを鑑みると、命の危険もあるだろう。しかしこの時、私には自分の剣に対する確かな自信があった。名だたる新選組メンバーの中にいて、恥ずかしくない剣術の腕を持ち、もしかすると、私の愛すべき友人たちの未来を、より良い方向に変えることができるのではないのだろうかと。

 

 それは私の思い上がりであった。

 

 

 京都での活動は地獄であった。平和な場所で過ごしていた私には、日常的に人が殺し殺される世界は耐え難いものがあった。その世界に染まりきることを良しとしない心の弱さ故に、私には人を殺す覚悟を最後まで持つことができなかった。

 

 

 初めての斬り合いになった際の私の相手は、平山といった。私が所属していた壬生浪士組の、同じ仲間だった男だ。

 

 壬生浪士組として活動していた私たちは、激しい内部抗争を行っていた。近藤先生を担ぎたい試衛館の陣営、芹沢鴨を筆頭とする水戸派の陣営。

 試衛館に所属していたため、私は近藤先生の陣営に所属していたが、維新志士を前に仲間割れなどするべきではないと思っていた。近藤先生も同じ思いであった。

 確かに、芹沢は傲慢なところもあり、気に食わない男とは思っていたが、人間気に食わないからと人と合わせられないのは器量が小さいと思い、私は水戸派の人間とも分け隔てなく人付き合いをしていた。土方さんはあまりいい顔をしなかったが。

 

 平山は、少々短慮なところが目立ち粗暴ではあるが、根は悪人ではなく、むしろ不器用といった方がしっくりくる人間であった。剣の腕は立ち(無論、私の方が強かったのだが)、稽古もよく一緒にした。

 

 

 ある日、深夜に土方さんに呼ばれ、芹沢暗殺の計画を話された。土方さんはこのままでは芹沢が組織の棟梁になり、我々の志と全く違う組織になるのではないかと危惧していた。私は反対した。同志を殺すなど、士道に反すると。しかし、芹沢の暗殺はもう決まっていたことだったようで、思うところはあるようであるが、私の意見に表立って賛成してくれる人はいなかった。

 そして土方さんは私に言うのだ。この困難を乗り越える覚悟こそが、我々に必要な士道だと。

 

 それは血まみれの道であった。

 

 私たちは夜遅くに就寝中の芹沢達を奇襲した。芹沢を斬ったのは、近藤先生であったらしい。私は見ていない。

 私はというと、芹沢を守るための障害になるであろう平山を抑えるため、沖田ともに平山の部屋に向かった。部屋に踏み込んだ際は、気配に気づかれており、平山は刀を構えていた。

 暗殺すべきは芹沢のみ。そう考えていた私は、平山の腕を斬り戦闘不能にすると、沖田を芹沢の方に送り出し、その場で待機した。

 芹沢暗殺の報を待つ間、平山に恨み言を言われ、泣き言を言われ、命乞いをされた、ように思う。正直にいうと、初めて人を斬った感触に震えており、それどころではなかった。外の音が遠くなり、ただぼんやりと窓の外の月を眺めていた。あの日は三日月だったと思う。

 

 

 しばらくすると、土方さんたちが戻ってきた。平山の手当の許可を取ろうと口を開きかけると、禍根を残すから殺せと言った。目の前の、戦うことのできない侍を。私がなんとか助命を願い出ようと、二言三言話すと、沖田が助太刀と称して平山の首を刎ねた。

 私は人が人を殺す様子を、初めて見た。

 

 

 それからしばらくして、壬生浪士組は新選組と名前を変え大きくなっていった。私も『副長助勤』という大層な肩書を拝命し、部下を率いるようになった。

 戦闘になると、止めは人に任せ、敵を戦闘不能にすることだけを考えた。私が学んだ『技』の中に、人間の弱点というものがあったので、それを応用した。人の弱点を微妙にずらして切れば、出血は少なく、死なさずにいさせることができる。

 部下からは手柄を譲ってくださる気前のいい上司と思われていたと、後に聞いた。そんなもの、欲しければいくらでもくれてやるのに。

 

 しかし、止めを刺すのが自分ではないだけで、私の部下に殺させている、いや、その前に動けないように相手を斬っているのだから、私が殺したことと同じだ。

 『副長助勤』として三度目の出撃の後、私がしていることは、あの日土方さんが動けない平山を斬れといったことと同じなのだと気づいてしまった。

 

 

 その夜、土方さんに部屋に行き、人を斬りたくないと相談した。私はボコボコに殴られた。私が人を殺す覚悟ができていないと、士道不覚語であるから切腹させてくれと泣きつくと、さらに10発程殴られた。

 その後、部屋に戻るように言われ、布団に入った。目を閉じると自分が『殺した』人の顔が浮かんでは消え眠れなかった。

 次の日の朝、幹部の隊士の目の前で副長直属の『捕縛方』という役職に命じられた。

 

 『捕縛方』とは攘夷志士を殺さずに捕らえる役職で、相手を殺すことを禁じる役目だと、隊士の前で説明された。試衛館組以外の隊士から白い目で見られたが、土方さんの殺さずに敵を捕らえる理を説き、殺さずに捕らえることがどれ程難しいのか説明してくれたため、その場は収まった。

 隊士への説明が終わると、土方さんは私に近づきこっそり耳打ちしたのだ。

「切腹は許さん。生きることがお前の士道だ」

 と。

 

 その日から刀の代わりに木刀を携え、京を歩き回ることになった。土方さんが周りの文句を抑え込むためにかなり頻繁に出撃命令を私に下し、私もそれに応えて志士を捕らえてくると周りからの白い目や揶揄も次第になくなっていった。

 私が捕縛した志士達の大半は、拷問か死罪となり、その結果を見て、あぁ私も人殺しの片棒を担いでいるんだなと思うことはあれど、直接自分の手を汚し、人を殺すことはできなかった。

 

 

 




再筆に伴い人を斬れない話や新選組関連のお話を追加しています。


17.08.23修正箇所
・転生設定の追加に伴い、冒頭に転生したことを示す描写を追加。
・それに伴い、一部文章をドラクエ版(旧版)に戻しました。
・新選組に行き、京へ行く動機を追加。

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