元新選組の斬れない男(再筆版)   作:えび^^

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 座敷席に座り、牛鍋が煮えるのを待つ。店内を見渡すと、家族で牛鍋を食べている客も多いが、牛鍋をつまみに昼間っから酒を飲んでいる客もいる。まぁまぁの盛況具合に満足だ。この調子であれば赤べこ亭は安泰だろう。

 

「なぁなぁ、竜之介。さっきの女給誰だよ」

「誰って、うちの嫁だよ。私のこと旦那って言ってたでしょ」

「浜口殿、結婚してたのでござるか」

「あれ? 言ってませんでしたっけ?」

 

 この二人、意外そうな顔してやがる。まったく失礼しちゃうね。

 

「それにしても浜口さんの奥さん、綺麗だったわねぇ」

 

 神谷さんがしみじみと呟く。そう!そういう反応をして欲しいの!もっとウチの嫁を褒めて!なんて考えながらニヤける表情を抑えようと必死に努力していると…。

 

 

「なっちょらん!」

 

 薩摩弁の大声が響き渡る。ビックリした。

 ギョッとして声がしたほうを見ると、近くの席の酔っ払い三人組が大声で怒鳴り合っている。自由民権運動がどうだとか、板垣先生がああだとか。

 

「自由民権運動の壮士のようでござるな」

 

 壮士だか何だか知らんが、静かにして欲しいもんだね。まったく。

 酔っ払いに眉をひそめていると、さよがこちらに近づいてきた。

 

豆茶(コーヒー)4つお待たせしました」

「あれ、頼んでないよ?」

「これはおまけさ。いつもお世話になってる皆さんにこれくらいご奉仕したって、バチは当たらないだろ?わずかばかりのおもてなしさ」

 

 ニコッと笑いながら豆茶(コーヒー)を配るさよさん。心づかいが憎いね。皆お礼を言いながら豆茶(コーヒー)に口を付ける。オイ弥彦!うちの嫁をみて顔を赤くするんじゃない。

 

「妙さんに聞いたんだけどさ、そこの人たち、たまにくる人達なんだけど、酔うといつもああなっちゃうみたいなんだ。他の席が空いたら席を移動させるから、もう少し我慢してね」

 

 去り際にさよに、耳打ちされた。逆にそこまで気を使われると申し訳ない気持ちになってしまうね。うーむ。

 むむっ?背後から不穏な気配が…。

 

 

 ガシャーン。

 

「いてっ、おわっ! あちちちっ」

 

 私の後頭部に何かが当たった。その拍子で飲みかけの豆茶(コーヒー)を零してしまった。

 

「浜口さんっ!」

「大丈夫でござるか?」

 

 感触からして陶器が当たったような気がするけど、なんなんだ一体。それにしても薩摩弁のケンカ声がやけに耳に入ってくる。だいぶ白熱してるようで、ホントうるさいなぁ。

 

「人に銚子投げつけておいて、何議論してんだ! んなコト後にして謝れコラ!」

 

 弥彦の怒鳴り声でだいたい理解した。あの自由民権運動の酔っ払い壮士が原因か。それにしても弥彦、私のために怒ってくれるなんていい奴だな。

 

「うるさい! ガキの分際で我々自由民権運動の壮士に意見するなど百年早いわ!」

 

 さっきまでケンカしてたくせに、あの酔っ払いども、こういう時だけ息が合いやがる。はぁ、どうしよ。弥彦も言い返すもんだから収拾がつかなくなってきたな。

 

「お客様、困ります。周りのお客様にご迷惑なのでやめていただけませんか」

 

 慌ててさよがケンカの仲裁に入る。でも、ダメだ、危ないよ。

 

「黙れ! 女の分際で貴様も盾つく気か!」

「ひっ!」

「おっと」

 

 酔っ払いに突き飛ばされたさよを、背中に『惡』の一文字が入った服を着たトリ頭の男が受け止めた。

 

「おいおい自由民権運動ってのは弱い者のためにあるもんだろ。それを唱える壮士がこんな真似しちゃいけねえな」

 

 トリ頭はニヤリと笑いながら言葉を続ける。

 

「それとも何だ。あんた達の言う自由民権運動ってえのは酔いに任せて暴れる自由のコトかい?」

「なんだと貴様!我々にケンカを売るのか?」

「はい、そこまで!」

 

 そういうと私は立ち上がり、トリ頭と酔っ払いの間に立ちふさがる。このまま放っておいてもトリ頭が丸く収めそうな気もするが、それでは癪だ。ケンカは結構だけど、流血沙汰になっても迷惑だし、何より私の気が収まらない。

 怒気が表に出ないように、ニコニコ笑った表情を意識しながら、酔っ払いに話しかける。

 

「お兄さんたち、ちょっと酔っぱらいすぎですね」

「なっ、なんだよ。酒を出す店で酔っぱらっちゃ…。悪ぃかよ」

 

 なんで、ちょっとビビってるんだよ。先ほどまでの威勢はどうしたよ。

 酔っ払い三人組の先頭にいる、一番体格のいい男の顔を平手で軽く叩く。パシッと小気味いい音が店内に響き渡る。

 

「いっ…」

 

 ストンと体から力が抜け、男は倒れた。

 

「なっ、何をしたんだよ!」

 

 後ろの男がきょどりながら叫ぶが、お構いなく同じように意識を刈り取っていく。カラクリは簡単だ。顎を叩いて脳みそを揺さぶり、意識を失わせているだけのことである。最も、弱っている相手や格下の相手にしか使えないため、それほど万能ではないのだが。

 

 私はこの技を『脳振打(のうしんだ)』と名付けた。

 

 人を殺さずに動きを止めるため、前世のボクシングの知識を参考に思いついた技だ。気合がある志士達は腕の骨を折っても足の骨を折っても抵抗してくるもんだから、安全に捕縛するために必要に迫られて編み出した技だ。

 

 酔っ払いが意識を失うと、店内の人たちは何が起こったのかよくわかっていないのか、みんなキョトンとしている。

 

「権兵衛さーん。酔っぱらった客が寝ちゃったから外に運び出すの手伝ってもらえませんかー」

 

 厨房に向かって、応援を呼ぶ。一人で三往復して運ぶのめんどくさいからね。最初に眠らせたお客を店の外に運びつつ、心配だったさよに話しかける。

 

「怪我はない? 大丈夫」

「ああ。大丈夫さ。これぐらい何ともないよ」

「そうかい? 無茶はしないでよ」

「…うん。竜さんこそ、危ない真似はあまりしないでおくれよ」

「むむっ」

 

 暗に先ほどの件を咎められてしまった。バツが悪いので黙って酔っ払い運搬作業を再開する。

 

「よぅ、俺の喧嘩かと思ったんだが、横から取られちまったな。どうやったかは知らんが、アンタ拳法家か? 一瞬で相手を眠らせるなんてただもんじゃねぇな」

 

 トリ頭の男は酔っ払いを運び出す作業を手伝いつつ、そう話しかけてきた。

 

「別に喧嘩じゃないですよ。酔っ払いが急に寝ちゃっただけです」

「ふーん、じゃあそう言うことにしといてやるよ。それより、あんたどうだい。俺の喧嘩買わねぇか。面白い喧嘩になりそうだ」

「喧嘩は嫌いなんで勘弁してくださいよ」

 

 喧嘩狂かコイツは。危ない奴だ。

 

 

 酔っ払いを片付け終わったので、お礼とともに自己紹介をしておく。ちょっと危ない感じがする人だけど、悪い人ではなさそうだし、礼節って大事よね。

 

「お手伝いありがとうございました。私は浜口竜之介と申します。あの、お名前を伺っても?」

「俺か?俺は『喧嘩屋』斬左(ざんざ)。町外れの破落戸長屋(ごろつきながや)に居っからよ。喧嘩買いたくなったらいつでも来てくれや」

 

 手をひらひらさせながら、斬左(ざんざ)は人ごみに紛れて去っていった。風のような人だなぁ…。

 

「あっ!」

「わっ、びっくりしたな。さよ、急にどうした?」

「竜さん、あの人お勘定払ってないよ!」 




再筆に伴い『ねむりこうげき』を『脳振打(のうしんだ)』に変更し、技の説明を追加。
脳振打(のうしんだ)』のアイデアは、転生版の感想より勝手に拝借しました。問題ありましたら、ご連絡ください。


17.08.23変更点
・一部表現を変更しました。

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