元新選組の斬れない男(再筆版)   作:えび^^

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「さてと、それじゃあ準備しようかな」

 

 私は持ってきた風呂敷を広げると、手甲と鉢金を取り出した。新選組時代に使用していた代物であるが、骨董品と呼ぶにはまだ早い。普段は蔵の中に死蔵されているのだが、たまに手入れをしており、保管状態は悪くない。相手が相手なので、さすがに『コレ』無しでは厳しいかと思い、引っ張り出してきたのだ。

 

 あの頃を思い出しながら、まずは手甲を装着する。これを使うのは10年振りか、いやそれ以上だな。

 この手甲は、手首から前腕部にかけて厚めの鉄板が仕込まれている特注品で、生半可な斬撃をはじく防御力を持っている。木刀で相手の刀を受け止めることができない問題を解決するための苦肉の策で、せめて避けられないときは手甲で受けれるようにと改良したものだ。重い分、多少剣が扱いづらくはなるが、軽い木刀を使う分には、あまり気にならない。

 

 …うん。付け心地は悪くない。少しあの頃より重く感じるが、手を開いたり握ったりしても違和感はないな。

 

 そして次に鉢金だ。これはまぁ気休めというかお守りみたいなものだ。つやのない黒い鉄板の、額に当たる位置には、あまり目立たないが『誠』の文字が彫られている。付けるたびに心が引き締まる。

 今までに何百回と繰り返してきたいつもの儀式を終え、今夜現れる相手の顔を想像し、しばし瞑目する。…よし。

 

「へぇ、随分と気合が入ってるじゃねぇか。似合ってるぜ」

 

 目を開けると、ニヤリと笑いながらこちらを見つめる左之助が立っていた。

 

「えぇ、私の大切な一張羅です。格好いいでしょ?」

 

 こちらもニヤリと笑いながら、軽口をたたく。程よく力が抜け、心地が良い。少し気を張りすぎていたかな。

 犯行予告時間までは、まだまだ先が長い。さて、どう過ごしたものか。

 

 

 警備を始めたものの、黒笠が現れる気配はなく、暇なまま時間が過ぎていく。初めのうちは部屋の中をうろついてみたり、窓から外を覗いてみたりして暇をつぶしていたのだが何も起こらない。

 過去の事件から、犯人は時間に厳しく、遅刻もなければ早出もないことがわかっている。予想通りといえば予想通りであるのだが…。襲撃する方が能動的で楽だな。

 剣心さんと左之助はどこから持ってきたのか、将棋を指し始めた。することもない私は、壁にもたれかかり、木刀を抱き、二人の将棋を眺めながら待つこととした。

 

 

 

「うぎゃああああああ!」

 

 犯行予告時刻の5分前が過ぎたころ、外から叫び声がした。室内の護衛団達がにわかにざわつき出す。急いで窓を開けて外を見ると、庭で警護していた警官が血まみれで倒れている。ついに来たか。

 

「来るぞ! 最前列は拙者達で固める! 他の者は後ろに続け!」

 

 剣心さんの指示に従い護衛団が室内をドタドタと駆け回る。そんな中、状況を呑み込めずオロオロする谷氏。先ほどの悪いイメージを払拭する意味でもフォローするか。

 

「大丈夫ですよ。谷さん。私たちが守りますので真ん中にいてください」

 

 相手を安心させることを意識して、ニコッと笑いかけるが。谷氏は狂ったように首を上下に振るばかりだ。…命が狙われているのだ。平静ではいられないのだろう。

 

「オイッ、竜之介。谷十三郎(ブタまんじゅう)で遊んでる場合じゃねえぞ!」

 

 左之助に怒られてしまった。こういった場合、護衛対象の気持ちに配慮することも、必要だと思うんだけどなぁ。

 

 

 ボーン、ボーン…。

 

 

 柱時計の鐘が鳴り響き、室内に緊張感が走る。犯行予定時刻だ。皆、部屋からの唯一の出入り口である扉に注目している。近くから尋常ならざる気配を感じる。

 来たか…。

 

 

 

 柱時計の鐘が鳴りやみ、数秒。

 

「けっ、何だ脅しかよ」

 

 ザシュッ!

 

 油断した護衛団の一人が背後から斬り付けられた。窓だ。黒笠は屋敷の壁をよじ登ってきたのか、窓から室内へと侵入してきた。

 白の着流しに『黒笠』を被った長身の男。彼が『黒笠』か。笠の隙間から見える瞳には狂気が窺える。

 

「うふふ…。いるいる。命知らずの蟲共(むしども)が…」

 

 私は笠の隙間から見えた彼の顔を見て、小さくため息をつく。やはりあなたでしたか…。

 

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ…。14、5匹か。思ったよりは少ないな」

 

 こちらの人数を数えながらニヤニヤと笑う『黒笠』。その異様な雰囲気にのまれた護衛団の面々は皆一様に固まっている。

 

「あれが兇賊『黒笠』か。成程、あの目は危険すぎるな」

「わかるでござるか左之。奴は拙者が相手をする。お主と浜口殿は谷殿を…」

「申し訳ないですが、ここは私に譲ってください」

 

 二人の間を通り抜け、『黒笠』の前に立ちふさがる。

 

「アレは新選組(うち)の不始末ですので」

 

 さて、どうしたものか。正眼に木刀を構え、いつでも動けるように臨戦態勢を整える。この距離であれば有効距離範囲内だ。

 

 

 

「何ボケっとしとるかお前達! さっさとかからんか! 高い給金を払っているんだ! きちっと働け!」

 

 真っ青な顔の谷氏が護衛団の面々に煽りを入れる。

 

「奴を倒した者には五倍払ってやる。陸軍省士官も世話してやる!」

 

 まったく、余計なことを…。谷氏の発破に欲を見せた数人が、『黒笠』に殺到する。

 

「よっしゃあ士官はもらったァ!」

「いや、某がいただく!」

「やめろ!」

 

 必死に叫び制止するが、彼らを止めることはできない。

 

「うふっ、うふふっ。うふわはは!」

 

 不気味に笑いながら、自らに殺到した護衛団達を切り捨てる『黒笠』。

 まずいな。呑まれる。

 

 

「うわぁ!」

「ひぃぃぃ…」

 

 目の前で味方を斬り殺され、護衛団達が浮足立っている。

 

「下がれ! てめぇら雑魚助共が相手じゃ相手にならねぇ!」

 

 左之助の必死の叫びにも統制を取り戻せず、このままでは烏合の衆になり果ててしまう…!

 

「逃がさんよ!」

 

 『黒笠』が、カッと目を見開くと、我先にと逃げ出そうとしていた護衛団達の動きが止まる。

 使ったな。『心の一方』を。

 

 

 このタイミングだ。

 

 

 私は距離を一気に詰めると、『黒笠』の右腕を狙い突きを繰り出す。瞬間、気づいた『黒笠』が横なぎに剣を払い、私の木刀を払い落とす未来が見えた。剣先を思い切り下げ、強引に足を止める。私の見た未来の通り、『黒笠』の剣が横へ振るわれる。その剣を躱し、再び『黒笠』に向かい『縮地』。『黒笠』のつま先を指す木刀の切っ先を、手首の力で強引に持ち上げる。狙うは顎。意識を刈り取る。

 

 バッ!

 

 外したか。ぎりぎりのタイミングで後ろに逃げられ、捕らえられたのは『黒笠』のみ。笠を飛ばされ、素顔を晒した彼の顔は、先ほどとは打って変わって苦々しい。

 

 

「お久しぶりですね。『鵜堂』さん。また、人様に迷惑をかけて。意味も無く人を殺すのはいい加減にやめたらどうです?」

 

 ニコニコ笑顔で鵜堂さんを見つめて煽る。相手の心を乱すことも立派な兵法だ。

 

「竜之介!コイツのこと知っているのか!?」

「えぇ、まぁそうですね。昔の同僚です」

 

 私は淡々と鵜堂さんのことを語った。

 

 『二階堂平法』という凄腕の剣術の使い手、鵜堂刃衛(うどうじんえ)。新選組に所属し、多くの維新志士を斬ったが、それ以上に不要な殺人を繰り返した異常殺人者。その異常性に危うさを感じた土方さんの命令で粛清部隊が差し向けられるも、返り討ちにし逃走。

 その後はどの藩にも属さず、金で雇われ人を斬り続けた。…幕府側も維新志士側も関係なくだ。

 そうして付いたあだ名が『浮浪人斬り(はぐれひときり)』。

 

 

 

「誰かと思えば人を斬れぬ『出来損ない』か…! いや、それよりも貴様。なぜ『心の一方』が効かぬ!」

 

 自慢の技を破られてご立腹か。自分より格下と思っていた私に技を破られたことが、彼のプライドを傷つけたのだろう。笑みを深めながら、私は口を開く。

 

「簡単なことですよ。『心の一方』とは相手の恐れに付け入る『技』。あなたのことなんかちっとも怖くない私には、一切効きません」

 

 納得できない鵜堂さんは、なんどもこちらに『心の一方』をかけるべくガンを飛ばしてくるが、なんともない。顔は斎藤さんの方が怖いし、雰囲気は土方さんの方が上だ。土方さんの場合、怖いというより、手も出るから痛みもあるしね。

 今回の犯行でも、外の警護を切り殺した際にわざと大きな悲鳴をあげさせ、室内に侵入した瞬間も、時計の鐘が鳴りやみ空気が弛緩した瞬間、そこで奇襲してきた。不気味な笑いも、奇妙な喋り方も、すべて『心の一方』を効果的に使うための『演出』だ。

 『狂気』の裏に隠された『合理』。この人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「チッ、興が削がれた。斬奸状(ざんかんじょう)の予告を果たし…、さっさと帰らせて貰う!」

 

 私を無視し、谷氏の方へと襲い掛かる鵜堂さん。谷氏は『心の一方』の影響で動けないようだ。まずい…!

 

「谷殿! 気合を入れて術を解け!」

「あひっー!」

 

 剣心さんのアドバイスも谷殿の耳に届かず、このままでは…。

 

「うっらぁ!王手にゃあ…、まだ早ェぜ!」

 

 気合一閃。『心の一方』を破った左之助が、近場にあった等身大の洋風の石像を、谷氏に襲い掛からんとする鵜堂さんに叩きつけた。

 

「どうだ!」

「うふふ」

 

 なんとか谷氏は守られたようだ。ファインプレーだよ左之助。しかし、再びニヤニヤと笑う鵜堂さんに、いやな予感が…。

 

「うぐっ!」

「うふわははははははははは!!」

 

 左之助の右腕が折れた刀に刺された。先ほどの石像の一撃により刀が折れたのだろうか。

 

 

「刃衛ェー!」

 

 鬼のような形相の剣心さんが鵜堂さんに襲い掛かり激しく打ち合う。激しすぎて手助けしようがないな。あれは。

 その様子を見守りながら、自分の心に引っかかったことを必死に考える。なんだ、この違和感は。

 

 

 私を障害と見るや否や、鵜堂さんは予告を成立させるために谷氏に襲い掛かかった。斬奸状(ざんかんじょう)に何故こだわる?そこに『合理』はない。殺すことが『目的』だとするならば、その『合理』的な理由とは…。

 あぁそうか。この人は、昔っから何にも変わっちゃいなかった。

 

 ゴギャァァァ。

 

 剣心さんが逆刃刀で鵜堂さんの右側頭部を強打する。ヤベェ音がした。

 鵜堂さんは体勢を立て直し剣心さんをにらみつけている。ちょうど良いので話しかけるか。

 

 

「鵜堂さん、今回は誰に頼まれたんですか?」

 

 そう、この人は昔と何も変わっちゃいない。今もまた、誰かに頼まれて金をもらい、人を斬り続けていただけだ。そうであれば、警察が躍起になって探しても『黒笠』を見つけられなかった理由もわかる。良く見れば着ているものは清潔、飢餓の様子もなく健康そうに見える。いくら強かろうと、単独で警察から逃走しつつ衣食住を整えることはできない。

 協力者、というよりは依頼人だな。それも人を囲い殺人を依頼できるだけの財力と、容易に警察が手出しできないような権力を持った人物。鵜堂さんは、おそらくソイツに囲われている。

 鵜堂さんは無差別に殺しすぎた。恨みを買いすぎた。敵を作りすぎた。居場所がなくなった。だからこそ、その依頼人の庇護が無ければ、誰かの道具に成り下がらなければまともに生きていくことができなくなってしまったのではないか。

 …いや、これ以上はやめよう。今は目の前の鵜堂さんに集中しなくては。

 

 

 鵜堂さんの顔つきが変わる。先ほどのような殺しを楽しんでいた『フリ』をやめ、激昂し、『鬼』のような表情だ。入口であった窓に飛び退き、こちらを指差し喚きたてる。

 

 

「『出来損ない』風情が小賢しい! 標的変更、まずはお前からだ、『出来損ない』! 近いうちに再びお前の前に現れよう。その時はその木刀をへし折ってやる! 覚えてろ!」

 




 独自解釈とアンチ・ヘイトに該当しそうなのでタグ追加しました。

 「心の一方」は一種の催眠術であると作中で開設されていましたが、相手の心理状態にたぶんに影響するであろうから、『ビビっているとかかりやすくなる。』と解釈しました。

17.08.26 更新
 竜之介が『縮地』を使う描写を削除しました。普遍的な技術として『縮地』を出そうと思っていたのですが、瀬田宗次郎と同等のことができるとの解釈になってしまい、また瀬田宗次郎未登場の現段階では、その描写ができないためです。設定ミスでした。
 たとえるのであれば、竜之介も瀬田も『カーブ』を投げれるのだけれど、瀬田の方がすごい『カーブ』を投げられる。
 だけど瀬田未登場の段階だと、竜之介が『カーブ』を投げれるけれど瀬田と比較しようがないので、竜之介も瀬田と同じ『カーブ』が投げられるように見えてしまう。というような感じです。
 わかりにくくてすいません。
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