現在、私はさよに連れられて居間に来ている。もちろん正座だ。鉢金と籠手はとりあえず外して脇に置いてある。
今のところ何も言われていないのは、おそらく行動として正解なのであろう。言葉を交わさずとも何をすればよいのか自然に伝わる。以心伝心。夫婦の絆を感じずにはいられない。
「竜さん。いつまで黙ってるの?」
いかんいかん、余計なことを考えすぎた。 さて、なんと言い訳をしようか…。
「えっとですね、その…。実は警察署の浦村さんに頼まれてですね…」
「嘘はダメ」
「いやっ、嘘はついていな…」
「誤魔化すのも禁止」
しばしの沈黙の後、私は正直に昨日の出来事をさよに話した。いや、もともと正直に話すつもりだったんですよ。決して彼女の圧力に屈したわけではないのです。
「…それで、警察署から家まで送ってもらったんだ。この通り、ピンピンしているから、心配はいらないよ」
黙って聞いてくれているさよに一抹の不安を感じながら、話を終えた。今度は誤魔化しのないバージョンだが、むしろこっちの方が信じてもらえないような内容なんだけど。
さよさん、反応ないし、なんか俯いてプルプルしてるんですけど。これはあれですかね?切れてますかね?
「あの…。だいじょうぶ、ですか?」
恐る恐る声をかけると、顔を上げてキッと睨むさよ。
「大丈夫なわけあるかい! そんな危ないことして! 斬られたら…、死んだり怪我したらどうするつもりだったんだい!」
怒鳴られて怯む私。彼女の目には涙が浮かんでいる。
「ごっ、ごめん。…今の話信じてくれたの?」
「信じたよ! それともまた嘘をついたのかい!?」
「いやっ、ホント! ホントのコトです…」
どう説明したら信じてもらえるかと考えていたところに、予想外の返答。頭の中が真っ白だ。
「しばらく剣術禁止! そんなことしてるから、危ないことするんだよ! 道場も休んでもらうからね!」
「ええっ!?」
「口答えも禁止だよ!」
「むぅ…」
さよを泣かせてしまったのだ。甘んじて受け入れよう。
「言いたくないことは無理に言わなくていいけど、危ないことするなら、せめて相談して欲しいよ…。私じゃ役に立たないかもしれないけれど…。信じてもらえないみたいで、私、嫌だよ…」
もう少し、うまくやるべきだったか。それとも正直に話すべきだったか。悲しむさよの顔を見て、私は後悔するほかなかった。
さよとの話しも終わり、自室で休むように言われた。こんなに怒られたのは初めてかもしれないな。さよは最後にはいつものさよに戻っていたのだが、最後に「言い過ぎたよ。ごめん」と謝られてしまった。その言葉が一番堪えた。
頭は冴えているが、徹夜明けだしすぐにでも眠りたい。でもその前に、水浴びして汗を流すか。
井戸水を汲みに庭に向かう。
褌一丁になり、頭から水を浴びる。
ふぅ、体はさっぱりするが心はどんより曇り空。快晴の空に浮かぶ太陽がなんとも憎々しい。
「旦那様、ちょっといいかい?」
「うぉっ!」
びっくりした。背後にたけさんが立っている。
「たけさんか。どうかしました?」
「『どうしましたか?』じゃないよ、全く…。さよさん泣かして」
「…面目ない」
手拭いをとり、濡れた体をふきながら苦笑して答える。
どうやら先ほどの会話は聞かれていたようだ。帰ってきてから見当たらなかったので、買い物にでも行っていると思っていたんだけどなぁ。
「まっ、言いたいことはさよさんに言われちまったんで、言うことは特にないんだけどねぇ…。」
バシッ!
「
背中に衝撃。たけさんの張り手。前触れのない痛みに思わず驚く。
「シャキッとしなよ、シャキッと。シケた
ガハハと笑うたけさんを見ていると、なんだか気が抜けてしまう。
「台所におにぎりと漬物置いといたから、寝る前に食べとくんだよ」
言いたいことだけ言うと、たけさんは去っていった。そういえば昨日の夜から何も食べてなかったな。なんだかお腹が減ってきた。
その後私は台所でおにぎりを食べ、長い昼寝をした。おにぎりは塩が効いていて、ちょっとしょっぱかった。
目を覚ますと既に夕方で、なんだか損した気分。体がだるい。もう少し寝ていたい気もするが、夜に眠れなくなってしまうからね。
体を起こして家の中をウロウロする。おっ、今夜は焼き魚か。匂いにつられて台所に顔を出す。
「ようやく起きたかい」
「えぇ、おかげさまでよく眠れました」
たけさんは夕飯の準備をしているので、邪魔をしないようにそっと立ち去る。
「さよさんが帰ってきたら夕飯にしますんで、あんまりフラフラしないでくださいね。旦那様」
「はーい」
手をヒラヒラ振りながら台所を後にし、縁側に座ってボーっとして時間を潰す。せめて夕餉の準備でも手伝わせてくれればいいんだけど、手を出そうとするとたけさん怒るからなぁ。
「はぁ…」
昨夜は、久しぶりにあの頃の知り合いに会った。どうしても、暇になると思考があの頃の仲間のことに向かってしまう。
新選組の皆が散り散りになり、今となっては誰が生き残っているのかはわからない。今更誰が生き残っているのかなんて調べる気もないが、士族の中には今の時代に適応できずに苦しむ人も多い。
皆元気にしているだろうか。鵜堂さんみたいなのは、ちょっと元気がありすぎて困るが。生活に困っているのであれば仕事の世話ぐらいならしてやれるかもしれない。実際に赤べこ亭で働いている何人かは、あの頃の縁がきっかけだったりする。
私は今、幸せだ。仕事にも困らず、できた嫁を貰い、頼れる同居人もいる。こんなに幸せで良いのだろうか。この幸せを手放す気はないが、なんとも申し訳ない気もする。
いかんいかん。顔をバシッと叩き、気合を入れなおす。心が弱いのは私の良くないところだ。たけさんにも言われたようにシャキッとせんと。
座ったまま伸びをして、体を倒す。天井を見つめても、なんにも面白くない。なんだか無性にさよの顔が見たくなってきたな。
しばらくそのままの体勢で、縁側の外に飛びだした足をバタバタさせる。独身だったら、もっとつまらない人生だったんだろうなぁ…。
しばらくそうしていると、ふと気配を感じた。これは…。
私は素早く立ち上がると、足音を立てぬように玄関に急ぐ。
ガラッ。
「ただい…、わっ、竜さん。びっくりした」
「おかえり、さよ。今日の夕飯は焼き魚だよ」
いつも出迎えてもらえているんだから、たまにはね。間に合ってよかった。さよの顔を見ていると、心底そう思う。
「随分と嬉しそうな顔をしているね。なんかいいことでもあったのかい?」
「まぁね」
たった今、大変よきことがあったのだが、残念ながら何があったのかは教えられない。だって、恥ずかしいじゃない。
「竜さん、そんなに焼き魚好きだったっけ?」
「うーん、そんなこともないんだけどね」
「ふーん、変なの」
食事はやはり、何を食べるかよりも誰と食べるかだと思うんですよね。私は。
その日の夕飯は大変美味しかった。終始上機嫌な私に、さよもたけさんも「気持ち悪い。」なんて言うんだけど、失礼しちゃうよね。まぁ、そんな風に言われることすら今は気にならないんだけど。
昼寝をして眠れないんじゃないかと少し心配していたのだけれども、その日はぐっすり眠れた。
次の日に私は、この幸せな気持ちを何か形にしたくなり、かんざしを買った。華美でなく、高価でもないが、丁寧な仕事を感じたその一品には、三日月があしらわれていた。
その日の夜に彼女にかんざしを渡すと、大層喜んでくれた。かんざしを付けた彼女は美しかったが、似合っていると聞かれても、私は何も答えなかった。
だって、恥ずかしいじゃない。
オリキャラしか登場しない話となってしまいました。
こんな話を書く予定ではなかったのですが…、たまにこんな話もありかなと思って書いてみました。
次回から武田観柳編です。今週末ぐらいにそれを終わらせて、来週ぐらいに石動雷十太編が始まって、9月末ごろには斎藤編を投稿する見込みです。順調にいけばですが。
特に何もなければ、斎藤編終了後で京都に向かいエンディングを考えております。斎藤編以降は蛇足になりそうですので…。