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話は前後するが、鵜堂さんとの一件から二日後、要は徹夜明けの次の日にであるが、神谷道場に顔を出し、しばらく道場を休むことを伝えた。一昨日の件に関しての説明というか、釈明も兼ねてではあるが。
粗方の事情を警察の方より聞いていたようで、簡単な説明で済んだのだが、皆さまから心配かけるなとのお叱りを受けた。大変ありがたいことである。
心配していた左之助の怪我も、私との喧嘩の時の怪我よりも軽いと言われてしまうと微妙な表情しかできない。
道場を休んでいる間は、仕事に勤しんでいた。いや、もともと仕事は真面目にやっていたし、問題も起こしてないんですけどね。
剣術の道場に行く予定だった日は、赤べこ亭に行き、厨房で仕事をすることにした。なんだか体を動かしたくてね。
久しぶりの料理業ではあるが、メニューの大半はさよと一緒に試作して考えたものであるので、作ることは造作もない。
たまに来る常連さんに、手持無沙汰で作ったおまけをこっそり出したりしていると、お店を始めた頃を思い出してほっこりしてしまう。
健全に生活していたのだが、なんとなく木刀を握っていないと物足りない。私も随分と贅沢になってしまったものだ。
1週間後、剣術をついに解禁されて久しぶりの道場。ワクワクする気持ちと、少しばかりさよに対する罪悪感もあるけれども、やはり稽古は楽しい。
笑顔で迎えてくれた神谷先生、弥彦とともに、基本的な型の確認から行う。それから、素振り、打ち込みといつもの練習メニューをこなし、午前の稽古はここで終了。
「午前の稽古はこれで終わり! そろそろ休憩にしましょ!」
「おぅ!」
弥彦はいつも元気があっていいね。
さてお昼ご飯の時間だ。
実は本日、この前鵜堂さんの件でご心配をおかけしたお詫びに、自宅からみんなの分のおにぎりを持ってきている。
具は梅干しと、私がお店のお肉を失敬して作った牛肉のしぐれ煮だ。テイクアウト商品を作ってみてはどうかと思い、日持ちしそうで赤べこっぽいものを、たけさんとさよと協力して考えてみた。
まだこの時代では聞いたことが無いのだけれど、そのうち駅弁として売り出してみたいなんて、柄にもなく商売っ気を出してみたのだ。
梅干しの『赤』と、牛肉の『べこ』。洒落が効いているでしょ。しぐれ煮はしょうがを効かせた濃いめの味付け。具が少なくても御飯が進むぞ。
持ってきたお弁当箱を開けるなり、弥彦はおもむろに手を伸ばしおにぎりを食べ始めた。まだ左之助と剣心さんが来ていないんだけど…。
「んぐっ、けっこう、うめえじゃねか」
「ちょっと弥彦!食べながらしゃべるんじゃないわよ!」
両手におにぎりを持ち、ガツガツ食べる弥彦。食べ盛りか!もうちょっと味わって食べて欲しい気もするけれど、気に入ってくれたみたいでちょっとうれしい。
「弥彦君、剣心さんと左之助の分は残しておいてくださいよ。」
先ほどから二人が見当たらないのだが、さすがに全部食べてしまうのはかわいそうだ。お昼ご飯はこちらで用意していることを伝えているし、もうお昼時であるのでそろそろ来ると思うのだが。
「そういえば剣心達はどこ行ったの?」
「どっかの料亭。そこで今日、賭場が開かれるんだとさ」
「とっ、賭場ぁー?」
神谷さんが目を丸くして大声をあげる。左之助はともかく、剣心さんはあんまりそういう遊びが好きそうなイメージないしね。それに博打は御法度だ。良くない事だ。
帰ってきたら、二人には小言をくれてやろう。決して誘われなかったことが悔しいからではない。ホントに。
夕方になり、本日の稽古ももう終わりになる時刻。二人ともまだ道場に戻らない。
強い西日の中、手ぬぐいで汗を拭きながら、私は帰り支度をしていた。
「遅いわねぇ。剣心達」
ポツリと神谷さんが呟く。私も少し心配だ、身の危険はないと思うけど、銭的な意味でどうだろう。下手なイカサマに引っかかることはないと思うんだけどね。
「私の方で様子を見てきましょうか? もしかして、持ち合わせがなくなって、帰れなくなっているのかもしれません」
「大負けだったら身ぐるみはがされてふんどし一丁だな」
弥彦がくだらないことを言っているが、そこはもうちょっと、同居人なんだから心配してあげて欲しいな。
「ただいま。遅くなってすまないでござるよ」
噂をすればなんとやら、剣心さんが帰ってきたようだ。
「剣心!おかえり…な…」
玄関に立つ、剣心さん達を見て、私と神谷さんは固まってしまった。なぜかって?剣心さんと左之助が知らない女性を連れて帰ってきたからですね。経緯はわからないけれど、めんどくさいことが起きる予感がして、なんだか頭が痛い。
女性の名前は
そのことを聞いた神谷さんが「見損なったわ!」と叫んで剣心さんを殴りつけていたが、この高荷さんという人、どう見ても訳アリの匂いがする。借金のカタとして連れてこられたにしては妙に落ち着いているんだよなぁ。
彼女の第一印象は冷たい美人って感じだったのだが、案外お茶目というか、悪戯っぽいところがあるようで、剣心さんに抱き着いたり誘惑して神谷さんを挑発。
その後の左之助が、神谷さんは単純だからあまりからかうなだなんて余計な一言を言うものだから、神谷さんがブチ切れてしまい、私以外の面々は道場から叩き出されてしまった。
私はその様子をひっそりと目立たぬよう、少し離れて静観していた。だって、めんどくさそうなんだもん。君子危うきには近寄らずとはよく言ったものだ。おかげさまで虎児のいない虎穴の中で虎と対面中って感じだけど。
「まったく、なによあいつら…」
目を吊り上げて怒り冷めやらぬ神谷さんを前にして、冷や汗が一筋私の頬を伝う。
ここは自然にさらりと行こう。
「神谷先生、それでは私もお暇させていただきます」
ぺこりと頭を下げて、こっそりまとめておいた荷物を持ち、さわやかに挨拶させていただく。急ぎにならぬように注意しながら、ささっと玄関に向かう。
「あらやだ浜口さん。まだいたの?」
今さら恥じらって頬を赤くしても遅いと思うんですよね。
道場の外で、先ほど追いやられた皆さんが立ち話をしていたが、夕飯に遅れては困るので、一礼だけして、私はそそくさと帰宅した。
それから二日後、神谷道場での稽古の日、私は神谷道場の前で愕然としていた。外構の壁が破壊され、道場の敷地内も戦闘跡のようなものがチラホラ見え隠れしている。
またトラブルか。おそらく高荷さん関係なのだろう。まったく『活人剣』の道場の割に、荒事に巻き込まれる機会が多いことで。もっと平和的な場所だと思っていたんだけどなぁ。
道場の中に入ると、いつものメンバーと高荷さんがおり、事情を話してくれた。
高荷さんは薬学に詳しく、その腕に目を付けた武田観柳という青年実業家に軟禁されながら、依存性の強い新型阿片を製造させられていた。そこから逃げ出した高荷さんを剣心さんと左之助が保護し、神谷道場に連れてきていたのだが、武田からの追っ手が来たそうだ。
その追手との戦闘で左之助は火傷(どうもその追手、口から火を噴くらしい。ホントに人間か?)を負い、弥彦は毒に侵され現在安静にしている。
弥彦の容体について心配したが、高荷さんが適切な処置をしてくれたため、大事には至らなかったそうだ。
左之助の怪我?別にいつものコトなんであまり心配してないです。
話を聞き、私が弥彦の治療の件についてお礼を言うと、高荷さんはちょっと困った顔をしながら
「元はと言えば私のせいだし…、当然のことをしたまでよ」
なんて言ってソッポを向いてしまった。この人、お礼とかあまり言われなれてないのかな。
武田の追っ手を撃退したため、これでようやく安心できるかというとそうでもなく、まだまだ武田の手勢は多く残っている。中でも、『御庭番衆』という元幕府お抱えの隠密集団が脅威で、昨日の襲撃もその『御庭番衆』が行ったそうだ。
『隠密』と聞き、左之助を火傷させた『火を噴く男』に妙に納得というか、やはり忍者たるもの火遁ぐらい使えるのかと感心してしまった。
いつまた武田の追っ手が来るかわからないため、高荷さんはしばらく神谷道場で過ごすそうだ。剣心さんと左之助がいれば、大概の相手から守ってくれそうな気がするが、なんせ相手は忍者の類だからね。
正面切った戦闘ではこちらに分があっても、それをひっくり返すような搦手は向こうの方が一枚も二枚も上手だ。よくよく注意してもらうようにしないと。
一応警戒はしておこうということになったのだが、特に具体的にできることもなく、稽古には弥彦も参加できないこともあり、その日の稽古は軽めのメニューで済ませることとした。
家に帰り夕飯を食べながら、家族で一日の出来事を話す、そんな時間。さよから本日の赤べこの話を聞いたのだが、特に然したる問題もなく順調そのもの。話題は私の方に移り、本日の報告を行う。
「…そういうわけで、赤べこの方は問題ないよ。竜さんは今日どうだったの?稽古は楽しかったかい?」
「んー、それがね。何ともきな臭い話になってしまってね」
私は高荷さんが抱えるトラブルと、神谷道場が襲撃された件を掻い摘んで話した。
「武田観柳ね…。ここ数年で物凄く儲けているみたいなんだけど、何で儲けているのかいまいちわかりづらい人でね。裏で悪いことしてるんじゃないかって、噂を聞いたことあるよ」
「あー、あたしも聞いたことあるよ。金をバラまいて屋敷にガタイのいい男集めてるって。ありゃ、相当な男色家に違いないってもっぱらの噂さ」
「へぇー。さよもたけさんも良く知っているねぇ」
味噌汁を啜りながら聞いていたのだが、思わず感心してしまう。けど、男色の話は食事中には不適切だと思うのですが。
「商工会の集会で聞いたんだよ。ほらっ、この前言ってたでしょ。竜さん、めんどくさがって出ないから、あたしが代わりに出たんだよ」
口を尖らすさよを見て、しまったと思うがもう遅い。
「ごめんごめん。次は私が出るよ」
「いつもそう調子よく言うけどさ、その時になるとフラッと居なくなるんだから」
「そうですよ旦那様。もういい年なんだから、さよさんに押し付けちゃダメですよ」
だって、ねぇ。わさわさと集まって、何を話せというのか。絶対につまらないと思うんですよねぇ。思わず渋い顔をしてしまう。
「それはそうと、竜さん。また危ないことに巻き込まれちゃったね」
「うーん、なんだか厄介事から近づいてくるみたいで…。できれば勘弁して欲しいんだけどね」
神谷道場に通いだしてから、巻き込まれてばかり。今度厄払いに行った方が良いのだろうか。
「怪我にだけは気を付けておくれよ」
「あぁ、それだけは心配ないから、ほら私…」
「はいはい、旦那様は強いですからね」
たけさんの茶々に、一瞬ムッとするが、クスクス笑うさよにつられてこちらも笑ってしまう。
毎度毎度、笑顔の絶えない夕飯でいいね。私が出汁にされなければもっといいんだけど。
以前書いておりましたドラクエ特技版では、
今思うと『火炎吐息』と違い、タネも仕掛けもない『冷たい息』に周囲がドン引きし、収拾がつかなくなりそうです。
なお、本日中にもう一話。明日にもう一話ぐらい投下できそうです。