元新選組の斬れない男(再筆版)   作:えび^^

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 高荷さんも無事確保し、左之助も大広間に駆けつけ合流し、さてどう事後処理を行おうかと思っていたところで、騒ぎを聞きつけた警察が武田の屋敷になだれ込んできた。

 武田に阿片密売の疑いがあり、警察の方でも内定調査を進めていたところ、武田邸で騒ぎが起きたたため、これ幸いと阿片密売の証拠を掴むために大人数で突入したそうだ。

 警察と鉢合わせた際に緊張が走ったが、幸い突入してきた警官の中に顔見知りの浦村署長がいた為に、話が拗れずに済んだ。

 続々と到着する警官達に、にわかに周囲が騒がしくなる。

 

「しかし、まさか浜口さん達が中にいるとは思いませんでした」

 

 戸惑うような浦村さんの言葉に、とりあえず曖昧に笑って誤魔化しておく。信頼できない人ではないのだけど、高荷さんについては事の経緯を正直に話して良いのか迷う。

 先ほど左之助が言っていたように、阿片に関われば極刑は免れない。強制的に阿片製造をさせられていた高荷さんの罪を、なんとか軽くしてもらいたいのだが。

 

 そんなことを考えていると、警官に連れていかれている武田がこちらに気付いたようで、大声で高荷さんが阿片の製造者だと叫びだした。その醜態に、思わず顔をしかめてしまう。

 まったく、いらないことをベラベラと…。高荷さんをちらりと見やると、思い詰めたような顔をしており少し心配だ。

 浦村さんに事の真相を問われ、正直に答えようとした高荷さんであったが、とっさに剣心さんが高荷さんの口を塞ぎ誤魔化した。バレバレであったと思うのだが、浦村さんは高荷さんを罪に問わないと判断してくれた。少し甘いんじゃないかとも思うのだが、私たちに対する信頼と受け取っておこう。

 

 御庭番衆について、どのような処分になるのか聞こうと思ったのだが、蒼紫の姿が見つからない。他の面々についても、いつの間にか姿をくらましてしまったようだ。予想はしていたが、見事なお手並み、幕府お抱えは伊達ではないといったところであろうか。

 

 

 

 事情を察した浦村さんに帰宅のお許しをもらい、私達は帰路についた。空が白み始め、夜明けは近そうだ。

 

「それじゃあ、私はこっちなんで。神谷さんにはよろしく伝えておいてください」

 

 欠伸を我慢しながら、皆さんにご挨拶。道場に少し顔を出そうかなとも思ったのだが、心配して待っているかも知れないさよのことを考えると、私も早く家に帰りたい。

 

「改めてお礼を言わせて頂戴、浜口さん。助けてくれて本当にありがとう」

「お礼なら、剣心さんに言ってください。私は誘われてついて行っただけですので…」

 

 別れ際に、急に高荷さんにお礼を言われた。素直にお礼を言われると、なんだか恥ずかしい。特に、高荷さんの場合は普段がちょっと擦れている感じがするので、面食らってしまう。

 

「シケたこと言わねぇで、お礼は素直に受け取っとけ!」

 

 ニヤニヤ笑う左之助に、肘でツンツンされる。ムッとした顔で左之助をにらみつけるが、ニヤニヤ顔をやめてはくれない。

 

「浜口殿が来てくれて助かったでござるよ」

「そうだぜ、竜之介」

 

 剣心さんと弥彦の追い打ちに、むず痒さが倍増だ。なんだか顔が熱い。

 

「もう、からかわないで下さいよ」

 

 4人の笑い声を背にしながら、私は急ぎ足で家へと逃げ帰った。

 

 

 

「ただいま」

 

 そっと家に入る。物音はしない。誰か起きて待っていてくれているんじゃないかとも思ったのだが、誰も起きていないかな。ちょっと寂しい気もするが、徹夜させてしまうのも悪いしな。複雑な気持ちだ。

 家の中をそろりそろりと歩き、寝室にむかう。今日はもう疲れてしまったし、着替えてこのまま寝てしまおう。

 

「ようやく帰ってきたかい」

「…!?」

 

 声にならない悲鳴をあげ、振り返るとたけさんが立っていた。

 

「情けない顔だね、全く。さよさんは待ちくたびれて寝ちまったよ。居間にいるから、連れてっておやり」

「わかりました。すいませんねぇ。たけさんも徹夜させてしまって」

 

 ポリポリと頭を掻きながら返事をする。

 そんな私を見つめながら、たけさんは深いため息をつくと、やれやれと頭を大きく振りながら呆れたような表情をする。

 

「旦那様、こういう時はね、『すいません』じゃなくて『ありがとう』って言うもんですよ。さよさんに『すいません』だなんて、言っちゃ駄目ですよ。あたしらはね、好きで待ってたんだから、旦那様に謝られる筋合いなんてないんですからね」

「…ありがとう、たけさん」

「はいよ。それじゃあたしは寝ますからね」

 

 大きい欠伸をすると、たけさんは自分の部屋へと去っていった。

 

 

 居間には、短くなり消えてしまったろうそくと、正座したまま壁に寄りかかり寝ているさよがいた。さよに近寄り、そっとそばにしゃがむと、私は彼女の肩を揺すり目を覚まさせる。さよの肩には、風邪をひかぬようにか褞袍(どてら)がかけられている。たけさんには心の中でお礼を言っておこう。

 

「…ん、竜さん。…ごめん、寝ちゃってた」

「ただいま、さよ。待たせちゃったね」

 

 目を擦りながらおかえり、と呟くさよ。

 

「怪我、…してない?」

「うん、大丈夫だよ。誰も怪我せずに済んだ」

「んっ、よかった」

 

 ギュッと急に抱き着かれ、思わず態勢を崩しそうになる。危ない、危ない…。

 

「待ちくたびれたでしょ。詳しい話はあとでするから。さっ、布団で寝よう」

 

 さよの頭を撫でると、小さくうんと呟く声が聞こえてくる。彼女が私の体を放したので、私は立ち上がり、ゆっくりと寝室へ向かう。さよも私の後追い、トタトタとついてくる。

 寝室に入ると、私は振り返りさよに言い忘れていたことを伝えた。

 

「その…、待っていてくれてありがとう」

「…うん、どういたしまして」

 

 朝日が昇り、部屋の中がぼんやりと明るくなり始めていたが、部屋はまだ暗く、彼女がどんな顔をしているのかよく見えなかった。だからきっと、私の照れて少し赤くなった顔も、さよには見えていなかったのだろうと思う。

 

 

 

 それから数日たち、また平和な日常が戻ってきた。神谷道場に通いだしてからは、あまり平和とは言い難い日々ではあるが。束の間の休息とでも言えばいいのだろうか。

 事件後、高荷さんは知り合いのお医者さんの助手として働くこととなった。豊富なお薬の知識を活かし、阿片製造の罪を償っていくそうだ。

 武田観柳は逮捕され、阿片の密売、製造の罪により死罪は免れないとのことだ。但し、阿片関係以外の余罪も多く、その全貌が判明するまでは刑の執行ができないため、半年は牢屋で暮らすことが決まっている。

 そして御庭番衆の行方は、未だにわからない。警察の方でも行方を追っているようであるが、痕跡や手掛かりというものが全く無く、難航しているようだ。立つ鳥跡を濁さずとはまさにこのことか。どこかで悪いことでもしていなければいいんだけれども、こればかりは悩んでも仕方がない。

 

 

 

 なんにせよ、目下の懸念は全て解決され、稽古と仕事に集中できることは幸せなことである。そして今日は稽古の日、稽古が待ちきれずに、一人道場で木刀を振るう。

 

「いつ見てもきれいな素振りねー。弥彦にも見習わせたいわ」

 

 いつの間にか道場に入ってきた神谷さんに声を掛けられ、素振りをやめる。

 

「そうですか? 教わった通りにやっているだけなんですけどね」

「それが普通はできないのよ。浜口さんが基本に忠実に剣術を学んできた証拠ね。なかなかできることじゃないわよ」

 

 毎度毎度お褒めのお言葉を頂き、ありがたい。褒めて伸ばすやり方というのも、中々にいいものだ。たまに背中が痒くなるけれど。

 

「そろそろ稽古の時間ですね。弥彦君がまだ来ていないみたいですけど」

「あー、そうそう。さっきから弥彦を探してるのよ! 浜口さん、見かけてないわよね?」

「ええ、今日は道場に来てから一度も見てないですね」

「そう。まったくどこほっつき歩いてるのかしら」

 

 ぷりぷりと怒る神谷さんによると、最近弥彦は稽古をサボりがちらしい。特に、私が稽古を休む日に、ちょくちょくいなくなるそうだ。

 稽古が嫌になったわけでも、剣を振るうことが嫌いなわけでもないだろうに、どうしたのだろう。

 

 いつまでも弥彦を待っていても仕方がないので、神谷さんと二人で稽古を開始する。弥彦のいない稽古は、いつもより静かに淡々と進んでいく。少し広く感じる道場に、寂しさを感じる私であった。




今週末は、あと一話か二話ぐらい投稿します。
明日は所用があるため、あまり更新できません。
来週の三連休には石動雷十太編を終わらせることが目標でございます。

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