「雷十太とか言ったな。よかろう相手してやる」
「前川先生!」
突然の乱入者に動じず、前川さんは挑戦を受けると言ったが無茶だ。この雷十太という男、一目見ただけでかなりの実力者と推察できる。老いて全盛期の腕を下回った前川さんが相手をするには、残念ながらいささか荷が重い。
「止めるな浜口君。そう易々と負けはせん」
私を安心させるためか、前川さんはわずかに笑みを浮かべ竹刀を手に取る。…あれはわかっている顔だ。背負うものがあるだろうに、自分より強い相手と闘うことを躊躇わないその姿を見て、私はそれ以上止めることができなかった。
「先生!」
「由太郎か…。遅かったな」
新たな乱入者が道場にやってきた。雷十太に由太郎と呼ばれた小柄な少年。見たところ、雷十太の小間使いのようである。
由太郎は、前川さんと雷十太の試合に竹刀を使うと聞くと、大声で笑い出した。
「竹刀ですかぁ? そんな遊び道具で勝負なんて。なんだここも名ばかりの道場かよ!」
ゲラゲラ笑う由太郎に弥彦が蹴りをいれ、小競り合いに発展している。ああして並んでいると、由太郎の年齢は弥彦と同じくらいのように見えるな。由太郎は自分のことを『雷十太先生の一番弟子 塚山由太郎』と名乗った。一番弟子というのは、いささか信じられないが、まぁ弥彦と似たようなものか。
雷十太は木刀と真剣しか持参してこなかったようで、道場にある竹刀を借り試合をすることに。試合形式は三本勝負のうち、二本先取したほうが勝ち。この道場で行われる正式な試合形式に則った形だ。
「剣心さん、どう見ます?」
「…今の前川殿では勝ちは難しい…。一対一に持ち込んで最後の一本をとれるかどうか…」
私と同様剣心さんも、前川さん劣勢との予想か。私とて、道場破りに負ける意味をわからぬわけではない。うーん、不安だ。
公平を期すため他流派である神谷さんの審判の元、試合が始まった。のだが、開始早々に雷十太の強烈な片手面を右肩と頭部にくらい、前川さんは一本取られてしまった。
驚くべきは、竹刀によりあれ程の威力、速度の一撃を繰り出した雷十太か。前川さんは雷十太の攻撃に全く反応できていない。
「前川先生!」
にわかに道場内に緊張が走る。門下生とともに慌てて前川さんに駆け寄り、怪我の重さを確認する。肩を押さえうずくまる様子に、怪我は軽くないと見える。触診した神谷さんの見立てによると、肩の骨にヒビが入っているとのこと。竹刀でここまでの怪我を負わすとは…。
「待て! まだ勝負はついておらん! 剣客としてこのまま退く訳にはいかぬ!」
何とか立ち上がり勝負の続行を宣言するも、前川さんの額には脂汗が浮かんでいる。そしてなにより、攻撃により右肩から先が満足に動かせない様子。前川さんを侮るわけではないが、怪我により先ほど以上に体を動かせなくなった今、勝利の可能性は限りなく低い。
「お願いします。これ以上の怪我は先生の年齢では軽いものではありません。なにとぞご自重ください!」
これ以上の試合は、怪我を悪化させるだけにしかならない。そう思い、私は先生に、試合の中止を進言する。
「浜口君、これは儂の意地だ」
「しかし!」
「くどい!」
説得する方策が見つからず、歯がゆい。この場で逃げることは、剣客としての誇りを傷つけることだと重々承知しているのだが、勝ち目のない試合に送り出し、むざむざ怪我をさせることを何とか止めたい。
「待たせてすまなかったな。二本目だ」
右肩を負傷したため、左手一本で竹刀を持つ前川さんの、その姿が痛々しい。悠々と立ちふさがる雷十太とは対照的だ。
「二本目!」
神谷さんの合図により、勝負が再開された。
「まだ勝負はついておらんだと? 笑止! 最初の一撃で貴様など既に死んでおる!」
雷十太はそう叫ぶと、前川さんの頭部に強烈な一撃をお見舞いする。手を抜けとは言わないが、流石にやりすぎだ。
「1本! 勝負あり! それまで!」
悲痛な顔で神谷さんが試合終了を宣言したのだが、雷十太は倒れる前川さんの襟首を掴み、さらに痛めつけようとする。
「己の敗北も見えぬ愚物が!」
「やめろ!」
私が大声で叫ぶと、雷十太は動きを止めた。
「勝負はもうついたはずです。まだ足りないというのであれば、私がお相手しましょう」
「ほう…。少しは骨がありそうではないか」
乱雑に前川さんを投げ捨て、値踏みするように私をジロジロとみる雷十太に、私は静かな怒りを覚えていた。
「得物は竹刀で一本勝負。それでいいですね」
「よかろう。だが審判は不要」
お互いに対面し、竹刀を構える。雷十太は片手に竹刀を持ち自然体。対する私は下段に構える。相手の目を見つめ、出方を窺うのだが、なんとも濁った仄暗い瞳だ。嫌悪感に目を逸らせたくなる気持ちを抑え、油断なく相手の攻撃に備える。
雷十太の攻撃は速いため、相打ちになる可能性が高い。そうなった場合、威力が上回る相手に分がある。故に後の先により、確実にこちらの攻撃のみを当てる。
「ぬん!!」
先ほどと同様に、竹刀を強烈に振り下ろす。竹刀に合わせ、下段に構えた竹刀を思い切り振り上げ迎撃する。
「ぬっ!?」
「ふんっ!」
空振りだ。雷十太は咄嗟に後ろに下がり、私の攻撃を回避したようだ。力負けし、攻撃に転じる際に遅れが生じたか。
「ほぅ。少しはやるようだ」
こちらとしては、借りた技が不発に終わり情けない気持ちなんだけどなぁ。『龍飛剣』。いい技なんだけど、まだ使いこなせていないか。心の中で新八さんに謝りながら、今度は正眼に竹刀を構える。
「ならばこれはどうだ」
雷十太も両手で竹刀を持ち、上段に構えを変えると、思い切り竹刀を振り下ろす。これは、避けねばならぬ一撃だ。
「ぬぅん!」
素早い振り下ろしに、一瞬剣先がぶれて見える。感覚に体を任せ、素早く横に飛び攻撃を避けると、竹刀は道場の床に衝突した。
バギン!
今、竹刀で出していい音じゃない音がした気がする。ともかく、体勢を崩されたため、急ぎ構えなおし、雷十太に向き直る。
「フム…。帰るぞ」
何か納得したような顔をすると、雷十太は竹刀を捨て、道場の外へと出ていった。えっ、試合放棄か?
雷十太との距離が十分に離れたことを確認し床を見ると、真剣で切ったように床に切れ目が入っている。なんだこれ?竹刀でやったのか?
「なんかよくわからないけど、先生の一撃の方がすごいから先生の勝ちだな」
「見くびるんじゃねーぞ。竜之介の本気はこんなもんじゃんーぞ」
一人雷十太の勝利で締めようとする由太郎に、弥彦が反論し、バチバチと火花を散らしているが放っておく。
私はしゃがみ、道場の床にできた切れ目を見分しながら、雷十太の技について考察する。指で床にできた切れ目をなぞってみるが、さっぱりわからない。
「剣心さん…。今の分かりましたか?」
「いや、拙者にもわからぬでござる。ただ、あの石動雷十太という男、只者ではござらん」
「ええ、そのようですね」
竹刀は道場にあるものを貸したため、細工はできないはずだ。念のため、雷十太の使っていた竹刀を広い見分してみるのだが、竹刀に怪しい点は見つからない。
その後は雷十太の騒動で、稽古は中止。怪我をしていた前川さんを医者に診てもらうように手配すると、その日はお開きとなり解散。神谷道場で稽古をする気にもなれない私は、少々早いが家に帰ることにした。
キャラをその性格通り動かそうと思っているのですが、剣心さんが全く動かないのです。ごめんなさい。
竜之介の技が非常に地味というか常識的(?)ですが、私の好みです。今後とも、思い付きでいろいろ新しい技を使わせるかもしれませんが、多少おかしくても大目に見て頂ければと思います。
次回は土曜日あたりに更新。今週末が終わるまでに、3~4話ぐらいを目標に投稿予定です。それぐらいには雷十太編終わるかな。