元新選組の斬れない男(再筆版)   作:えび^^

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 由太郎が道場に通いだしてから、一週間と数日が経った。あの日以来、雷十太からのちょっかいはなく、基本的には平和な日々なのだが…

 

「誰がチビ猿だ! この猫目野郎!」

 

 弥彦の怒声が道場に響き渡り、またはじまったかとウンザリしてしまう。対抗心剥き出しで稽古を行う少年二人組は、些細なことで喧嘩することも多く、稽古が止まりがちなのだ。

 今のところ強さで言えば弥彦の方に軍配が上がるのだが、由太郎の上達ぶりに焦りを隠せないでいる。そんな状況も喧嘩の原因の一つなのか、やれどちらの素振りが早いだとか、やれどちらの打ち込みの方が強いだとか、争いの種には事欠かない。

 

「はいはい! 喧嘩はそこまで!」

 

 神谷さんの仲裁により、口を噤む二人であるが、睨み合いは続く。元気があるのはいいことだが、ありすぎも困ったものだ。

 

 

 稽古が終わり、道場の新しい門下生候補の由太郎を赤べこで歓迎するために、神谷道場の皆で赤べこで夕飯を食べに向かう。出禁を解除した左之助も一緒だ。

 さよとたけさんには、家を出る前に夕飯を赤べこで食べてくると伝えてきているのだが、今日の夕飯は豪勢にしなくちゃと息巻くたけさんの様子を思い出すたびに、我が家の献立が気になって仕方がない。

 

 赤べこに到着し、店内に入ると既に席が埋まり始めており今夜も盛況のようだ。一応、そのことを見越して夕飯には少し早い時間にきたのだけれどなぁ。

 

「あら、竜之介さん」

「やっ、妙さん。六人なんだけど、案内をお願いしていいかな」

 

 妙さんに大きめの座敷席に案内してもらい、牛鍋を注文する。稽古の後でお腹がすいているため、料理が早く来ないか待ち遠しいな。

 

 

 

「弥彦! お肉ばっかり食べてないで、野菜も食べなさい!」

「うるせーな! 早いもん勝ちだろ!」

「みんなで食べてるんだから少しは遠慮しなさい!」

 

 鍋をつつき始めて早々に、弥彦と神谷さんがぎゃあぎゃあと騒ぎ始める。由太郎と弥彦がケンカしないように、さりげなく二人の席を離しておいたのだが、弥彦の隣に神谷さんを座らせたのが失敗だったか。

 一方由太郎君は、私の隣でお行儀よく食べている。着ている服も安いものではなさそうだし、きちんと躾が行き届いているようだ。彼の家のことは聞いていないが、育ちの良さが垣間見える。

 

「由太郎君は偉いね、行儀よく食べていて」

「フン。当たり前だろ。これぐらい当然だ」

 

 そっけない態度だが、少し頬が赤くなっている。チラリと弥彦を見ると、こちらを睨みつけ悔しそうにしている。これで少し落ち着いてくれるといいんだけどね。

 

「うまく収めたでござるな」

 

 耳もとで剣心さんが小声で話しかけてくる。そんなこと言ってるけれど、またしばらくしたら騒ぎ出すことはわかっているだろうに。

 

「そうそう、由太君。この間の話のことなんだけど」

「話?何だそれ?」

「ほら、神谷活心流(うち)に入門しないかって。きみなら十分やっていけそうだし弥彦と一緒に神谷活心流を担う剣客にきっとなれるわ」

 

 神谷さんが由太郎の勧誘を始めると、皆食べる手を止め話を由太郎に注目する。店内の喧騒が、やけに耳に響く。

 しばしの沈黙の後、由太郎はゆっくりと口を開いた。

 

「ごめん…。薫さん、教え方上手だしそこまで見込んでくれるのは本当にうれしいよ。けど、やっぱり俺、強くなるのは雷十太先生の元がいい。」

「そっか、残念だけど、仕方ないわね」

 

 由太郎は、牛鍋を見つめながら言葉を選ぶように返答する。結構期待していたのだけど、振られてしまったか。残念だな。

 

「由太郎君、入門はしなくても、これからも暇なときは遊びにおいでよ。…弥彦も寂しがるからね」

「けっ、別に寂しかねーけど、決着着くまで逃げんじゃねーぞ」

 

 弥彦の反応に一瞬目を丸くすると、笑みを浮かべる由太郎。

 

「ああ、誰が逃げるかよ」

 

 二人の間で決着がつくのはいつの日になるやら。微笑ましい様子に満足しながら、皆で食事を続けるのであった。

 

 

 

 赤べこを後にし、由太郎を家まで送るために、雲一つない快晴の夜道を皆で歩く。空気が澄み、冷たい空気が火照った体に気持ちいい。

 

「先生に初めて会った出会った時も、ちょうどこんな夜だったんだ」

 

 下町を離れ、林道に差し掛かったところで、由太郎が雷十太との出会いについて教えてくれた。

 

 三か月ほど前に、父と馬車で家に帰る途中、ちょうどこのあたりで兇族に襲われたそうだ。馬車は倒され、人気(ひとけ)もない場所で囲まれてしまい、もはや逃げることができなくなり、絶体絶命の状態。もはやここまでかと思ったところで、雷十太が登場し、一撃で賊を蹴散らしたそうだ。

 

「あの雷十太が人助けねぇ。なんか嘘みてーな話だな」

 

 由太郎の話に茶々を入れる左之助。本人の体験談とあの入れ込みようから、本当にあった出来事なのだろうとは思う。だけれども、左之助の感想もわからなくはない。

 雷十太が無口で無表情だから周りに誤解されやすいのだと、由太郎は左之助に反論している。近しい人にしかわからない意外な一面もある、ということなのだろうか。

 

「剣心さんも竜之介さんも、いずれ先生と闘うんだろう?そん時は正々堂々真っ向勝負で頼むぜ」

 

 立ち止まりまっすぐな目でこちらを見る由太郎の目に耐えきれず。視線を逸らしてしまう。剣心さんと二人ががかりで片付けてしまおうとしていたこととか、秘密にしておこう。

 そんなしょうもないことを考えていると、ふと殺気を感じる。

 

「先生っ!?」

 

 由太郎が叫んだと同時に、とっさに由太郎を抱えてその場から逃げる。視界の端に、物陰から飛び出し刀を振り下ろす雷十太の姿が見える。

 剣心さんは神谷さんを、左之助は弥彦を引張りそれぞれその場から逃げたため、斬撃は外れた。

 雷十太は舌打ちをすると、こちらへと向きなおり、臨戦態勢に入る。

 

「夜道で奇襲とは、穏やかじゃないですね」

 

 私も木刀を構え、雷十太の出方を窺う。正直奇襲されたおかげで、遠慮なく二人がかりで戦える。

 

「違う! 今のはただのアイサツがわりだ! そうですよね! 先生!」

 

 自分に言い聞かせるように、由太郎が雷十太に問いかけるが、当の雷十太は由太郎に目もくれず、無視を決め込んでいる。

 

「先生…」

「由太郎君、危ないから下がって」

 

 放心する由太郎君を、危ないので下がるように促すが、私の言葉が耳に入らないようだ。

 

「薫殿も離れるでござるよ」

 

 剣心さんも神谷さんを巻き込まないように、離れるように伝えたのだが、その瞬間、

 

「ぬん!」

 

 雷十太が剣心さんに斬りかかる。難なく避ける剣心さんだが、なんとも卑怯な瞬間に斬りかかるものだ。別に雷十太を貶めるつもりはない。勝つために、全力を出しているだけだ。ただ、自分より弱い人を利用していることだけは非常に気に食わないが。

 

「剣心!」

 

 神谷さんの悲鳴のような呼び声が、暗い林道に響き渡る。

 そのまま雷十太は連撃を剣心さんに繰り出すのが、すべて避けられている。外れた斬撃は、地蔵や木を難なく切り倒し、相当な威力があることが分かる。刀で受け止めようとしたところで、刀ごと相手を切り裂ける、恐ろしい技だな。まぁ、木刀の私にはあまり関係ないが。

 

 狭い林道の中、どうも立ち回りが上手くいかず、一対二の状況が作り出せず、剣心さんの背後で私は何もできずにいた。剣心さんが負けるようには見えないが、少しもどかしい。

 林を抜け、雷十太の背後に回ることも考えたが、由太郎が心配で大きく動くことは躊躇われる。

 

「ぬぅ!」

 

 痺れを切らした雷十太が砂を蹴り上げ、目潰しを行おうとするのだが、高く飛びあがった剣心さんに躱され、逆に飛天御剣流の技の一つ、竜槌閃を左肩に当てられる。

 きれいに決まったように見えたのだが、雷十太ビクともしていないようで、剣心さんに向かいニヤリと笑いかけている。体も頑丈とは厄介な相手だ。

 

「どうやら貴様は『纏飯綱』の方では倒せんか。こちらの『飯綱』は奥の手だったがやむを得ん! 秘剣! 飛飯綱!」

 

 距離を取った雷十太が、なにやら新たな技を繰り出そうとしているようだ。あの距離で出す技ということは遠距離に有効な技か?

 私は由太郎を庇える位置に立ち、警戒を怠らないように雷十太を観察する。

 

 雷十太が刀を大きく振ったと思うと、違和感とともに右の太ももが熱くなる。

 

 ブシュッ。

 

「ぬぉ!」

 

 思わず片膝をつく。

 

「竜之介!」

「竜之介さん!」

「浜口殿!」

「浜口さん!」

 

 

 皆が私の名を呼ぶ声が聞こえる。何だったんだ。傷は深くないように思うが、出血で着物が赤く染まる。

 木刀を杖がわりに立ち上がり、左足に重心をかけ何とか立ち上がる。右足の踏ん張りは利くが、心もとない。参ったな。

 

「大丈夫ですよこれくらい。カスリ傷ですから。由太郎君は怪我はないかい?」

「俺は大丈夫だ! それよりも竜之介さんが…」

「良かった。直ぐに終わらせるから、下がっていて」

「でも…」

 

 視線を雷十太に向けたまま、背後の由太郎と言葉を交わす。

 

「見たか! これが『飯綱』だ! 古流の秘伝書より見い出し十年の歳月を費やして会得した我が秘剣! これこそ我が真古流の象徴! そして…究極の殺人剣!」

 

 嬉々とした表情で子供のようにはしゃぐ雷十太。あの表情は、見覚えがある。初陣で人を斬り、酒を飲みながら饒舌に語る、新選組の平隊士と何ら変わらない。

 木刀を構え、さてこの手の手合いにはどう対処するかと考えていると、

 

「浜口殿、ここは拙者に」

 

 剣心さんがコチラを一瞥し、逆刃刀を握りなおす。怪我をしたので戦力外との判断だろうか。足手まとい扱いとは少し悲しいが、怒りを見せる剣心さんの顔を見て、出しゃばるのはやめることにした。剣心さんが本気を出せば、雷十太なぞ直ぐに片付けられてしまうだろうから。

 

「嬉しいか?」

「あっ?」

「いまので確信したよ雷十太。殺人剣を唱えてはいるが、お前は一度も人を殺めたことが無い。人を殺めたことがある本当の人斬りならば、相手を仕留められなかった自分の剣を嬉々として語りはしない」

 

 剣心さんがツラツラと語る言葉を聞くたびに、雷十太の顔に、焦りと怒りが入り混じる。

 

「貴様ぁー! どこまでも愚弄しおって!」

 

 激昂した雷十太が、飛飯綱を放つが剣心さんには当たらない。

 射程から逃げるように、私は由太郎を引張り退避する。足は少し痛むが、思ったより血も出ていないようだ。心の中で、問題ないと自分に言い聞かせる。

 

「飛天御剣流 土龍閃!」

 

 何度目かの飛飯綱を躱し、剣心さんが逆刃刀を地面に向かって振るうと、雷十太に土や石が飛んでいく。威力は飛飯綱の方が高いのであろうが、土龍閃の方が攻撃範囲が広く、雷十太は全身に小さな傷を作っていく。遠距離にも対応した技があるとは、流石飛天御剣流といったところか。

 

「ぬぅ!」

 

 決まったな。雷十太は顔を庇い大きな隙を作ってしまった。剣心さんは、再び飛び上がると、今度は頭に向けて龍槌閃を放つ。先ほどは手加減をしていたのか、見るからに今回の一撃の方が力が籠っている。

 頭部に強烈な一撃をもらった雷十太は、悲鳴を上げる間も無くその場に倒れた。

 




少し長くなってしまいました。
なんとなく、スマホで見る際に3000文字くらいの方が栞を挟みやすく、何かの合間に読みやすいかなと思っており、3000~3500文字くらいに収めて書くように心がけております。

大変恐縮なのですが、活動報告にて作品に関するアンケートを投稿しました。作品の展開に関わるようなものではなく、この小説(と読んでいいのかわかりませんが。)について、どんなところが面白いのか教えて欲しいとの内容でございます。ご協力いただけると幸いです。

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