元新選組の斬れない男(再筆版)   作:えび^^

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予定を一日遅れました。スイマセン。
少し短いですが、キリが良いので投稿します。


斎藤編
33


「んっ、これで今日の分は終わりっと」

 

 自室での仕事を終え、凝り固まった肩を軽く回す。部屋に差し込む日差しから、まだ外が明るいことが分かる。いつもより仕事を早めに終えられた証拠だ。

 足の怪我が完全に治り、再び神谷道場に通えるようになってから数日経つが、この頃仕事の調子がすこぶる良い。心身ともに健康な証拠なのだろう。

 

 鼻歌交じりに帳簿を片付け、私は先ほどたけさんから渡された二通の手紙を取り出す。

 一通目は京都で白べこの店長をしている関原さんからだ。開封し手紙を広げると、見慣れた丁寧な字が目に入る。

 手紙には、お店の近況や日々の出来事、それから妙さんに関する心配事が事細かく綴られていた。子煩悩な関原さんを思い出すと、自然に笑みが零れてしまう。妙さんには、お父さんに近況を報告するよう、手紙でも書くようにそれとなく伝えておかなくてはいけないな。

 お店の方も繁盛しているようで、手紙の結びには一度こちらまで遊びに来て欲しいとも書いてあった。

 

 もう一通の手紙を手に取り、誰からの手紙かなと差出人の名前を探すのだが、生憎どこにも差出人が書かれていない。少し不審に思いながらも手紙を開けると、一枚の紙きれが入っていた。

 その紙切れには、『久しぶりに会って話がしたい』と一言書かれている。その他には日時と待ち合わせ場所が記載されているのみ。怪文書の類にも思えたのだが、署名に書かれた『斎藤一』の文字を見つけ思わず目を細めてしまう。

 

 また懐かしい人から手紙が来たものだ。簡潔な内容の手紙に苦笑しつつ、あの人の顔を思い浮かべる。そういえば手紙をもらったことなんて今までなかったな。らしいといえばらしいが、あんまりな内容だ。

 会いたいのであれば、(ウチ)に直接来ればよいだろうに。家族のいる私に遠慮したのか、それとも別の理由があるのか。

 待ち合わせ場所は専称寺(せんしょうじ)。察するに、単に昔話がしたいだけなのかも知れない。

 

 あれからどうしていたのか話してくれるだろうか。それともあの頃の話でもするつもりなのであろうか。後者はできれば勘弁して欲しいな。あの頃の思い出は、あまり楽しいことばかりではない。ほぅと、小さくため息をついてしまう。

 

 手紙をしまい部屋の片づけを終えると、私は部屋を出て家の中をブラブラと歩き回る。たけさんはそろそろ夕飯の準備を始めている頃だろうし、さよはどこかへ出かけている。相手が家の中を一周し、特に暇を潰せるようなことも思い浮かばなかった私は、夕飯まで近所を散歩してこようかなと思い玄関に向かう。

 

「ただいまー」

 

 玄関からさよの声がする。ちょうど帰ってきたようだ。

 

「おかえり。随分と遅かったね」

「まあね。薫ちゃんとちょっと寄り道してきたんだ」

「薫ちゃんって、神谷さんのこと?」

「うん、そうだよ」

 

 少し意外に思って聞き返すと、さよは得意げに笑みを浮かべる。

 

「ふふん、意外そうな顔をしているね」

「そりゃあね。いつの間に仲良くなったんだい?」

「女の子同士だからね、そりゃあ直ぐに仲良くなるさ」

 

 ニヤニヤ笑うさよを見つめながら、女の子って歳でもないだろうにとも思う。いや、さよは年齢の割に見た目は若いかもしれないが。

 

「あっ、今失礼な事考えてたでしょ」

「別にそんなことないよ」

「ふーん、まっいいや」

 

 さよが私の脇をすり抜け、トタトタと廊下を走り抜けていく。

 

「薫ちゃんって、かわいいよね」

 

 一度立ち止まると振り返り、それだけ言い残すと彼女は自室へと行ってしまった。残された私はなんとも言えない気分になるが、気を取り直し散歩に出かけるのであった。

 

 

 

「まずは一杯やろう藤田君。いや、この場はあえて斎藤君と呼んだ方がいいのかな」

 

 料亭の一室、身なりの良い官僚然とした男が、藤田と呼んだ細目の男に酒を勧める。

 

「お好きな方でどうぞ。それと、酒は遠慮させてください」

「ほほう、君が下戸とは意外だね」

「いえ、そういうわけでもないんですけどね。酒が入ると無性に人が斬りたくなる性質(タチ)なんで明治になってからは控えているんです」

「ふ…、ははは! これは頼もしい限りだな」

 

 斎藤の返事に、男は一瞬顔を青ざめさせるが、大声で誤魔化し余裕を取り繕う。

 

「それで早速本題に入るが、奴はどうだった?」

「緋村抜刀斎は今…」

「違う! 私が聞いているのは『木刀』の方だ!」

 

 顔を強張らせながら、強い口調で斎藤の言葉を遮る。男の頬には汗が伝い、内心の焦りを如実に表している。

 

「ああ、彼なら心配ありません。『黒傘事件』の黒幕で鵜堂刃衛の元締めがまさか元老院議官書記の渋海サンだったとは知る由もないでしょう」

「しかし! しかしアイツは…」

「寝ている狼は放っておけばいい。しばらく様子を探りましたが、彼が動く気配は無いようでした。牙が折れているとはいえ、抜刀斎と一度に相手をしろと言われてはさすがに骨が折れます」

 

 穏やかに語る斎藤は、笑顔を浮かべてはいるものの眼光鋭く、怯んだ渋海は口を噤んでしまう。

 

「…本当に大丈夫なんだろうね」

「ええ、彼のことは良く知っていますから…」

 

 ようやく絞り出した渋海の声は、怯えのせいか震えている。

 

「オイッ! 身内だからって見逃そうって腹積もりじゃねェだろうな」

 

 渋海の傍らに控え、今まで沈黙を貫いていた男が斎藤に強い口調で問いただす。目には攻撃的な光を宿し、剣呑な雰囲気を発している。

 

「よせっ、赤末(あかまつ)。斎藤君は刃衛に代わるお前達の仲間だ。身内争いなどやめたまえ」

「チッ」

 

 赤末と呼ばれた顔に大きな縫い目のある男は、自分の感情を隠すことなく不満げに舌打ちすると、斎藤から目を離した。

 

「はぁ…、わかりました。では、私が『木刀』の方を処理しましょう。顔見知りなので油断したところを斬れば造作もないでしょう。代わりに赤末サンは抜刀斎の方を…」

 

 チラリと斎藤が赤末の方に目をやると、赤末は我が意を得たりとばかりに満足げな表情を見せる。

 

「おっと、もうこんな時間ですね。そろそろ本職の方に戻らないと怪しまれますので」

 

 懐中時計で時刻を確認すると、斎藤は警官の制服を着用し、日本刀を片手に立ち上がる。

 

「では本官はこれで失礼します」

 

 制帽を軽く持ち上げ一礼すると、斎藤は部屋を退室していく。人ごみを縫うように歩く斎藤の姿を窓から見つめながら、渋海はポツリと呟く。

 

「…元・新選組三番隊組長 斎藤 一。維新後は藤田五郎と名乗り、西南戦争での警視庁抜刀隊を経て、今は警部補として奉職。一説では新選組最強として知られる沖田総司よりも強いとされておる男か」

 

 一呼吸置き、不安げな表情を携えながら渋海は言葉を続ける。

 

「刃衛ですら倒せなかった『木刀』だが、あの男なら…」

「随分と心配そうじゃねぇか。なんなら俺が両方()っちまってもいいんだぞ?」

 

 胡坐を掻き頬杖を突きながらつまらなそうに呟く赤末に、渋海は血相を変えて語気を強めて返答する。

 

「お前にはわかるまい! 奴に…、『木刀』に狙われる恐怖を! 維新から十年、ようやく安心して眠れると思っていたのに…!」

「わかった、わかったからそう怖い顔するな。俺が悪かった」

 

 謝る赤末を余所に、青ざめる渋海の震えはいつまでも止まらなかった。




感想返しは、今日終わらない分は明日の夜に行います。
すべての感想に必ず返しますので、しばしお待ちください。

 月岡編スキップとなったためボツとしましたが、さよが薫&剣心さんと錦絵を見に行く話とか、さよが竜之介の錦絵を買う話とか考えてました。

 世間のイメージ的に、結構エグイ竜之介が描かれているイメージです。幽霊のようなうつろな瞳の下には隈があり、髷は乱れ、だらりと下がった腕には木刀が握られ、背景には拷問器具と人魂が浮かんでいるとか、そんな感じですかね。
 現物の竜之介を知る近所の人からはそのギャップが面白がられていたり、『家に張ると泥棒が寄り付かなくなる』なんて謎の迷信が広まっていたりして意外と錦絵自体は売れ行きが好調だったりするんですね。
 さよは錦絵なんて興味なかったんですが、竜さんの錦絵見るなり衝動買いして竜さんに報告。『今すぐ破り捨てなさい』という竜之介と、そのことに納得できないさよが『なんでさ! 縁起物なんだしいいじゃん!』と反論し、夫婦喧嘩を行うとかそんなエピソードでした。
 主人公の世間的認知度の設定的には、少し不自然かもしれません。
 さよと薫さんが仲良しになったのは、そんなエピソードの名残(?)ですし、実際に竜さんのいないところで仲良くなっていると思って下さい。

 月岡編自体、主人公が能動的に関わる要素が薄く、たぶん上記エピソードだけで終わる謎回になってしまうので飛ばしましたが、トラブル自体は剣心さんが原作通り何とかしたと思って下さい。

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