「やめんか!」
道場に男性の叫び声が響き渡る。ハッとして声がする方向、道場の入り口に目をやると、デコの広い小柄な中年の男性が立っている。見覚えのない男だ。
「チッ」
斎藤さんはその男の姿を確認すると、盛大に舌打ちをし刀を鞘へと戻した。あの男は斎藤さんの知り合いなのだろうか? 私も構えを解き、その男性を観察する。
腰にサーベルを挿していることからおそらく警察の関係者であると予想できる。そうでなければ廃刀令違反だ。着ている服が浦村署長と同じようなものであるため、警察の中でも、役職が高い人物なのだろうか。
そういえば、よく見ると斎藤さんも警察官の制服を着ているな。
「君の新選組としての誇りの高さは私も十分に知っている。だが、私は君たちにこんな所で無駄死にして欲しくないんだ」
そう話しながら、でこっぱちの小男の後ろから今度は背の高い男が道場に入ってくる。豊かな髭を蓄え高級そうな外套に身を包んだその男性は、一目でお偉いさんだと分かる風格を備えている。
「…そうか。斎藤一の真の黒幕はあんたか…。元維新志士 明治政府内務卿 大久保利通」
ポツリと剣心さんが呟く。この人が大久保さんか。名前だけはよく知っているが、随分とまぁ大物が出てきたな。
「って言われたってなんだかわかんねーぞオイ! いきなり出てきてなんだよ、このヒゲは!」
いきり立った弥彦が、大声で文句を言う。まぁ、弥彦ぐらいの歳じゃあ大久保さんの肩書を聞いても分からないだろうし、文句を言いたいその気持ちは分からんでもない。
「簡単に言うとね、今この国で一番権力を持っている人だよ。知事よりも偉い人って言えばわかるかい?」
「ふーん…」
物凄く簡単に説明したつもりなのだが、当の弥彦はいまいちわかっていないようだ。
「手荒な真似をしてすまなかった。だが、我々にはどうしても君達の力量を知る必要があった。話を聞いてくれるな」
「…ああ、力づくでもな」
大久保さんからの問いかけに、剣心さんが睨みながら答える。私は無言で大久保さんの目を見つめる。静かでいて、それでいて揺らぐことのない意志を感じる強い瞳。きっと頑固な人なのだろう。
「はぁ」
面倒ごとに巻き込まれる予感がし、思わず溜息をついてしまう。
その時ふと、道場の外に気配を感じた。誰かが今の会話を盗み聞きしているようだが、小さく駆けていく音が聞こえ、気配が遠ざかっていく。
斎藤さんも気づいたようで、足音にピクリと反応すると道場の出入り口へと向かい歩き出した。これから十中八九、先ほどの覗きを追いかけるのだろう。
「斎藤さん。もう、幕末は終わったんです。正義のためになら人を殺していい理由なんて、今じゃあどこにもないんですよ」
すれ違いざまに声をかけたのだが、斎藤さんは目も合わせずそのまま歩いていく。
「お前こそ、木刀を持つ理由はとうに無くしたはずだ。大人しく牛鍋でも作っている方が、今のお前にはお似合いだ」
一度立ち止まり、ポケットから取り出した煙草を口に咥えながら斎藤さんは答える。煙草に火を付け煙を吐き出すと、一度も振り向かぬまま斎藤さんはまた歩き始めた。その背中は、十年前に比べて幾分か寂しそうに見える。
「斎藤! 任務報告!」
「浜口竜之介は使いモノにならない。まだ緋村剣心の方がマシだ、以上」
でこっぱちの小男の怒鳴り声にめんどくさそうに答えると、斎藤さんはそのまま道場から出ていった。
「ったく、あの男は…。腕は警視庁密偵一なのだが、どうも
額に青筋を浮かべながらでこっぱちがボヤく。額が広い分、青筋もきれいに浮かんでわかりやすいなぁなんて、どこか今の状況を他人事のように思う自分に気付き、また溜息を吐いてしまう。
そんな風にどうでもいいことを考えていると、大久保さんが口を開いた。
「外に馬車を用意してある。来てくれ」
「…この一件の巻き込まれたのは拙者と浜口殿だけではござらん。話は皆で聞く」
「言う通りにしよう。今は二人の力が何よりも必要だ…」
剣心さんの要求を呑んだ大久保さんにより、皆で話を聞くことになったため皆で道場の母屋へ移動する。そこに左之助の治療をしていた高荷さんを加え、広めの部屋に皆で車座になり話を聞くことになった。
大久保さんのお話の前に高荷さんに左之助の様子を聞いたところ、意識はないが容態は安定しており、そのうち目を覚ますのではないかとのこと。当面は命に別状はないだろうとの言葉に、私はホッと胸を撫でおろす。
そんなやり取りを終え、ようやく大久保さんの話を聞く準備が整った。座布団に正座した大久保さんが、重い口を開く。
「今更周りくどく言っても始まらない。単刀直入に話そう。志々雄が京都で暗躍している」
はて、どこかで聞いたことがあるような気がするが誰だか分からない。剣心さんはその志々雄さんのことを知っているようで、名を聞くや否や顔を強張らせる。
「すいません、大久保さん。その志々雄さんって人を存じ上げないので、話が見えないのですが…」
弥彦はともかく、神谷さんや高荷さんも心当たりが無い様子を見ると、取り立てて有名な御仁ではなさそうだ。知っていて当然だとばかりの大久保さんの口振りに聞きづらくはあったのだが、私は質問をしてみた。
「
大久保さんに代わり、剣心さんが私の疑問に答えてくれる。
「人斬り抜刀斎の後継者…。そんなのがいたのかよ」
弥彦がポツリと呟く。剣心さんと大久保さんを除くこの場の皆が同じ感想を抱いただろう。当時の京にいた私が知らないのだ。おそらく維新側でも、限られた人物しか知らない人物。
その後の剣心さんの話によると、志々雄さんは『人斬り抜刀斎』の前任者である剣心さんにも面識がない人物であり、戊辰戦争で戦死したこととなっている筈だという。
死人がなぜ今、京で暗躍を? その疑問に沈黙したまま答えぬ大久保さん。
「そうか、やはり志々雄は戊辰戦争で死んだのではなく、同志に抹殺されたのでござるな」
皆ギョッとした目で剣心さんを見つめる。あの頃を知る私としては、それほど驚く話ではないのだが。
幕府側も維新志士側も、公にされては困るような汚い手をいくらでも使っていた。口封じなんて珍しい話はなかったはずだ。そんな人物を『処分』される前に捕らえることも、あの頃の私の任務であった。
「…あの時は、ああするしかなかった」
大久保さんがゆっくりと語り出す。
大久保さんの話によると、志々雄さんは剣の腕も頭の回転の速さも申し分なく、人斬り抜刀斎の任を難なくこなしていたそうだ。ただ、志々雄さんは大きな野心を持ち、その任務の特性上維新志士の後ろ暗い秘密を多く知ってしまった。
そして志々雄のことを知る維新志士の上層部は、その弱みに付け込み明治政府の活動を大きく邪魔する存在になるであろうと考えた。
だから殺したと、大久保さんは語った。
ご丁寧に死体に油をかけて火までつけさせたそうだ。それでもなお死ななかった志々雄さんは、維新後に燻る戦闘狂や武器商人を手の内に引き込むと一大兵団を形成し、京都の暗黒街に拠点を置きながら戦争を起こそうと画策しているらしい。
明治政府が幾度となく差し向けた討伐隊はことごとく全滅し、剣心さんと私に志々雄の討伐を頼みたいと大久保さんは語った。
「それってつまり、二人に志々雄真実を暗殺しろってことですか」
話を聞き終わった神谷さんが大久保さんに問いかけると、部屋は沈黙に包まれた。
■斎藤V.S剣心&竜之介について
原作ほど覚醒していない剣心さんだけだと斎藤さんに勝てないと思い、竜之介との共闘にしたのですが、剣心さんの活躍がいまいち目立たない。
もう少し戦闘をさせようかと思ったのですが、いろいろと思い浮かばずに断念。
二回目の昇竜剣を牙突を突き出すタイミングをズラして回避するところまでは考えたのですが、竜之介や剣心さんがまともに牙突を喰らうと、この後逆転することが不可能な気がしてしまいまして…。
■斎藤の意図について
斎藤さんの意図が分かりづらいなと少し反省。
竜之介をこの一件に関わらせずに終わらそうと思って嘘の呼び出しを行ったり、原作よりも早いタイミングで剣心を襲撃したのですが、剣心が予想以上にかませ犬に時間を喰い(これも未覚醒の影響)、竜之介が待ち合わせ場所に向かう前に予想外に道場に立ち寄ってしまったため左之助の襲撃を知られ、道場に竜之介が来てしまったという展開です。斎藤さん的には計算が狂いまくり。
斎藤さんは、新選組時代に苦しんでいる竜之介を見ているため、剣の腕はあっても性格が任務に合っておらず、また平和に暮らしている竜之介を連れていくことに否定的です。只、上司からは昔の仲間を説得して連れて行けと言われているとか、そんな感じです。
連れて行っても本気で足手まといになると思っていますし、幕末の頃に比べて甘くなった竜之介を本気で関わらせたくないと思っているのです。
常人には理解できない倫理観を持っている斎藤さんですが、それぐらいの情はあると思うんですよね。既婚者ですし、病気の沖田を気遣い一人で剣心と闘う過去の描写からもあるため、身内には案外こんな感じでもおかしくないと思うのです。
昔は笑いながら「浜口君」と呼んだりして、人間的にも竜之介を嫌っていなかったのではないかとも思います。私の中の斎藤さん像からは、そんな関係が一番自然に感じます。
原作の斎藤さんからは違和感を持たれるかもしれませんが、本作ではそういう設定です。そうさせてください。
■斎藤さんの愛刀について
どうでもいい話ですが、本作でスト幕末の頃から愛用している斎藤さんの日本刀が剣心さんに折られずに済んでいます。原作で特に描写なかったですが、ぼっきり折れていたため修理していなかったと思うのです。
愛刀を折られずに京都に持ち込めたのは、斎藤さん微強化かななんて思っております。