「薫殿、大丈夫でござるか?」
「ええ…。浜口さんに助けてもらったから…」
浜口さんは警官を呼びに行ってしまったため、道場には倒れている気絶した鬼兵館のチンピラと比留間兄弟を除いては、流浪人だけしかいない。
まさか喜兵衛が道場を乗っ取るために、『人斬り抜刀斎』に辻斬りをさせていたなんて…。浜口さんがいなければ、今頃私はどんな目にあっていたことか。きっと、道場を乗っ取られるだけでは済まなかっただろう。流浪人も駆けつけてくれたみたいだけど、この人数を相手にするのは難しいように思う。
「流浪人は…。浜口さんの知り合いなの…」
先ほどの会話から、流浪人は浜口さんの名前を知っていたようだ。
「浜口殿は、その、昔の商売敵でござるな…」
頬搔きながら、困ったように笑う流浪人。浜口さんとは今日知り合ったが、東京で『赤べこ亭』という料理屋を経営していると聞いていた。先ほどの身のこなし、これだけの人数を一瞬で圧倒する剣術。とても、普通の町人には見えなかったけど…。
「そう…、なのね。流浪人さんは旅の剣客なのよね?」
「おろっ、人の過去にはこだわらないんじゃなかったでござるか?」
思わずムッとしてしまう。人には誰にだって語りたくない過去がある。そう思い、道場の前に倒れていた喜兵衛を介抱し、素性を知らぬまま住み込みの奉公人をさせていたのが、今回のいざこざの遠因だったりする。
「ちょっと気になっただけじゃない!」
「うぅぅ…」
少し大きな声を出したら、比留間兄弟の弟、伍兵衛が目を覚ましたようだ。
「あいつのあの強さ…。あいつが本物の抜刀斎に違いねぇ。あいつさえいなければ…。うぅ…」
五兵衛は右足が折れているようであったが、持っていた大きな木刀を支えに立ち上がった。
「さっきは不意打ちを食らったが。…小娘とてめぇだけなら!」
五兵衛が右足を庇いながら、こちらに襲い掛かってきた。
「浜口殿は抜刀斎などではござらんよ…。そんな汚れた名前で彼を呼ぶな!」
一瞬、鈍い音が響いたと思うと五兵衛が道場の床に突き刺さっていた。流浪人が逆刃刀を抜き、目にもとまらぬ速さで五兵衛を打ったのだ。
「一つ言い忘れていた。人斬り抜刀斎の振るう剣は『神谷活心流』ではなく、戦国時代に端を発す一対多数の切り合いを得意とする古流剣術。流儀名『飛天御剣流』。
「浜口殿の剣は、決して相手を殺さぬ不殺剣。拙者の剣術とは真逆の剣でござる」
流浪人が視線を喜兵衛に向けると、気絶しているはずの喜兵衛がガタガタと震え失禁している。流浪人の殺気にあてられたようだ。
「策を弄する者ほど、性根は臆病でござるな」
そう言いながら逆刃刀を納刀する流浪人。
「流浪人は…? 本物の抜刀斎だったの…?」
「すまないでござる、薫殿。拙者だます気も隠す気もなかった…。ただできれば、語りたくなかったでござるよ…」
フッと、息をつくと申し訳なさそうな表情をしながら、流浪人は謝罪を口にした。その悲しそうな表情を見て、私が何も言えずにいると
「失敬。達者で…」
流浪人…、いや抜刀斎はその場を立ち去って行こうとした。
「ま…。ま…。待ちなさいよ!」
何をしれっと立ち去ろうとしているんだよ。この男は!
「私一人だけで浜口さんが戻ってくるのを待てっていうの!?」
「しかし、拙者は人斬り抜刀斎で…」
「私は人の過去になんかこだわらないわよ!」
私は思いっきり抜刀斎を睨みつけながら言ってやった。
「喜兵衛みたいなのもいるし、これからは多少はこだわったほうがいいでござるよ」
うっ、痛いところを突かれてしまった。
「なんにせよ拙者は去ったほうがいい。せっかく流儀の汚名も晴らせるというのに本物の抜刀斎がいては元も子もないでござる」
困ったように笑いながら抜刀斎は、子供を窘めるように言う。違う、私は…。
「警官さん、こっちでーす」
遠くから、浜口さんの声が聞こえてきた。
この話だけ、ドラクエ版(旧版)と全く同じ文章です。