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「警官さん、こっちでーす」
『人斬り抜刀斎』による辻斬り騒動で夜間警邏が強化されていたため、警官達はすぐに見つかった。事情を話すと訝しみながらも、道場まできててくれるとのことで、道案内がてら道場まで同行することになったのだ。
「ちょっ、ちょっと待て!」
「急いでくださいよ! 下手人は道場にいるんですよ。もうすぐそこですから」
しかし、鍛え方が足らないのではないか?軽めに走っただけなのに、警官達はついてくるのがやっとの体たらく。息も上がってしまい、なんともだらしない。まだ20そこそこ位の年齢だろうに、最近の若い者は鍛え方が足りないのではないだろうか。もどかしい気持ちを抑えながら、ようやく道場までたどり着いた。
その後も応援の警官が続々と到着し、チンピラと比留間兄弟を連行して行った。私たちは再度簡単に事情を聴かれたが、詳しい事情説明が必要な場合は、日を改めて警察署まで呼び出しがかかるとのことで、あっさりと事後処理が終わり解放されたのであった。
警官と連行された者たちがいなくなり、道場が広く感じるな。
「
「おろっ? 拙者浜口殿に名乗ったでござるかな?」
しまった。一段落ついて油断してしていた。思わず、名乗ってもいない
しかも、剣心さん(仮)、顔は笑っているが目は笑っていないというか、真剣なまなざしでこちらを見つめ返してきよる。
「しっ、失礼しました。えっと、人違いです! …昔の知り合いとあまりにも似ていたもので…。その…」
思わずしどろもどろになってしまう。いや、人違いも何も、もしかしたら名前言い当てちゃってるかも知れないんだよなぁ。もし剣心さん本人だとして、宿敵である元新選組の私に名前を呼ばれ、どう思っているのだろうか。彼の瞳には、今の私がどのように映っているのだろうか。
そんな私をフッと鼻で笑う剣心さん。
「人違いではござらんよ。拙者、緋村剣心でござる。浜口殿のよく知っている剣心で、合っているでござるよ」
良かった。あまり、敵対的には思われていない?というか、やっぱり剣心さんだったか。
「ちょっと! 二人だけにしかわからない話はやめて! …浜口さん。嫌なら話さなくて良いわ。だけど、浜口さんと剣心さんのこと、少し教えてもらえないかしら」
おっと、神谷さんの存在を一瞬忘れかけてたわ。そりゃ気になるわな。思わず頭をポリポリ掻きながら、この場は誤魔化せないと思い、自分の過去を語ることにする。
「実は私、元新選組の隊士でして…」
どこから話せばよいのか迷ったが、思いつくままにポツポツと自分の来歴を語っていく。
自分が新選組であったこと、京の町でどうしても人を斬れず木刀で戦っていたこと、戊辰戦争に参加できず江戸に帰ってきたこと、そして、『人斬り抜刀斎』である剣心さんとの関係を話した。
初対面で剣心さんと気づいた理由については、素直に仲間の隊士に剣心さんの容姿について聞いていたことを話しておく。
剣心さんの名前を知っていたことについては、東京に戻ってきてから剣心さんの噂を調べており、いろんな伝手を使ってなんとか名前だけは知っていたと、こちらも素直に白状した。
「拙者を調べていた理由は何でござるか? 浜口殿の口振りから、仲間の仇討ちをしたいようにも思えないのでござるが…」
真正面から聞かれると、なかなか答えに詰まる。自分でも自分の気持ちがうまくつかめない。その形のないモヤモヤをなんとかこたえようと、私は口を開いた。
「仇討ちは…しようと思ってもできないですからね、私は。それに明治維新は成ってしまったのですから、これ以上何かするつもりはありません。剣心さんに会いたかったのは…。うまく言えないですけど、興味があったというか、どんな人なのか会って話がしてみたかったってのが強いですかね。人を斬りたくてもどうしても斬れなかった私とは、その、対極的な人だったんで…」
ははは…、と力なく笑いながら剣心さんを見ると真面目な顔をして私の話を聞いている。ただ一つ気付いたことは、もうこの人は人斬りなんてしていないということだ。人斬り特有の、血の匂いというか、刺々しさというか、そういったものが非常に弱い。
「でも、その様子ですと、もう人を斬るのは辞めているみたいですね」
私が剣心さんに問いかけると、小さくうなずいた。その目の奥に何か、強い意志のようなモノを感じる。
「人斬りの話が聞きたかってこと?そんな人だったら、新選組にもたくさんいたんじゃないの?江戸にまで噂が届くくらい、強い集団だって聞いてるわよ」
口を尖らせている神谷さんに、ツッコみを入れられる。確かにその通りではある。うーん、
「あまり参考になるような話は聞けませんでしたね。みんなちょっと普通じゃないっていうか、頭がおかしいというか…。いやっ、別に人を斬れるようになりたかったわけじゃないんですけどね。ただ、剣心さんがどんな人で、どんな想いを持っていたのか、知りたかったんじゃないかな」
大きくため息をついて、剣心さんを見る。まっすぐとこちらを見つめる目に、自分の中が見透かされているような気持になり、怖い。
「私は、人を殺めてしまうことが…。誰かの人生を終わらせてしまう責任を負うことが、ただ怖かっただけなんです。臆病で卑怯なんですよ。自分だけ手を汚さず、今ものうのうと生きている自分がなんと惨めなことか」
あぁ、ダメだ。普段考えないようにしているのに、あの頃のことを思い出すと、生きているのが嫌になる。かといって、死ぬ勇気もなく、こうしてこの場にいるのだが。
土方さんの、『生きることがお前の士道だ』との言葉が心に重くのしかかる。
「なるほど。浜口殿の噂は京にいる頃によく聞いたでござるが、拙者が噂で聞いていた御人とえらくかけ離れているでござるな」
「参考までに、どんな噂を聞いていたか教えていただいても?」
この手の噂は意外と本人に伝わらないもののようだ。『木刀の竜』と呼ばれていたのは知っていたが、あまり聞いて気持ちの良い評判ではなかったため、意図的にあまり噂の中身は聞かないようにしていた。剣心さんに、私はどんな人物だと伝えられていたのだろうか。
「新選組に刀を持たず、木刀を持ち一人で襲い掛かってくる狂人がいるとか。たとえ刀で木刀を折っても素手で襲い掛かり、狙われた志士達は一人も殺さず、必ず捕縛されるとか。無類の拷問好き故、捕縛した志士をなぶり殺しにすることを至上の喜びにしているとか。あとは…。」
「あー、ありがとうございます。もう結構です。噂ってのは尾鰭がつくものですねぇ!」
聞いたのはこっちであるが、我慢できなくなり、話を遮る。
一人で志士に突撃していたのは、ほかの隊士と一緒だと捕縛予定の志士を殺しかねないからで、木刀が折られて素手で戦っていたのはよく木刀を折られたからだ。
だって、当たり前でしょ?木刀と日本刀で数度打ち合えば木刀が折れる。丸腰でも闘えるように、無手での格闘術も鍛えに鍛えた。
狙った志士を必ず捕まえられたかというとそうでもないし、拷問に至っては一切関与していない。ここら辺は完全にねつ造だよ。
「でも、さっきの話だと木刀を持って戦っていたのは本当なんでしょ?木刀なんて普通の刀に比べて弱いんだから折れることもありそうだし…。ちょっと、どこからが尾鰭なのよ」
神谷さんにジト目で見られてしまう。うっ、思わず助けを求めて剣心さんに視線を向けると微笑んでいた。
「でも実際の浜口殿は、殺生の嫌いな優しい御人であった。それが真実でござったか。神谷活心流の活人剣は、きっとそんな浜口殿にピッタリな流派でござるよ」
優しいのとはちょっと違うと思うんだけどなぁ。今度は、私の方がジト目になり剣心さんを見つめてしまう。
「剣心さんだって、今は人斬りをやめたんでしょ。折角だし、一緒にどうです? 意外と剣心さんも神谷活心流は合っているかもしれないですよ」
剣心さん、ちょっと驚いてるね。先ほど流浪人と呼ばれていたし、帰る場所もないのであろう。このまま放っておくとどこか行ってしまいどうだし、思いつきで道場に誘ってみた。
「そうよ! これから私と浜口さんの二人だけでどうやって盛り立てろっていうのよ! 少しくらい力を貸してくれたっていいじゃない!」
「しかし、先ほども申したが、本物の抜刀斎の拙者が居座っては…」
「抜刀斎に居て欲しいって言ってるんじゃなくて、私は流浪人のあなたに居て欲…」
そこまでいうと、ハッとした表情をした後、神谷さんは顔を赤くして大人しくなった。『居て欲しい』っていうのが恥ずかしかったみたいだ。若いねぇ。
「まぁまぁ、剣心さん。ずっと流浪人やるのも大変なんだからさ、少しぐらいこの町に居付いてもいいんじゃないの?」
私からもここに居座るように進めてみる。もう少しだけ、剣心さんと一緒にいてみたい、どんな人なのか知りたいなんていう、私欲も混じってのだけど。あっ、私衆道は好まないので、ほんと、そういうのじゃないよ。
困ったような笑い顔で考えるそぶりを見せる剣心さん。
「しばらく厄介になるでござるよ」
その言葉に、私と神谷さんは安堵の表情を浮かべるのであった。
再筆に伴い素手での戦闘が強い理由付けを追加
17.08.23修正箇所
・竜之介が剣心の名を呼んでしまう際の描写を変更。
・原作知識に基づく描写を変更。