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道場に通い始めてから1週間がたった。毎日道場に通うのも、世間体とか仕事との両立とか家庭内のヒエラルキー等の諸々の問題で憚られるため、隔日で稽古に行くようにしている。一応、さよにお店を任せているとはいえ、私の方にもいろいろと仕事はあるしね。
道場での稽古は楽しいのだが、未だに門下生は私だけだ。例の辻斬り騒動が終結したにも関わらず、神谷活心流の門下生は誰も戻ってきていない。もはや侍は時代遅れで、剣術に魅力を感じられる人は少ないのだろうか。少々残念な気もする。
門下生が戻らないことについては、私以上に神谷さんの方が焦りを感じているようで、大分鬱憤が溜まっているようだ。
本日は稽古の日なので、早起きして道場に来たのだが、何やら騒がしい。道場の表に人だかりができている。人並を縫って道場の入り口に辿り着くと、剣心さんと神谷さんがいた。
「おはようございます。どうしたんですか? もしかして入門希望者ですか?」
「おはよう。浜口さん。それがね、実は昨日…」
神谷さんの話によると、昨日剣心さんと神谷さんで町に買い出しに行った際に、横暴な警官といざこざがあったそうだ。庶民への横暴を見かねた剣心さんが警官隊を叩きのめしたところ、それを見ていた庶民から神谷活心流の名が人づてに広まり、朝から入門希望者が殺到したのだ。
「へぇー、それはなんとも。良かったですね」
「いまいち反応が悪いわね。この場に来た人が全員入門すれば、あっという間に神谷活心流再興なのよ!」
数えると15人ほどいるが、そんな理由で入門しても長続きしなさそうだ。あまり期待できないと思いぬか喜びはやめておく。まぁ、富くじを15回買うようなものか。
そんなことを考えていると、おもむろに剣心さんが口を開いた。
「こりゃあまずいなぁ」
「えっ?」
「ちょいと皆の衆、拙者は元々この流儀の者ではないし、弟子を取る気もないから、昨日の騒動を見てここに来たのなら、悪いけどお引き取り願うでござるよ」
困ったような笑顔で剣心さんがそういうと、入門希望者はあっさりとはけてしまい、一人残らず帰ってしまった。こういうオチか。ちょっと、神谷さんがかわいそうだ。
唖然として言葉も出ないのか、神谷さんは目を丸くして門下生が帰っていく様を見つめている。
沈黙が気まずい。
「さて、拙者は風呂焚きでも…」
「っのバカぁ! なんで帰しちゃうのよ!」
しれっと逃げようとする剣心さんの頭をしないで引っぱたく神谷さん。いや、引っぱたくってレベルじゃないか。なんか鈍器で殴ったような音がしたし。気持ちはわかるが、そんなに強く叩いてダイジョブか?
「だから拙者元々…」
「だからって帰ってもらうことはないでしょ! とりあえず入門させちゃえばこっちのモンだったのにィー!」
「そりゃサギでござる」
ボコボコにされる剣心さんを眺めて、こりゃちょっとまずいと思い止めに入る。
「先生、落ち着いてください。それ以上やったら、剣心さん、死んじゃいますから」
「くっ、仕方ないわね! 浜口さんに免じてここら辺にしといてあげるわ!」
フンッ、と鼻息荒く、神谷さんは剣心さんの襟首を手放した。剣心さんの方に目立った外傷はないようだ。怪我する前に止めてよかったよ、ホント。
「浜口殿、かたじけない」
「でも、いまのは剣心さんの方が悪いですよ」
「そうよ剣心、ちゃんと反省しなさい!」
「おろっ?」
なんでお前が不満そうなんだよってツッコみを我慢しつつ、道場の中に入り、荷物をまとめる。本日は出稽古のため、他の道場に足を運び、合同で稽古をする予定なのだ。
「ったくもう!」
「まだ怒っているでござるか」
「とーぜんよ! 15人もいたのに!」
出稽古のために他流派の道場に向かっているのだが、神谷さんの怒りは収まらず、イライラをまき散らしながらのお出かけとなってしまった。怒っている女性ってホント苦手。精神的に疲れてしまう。
「まぁまぁ、先生。過ぎてしまったことは仕方がないんだから、諦めましょう」
「浜口殿の言う通りでござるよ。それに、興味半分のにわか入門者ではまず半年ももたないでござるよ。それじゃ、意味なかろう」
剣心さんと私の言葉にうまく反論できないのか、神谷さんは黙ったのだけれどもムスッとした表情で歩いている。というか、剣心さん。全然反省してないでしょ。神谷さんの気持ちを少しは汲んで欲しいものなんだけど。
「にわか入門者でも、やり始めれば興味を持って長続きするかもしれませんし、始める前に門前払いするのはなんか違うと思いますけどねぇ」
実際、私が剣術を学び始めたのも、父に道場に連れていかれたのがきっかけであった。きっかけなんて人それぞれだろうし、まずはやってみることに意味があると思うのだけれど。
「そうよ剣心! 私と浜口さんが稽古するにしたって、門下生が少ないから…」
タタタタタタ、ドン!
神谷さんが剣心さんに再び文句を言い始めたところで、剣心さんの背後に少年がぶつかった。
「待ちなさい!」
そのまま走りだそうとする少年に神谷さんがとびかかり、取り押さえた。いきなりの出来事に困惑していると、神谷さんは少年の手から財布を取り上げた。
「剣心この子スリよ! これ、あなたの財布よ!」
「ちくしょう! 離せこのブス!」
盗人猛々しいというか、スリの少年は神谷さんに噛みつかんばかりの勢いで怒鳴りつける。
「ブ…、失礼ね! これでも
「るっせえ! ブス!」
まるで子供のケンカだ。どうしたものかと思案していたら、剣心さんが少年に近づき
「まあまあスられた物は仕方ないでござるよ」
といいながら、薫さんの手から自分の財布を受け取り少年に渡したのだ。懐が深いとかそういうレベルじゃないよな。
「
「えっ、剣心さん。いいんですか?」
歩き出した剣心さんを追っかけながら思わず問いかけてしまう。もしかして、そもそも中身が入ってないとかそういうオチか?なんて考えていると、前を歩く剣心さんの頭に、先ほど手渡した財布が飛んでいき、見事命中した。ほんと、ストライクって感じで。
「おろ!」
「俺は
振り返ると先ほどの少年が仁王立ちしながら鬼のような形相でこちらに吠えていた。なんとも迫力のある少年だ。
「今のはてめぇが一丁前に刀を差してやがるからちょっとからかってやっただけだ。勘違いするな このタコ!」
吠える弥彦をみて剣心さんはニコニコしている。
「
「
「お主は
剣心さんにそう言われると、弥彦は走り去っていった。
本当にうれしそうに話すなぁと、まだ剣心さんを見やると、ニヤニヤしている。この人子供好きなんだろうか?
「なんとも肝の据わった少年でしたねぇ」
「生意気っていうのよ、あれは」
走り去る弥彦の背中を見つめながら、私は素直な感想を口にする。
「意地っ張りと言うか、誇りが高いというか…。あの
17.08.23修正箇所
・一部表現をドラクエ版(旧版)に戻しました。主に地の文(?)の横文字使用の復活です。