・細部を修正、大きな変更はないハズです。
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次の日、稽古はなかったが念のため道場に顔を出し、ことの顛末を改めて聞いた。
弥彦の怪我は後遺症が残る重いものはなく、医者の見立てによると10日も経たずによくなるとのこと。今後弥彦は神谷道場に居候することになり、怪我の完治後は道場の門下生として修業するそうだ。
そしてその後、弥彦の怪我は一週間でほぼ完治し、今日から稽古に参加することになったのだが…。
「
「るっせぇ、こうかよブス!」
怒鳴り合う弥彦と神谷さんに頭が痛くなる。
「はぁ、やっぱりこうなったか」
「どっちも気丈でござるからな」
予想はしていたんだけど、これじゃあ稽古にならない。仕方がない、ここは年長者の威厳を見せなくては。
「弥彦君、ちょっといいかな」
「なんだよ地味男!」
「ちょっとアンタ! 浜口さんになんてこと言うのよ!」
じっ、地味男か。どうなんだそれは。まぁ、この際それはいい。
「仮にも門下生になって教えを請う立場なんだから、口の利き方に注意しなさい。少なくとも、神谷さんのことは先生と呼びなさい」
「うるせーな、そんなことして強くなれるのかよ!」
今のはちょっとイラっとするね。
「弥彦君」
真面目な顔を作り、弥彦の目をジッと見つめる。ムスッとしてこちらを見る弥彦。流れる沈黙、にらめっこみたいだ。
…。おっ、目線をそらせたな。
「ちっ、しょうがねーなー。さっさと教えてくれよ。ブスセンセー」
「ブスってゆーなって言ってるでしょ! シめるわよ!」
だめだこりゃ。
弥彦が稽古に参加するようになって、しばらくたった。言葉遣いは相変わらずだが、稽古自体は真面目に取り組んでいるようなので、大目に見ている。
変わったことといえば、先日私が稽古に行かなかった日にちょっとしたトラブルがあったらしい。道場の壁に穴が開いていたんでどうしたのかと聞いてみたところ、なんでも、『菱卍愚連隊』という碌でもない連中がきて、木砲を打ち込んでいったとのこと。剣心さんが追い払ったんで怪我人は出なかったそうだが。何それ怖い。東京の治安はどうなっているんだよ。
そんなことがあったせいか、神谷道場はお金に困っている。門下生の中で月謝を払っているのは私だけであるし、居候が2人いるため生活費も単純計算で3倍だ。そこに道場の補修費もかさみ、当面の神谷道場予算は危機に瀕している。
そういうわけで、本日は神谷さんは稽古をお休みし、押し入れの整理を行っている。珍しく弥彦と二人で稽古だ。
「はぁ、はぁ…」
「そろそろ休憩にしよっか。今、水持ってくるからちょっと待っててね」
「くそっ、まだまだ、俺は、動けるぜ」
根性はあるし、筋もいい。やはり弥彦は剣術の才能があるな。
「ダメだよ、無理しちゃ。休むのも稽古のうちなんだから」
やかんから湯飲みに水を汲みながら弥彦を窘める。湯飲みを渡すと、ぐびぐびと水を飲みほした。
「はー、生き返るぜ。…なぁ、竜之介ってなんでこの道場の門下生なんかやってるんだ?」
「んー? 剣術が好きだからかなぁ。道場で稽古なんて長くやってなかったから…」
「違ぇよ! そういうことじゃなくて…。あんた、薫より強いんだろ? 一緒に稽古していりゃ、それくらい俺にもわかる。自分より弱い、しかも年下の女にヘコヘコして…。情けなくねーのかよ」
自分の水を湯飲みに入れながら弥彦の質問を聞く。さて、どう答えたものか。
少し黙考したのち、私は口を開いた、
「私は神谷活心流を学びたい。流派としてその理念、思想に賛同したからだ。だから神谷活心流を教えてくださる神谷先生を敬っている。性別だとか相手の年齢だとかで教わる相手に態度を変えるほうが、私は情けないと思うからね」
「ふーん、そんなもんかよ」
「あぁ、そんなもんだよ」
いまいち納得できない顔をしているな。年頃の男の子には、少し理解しがたいかな。
「弥彦もそのうちわかるでござるよ」
うぉっ、気づいたら剣心さんが道場内にいた。さっきまで外で洗濯物干していたはずなんだけど。そんなことよりも、さっきの言葉を聞かれていたのか。ちょっと恥ずかしいぞ。
「剣心さん、いつからそこにいたんですか?」
「洗濯物が終わったので、今きたところでござるよ」
ぐぬぬ。ニコニコしてるのが、非常に腹立たしい。そんなやり取りをしていると、神谷さんが母屋からこちらに走ってきた。
「…だからぁ、当面の生活費の心配はないのよ。押し入れを整理していたら出てきたの。
「おお! 落書き。」
「水墨画!!」
剣心さんの茶々が入ったが、要約すると神谷さんの祖父は水墨画家としてそれなりに有名だったそうで、押し入れから出てきた祖父の作品を売ることで当座のお金を手に入れられるとのことだ。
ホクホク顔の神谷さんだが、それでいいのか?根本的な解決になってないぞ?
「と、言うわけで、お昼は牛鍋屋でパーッとやりましょう」
あぁ、これはダメな奴だ。
「ああ、でしたら赤べこでどうでしょう」
「そういえば浜口さん、赤べこの経営者って言ってたわね」
「ええ、そうですね。いつもお世話になっているので、お代の方は勉強させていただきますよ」
少しでも家計の足しになればと提案してみる。よし、今後定期的に連れて行くことにしよう。
「いらっしゃいま…。なんだ竜さんか」
赤べこに入ると、さよが給仕として働いていた。珍しい。
「なんだとはなんだ。それにしても、何で給仕なんかしてるの?」
「経営者たるもの、現場を良く知るべしってね。竜さん、昔よく言ってたじゃないか。それで、そちらの方は?」
「あぁ、紹介するよ。神谷道場でお世話になっている人」
ちらりと3人に目を向けると、さよは得心が言ったようで
「いつもうちの旦那がご迷惑をおかけしております」
なんて言いながら深々と最敬礼のお辞儀をした。そこは『お世話になっております』ぐらいでいいんじゃないの?
「こ、こちらこそ、浜口さんにはいつもお世話になってます!」
神谷さんが慌ててお辞儀を返す。こういうの、あまり慣れてないようだ。
「そういうのいいからさ…。昼時でお店も混んでいるんだから、早く案内してよ」
「はいはい、4名様ご案内いたします」