真・恋姫†無双 袁術さん家の天の御遣い   作:ねぷねぷ

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6話 初陣

 賊に対して積極的に攻勢を仕掛けるために軍事力の増強が必要であり、その増強のためには資金が必要である。袁術陣営は他の勢力と比べて資金はかなり潤沢であるが、軍事に割り当てられている予算は多くない。

 軍事部門に金を多く回すように音頭を取る役目は、これからのことを考えると昴自身がやらなくてはならず、主張するためには昴に実績が必要となる。

 そのために、昴は連日紀霊の指導を受けて指揮の仕方を学びつつ、自分が直接指揮をとることになる部隊と訓練を重ねる。

 

「騎兵の初撃は衝撃力が一番大事だ! お前たちは槍による突撃を外すなよ! そしてその後はすぐ離脱! 忘れるな!」

 

 昴は敵兵に見立てた藁人形への騎兵による突撃を何度も練習させる。昴自身は槍ではなく偃月刀を振るうのだが、それは昴の技量があってこそできるものであって、袁術軍の騎兵は長刀と短弓が標準装備だ。そこに昴は槍も装備品として加えた。

 最初の突撃、そして可能ならば駆け抜けてから再度の突撃までは槍を使い、その後は重荷となる槍を捨て、短弓による騎射で敵をかき乱すのが役割だ。本来はコンポジットボウ、いわゆる複合弓の方が威力と射程が増して騎射に向いているのだが、残念ながら袁術軍に複合弓はない。本音を言えば複合弓を大量に欲しいのだが、弩や軍馬などを優先したため、しばらくは短弓を使い続けるしかないだろう。

 なお、戦場では言葉遣いを自然体に戻している。美羽や七乃などの重鎮相手の場合は一人称を「私」として口調も丁寧なものにしているが、戦場でそのような上品な言葉遣いではやりづらい。今では紀霊と紫乃相手にもこうしたくだけた言葉遣いで対応するようになっている。

 

 肝心の指揮については、昴が天の御遣いであるということと、何よりその武力を皆の前で示しているため、袁術軍の正規兵たちは昴に直接指揮されることを不服とせず、むしろ嬉々として受け入れている。そのため、昴のまだつたない指揮もとりあえず形にはなっている。

 

「一番数が多いのは歩兵だ! 敵の攻撃を真正面から受け止めるお前たちの粘り強さこそが、そのまま袁術軍の強さになる! 自分たちが袁術軍を支える大きな力であることに誇りを持て!」

 

 多くの勢力と変わらず、袁術軍のほとんどは歩兵で構成されている。弓兵や弩兵にしろ、現状においては敵に肉薄されたら白兵戦に切り替えるしかない。そのため、歩兵の強さがそのまま軍の強さと言っても過言ではない。

 残念ながら、袁術軍の正規兵は質だけを見るなら並程度である。今の時点では、雌伏している群雄たちの精兵と比べるとどうしても見劣りしてしまう。

 だが、数だけなら群雄の中でも一、二を争うだろう。戦いにおいて数で勝ることの優位性は言わずもがなであり、昴はその数の優位性を最大限に生かせばいいのだ。

 

「弓兵と弩兵は限られた時間で一矢でも多く放ち、一矢でも多く対象に命中させるために日々鍛錬せよ!」

 

 弓兵は昴が考えていた以上に特殊技能としての一面が大きかった。戦場で使う弓は引くために大きな力が必要で、弓兵と名乗れるぐらいに弓の扱いに長じるようになるためにはどうしても長い年月が必要だ。

 弓兵部隊としてイギリスの長弓兵のようなものを作ってはどうだろうかと考えたこともあった。しかし、長弓兵は弓で使う筋肉ばかりが発達して体格が左右で非対称になるほどだったという。それだけ長期間の訓練を経なければならないことの証左であり、保留せざるをえなかった。

 

 弩兵は、弩の構造上どうしても弓のように連射することができない。短時間に複数の矢を放つことを可能とする連弩が春秋・戦国時代にはすでに使われていた記録があり、また三国時代においては諸葛孔明が連弩を改良したとされる諸葛連弩なるものがあるが、射程と貫通力を犠牲としているため実戦においては使いづらい。その二点を改善するために大型の連弩を用いたら今度は連射性能を犠牲にすることになり、普通の弩の利便性と比べるとどうしても見劣りしてしまう。だから、弩については現状あるものを運用するのが一番だと昴は考えている。

 大切なのは、今後訪れるであろう戦乱に備えて弩を大量に確保するための生産ラインを整えることだ。普通の弓と違い、弩は短期間の訓練で使いこなせるようになる。民間から徴兵するときには、歩兵だけでなく弩兵に多く配置することで全体の戦力を向上させることができるようになるはずだ。

 

 

 

 昴は騎兵、歩兵、弓兵、弩兵、それぞれの部隊を一通り練兵し、演習で指揮もこなした。

 その頃合を見計らって、七乃は紀霊に尋ねる。

 

「紀霊さん、昴様はどうですか?」

「……規模が少数でも全軍の指揮はまだ任せられないですね。ただ、天の御遣いであるということ、何より仲川様の武により兵たちの士気は高いです。直接指揮をとる直属部隊ならば今の仲川様でも十分に動かせますし、盗賊相手に負けることはないでしょう」

「……間違いないですか?」

「仲川様の部隊に同数で相手すれば、私でもおそらく負けます」

 

 その言葉に七乃は複雑な表情を浮かべる。

 

「そこは、勝敗が分かりませんぐらいにしてほしかったですね。あなたは我が軍第一の武将なのですから」

「数千人規模以上の戦いになれば、まだまだ負けるつもりはありません。ただ、張勲様もご存知の通り、武将一人の存在が戦の趨勢を変えてしまいますからね……」

 

 その紀霊の言葉は、兵を率いる将の質が戦の勝敗を決めるという意味では正史の世界、つまり昴が元々住んでいた地球でも変わらない。だが、この世界においては、一人の武将の単純な武の力は誇張なく一騎当千とすら言える。その一騎当千の将が正しく兵を率いれば、その力がどれだけ凄まじいものになるか七乃もよく知っている。

 

「もう一度確認しますが、今の昴様なら大丈夫ですね」

「はい。総大将の仲川様の補佐は私がしっかりやりますから。今のところは、実質的に全体を指揮するのは私になるでしょうね」

「よろしくお願いしますね」

 

 いつもの通りにこやかな笑みを崩さない七乃を、紀霊はじっと見つめた。

 七乃の話では、将来的には昴が軍の総指揮権を得ることになる。これまでは、美羽が戦場に出ることがほとんどなく、出たとしても指揮は七乃に任せていたことから、実質的に七乃が袁術軍における総司令であり、他勢力もそうみなしている。

 だが、その七乃の席に昴が座ることとなり、武官として何か思うところがあるのではという心配を紀霊はしてしまうのだ。

 そんな紀霊の視線に気づいた七乃は小さく肩をすくめる。

 

「ご存知の通り、私はお嬢さまのお世話ができればそれだけでいいですからね。余計な仕事はしたくないんですよ。もちろん、大きな戦のときは私も出ますし、攻城戦をやるときは積極的に参加しますけど」

 

 それから七乃は珍しく真面目な表情になると、紀霊の肩に手を置いた。

 

「それでは予定通り、三日後になります。昴様を、よろしく頼みましたからね」

 

 

 

 それから三日後。

 正規兵の中でも忠誠心が高く、質の高い500名が選抜され、そのうちの100名はすでに昴の直属部隊となっている。彼らは演習という名目で外城から出て街道沿いを進んでいる。通常の演習ならば少し進んだ先の平原で行うのだが、今日は歩みを止めない。

 ここにいる昴、紀霊、紫乃、付き従う500名の兵、数日分の兵糧と武器等を運ぶ輸送隊、そしてこの場にいない七乃だけが目的を知っている。

 城塞都市から十分に離れてから、紀霊は一度歩みをとめて一同を整列させる。整列する一同の前に立つのは昴と紀霊だ。

 そして、まず紀霊が馬上から声をあげる。

 

「皆には一度話しているが、我らの目的は演習ではなく、荊州の地を荒らす賊の討伐だ。相手は100にも満たぬ烏合の衆であり、本来なら精鋭である我らが出るような戦いではない。しかし、此度の戦いはただの賊討伐ではない。そのことについて、総大将仲川昴様から一言ある」

 

 総大将が紀霊ではなく昴であることも前もって知らされていたため驚きの声はあがらない。

 昴は馬上からゆっくりと全員を見渡すと、右手を前に突き出して高らかに宣言した。

 

「これより、俺たちは俺たちの責務を果たす! 俺たちはこの荊州の太守の軍として、荊州の民を守らなければならない! 此度の戦いは、そのことを天下に示すためのものである! これから俺たちは賊をことごとく潰していくだろう! 今日以降、この荊州の地で賊どもに安寧の日々はないということを広く知らしめる! 真っ当に生きる民が苦しむことなく日々を暮らす、人としての正しきあり方を守るための戦いだ! 皆の奮闘を期待する!」

 

 それは袁術軍の行動指針の変化を告げるものだった。荊州においての袁術軍は美羽が住む城塞都市の警護が唯一の任務であり、賊の討伐を正規兵がやることはなかった。一度だけ城塞都市の近くを荒らしていた賊の討伐がされたことはあったが、それは美羽の命令で孫策がやらされ、袁術軍の正規兵は一兵たりとも動くことがなかった。

 袁術軍の正規兵に荊州出身は少なく、故郷を守るという方向でのモチベーションは沸きづらい。だが、どんな組織においても目標やモチベーションは必要だ。そして、これまでの袁術軍にはそれらが欠けていたため組織としてのまとまりがどこか薄かった。

 ここで昴が皆に示したものは明確な目標であり、呼び起こしたものは使命感だ。

 実のところ、昴はそこまで考えていたわけでなく、皆の奮起を促すための檄というぐらいの位置づけだった。意図せずして、昴の檄は皆の心に大なり小なり存在する正義感や使命感をくすぐるものであった。

 昴が檄を終えると同時に、漫画の記憶を頼りにして胸の前で左手で右手を包み込む武官の挨拶の仕草を行うと、兵たちからは大きな雄叫びが上がった。

 

「うおおおおおお!」

「仲川様! 俺は貴方様についていきます!」

「賊に報いを与えるぞ!」

「天の御遣い様の意思! まさしく天誅だ!」

 

 その反応の大きさに、昴は思わず紀霊を見る。昴の困惑の表情に小さく苦笑すると、紀霊は昴の肩を軽く叩いた。

 

「まったく、十分すぎますよ。皆の士気はこれ以上なく高くなりました。今のうちにやっておいてよかったです。敵地だったらこの歓声で私たちの存在に気づかれていたでしょうね」

 

 武力、兵たちの士気を高める能力の二点において、昴の力を紀霊は疑っていなかった。これからの賊との戦いは負けようがなく、戦いとも言えない一方的な虐殺になるだろうということも確信していた。

 唯一心配だったのは、実戦を経験したことがないという昴が戦場においてどういう反応を示すかということだけだ。自分の命が危険に晒されても戦うことができない人間が一定数いることを、戦場の最前線で戦ってきた紀霊はよく知っている。もし昴がそうであったなら、その武力は意味をなさなくなり、隊を率いて戦うことは無理になるだろう。その場合、昴が目論んでいる袁術軍の改革の方向性も変わらざるをえなくなる。

 今回の賊討伐の最大の目的は、戦場における昴を試すことだ。戦場で昴が使い物にならなかった場合を想定して、賊討伐は極秘裏に行われ、率いる兵たちも厳選されていた。

 

「紀霊さん、しっかり昴様を見定めて下さいね。わりと真面目に私たちの今後を左右することになりますから」

 

 七乃がいつになく真面目な表情をしていたことを紀霊は思い出す。

 紀霊は七乃ことをよく知っている。今でこそ美羽にべったりでやる気を起こすことはなくなっているが、七乃がいまの地位を確立するために権力闘争を勝ち上がったこと、その権力闘争においては冷徹に謀略を振るうことを躊躇しなかったことを。七乃の表情に、あの頃の牙がまだ完全に抜けていないことを感じたのだ。

 これから袁術軍がどうなっていくかは分からないが、紀霊は自分がやるべきことをやるだけだと気合を入れなおす。

 

 

 

 結論を言うと、七乃と紀霊が抱いていたわずかな不安はまったくの杞憂だった。

 

「いくぞ! 騎馬隊は俺に続け! 先陣をきった紀霊が賊どもを十分にかき乱している今が好機!」

 

 小さな廃村を根城にしていた賊たちは、紀霊が率いる先陣の奇襲に対応することができず、早々に瓦解する。そこを少数の騎馬隊で回り込んでいた昴が襲いかかり、あっという間に賊の死体が量産されていく。昴は弓を手に取った賊を最優先に狙わせると同時に、一人も逃がさないように周囲に目を光らせる。一部の賊は最初から戦うことをあきらめて全力で逃げることを選択したが、昴が伏せていた兵たちになすすべもなく討ち取られる。

 

 昴は初の実戦を内心では不安に思っていたのだが、いざ戦うとなった途端に心が冷静になるのを感じた。自分が振るった偃月刀が目の前の賊を肉塊へと変える感触は気持ち悪いと思えるもののはずであるのに、それについて心が動かされることはなかった。こうした精神の強さを能力として与えられたことを朧げに記憶していたため、自分が殺人を厭わない異常者なのではと不安に思うことこそなかったが、思うところが何一つないわけではなかった。

 だが、初陣の身に余計なことを考えている余裕があるはずもなく、昴は指揮をとることに専念する。

 

 そして、戦いはほどなくして終結する。

 終わってみれば、百人近くの賊は全員討ち取られ、対する袁術軍は重傷者一名、軽傷者八名だった。重傷者にしろ二、三ヶ月で完治する怪我という程度だ。

 それからさらに賊討伐を続け、四つの小さな賊集団を討伐したところで帰還をするのであった。

 最初の戦いの華々しい勝利は怪我人の護送と同時に伝えられていて、帰還した昴たちを都市の住民たちは大きな歓声で迎え入れるのであった。

 

「さすが昴殿! まさしく天の御遣いなのじゃ!」

 

 報告のために謁見の間に入った昴を待っていたのは、勢いよく飛びついてくる美羽であった。

 そんな美羽を微笑ましそうに眺めながら、七乃は紀霊に視線を向けた。それに気づいた紀霊は力強く頷いた。

 こうして、昴はその力の証明を自ら果たす。もちろん、賊相手の一方的な戦いで計れる力には限界があるが、少数ながらも隊を率いて最前線で戦いをこなせる武官でるという証は大きなものであった。

 

 

 

 昴の初陣から二ヶ月が経ち、昴はその間に何度も自ら軍を率いて賊討伐をこなしていた。

 南陽の地に舞い降りた天の御遣いが袁術と共に民のために賊を誅してまわっている。その噂は長沙で客将に甘んじている孫策も何度か耳にするようになる。

 

「あの袁術が民のためぇ? ないない、それはない」

 

 褐色の肌が健康的な女性が顎に手をあてて考え事をする。ハッとするような美人だが、その瞳に燃えるものは非常に荒々しく、どこか近づきがたさも感じさせる。

 この女性こそが、孫呉を率いる孫策だ。

 

「でも、天の御遣いってのは面白い……いや、面白くない。あの管輅とかいう易者の予言に言う天の御遣いがよりにもよって袁術の所に……。これは、早いうちにその天の御遣いとやらを見定めておく必要があるみたいね」

 

 孫策が昴の情報を得るために動き始めて数日後にその機会が訪れることになる。


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