パジャマな彼女。より『白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャカノ・パラレル』   作:GOHON

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第15話『まくらとの喧嘩、変わり始める関係。「お前、どんだけ失礼なんだよ」』

<15話>

 

 

 

 夜の12時を回ろうかという頃になって。

 

──先輩、眠ったかな……?

 

 計佑は、そっと雪姫の手を離した。

それでも反応がないことを確認して、静かに立ち上がる。

 雪姫の手を握っているのは彼女が寝付くまで──就寝前の会話で、雪姫にも納得してもらったことだった。

 

──まくらのヤツに、食いもん持ってってやらないとな……

 

 雪姫に明かせなかった、もう一つの理由はこれだった。

 雪姫の怖がりぶりを思えば、もしも目が覚めてしまった時に相当怯えさせてしまうだろうけど……それでも、まくらも放ってはおけなかった。

雪姫は相当な怖がりだが、まくらはかなりの寂しがりだから。

そしていまの自分が放っておいたら、まくらは完全に一人きり……。

 昨夜も、夕食抜きで過ごさせてしまった罪悪感もある。

 後ろ髪を引かれる思いだったが、ケータイに書き置きを打ち込んで

雪姫の顔の傍に置くと、リュックを持ってそっと廃屋を抜け出すのだった。

 

─────────────────────────────────

 

 幸い、まくらはすぐに見つかった。

ちょっと歩くともう海だったのだが、まくらはその堤防の上で身体を丸めて眠っていた。

 

「なんだ……いつまでも帰ってこないと思ったらこんな所で寝てたのかよ……」

 

 ホッと安心のため息が漏れた。

 

──……さて。そうすると食いもんはどうするかな……気持ちよさそうに寝てるのをわざわざ起こすのもアレだし。

 

 といっても朝になってからでは、雪姫の目があって食事をさせる訳にはいかなくなる可能性もある。

 

「…………」

 

 雪姫への書き置きには、海の方を見てくると残しておいたし、このまましばらくここに留まっても大丈夫だろう。

そう判断して、まくらの傍にそっと腰掛けた。寝顔を見下ろす。

 

──無邪気に寝てくれるよな、全く……

 

 ぼんやりと見つめ続けるが、その心中は少し沈み始めていた。

 

──結局ろくな手がかりもなかった。あがいてみるとは言ったけど、この先どうしたらいいんだろう……

 

 考える。

 

──保留しておいた考えを、実行するしかないのかな……

 

 ひとつは、母や父に、まくらの霊の事を明かすというものだった。

──両親の目の前でまくらにモノを持たせる、筆談させるなどすればイヤでも信じるだろう──

そして、霊能力者なり探してもらう──とか。

 

 もう一つは、本当に自分しか見える(触れる)人間がいないのか、本腰を入れて探してみるというものだった。

……人が多い所に連れて行って、まくらに飛び回らせてみる──とか。

 

──うーん……ただ……

 

 前者はともかく、後者は複数人が認識できてしまった場合、騒ぎになってしまう可能性があった。

けれどこれまで過ごしてきた感じ、そうポンポンとそんな人間が現れる可能性はかなり低そうだ。

 

──やっぱり試してみるしかないかな……

 

 美月芳夏のことを更に詳しく調べるにしても、両親の助けなどないとこの先は厳しいだろう。

──もういい加減、両親には全部話して。

──そして自分は自分で、まくらを連れて霊能者? 探しでも始めてみる。

 

 そう、結論を出した。

 

──よしっ!!

 

 堤防から腰を上げた計佑が、伸びをする。

 なんだかんだで一人で秘密を抱え込み続けるのは、少年にとっても結構なストレスだった。

それを両親に明かしてしまおうと決めたことで、少年の心中は幾分軽くなったのだった。

 

「う~……ん……」

 

 まくらが寝返りをうった。

 

「計佑の……バカ……」

 

 悪態までついてきた。

 カチンとくる。誰のために奔走して、今も頭を悩ませていたと思ってるのか──

感謝されたくてやっている訳ではないが、バカ呼ばわりとは、あんまりな礼だった。

もうたたき起こしてやろうと手を伸ばしかけて──まくらが口をむにゅむにゅしてるのが目に留まり、ふと手を止めた。

 

──そう言えば……

 

 療養所跡を飛び出す直前に思いついたアイディアの事を思い出した。

 

──"最後は恋人のキスで目が覚めるんだよ" "眠り姫とおんなじだよね"──

 

──そうだ、こいつに好きな男なんているのかってトコまでは考えてたんだよな……

 

 あれからまくらと二人きりになる機会もなくて、結局聞けていなかった。

 恋バナなんて、今まで一度もまくらとしたことはない。

正直、気恥ずかしくてたまらないが、回復の可能性があるのなら避ける訳にもいかないだろう。

 

──……ん? でも待てよ……? キスっていっても……この場合どっちのまくらと試すべきなんだ?

 

 病院に眠ってる方の本体なら、誰でも可能だ。でも、今自分の目の前にいるまくら相手となると……

 

──……オレしかいない!?

 

 現状では、計佑しか可能な人間はいなかった。

 

──いやいやっ……落ち着け。普通に考えるなら、キスすべきは本体のほうのハズだ……だからオレである必要はないんだっ……!!

 

 そうだ。自分とまくらがキスなんて。ありえない。家族みたいなものなのだから。

キスっていうのは、やはり好きな相手とであって。自分の場合だったら……

──そこで、計佑の脳裏に浮かんだのは。長くて綺麗な黒髪を翻して、いつも自分の目を惹きつける──

 

──ちがぁあああああう!!!!

 

 ブンブンと頭を振って、頭に浮かんだ少女の姿を追い払う。

今は、そういうのは保留なのだ、まず考えるべきはまくらのことで──

 

『私は嬉しいから』『相手が計佑くんだったことには何の不満も──』

 

……なのに、昼間の『事故』と、その後の雪姫の言葉も思い出してしまった。

 

──違う違う違うぅぅぅう!! あれは事故で、キスなんかじゃないんだァああ!!!!

 

 あの時はまだ、雪姫の気持ちをちゃんと理解していなかった。

 てっきり、『好ましいと思える人との事故だし、そこまで気にしないよ』という意味くらいに思っていた。

けれど、雪姫の真意を知ってしまった今思い返してしまうと、初心すぎる少年は恥ずかしさでのたうち回るしかなかった。

 堤防に突っ伏して、タンッ! タンッ! と何度も拳を叩きつける。

当然、そんな事をしていれば──

 

「……なにやってんの、計佑……?」

 

──眠っていた人物も、目を覚ます。

 

「……なっ……!! 起きてたのかよ!?」

「……起きてたんじゃなくて、起こされたんだよ……」

 

 細めた目で睨んでくるまくらが、冷たい声で尋ねてくる。、

 

「……で? 何の用なの……?」

 

 計佑は身体を起こしながら空咳をつく。そして何事もなかったかのように足元のリュックを拾い上げた。

 

「食いもん持ってきてやったんだよ。菓子ばっかだけどな」

 

 堤防にバッグを乗せて、中を漁り始める計佑に、

 

「へー……白井先輩とのイチャイチャを反芻して悶えるために来たのかと思った」

 

 まくらからの、言葉の鈍器が飛んできた。

 

「ごふっ!! ……おまっ! なんでそれをっ!! ……あ」

「ふん……やっぱりそうだったんだ」

 

 まくらの目が、さらに細くなった。

 カマをかけられたことに気づいたが、もう後の祭りだ。

逆切れで誤魔化したくもなったが、どうもまくらも機嫌が悪そうなのでそれは思いとどまる。

 

──まあ、2日続けて晩飯抜きにするところだったんだもんな……フキゲンにもなるか……

 

 そんな風に考えて、黙って菓子を差し出す。けれど、まくらは受け取ろうとしない。

 

「……? おい、どうしたんだよ。腹へってないのか?」

「……今は食欲ない。そこに置いといて」

「…………?」

 

 まくらが食欲ないなんて滅多にないことで、ちょっと気にはなったが、言われたままに堤防上に置く。

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙が続いてしまう。

 本格的にまくらの様子がおかしいと感じた計佑が、まくらの額へと手を伸ばした。

 

「おい、どうした? なんかホントに身体の調子でも──」

「触らないで!!」

 

 パンッ──と手を払いのけられた。

 

──……え……

 

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 まくらへの接触をそんな風に拒絶されたことなんて、今までなかったからだ。

 初めての事態に硬直する計佑に、まくらからの言葉が飛んだ。

 

「聞いてたよ。えっちマンじゃなくてスーパーえっちマンだったんだね、計佑は」

 

 単語にこそコミカルなものが混じっていたけれど、その声色には本気の怒りがこもっていた。

 

「胸をさわって、お尻を撫でて。裸を覗いて、キスもして──」

 

 そこで、一端まくらは言葉を切って。けれどすぐに──

 

「──ヘンタイ」

 

 冷たい目で、吐き捨てるように言葉を足した。

 

ゾクン……

 

 一気に全身が冷えた。

そうだった。計佑が気絶してしまうまでは、まくらもあの場にいたのだ。

当然、あの時の会話は全て聞かれていて──

 

「ちが……違うっ!!」

 

 完全に身体が凍りついてしまう前に、とにかく口を開いた。

 

「あれはっ……あれは、全部事故とかでっ! そんなつもりでやったことなんて、一つも──」

「事故ならいいんだ!?」

 

 言い訳は、最後までさせてもらえなかった。

 

「事故だから何も悪くないって!?

じゃあ交通事故で死んじゃった人とかもそう言われたら諦めろって!?」

「……っ……!!」

 

 目を吊り上げて叫んでくる姿に、何も言えなくなった。

まくらが今、母親の事も思い出して怒っているとわかったから。

──長期入院していた母親が、珍しく調子が良くて外出許可が出た日。自宅へと戻る途中の事故で──

 

「ち……違うんだ、そういうつもりで言ったわけじゃあ……」

 

 ふるふると力なく首を振るが、先が続けられない。

今のまくらの怒りの前には、何を言ってもムダだとわかっていたから。

──結局、俯いて黙りこむ事しか出来なかった。

 

「……キライだよ、計佑なんか……」

 

 涙声で言い捨てて、まくらが飛び去ってしまう。

 バカだのなんだの言われるのはいつもの事だった。でも、本気で嫌いなんて言われたのは初めてで……

計佑にはもう、その場で呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

 

─────────────────────────────────

 

 夜が明けて。

 雪姫と計佑の二人は今、海上にいた。途中でケータイも通じるようになったので、連絡も入れてある。

これで一安心、といったところな筈なのに……

 

──どうしちゃったのかな、計佑くん……

 

 朝、目を覚ましてからの計佑は、まるで元気がなかった。ケガでも悪化したのかと酷く心配したのだが

「そんなことないです、体調は問題ないです……」と否定するばかり。

じゃあいったい何があってそんなに沈んでしまってるのか? ──そう尋ねても、少年はその事に関しては決して口を開かなかった。

話しかければ一応返事は返してくれるけれど、完全に上の空で。ため息をついてばかりいる。

 

 一見、上から目線で計佑を弄ることもある雪姫だが、その実計佑への依存心が相当に強い少女。

 頼りきっている人の本気で消沈している姿に心細くなるばかりで、雪姫は何も出来ないまま、ただ不安そうな顔を続けるのだった。

 

─────────────────────────────────

 

 ボートが船着場に着くや否や、

 

「雪姫ーッ!!!」

 

 カリナが雪姫にしがみついた。

 

「よかった無事でっ!! おばあちゃんは全然事情話してくれないしッ!!

さっきケータイがつながった時はどれだけ安心したとっ……!!」

「ごっごめん、ごめんねっカリナ」

 

 頬をすりつけてくるカリナを、雪姫が困りながらも抱き返している。

それを尻目に、ボートをロープで杭に結わえる計佑と茂武市。

 雪姫はチラチラとこちらを気にしていたが、結局カリナに引きずられて先に戻っていく。

それを見送った茂武市が、ニヤニヤと計佑に話しかけてきた。

 

「よくぞ無事に帰ってきたな計佑。……もう大人になっちまったのか?」

「……そんなんじゃねーよ……」

 

 いつもなら、その手のからかいには真っ赤になって反論する少年だったが、今はそんな元気がなかった。

 

「……なんだ? 随分凹んでんな……先輩の様子からするとケンカしたってワケでもないだろうに……あ!?」

 

 突然、何かに気付いた茂武市が、同情的な顔つきをすると、計佑の肩にポンと手を置いてきた。

 

「……そうか。上手くできなかったんだな?  ……まあ気にするな、どうせ初めてだったんだろう?

先輩のあの心配そうな様子からすると、別にお前に幻滅したってワケでもなさそうだし、次へのリベンジを──」

「うるせーよっ!! 」

 

 怒鳴った計佑が、茂武市の手を乱暴にはねのけた。

 

「先輩とはそんなんじゃねーんだよ!!」

 

 見当違いな話をふってきて、見当違いな慰めをしてくる茂武市に、ついにキレた。

 八つ当たりなのはわかっていても、

今目の前の少年に溜まったものをぶつけないと、もう自分がどうにかなってしまいそうだったから。

 

「なんだってんだよ!? 何でお前に俺たちの気持ちがわかるってんだよ!!

俺はあの人を尊敬してるだけだし、先輩のほうは俺をからかってるだけだっ!!」

 

 勢いにまかせて、言葉を叩きつけた。

 今更、雪姫の気持ちを疑ってはいない。けれど今、茂武市のからかいに耐えられなくて、そんな風に叫んでしまった。

──これ以上会話を続けていても、更に茂武市に八つ当たりを続けてしまうだけだ──そう考えて、踵を返す。立ち去ろうとして──

 

「……おい。ちょっと待て計佑」

 

 もう一度、茂武市に肩を掴まれた。

 

「なんだよっ……もうほっといくれよっ!!」

 

──これ以上、お前にまでみっともないトコ晒したくねーんだよっ……

 

 そんな本音は口にできなかったが、振り返って、肩の手を払いのけようとしたら──

 

パァンッ!

 

 茂武市に、頬を叩かれていた。

 

──……え……

 

 叩かれた頬を、呆然と押さえる。

一昨日の傷跡がまだ残る頬への一撃は、かなりの痛みを伴っていた。

 

「お前……それ本気で言ってんのか?」

 

 静かな声で、茂武市が問いかけてきた。

初めて見る、茂武市の真面目な顔とその声に、計佑は何も言えなかった。

 

「『からかってるだけ』だと? どんだけ失礼なんだよお前。先輩の気持ちなんざ分かりきったコトだろーが」

「…………」

 

 俯く事しか出来なかった。

 昨夜、雪姫にさんざん恥ずかしい真似までさせて、ようやく理解できたような自分に、言い訳できる筈はなかった。

 

「そして、『尊敬してるだけ』だと?

お前まさか、自分の気持ちすらわかんないとかぬかすんじゃないだろーな」

「…………」

 

 やはり、無言しか返せなかった。

茂武市に責められて、改めて自分の不甲斐なさを思い知らされていたから。

 

「…………」

「はー……マジかよお前……」

 

 無言を貫く計佑に、茂武市がため息をついた。ガリガリと頭をかいてから、あらためて茂武市が口を開く。

 

「……一昨日の夜の事件のことだけど」

「…………?」

 

 何の話を始めるのかと疑問に思い、計佑はようやく顔をあげる。

 

「……例えば。例えばだぞ?

攫われたのがオレだったとして、お前あんなに必死になって助けにきたか?」

 

 予想外の喩え話に、思わず引いてしまう。

 

「……ケツ掘られそうになってるお前のとこに飛び込んでこいって、それどんな罰ゲームだよ……」

「茶化すなっ!!」

 

──ドムッ。

 

 茂武市の拳が、計佑の腹に軽く沈んだ。

決してそう力はこもってなかったが、今の少年には、それでもかなりの衝撃だった。

 

「……おっ……おま……あばらっ、折れてるのにっ……」

「あっ!? わりっ、つい……!!」

 

 正直地面に膝をつきたくなったが、身体を深く折り曲げながらもどうにかこらえる。

 茂武市はそんな少年を気まずそうに見下ろしながらも、コホンとわざとらしく空咳をつくと、また話し始めた。

 

「まっ……まあさっきのは喩えが極端だったな。じゃあ対象を須々野さんや、カリ姉に置き換えてみたらどうだよ?」

「え……?」

 

──もし須々野さんや森野先輩が攫われていたとして……? ……そんなの──

 

「助けに行くに決ま──」

「まあお前なら、やっぱり同じように身体はってたかもしんないけどな」

 

 計佑に最後まで言わせず、苦笑しながら茂武市が割り込んできた。

 

「なんだよ……一体何がいいたいんだよ?」

 

 白井先輩だろうと、須々野さんだろうと、森野先輩だろうと。

誰にしたって自分の行動は同じだったろうと言うのなら、今の喩え話に何の意味があるのかさっぱりわからない。

 

「まあ……つまりだな。お前なら誰のためでも……あるいは本当にオレのためにでも。

身体張って守ろうとするかも知んないけどな……けどお前、

あれが白井先輩以外の人間だったら……本当にあそこまで死に物狂いで探し回ったりしたか?」

 

ドクンっ……!!

 

 茂武市の言いたいことが分かりかけた計佑の心臓が跳ねた。

それでも、まだとぼけてしまう。

 

「いっ……言ってる意味がよくわかんねーよ……」

「あの時のお前。先輩が戻って来たら連絡くれって飛び出した時の顔、すごかったぞ?

須々野さん相手だったとしても、ホントにあんな顔したか?」

 

 そんなことを言われても。自分の顔なんて自分でわかるわけなんてない──そんな言い訳を考える計佑の心中を読んだのか、

 

「……写メでもしとけばよかったか? あんな顔見りゃあ、一発でまるわかりなんだがな……」

 

 尋ねるように言葉をかけてくる茂武市。けれど計佑は、それでもまだ抗う。

 

──友人が消えたら、必死に捜すのなんて当たり前のことだっ……!!

  余裕がなかったのは、あの悪党どもの存在があったからなだけでっ……

 

 そんな風に言い訳をする少年だったが、ふとまくらの事を思い出した。

 まくらが霊になってしまった夜。あの日も自分は走り回りはしたけれど……先輩の時ほど必死で捜したかといえば……

 

──違うっ!! あの時とは全然状況が違うじゃないかっ……!!

  今回は、アイツらが先輩に危害を加えてるのが、はっきり予想できていたからであって……!!

 

「……違う。あの時とは違うんだ。今回は、アイツらを前もって見かけていたから──

そうだよ、あいつら実際とんでもない悪党で。だから、それで焦ってただけだ」

 

 半ば独り言のように弁解する。

 

「それは結果論だろ。最初にお前が見かけた時のそいつら、

どこにでもいる不良程度に見えたから、最初はお前、先輩置いて帰って来たんじゃないのかよ」

 

 バッサリと切り捨てられる。

 

「そいつらの存在がなかったとしたら、先輩が消えてもお前は大騒ぎしなかったのか?

……きっと同じように、必死で探し回っていたと思うんだけどな、お前は」

「…………」

 

 もう、何も言えなかった。

 

「なんでそんなに認めたがらないのかは知らんけどよ……当たりの宝クジを捨てようとしてるダチがいたら、そりゃー止めるぜ?

おせっかいと言われようが、ほっとけるワケねーだろ」

 

 ポン、と計佑の肩を叩いて屋敷へと戻っていく茂武市。

親友の姿を俯いたまま見送る少年は、その場に立ち尽くして。

 

「そんなコト言われたって……今はホントに、そういうコト考えてる余裕がねーんだよ……」

 

──そんな、泣き言を漏らしてしまうのだった。

 

─────────────────────────────────

 

 屋敷に戻った後。

お風呂に入って、朝食をとった計佑は──今、庭掃除をさせられていた。

『朝帰りなんかした罰だよっ!!』 そう、雪姫の祖母に叱られて。

嵐のせいで仕方なかったことなのだけれど、その分を差し引いても、の罰らしかった。

 まあ確かに、お世話になっている事を思えば、掃除の一つ二つ罰でもなんでもない。

ただ、雪姫にはまた申し訳ない事になってしまっていた。

雪姫は計佑の事情に巻き込まれただけなのに、やはり罰として、今は台所掃除をさせられている。

 

──そう言えば……今朝からずっと、先輩にも心配かけっぱなしだよな……

 

 島から帰ってくる間、朝食の間、ずっと心配そうに自分を見つめてくれていた。

 自分の今朝からの雪姫への態度を思い返して、あらためて申し訳なくなる。

 

──いい加減、立ち直らないとな……

 

 そう思うのだけれど、一向に気分が上向いてこない。

それほど、まくらからの拒絶には深いダメージを受けていた。

 

 島から帰る時になっても、まくらの機嫌は直っていなかった。

 朝、計佑達がボートのところに戻ってきた時、まくらはボートの上に座り込んでいたが、

計佑たちの姿を確認した途端、一人で空を飛んで先に帰ってしまっていた。

 結局昨夜怒らせてしまってからは、一言も口をきいていない。

 気分屋なまくらは、よく怒りもするが機嫌が治るのも早い。

けれど今回みたいに、完全にキレてしまった時は例外だった。

そして、あんな軽蔑したような目で見られたのは初めてのことで──

 

──本当に……嫌われちまったのかな……

 

 まくらからの最後の言葉を思い出して、立ち直るどころか、またずぶずぶと沈み始める。

 はぁ……と、また大きなため息が出て、掃除の手すら止まってしまった。

 

「…………」

 

 無言で立ち尽くしてしまう。──と……

 

カサッ……

 

 頭に何やら軽い衝撃があり、頭でバウンドしたらしいそれが、計佑の斜め前に落ちた。

──おにぎりか何かの包装紙だった。

 

「……?」

 

 ゆっくり振り返ると、

 

──まっ……まくら……!!

 

 まくらが、もじもじしながら立っていた。

 

「……あ……」

 

 久しぶりに見る気がする、間近な距離のまくらに、上手く言葉が紡げなかった。

 

──まっ……まだ怒ってるんだろうか……?

 

 こうして近づいてきてくれたということは、今朝よりは機嫌は治っているのかもしれない。

けれど、もう怒っていないだろうというのも希望的観測すぎる気もして。

 

「その……」

 

 あの時の会話に、まくらに対して謝らなければいけない内容はなかったと思う。

 雪姫とのどうこうをまくらに謝るのは筋違いだし、

まくらが爆発してしまった『事故』という単語の事だって、まくらが曲解した挙句、逆上しただけなのだから。

それでも、まくらとの関係が修復できるなら。そんな思いで頭をさげようとして、

 

「ごめんなさいっ!!」

 

 先にまくらが謝ってきた。機先を制されて、計佑が固まる。

そしてまくらは、そっぽを向きながらも言葉を継いでくる。

 

「落ち着いて考えてみたら……私の言い分は随分勝手だったと思う。

……ホントにごめん……許してくれる、計佑?」

 

 言い切ってから、そっと上目遣いで見つめてくるまくらの姿に、計佑の心は一気に軽くなっていった。

固まっていた口も動き出す。

 

「……じゃあ……キライっていうのは?」

 

 おずおずと質問する計佑に、まくらが微笑する。

 

「あんなケンカくらいで嫌うわけないでしょ、計佑のコト……何年一緒にいると思ってんの?」

 

 その言葉で、計佑の心は完全に復調した。

 

──なんだよ……心配なんていらなかったんじゃん……! そうだよ、何年家族やってきたんだよ。

  本気でケンカしたっていつだって仲直りしてきたんだ。

  コイツとの関係が、あんなケンカくらいで終わるワケないんだよっ……!!

 

 むしろ、反動で一気にハイテンションになってしまう。

 

「……全くっ!! そーだよっ、あの言い草はあんまりだろーが!? なんだよ、スーパーえっちマンって!!」

 

 まくらの頭に手を伸ばし、わしゃわしゃとかき混ぜる。

──今度は跳ね除けられない事に、心底安心しながら。

 

「…………」

 

 まくらも負い目があるせいか、今はくすぐったそうな顔をしてじっと受け入れていて──

けれど、計佑がいつまでも続けるものだから、

 

「……いつまでやってんだよっ!!」

「おふっ!」

 

 ついには、ドンッと突き飛ばしてくる。

 傷に響いて結構痛かったのだが、それでもすぐに、計佑は笑い出した。まくらもつられて笑い出す。

 通りがかった女中さんが、不審そうな顔をしてこちらを見ていたりしたけれど──それに気付いても、計佑は笑いをとめられないのだった。

 

─────────────────────────────────

 

 ひとしきり笑って、落ち着いて。

 今はまくらの手伝うという申し入れを受け入れて、二人で庭掃除を再開していた。

 もし人に見られたら面倒だからと、最初はまくらの手伝いを断ろうとした。

けれど、これもまくらからの歩み寄りの一環だろうと気づいたので、結局受け入れたのだった。

 

「いや……でもさ、正直ちょっと本気で焦ったよ」

「え? なにが?」

「だってさ、じ──不幸な偶然が重なった結果なのは事実なんだけど、確かに先輩に色々痴漢行為しちゃったのは事実だもんな。

客観的に見て、ヘンタイ呼ばわりもムリないし。──本気でお前に軽蔑されたかなって」

 

 すっかり心が軽くなった計佑は、さっきまでの不安な心中を正直に吐露した。

その言葉に、まくらが苦笑してみせる。

 

「もう……変な気を使わなくていいよ。『事故』だったんでしょ?」

「ん……まあ、な。それは正真正銘。おまえのお袋さんにだって誓えるよ」

 

 大袈裟に宣誓のポーズまでとって言う計佑に、またまくらが笑った。

 

「……まあ、ね。

冷静になって考えてみたら、むしろ『本当はわざとやったんだ』って言い出しても、説得力ないんだよね、計佑の場合」

「……え?  なんでだ?」

 

 普通に考えたら、それだけやらかしておいて『事故』で片付けるほうが無理がある筈で。

 そう思って尋ねると、まくらがニヤッとした笑みを浮かべて──

 

「だってさ……顔を近づけられたくらいで鼻血吹いて倒れるお子様に、そんなマネできるわけないじゃん」

 

 計佑に、ハンマーを叩きつけた。

 

──がああああ!! コ、コイツっ……!!!!

 

 そう、まくらが姿を消したのは計佑が気絶した後で──計佑が間抜けな気絶姿を晒す瞬間までは、しっかり見られていたのだった。

 妹だ、ガキだといつも見下してる相手からの上から目線に、計佑はブルブルと屈辱に震える。

 この件に関しては、自分に言い返せる要素は一つも見当たらない。

逆切れしてみせるのは、更に自分のみっともなさを助長するだけに思えて、真っ赤な顔でただただ震える事しか出来ない。

 

「アハハハハハ!!」

 

 そんな計佑を前に、まくらはひっくり返りまでして、笑い転げてみせた。

 

「いや~……当分はこのネタで、計佑には勝ち続けられるね」

 

 ひとしきり笑って、ようやく落ち着いた様子のまくらが言ってくるが、

 

「ふんっ……勝手にしろ!!」

 

 もう計佑には、不貞腐れるしか手が残っていなかった。……が、

 

「そう……勝手にしていいんだ? じゃー……身体に戻れたら一番にやることは、おばちゃんにこのコトの報告だね」

「ちょぉおおおおお!!?」

 

 あっさり前言を翻して、まくらにすがりつく計佑。

しかし無理もなかった。性的失敗談を母親にバラされてしまうなど、思春期少年に耐えられる筈もなく。

 

「お、お前は鬼かっ!? そっそれはお前、人として許されないレベルだろぉ!?」

「アハハハハ!! 計佑、なっさけな~い!! こんな惨めな計佑初めて見た~!!」

 

また、まくらが笑い転げ始めて。

 

「……っ……ぐ……!!」

 

 もう、計佑は何も言えなくなってしまった。

 まくらが、ここまで計佑をからかってくる事は珍しくて、

 

──やっぱりこいつ、ホントはまだ怒ってるのかな……

 

 計佑は熱い頭の片隅で、そんな事を考えるのだった。

 

─────────────────────────────────

 

 さんざん笑い転げてようやく気がすんだのか、まくらが今は黙って計佑の手伝いをしてくれていた。

計佑も特に口を開くことなく、二人で黙々と掃除を続けていく。

 

「……ところでさ」

 

 しゃがんでちりとりを構えていたまくらが、俯いたまま問いかけてきた。

 

「んー? なんだ?」

 

 流石にもう弄ってはこないだろうと、気構えずに聞き返したのだが、

 

「結局、先輩とは付き合うコトになったの?」

「ぶふっ!?」

 

──やっぱり、まだまくらからの弄りは続くようだった。

 

「あっあのなぁ!? いい加減にしろよっ、流石にもう本気でキレるぞオレも!!」

「……なんで? 兄代わりの人に、彼女が出来たのかどうか聞くのってなんかおかしい?」

 

 やはり頭は上げないままで、まくらが重ねて尋ねてくる。

 

「……っ……」

 

 おかしくはない。

 おかしくはないのだけれど、初心な少年にとっては罰ゲームが続いているような気分になるのが正直なところで。

よっぽど無視してやろうかとも思ったのだが、

 

「……教えてよ」

 

 まくらの声色は決して茶化すようなものではなく、むしろなんだか硬さを感じさせて──だから、正直に答えることにした。

 

「……付き合ってないよ」

「えっ!?」

 

 まくらが顔をはね上げた。

 

「どうして!?」

「どうしてって、お前……」

 

 理由は情けないものだったから、言いたくなかった。

けれど、『教えてっ!!』と叫んできそうな強い視線を前に、結局口を開く。

 

「……お前もさっき散々笑ってくれた通り。

オレはまだまだガキで、恋愛感情とかよく分かんないからって、とりあえず答えは保留してもらったんだよ」

「……それだけ?」

 

 もう一つの理由は、まくらが気に病みそうな物だから口にはできない。

 

「……それだけだよ」

 

 だからそう締めたのだが、

 

「ウソ」

 

 ばっさり切り捨てられた。

 

「うっウソってなんだよ……オレはホントに「どーせ私が大変な間は、そんなコト出来ないとか考えたんでしょ」

「…………!!」

 

 割り込んできたまくらの言葉。完全に見抜かれてしまっていて、息を呑んだ。

 そんな様子を見て、まくらが俯いてため息をついた。

 

「……やっぱり。そんなコトじゃないかと思った……」

「だっだから違うって!! いや、確かにそういう理由もちょっとはあったけど、本命の理由は最初に言った通りだな……」

 

 しどろもどろで弁解するが、まくらは目を細めて見上げてきた。

 

「計佑の考えそうなコトくらいわかるよ……バレバレなんだから、そんな見え見えのウソはやめて」

「…………」

 

 静かな声で諭されて、流石にそれ以上はもう誤魔化さなかった。

 

「ねえ……そんなに今の私は、計佑の重荷かな?」

 

 まくらが寂しそうに呟いた。

 

「ちがっ……んなワケねーだろ!?」

「私のせいで、好きなヒトと付き合うコトも始められないのに?」

 

 まくらが苦笑しつつ指摘してくる。

けれど、これには計佑も黙っていられなかった。

 

「だから違うっての!! ……確かに、お前のコトが片付くまでは──って気持ちは強いよ。

でも、色恋のコトがよくわかんないのもホントなんだよ!! ──正直、どっちの理由のが強いかよく分からないくらい。

だから、お前の状態のコトがなくても、きっとOKはできなかった。それは間違いないんだ」

「…………」

 

 そう断言したけれど、まくらは黙って俯いてしまった。

 

「まくら……」

「…………」

 

 呼びかけにも反応しなくなってしまったまくらに、なんと言葉をかけていいかわからない。

 気まずい沈黙がしばらく続いて、やがて──

 

「……まあ、しょうがないか」

 

 まくらが立ち上がって、苦笑を計佑に向けた。

 

「計佑には迷惑かけ続けることになっちゃうけど、

正直、今は計佑に頼るしかないんだよね……復活できた暁には、

先輩とのコトもきっちり応援してあげるからさ。もうしばらくはよろしくネ!!」

 

 最後には、いつも通りのニパっとした笑顔を浮かべたまくらに、計佑も安心する。

 

「まかせとけって!! ……いや、先輩のコトを応援とかは遠慮するするけどな?」

「まーだそんなコト言ってるの!?

私のコトがなくてもOKできなかったのはホントだね、これは……私のおにーちゃんが、こんなにヘタレだったなんてなぁ……」

「ぐっ……!!」

 

 わざとらしくため息をつくまくらに、何も言い返せない。

 自分でも、色恋に関してはなんでこんなにヘタレてしまうのかわからないのだ。

ともあれ、これからは先輩だけでなく、まくらにも弄られてしまう様になってしまうのだろうか……

 

──最悪だ……先輩はともかく、まくらにまで弄られるなんて……

 

 これからの日々を思うと、ため息が漏れてしまう計佑なのだった。

 

─────────────────────────────────

 

 <15話のあとがき>

 

消化試合一試合めです。

……消化試合かと思ってたんだけど、計佑×まくらを書くのは楽なせいか、意外と量いけました。

 

大まかな流れ──まくらとのケンカ、茂武市の指摘、まくらと仲直り。

それ自体は原作通りですけど、会話の中身とかは随分と改変してみました。

今後はこういうコトが増える……ハズ。

 

まくらの母親の死因を変えちゃいました……

この世界でも病気で弱ってたのは同じだけど、

事故にあったのがトドメになってしまった、という設定にしています。

うーん、そんなんにする必要あったか、というと特にあった訳でもないんだけど、

 

(26話書き上げてみてからの追加コメント・

でも最終的にはこの設定を活かしてのまくらの行動を書けた気もするので、まあ……悪くはないんじゃないかな、とは思ってます)

 

でもただ病気で死んだっていうより、

『今日は久しぶりにお母さんが帰ってくる!!』と楽しみにしてたら……なほうが、

まくらのトラウマが強くなって、よりまくらが輝くかなぁ? とも。

 

事故って言い訳に激怒するまくら。

うーんと、計佑と雪姫のイチャイチャを見せつけられたまくらは、

大好きだったお母さんのコトとか思い出してたから、計佑の言い草に過剰に反応したとかそんな感じ?

第一話で計佑に叱られたまくらが植物園に行ったのも母親を偲んで、でしたよね?

 

茂武市の見せ場を、今回は入れたつもりです。

『……この程度ので?』と言われたら、まあ、その、うーん……なのですが、一応自分ではそのつもりでした。

パク……イメージは、コミック版かしましの明日太くんです。

という訳で、唐突な宣伝として、コミック版の「かしまし」をオススメします。

アニメ版は「あのね商法」でなんか悪いイメージもあったりするかもですけど……漫画版はすごくいいんですよ。

はずむくんもアニメほどふらふらしないし(^_^;)

何より、最終巻の明日太くんが素晴らしい……

そこまでは、ず~~~……っと、アニメ版同様コメディキャラだったんですけど、

クライマックスでめちゃめちゃいい仕事するんですよね……

その時の表情と、彼の心中を思うと泣けてくるくらい。

というワケで、アニメ版しか知らないで

「ええー……」とか思っちゃう人には、是非ともコミック版を見てみて欲しいです。

……ブックオフとか行けば、底値で置いてあると思うので……

 

第一話で、

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多少目は慣れてきたが、やはり彼女の顔の細部はわからなかった。

「あの・・・なんか追われてるんですか?ヤバイんなら先生に連絡とか・・・」

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隠れてる雪姫に、こんな感じの言葉をかける計佑を書きましたが。

今回の茂武市の指摘は、一応この辺も意識してみたり。

いくら計佑がいいヤツっていっても、流石に見知らぬ人間のために死に物狂いになったりはしないワケで、

一話に比べたら、本当に雪姫の存在は計佑の中で大きくなったんだなぁ……とそんなことを考えました。

 

硝子が迎えに来ないのは……まあ、嫉妬の一環かな?

16話では、ついに硝子の黒い部分を、はっきり書いてしまいます。

 

 

 

 

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