パジャマな彼女。より『白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャカノ・パラレル』   作:GOHON

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第24話-1 『合宿二日目・まくらの怒り。雪姫たちの喜劇。「……妹扱いくらい、続けてよ……」』

<24話>

 

 

 合宿二日目の朝。

起床した計佑が寝泊まりに利用している体育館を出て、顔を洗いに行こうと廊下を歩いていると──

 

「もおおお! 絶対許しませんからねっ、アリス!!」

「あははは! 捕まえられたら、忘れてあげてもいーよ、おねえちゃんっ!!」

 

 雪姫とアリスがぎゃあぎゃあと騒ぎながら、向こうから走ってくる姿が目に入った。

 

──……えぇー……こんな早くから一体なにやって……

 

 寝起きのローテンションな状態で出くわしたいきなりの騒動に、呆れを覚えてしまう。

 

 昨夜は、随分と雪姫 (と結果的に計佑も) を振り回してみせたアリスの言動。

今日も、その勢いのまま絶好調のようだった。

 

「おっけーすけ、おはよヴぐっ……!」

 

 軽く挨拶しながら計佑の横を駆け抜けようとしていたアリスだったが、

計佑に首根っこを掴まれ、声を詰まらせながら急停止する事になった。

 

「……はぁっ、はぁっ、はあ……あ、ありがとう計佑くんっ、捕まえてくれて……」

 

 追いついてきた雪姫が、膝に手をつきながら礼を言ってくる。

計佑はそんな雪姫に一言朝の挨拶をしてから、襟を掴みあげたままアリスの顔を覗き込んだ。

 

「朝っぱらから騒ぎやがって……一体先輩に何やらかしたんだ?」

 

 雪姫が血相を変えて追いかけ回すぐらいだ、相当なイタズラだろう──そんな風に考えている少年。

雪姫が余裕をなくすのは、大抵の場合計佑関連でしかないのだけれど、そういったところまでは相変わらず気づかない。

 そんな少年の顔を見上げた後、雪姫に視線をやったアリスがニマっとした笑みを浮かべる。

 

「けーすけに話すつもりはなかったんだけどなぁ……こうして聞かれてるくらいだし、話しちゃってもいーい?」

「ばっ馬鹿言わないで!?  絶対ダメよっ!!」

 

 慌てた雪姫が、アリスの口を塞ごうと手を伸ばしたが、

アリスはニヤニヤとした笑みのまま両手を持ち上げると──雪姫の顔の前でワキワキとさせてみせた。

 

「──っ!」

 

 瞬間、声なき悲鳴を上げて、ビクッと飛び退いてしまう雪姫。

そのまま自分の両肩を抱いて、プルプル震え始めてしまう。

 

「ふっふっふ……おねえちゃん、また私とくすぐり合戦にチャレンジしてみる?」

「ひっ、卑怯者っ……! 私が勝てない事知っててぇ!」

 

 勝ち誇るお子様に、悔しそうにしながらも震えて距離をとってしまう、高校3年生。

そんな弱々少女に、外見は小児の悪魔が更に嗜虐的な笑みを深める。

 

「じゃーどーするの、おねえちゃん。私のこと、叩いたりしてみる?

……優しーおねえちゃんじゃあ、そんなコトできないでしょお?

つまり、もうおねえちゃんはどうやったって私には勝てないんだよぉ?」

 

 勝ち誇る小悪魔に、愕然とする雪姫。……けれどそこで、

 

『ビシッ!』

「いたっ!? なっ、なにすんだよっけーすけ」

 

 アリスは計佑からデコピンをもらってしまった。

 

「なにすんだよ、じゃねーだろ。先輩に出来ないならオレが代わりに叩いてやるよ。

悪さしといて、謝るどころか脅迫するなんて……オレは躾に躊躇なんてしないからな」

「うっ……」

「け、計佑くんっ……!」

 

 計佑に冷たい目で睨まれて、流石にアリスが言葉に詰まり、そして雪姫はパァっと顔を輝かせる。

 

……がしかし、この時の計佑は一方的に雪姫の味方という訳でもなかった。

 

「先輩も、もうちょっと落ち着いてください。

先輩がしっかりしていれば、子供にからかわれるなんて事にはならないハズでしょ?」

 

 そんな風に諭され、てっきり全面的に庇ってくれるとばかり思って浮かれていた少女は、表情を一変させて。

 

「そっ……! それを計佑くんが言うの!? だって、アリスがこんな風になっちゃったのは計佑くんのせいなのにっ……」

 

 駄々っ子がそんな風に言い訳したが、寝起きのせいでちょっぴり機嫌が悪い少年は、珍しく怯まない。

 

「そういや、昨夜もなんかそんなコト言ってましたけど……

じゃあなんでオレのせいなのか、ちゃんと説明してくださいよ?」

「……えっ? ……あ、えと。それは、その……」

 

 説明を求められると途端に萎んでしまい、雪姫は頬を染めながらもじもじとしてしまう。

雪姫としても、本当は責任転嫁というか、殆ど言いがかりだと言うことは自覚しているのだ。

 それに、あの日──アリスにからかわれ始めた──の会話を明かすということは、

お説教という名の嘘を被せて、アリスの行動を制限しようとしたりした恥ずかしい嫉妬の色々、

それも10年後の未来にすら妬きまくっていた事まで知られてしまう訳で──そんな事を、言えるはずもなく。

 

「……うう~……」

 

 少年に半眼で見下ろされて、結局唸るだけになってしまう雪姫。しかしそこで、目をキラリと輝かせる子供がいた。

 

「……わかったよ、けーすけ……ごめんなさい、おねえちゃん。なんか調子に乗りすぎてしまいました」

 

 一瞬で怪しい目の光を消したアリスが、しおらしい顔を作ってそんな風に頭を下げた。

 

「わかればいーけど。朝っぱらから騒ぐのは流石に勘弁してくれよな……」

 

 そんな風にぼやきながら、計佑がアリスの襟を離す。途端、アリスが身を翻して計佑に抱きついてみせた。

 雪姫が『あっ!?』という形に口を開いたが、アリスはお構いなしに

 

「わかったわかったー! でも、けーすけってスゴイよな~。歳上の相手でも窘められるんだもんな~?

上辺だけ大人のフリしてるような誰かさんと違って、根っこが大人なんだよな~」

 

 そんな事を口にしながら、計佑のお腹に頬ずりをしてみせる。

……横目で、雪姫の様子をしっかり伺いながら。

 そんなあからさまな当てこすりに、雪姫の頬がひくついて。

 

「はっ、はぁ? いやっ、オレも全然ガキだっての。お前の前では、強がってみせてるだけだぞ」

 

 アリスの前では、確かにそんな風に振舞おうとしていた部分もあるけれど、

いざそんな風に褒められてしまうのも堪らない少年が思わず本音をぶちまけてみせたが、

 

「あはははは! けーすけは謙虚だなっ!!」

 

 アリスが笑いながら飛び上がって、計佑の首に両腕を回し、ぶらさがってきた。

 

「ちょっおい! いきなり危ないだろっ」

 

 子供とはいえ、流石に首だけで支えるのは厳しいので、アリスの背中に腕をまわして抱きかかえてみせる少年。

……お互いに腕をまわし合うという、昨夜以上に親密な形で抱き合う格好の二人に、

いよいよ雪姫の顔にヒビが入って。

 

「あ~……なんか、けーすけのコト本気で好きになっちゃいそうだな~?」

 

 そんなセリフを、計佑の耳元で──雪姫の顔をニヤニヤと見つめながら──口にするアリス。

 そんな子悪魔に、ついに雪姫が爆発する。ついさっき計佑に叱られた事など完全に吹っ飛んでしまい、

 

「アっアリスぅううう!!!!」

 

"こんなこと見せられて頭に来ねえ乙女はいねえッ!!"  とばかりに、アリスに飛びかかった。

 

……けれど、アリスは今計佑にぶらさがっている状態であり、

そしてその土台となっている少年は、決して安定して立っている状態ではなかった。

そんなところに、もうひとり分の体重がぶつかってきてしまえば──

 

「ちょっ、先輩っ、あぶ──!?」

 

──無様に転倒する羽目になるのも、無理はなかった。

どうにか自分の身体を下にしてみせて、アリスや雪姫の身体を守ってみせたのは立派だったのだが、

そのせいで受け身も取れずに押しつぶされてしまった少年には、当然ながら相応の苦痛が与えられてしまう訳で。

 

 倒れ伏してうめき声を上げる少年に、今度こそ少女たちは、本気で頭を下げ続けるのだった。

 

─────────────────────────────────

 

 この日の日中メイン活動は、視聴覚室でのDVD鑑賞だった。

 硝子が自宅で天体番組を録画してくれていたそうで、

それはちょうど計佑も見逃していた番組でもあった事もあり、この機会に皆で観ようという事になって。

 午前中から、早速皆で鑑賞を始めたのだけれど、開始早々、

 

「オレ、ちょっとまくら迎えに行ってくるな」

 

 そう言い残して、計佑は教室を抜けだした。

雪姫と硝子は、昨日の試合後の話をしに行くのだとわかっているからだろう、微笑で送り出してくれた。

茂武市も細かい事は気にしなかったのだけれど、アリスだけがちょっと膨れて見せていた。

 

 また計佑の膝の上にでも座って、雪姫を挑発でもするつもりだったのか──

早朝の一件の後には、一応ちゃんと反省をしていた筈なのだけれど、もうすっかり忘れている様子のお子様だった。

 

 そんな四人を置いて校門までやって来た計佑は、直に到着する筈のまくらを待っていたのだけれど──

 

「けーすけーーーっ!!」

 

 大声で名前を呼ばれて振り返ると、校舎の方からアリスが全力疾走してきていた。

 その勢いのまま、『たあっ!』と飛び上がりながらのタックルを仕掛けてくるちびっこ中学生を、

ひょいと横にずれて躱す計佑。

 回避されてしまい『ええっ!?』と空中で目を見開くアリスだったが、

計佑は横からアリスの身体を捕まえると、突進による運動エネルギーをくるくると回転して消費してみせた。

「おっ!? おお~……あははは! これは面白いぞっ、けーすけ!」

 

 やがて回転が止まり、地面に下ろされたアリスが満面の笑みで見上げてくるが、

計佑のほうは仏頂面でそれを見下ろした。

 

「一体何の用だよアリス……あのDVDは、

本来は何も知らないお前とかの為に用意したんだから、ちゃんと見てくれないとだな……」

 

 そんな風に諭したが、本命の理由は別にあった。

 自分はこれから、まくらに昨日の事を謝らなければいけないのだ。

それなのに第三者、それも昨日の一件を何も知らない人間がいては、そんな話はしづらくなってしまう。

 そういう訳で、早くアリスを追い返したいところだったのだが、

 

「用、か? ……う~ん、確かに今オマエに絡んでも、

おねえちゃんがいないからあんまり面白いことにはならないんだけど、さ~……」

 

 軽く俯いて、そんな風に呟くアリス。それに、少年がため息をついた。

 

「お前な~……一体どうしちゃったんだよ。

あんなにお姉ちゃんお姉ちゃん言ってたクセに、なんでいきなりそんなに態度が変わっちまったんだ?」

 

 雪姫によれば、自分のせいでアリスがこうなってしまったそうだけれど……

本当のところは、未だ分からないままだ。

 雪姫に聞いても結局は教えてくれなかったし、ならばアリスに聞いてみるしか無かった訳だが、

 

「えー、だってー。おねえちゃん、

からかうとすっごい面白くてカワイイって解っちゃってさ~。つまりこれも愛情表現だよ!!」

 

 雪姫が聞いたら『そんな愛はいりません!』とまたカッカしそうな答えを、ニコニコしながら返すアリス。

けれどその答えは、一応少年を安心させるものではあった。

 

──そっか、まあそんな事ないとは思ってたけど、やっぱり先輩の事キライになったとかじゃないんだよな。

 

 じゃれつきの一環だろうとは勿論わかっていたつもりだったが、

あまりの豹変ぶりにちょっとだけ不安があったのも確かだった。

 しかし今、こうしてニコニコと満面の笑みで雪姫の事を語る姿を見れば、完全に杞憂だったことが確信出来た。

 

──そういや先輩も、俺のコトだけはからかってくるんだったよな……

 

 皆に優しい性格をしているのに、自分に対してだけは厳しく弄ってきたりもする雪姫。

 

──好きな人間ほど、からかいたくなるのは先輩んとこの血筋とかなのか……?

 

 そんな事を考えて、しばし無言になっていたら、

 

「それよりけーすけは、なんでおねえちゃんにはあんなに遠慮してるんだ?

オマエだって、ホントはおねーちゃんをいじり倒したいとか思ってるんだろ?」

「ええ!? バカ言うなよっ、オレは先輩にそんなの思ったことねーぞっ」

 

 今度はアリスからそんな質問がきて、それに慌ててそんな答えを返した。

 

「えっ、ウソ!? ないのかっ? ……意外だな~、てっきり遠慮してるだけかと思ってた……」

 

 計佑の声に、心底驚いたような顔をするアリス。しかし、驚かされたのは計佑とて同じだ。

 

「なんだよそれは……なんでお前、そんな風に思ったんだ?」

「だっておねえちゃんって、虐められてるくらいのが一番輝くじゃん?」

「はぁ? いや、そんな事はねーよ。先輩だったら、嬉しそうに笑ってる時が一番輝いてるだろ?」

 

 アリスのセリフに全く納得できなかった少年がさらりと答えたが、

その答えを聞いたアリスはじわじわと頬を染めていって。

 

「……お、おお……笑顔が一番輝いてる、か……

な、なんかオトナなセリフだな。オマエやっぱ、お姉ちゃんの事愛してんだな~……」

 

 感心した様子でこちらの顔を見上げながら、そんな事を言ってくる。

 

「なっ!? バッ!  変な風に捉えんなよ!! ふ、普通に考えたら、笑ってる顔が一番カワイイのは当たり前だろ!?」

 

 アリスのリアクションで、自分のセリフの恥ずかしさに気付いてしまった計佑が慌てて弁解したが、

 

「ふ、ふ~ん……オマエはそれで普通なのか……やっぱけーすけってスゴイな……」

 

 そんな事を呟きながら、アリスが俯いてしまった。何やらまだ誤解されてるような気がして、

もう一度弁解を重ねたくなったが、それより早くアリスがガバッと顔を上げてきて、

 

「ま、まあともかくだな! ドSなお前なら、

そのウチ絶対、おねえちゃんをいじる楽しさだってわかるようになるハズだぞっ?」

 

 そんな風に話を戻してきた。こちらとしても、その方が有難いのでそれに乗っかる事にして。

 

「そっ、そんな事わかるようになんて……そもそも俺、ドSってワケでもねーし。

……うん、やっぱりそんな事にはならないと思うぞ」

 

 考え直してみたが、やはりアリスの言葉には2つの理由で頷けなかった。

 一つは、雪姫の打たれ弱さの問題だった。

雪姫はちょっとつついただけでも、下手をしたらべそをかきそうな相手だ。

そんな人間を、そうそう弄ろうにもどうしたって抵抗がある。

 

──……まあ……付き合いを重ねていって、加減がわかるようになったら、或いはそういう事も出来るのかもしんないけど……

 

 それでも、まだもう一つ理由があった。

 

──俺、先輩には一方的に弄られてばっかだし。もう、この関係が逆転する未来なんて想像できないんだよな……

 

……実際には、とっくの昔に力関係は逆転しているのだけど、そんな風に考えている少年。

 本質的には、計佑の方が雪姫を、絶叫マシンすら可愛く思える程の勢いで振り回しているのだけれど、

罪作りな少年には相変わらず、全く、これっぽっちも。自覚がなかった。

 

 ともあれ、そういう理由でアリスの言葉に首を振る計佑に、それでもアリスは納得しない様子で、

 

「……この予想には、自信あるんだけどなぁ……」

 

 首をひねっていたが、やがて表情をにぱっと一変させると、

 

「……まあいいや!  それより、ここに来た理由、なんだけど、さ……」

 

 語尾の辺りで、急に声を小さくしていって。薄く頬を染めると、何やらもじもじすら始めて。

 

「……えっとだな。昨夜の……昨夜みたいに、また頭撫でてくんないか? なんかあれ、すごく気持よかっんだ……」

 

 そこまで言うと、完全に俯いてしまうアリス。

 

「……ああ……昨夜の、親父さんに会えてないって話の時のコトか?」

 

 思い出しながら問う計佑に、無言で、コクンとアリスが頷いた。

 

「ははっ、なんだ、そんなコトだったのかよ。……いいぜ、いくらでも撫でてやるよ」

「ほっ、ホントか!?」

 

 笑いながらの計佑の言葉に、ガバっとアリスが顔を跳ねあげて、キラキラとした目で見上げてくる。

「ああ、そんなんお安いご用ってもんだろ」

 

 少年が優しく笑いながら右手を持ち上げて、アリスが期待に胸を踊らせて──

ちょうどその瞬間、曲がり角を曲がってきたまくらが通りに姿を現したのだけれど、

お互いしか見ていない計佑たちが気づく筈はなくて。

 そして、少年は少女の頭に手を乗せると────ワシャワシャワシャ!!

 

 一気に髪を引っ掻き回し始めた。

 

「──!? ちょっ、え!? な、なに、なんで!?  やめ、やめてよっけーすけ!!」

 

 突然の暴挙に、言葉遣いが素に戻ったアリスが慌てて逃げようとするが、

計佑は左手もアリスの頭に乗せると、さらに激しくかき回し始める。

 

「やだ、やだあっ! もうやめてよお!!」

 

ついにはアリスがうずくまって、それでようやく計佑も手を止めた。

 

「……な、なんでぇ? ……この髪、キレイにするの大変なのにぃ……」

 

 涙目で見上げてくるアリスに、視線を合わせる為計佑もしゃがみこむ。

 

「先輩に聞いたんだよ。オマエ、ホントは親父さんに会えないんじゃなくて、会おうとしないだけなんだってな?」

 

 睨みつけると、アリスは「うっ」と言葉に詰まる。

 

「紛らわしい言い方しやがって……そんなに寂しいんだったら、変な意地なんか張らずにちゃんと親父さんに甘えろよ」

 

 そう諭すと、アリスはプイっと顔を背けてみせた。

 

「イヤだっ!! パパはアタシを放り出したんだ!! アタシは一緒にいたいって言ったのに……

なのに都合のいい時だけ会いにくるなんて、そんなオトナの勝手に付き合うもんかっ!!」

 

 そんな風に叫んで、悔しそうに唇を噛み締めるアリスに、一瞬なんと言っていいかわからなくなる。

 雪姫から簡単に話を聞いた限りでは、決してそこまで大変な話ではないようだけれど、

それでも何不自由ない家庭環境にいる自分が、したり顔で説教していいとは思えない。

……けれど。

根は素直な少女が、こんな風に意地を張り通そうとしている姿なんて、痛々しくて見ていられなかった。

だから──お前は何様なんだよ、という自己嫌悪を押し殺して──説得を始める。

 

「……お前、別に親父さん達のコト、キライになったって訳じゃあないんだろ?」

「……キライだよ。前は好きだったけど、もう今はキライだ……」

 

 不貞腐れたアリスが、呟くように答えた。

 

「ウソつけ。本当にキライなら、なんでそんなに拗ねてるんだ?

好きだからこそ、悔しくて、ずっと拗ね続けたままなんだろ?」

「……違うもん」

 

 アリスが、膝に顔を伏せる。

 

「いいや、違わない。……本当に親父さん達がキライになったのなら、

約束の日には、外に逃げるなりしてるハズだろ。……なんでいつもいつも、部屋に閉じこもってるんだ?」

「っ!」

 

 ビクリとアリスの身体が震えた。

 

「ドア越しにでも、親父さん達の声が聞きたいからじゃないのか?

来た時と、帰る時……窓越しにでも、親父さん達の姿を見たいからじゃないのか?」

 

 ブルブルとアリスの身体が震え始める。

 

「お前の気持ち、本当はどうかなんて、そりゃあオレにはわかる訳ないんだけどさ。

お前が本気の本気でイヤだって言うなら、そりゃあ部外者のオレが家族の事に口出しなんて出来ないんだけどさ。

……でも、会いたいって気持ちがちゃんとあって、会っちゃダメな理由なんてないんなら……

絶対に意地なんて張るべきじゃないんだ。それだけは、絶対、絶対に間違いないんだ。だって……」

 

 そこで、一旦言葉を切ってから──

 

「……だって、親に会いたくても会えないヤツだっているんだから」

 

 そう続けた途端、アリスがハッと顔を上げた。

その目は真っ赤になっていたけれど、ようやく自分の顔に視線を合わせてきたアリスに、微笑がもれた。

 

「まくらの親の話、したコトあったよな?」

「……あ……うん……」

 

 気まずそうに頷くアリス。あの時の事は、アリスには痛い想い出だろう。

また俯いてしまうアリスを他所に、計佑は暫し、まくらの母親の事を思い出していた。

 

 まくらとは正反対で、とても淑やかな雰囲気の人だった。

幼い頃の計佑は、すぐに鉄拳を振るう由希子よりも、まくらの母のほうに懐いていたかもしれない。

 だから、亡くなった時には──勿論、まくらに比べたら全然だろうけれど──随分泣いたものだ。

尤も、まくらが陰で泣いているのを見つけてしまった時に──子供心に "自分が守ってやらなければ" 

と思うようになってからは、泣くのをやめて、まくらの兄として振舞おうとし始めたのだけれど。

 

 やがて、回想から戻った計佑が殊更明るい声で、

 

「……だからだなっ。少なくとも会いたいって気持ちあるんなら、素直に従っとけよ!

お前には、本気で意地張ってる姿なんて似合わねーんだよ。

意地っぱりに見えて、実はめちゃ素直ってトコが、お前はカワイーんだからさっ」

「……っっ!!」

 

 そんな言葉をかけると、アリスが息を呑んで顔を赤くした。

その様に少年は笑顔を浮かべると、今度は優しく──それこそ昨夜のように──アリスの頭を撫でてやる。

 さっき、徹底的にぐちゃぐちゃにしてしまった髪を、元通りにもしてやろうと手櫛をかけるが──

 

「……悪い。ちょっとやりすぎたみたいだな」

 

──ちょっと元通りという訳にはいかないようだった。

 頭を下げたが、アリスは赤い顔のままプルプルと首を振った。

 

「……ううん、いい。そんなコト、どうでもいい……」

 

 ポ~っとした目で、計佑の顔を見上げてくる少女。

 

「……やっぱり、けーすけはすごいよね……けーすけは、いつも私のコト楽にしてくれる……」

 

 アリスがゆっくり立ち上がって。

 

「……パパ達の事は、もっかいちゃんと考えてみる。……でも、今ならなんだか、素直に会えるような気がする」

 

 そう言って、はにかむアリスに、計佑のほうも改めて破顔した。

 

「そっか。まあ、頑張れよ」

 

 立ち上がって、ポン、とアリスの頭に軽く手をバウンドさせた。

 

「うん! じゃあ、先に戻ってる」

 

 弾けるような笑みを見せて、くるっと身を翻すと、もうアリスは振り返る事もなく全力疾走で去ってしまい。

 その後姿を満足気に見送って、やがて完全に見えなくなると、微笑のままで軽くため息をついた。

 

「ふう……オレなんかが偉そうに説教とか、ホント何様だって話なんだけどなぁ」

 

──それでもまあ、アリスにとって悪くない結果に導けたんなら上出来だよな。

 

 そんな達成感で軽く高揚した気持ちのまま、首を巡らせて──まくらが立ち尽くしている姿に気付いた。

 

「……っ!」

 

 高揚していた気分は、一瞬にして緊張にとって変わった。

曲がり角の位置で立ち尽くしたままのまくらの細かい表情まではわからなかったけれど、

 

──俺の事、見えてるクセにこっちに来ないってコトは……昨日の事が、まだ尾を引いているのか……

 

 早朝の内に『話があるから、校門で待つ』とまくらにメールしたところ、

大体の到着時刻を返信してきたくらいだから、決して機嫌は最悪ではないだろうと思っていたのだけれど。

 そんな考えは甘かったかと、身を引き締めた。

やがて、まくらがこちらへと歩きはじめて。その足取りが重いのを見て取って、

 

──一晩経てば、大抵の場合機嫌治ってるのにな……やっぱ今回のはそれくらいのコトだったんだよな……

 

 改めて申し訳なくなる。

 

 まくらの足取りは、曲がり角を曲がってくるまでは普通で、まくらが立ち止まったのも

計佑がアリスの頭をかき回し始めてからの事だったのだけれど、そんな事を知る由もない少年。

 

 そして、ついにまくらが計佑の目の前にまでやってきて。その足を止めた。

 

「……おす」

「……おはよう」

 

 計佑の挨拶に、一応は返してくれた。……俯いたままで。

一瞬怯みそうになったけれど、引き伸ばしても仕方がないと、思い切って頭を下げた。

 

「ごめんっ、まくら! 昨日は……すげーヒドイ態度とっちゃって」

「…………」

 

 今度は返事がなかった。それでも、頭を下げたまま弁解を始める。

 

「別に、無視するとかそういうつもりじゃなかったんだ。

いやっ、結果的にはそうなっちゃったんだけど、その……めちゃくちゃ情けない話なんだけどっ、お前が──」

「──完全試合なんかやっちゃったから、引け目を感じちゃった?」

「っ……」

 

 先回りされて、思わず頭を上げた。

まくらも、俯いていた顔をもう上げていて、計佑の顔を静かに見つめてきていた。

 

「……そっか、バレバレだったか。ホント、情けないよなオレ」

 

 恥ずかしさに苦笑すると、まくらが首を横にふった。

 

「別に、すぐに気付いた訳じゃないよ。あの時には凄いショックだったし、

しばらくは何も考えられなくて……計佑からのごめんメールが来て、

それでやっとモノを考えられるようになって……それで、そういう事なんじゃないかなって気づいたんだ」

「……そっか……ホントにごめん」

 

 もう一度まくらに頭を下げて。そして硝子にもまた改めて感謝した。

 

──須々野さんが怒ってくれてなかったら……ホントにオレ、何も気づかないままだったもんな……

 

 硝子が気づかせてくれたからこそ、昨日の内にメールで二言三言だったけれど謝罪する事が出来て。

その結果、まくらを無駄に苦しめる時間を少しでも減らす事が出来たのだろう。

……そんな事を考えていて、ふとおかしな事に気付いた。

 

──……あれ? 待てよ、それがわかってたんならなんで今──

 

 まくらはこんなに落ち込んだ様子なのだろう?

まくらの性格なら、自分の劣等感での悩みなんて、笑い飛ばしてくる筈で。

──実際、天文部を始める前にゲーセンで遊んでいた時には、そうしてくれていたのに。

 

 そんな違和感を覚える計佑に、

 

「その事はもういいよ……あまり気にしてない。……でも、さっきの……あれは何だったの?」

 

 まくらがそんな質問をしてきた。と言われても、何の事かさっぱりわからなかった。

 

「あれ? ……さっきのあれって何の話だ?」

「……アリスちゃんの頭、さっきかき回してたじゃない……!」

 

 首を傾げて尋ね返した瞬間、まくらの目に火が点った。

 静かだった声にも急に怒りが込められてきて、思わず怯んでしまう。

 

「な、何の話だ? 今は、アリスの話じゃなくてお前の──」

 

 訳が分からず、話を修正しようとしたけれど。更に強まるまくらの眼光に、最後まで言い切れなかった。

 

「……一体、何怒ってるんだ? 小さいコにやり過ぎだとかそういう事か?

確かにオレもちょっとやり過ぎたとは思ってるけど、あれは昨夜の──」

「──そんな事を怒ってるんじゃない!!!」

 

 言い訳は、まくらの怒声に遮られた。

 

「あれは、私だけの……!!」

 

 怒りの炎を燃やしたままの瞳で、けれど独り言のように、まくらが呟いて。

僅かの間を空けて、プルっとまくらは頭を左右にふると、また口を開いた。

 

「……最近は、私には全然あれをやらないよね」

「……え? あ、ああ……そういえばそうだな……」

 

 いきなりキレたまくらに硬直してしまっていたが、どうにか答えを返す。

言われてみれば、以前はよくやっていたのに、最近は全然やっていなかった気がする。

 いつからだろうかと考えて、

 

──そっか、まくらに好きなヤツがいたって話を聞いたあたりか……?

 

 あの話には色々とショックを受けた。

 お子様だとばかり思っていたら、自分よりずっと大人だったと思い知らされて、

自分がシスコンだったと自覚する羽目にもなって。

 特に意識しての事ではなかったのだけれど、無意識の内に気後れする気持ちは生まれていたのかもしれない。

けれど今、こうして自覚してしまって。そして昨日の試合で、はっきりとまくらの格を見せつけられた今──

 

「──そうだな、もうあんなマネ、お前には出来ないよな……」

 

 そんな風に、苦笑する事しか出来なかった。

 まくらもいつも嫌がっていた行為だし、あんな子供扱いみたいなマネは、もうすっぱりやめないと。

そう考えて口にした言葉だったけれど、それにまくらが目を見開いて、愕然とした顔つきになった。

 

「……なんで……?」

「……いや、なんでって……そりゃあだって……」

 

 随分大袈裟な反応をするまくらに戸惑いが湧く。一瞬言葉も切ったが、迷いは一瞬だった。

 恥ずかしくはあったが、ここで誤魔化してしまって、

もしまたまくらを傷つけるような事になったら、それは昨日の事をまるで反省していないのと同義だ。

 そう考えて、言葉を継いだ。

 

「……お前は子供っぽいとこも多いけど、でももう何も出来ない子供なんかでもないんだよな。

もう、オレに出来ないよう事をいくつも出来る、スゲーやつになってたんだよな。

だから、今までみたいな、ガキ扱いするとか、一方的に兄貴目線で接する訳にはいかないよなって」

 

 照れくさくて、まくらの顔を見れないままそんな言葉を並べたのだけれど、

 

「なんでよ!!」

 

 一喝されて、ビクリと視線を戻した。

唇を噛み締めて、悔しそうな顔で睨み上げてくる姿にまた戸惑う。

 

──え……? なんでキレるんだよ、今のトコで。

 

 嫌がっていた子供扱いをやめると。

もう立派な、一人前の人間なんだよなと認め、褒めた筈の言葉なのに。

 訳が分からず、狼狽えるばかりで何も言えなくなってしまう。

 

 そんな少年を前にして、やがて少女はくっと俯いて。

 

「……妹扱いくらい、続けてよ……」

 

 呟いてきたけれど、計佑には後半しか聞き取れなかった。

 

「え? 何を続けろって……?」

「やってよ……前みたいに。ちゃんと、私の髪、かき回してみせてよ……」

 

 今度の言葉はちゃんと聞き取れた。そして、まくらが頭を突き出してもくる。けれど、

 

「……は……?」

 

 意味がわからなかった。話の脈絡も、まるでわからなかった。

 

「いや、いきなりそんなコト言われても……」

 

 別に難しい事ではない。

簡単で、以前だったら何も考えずにやれていた事だけれど、

明らかにヒステリーを起こしている所に、そんな事を仕掛けるなんて出来る筈もなくて。

 

 最近のまくらは随分と暴力性も上がってきていた。

言われたからといって本当にそんな事をしたら、それはそれで鉄拳が飛んでくるんじゃないか──

そんな疑念もあって動けずにいると、やがてまくらが怒らせていた肩をストンと落とした。

 

「……わかった……もういいよ……」

 

 力ない声で告げて、まくらが計佑の横を通り過ぎる。けれど、呼び止める事は出来なかった。

止めたとしても、何を言えばいいのか──全く見当がつかなかった。

 

─────────────────────────────────

 

 やがてまくらの姿が見えなくなって。

それでも計佑はその場に立ち尽くして、まくらのおかしな言動について頭を悩ませていた。

 

──本当に何なんだ……この間の事といい。

 

 つい先日も、珍しく褒めたというのに、まくらがいきなりキレてしまった事を思い出した。

 

──あいつの言うことがさっぱりわかんないなんて、以前はなかったんだけど……

 

 そんな風に考えていて、

 

──……いや、あるにはあった、か……

 

 まくらが霊になっている間──特に、旅先で──の事だ。

あの旅行中にも、まくらの言動に妙な時があった事を思い出した。

 あの時には、てっきり霊状態でいる事に参ってきているせいだとばかり考えていたけれど。

 

──何か他にも原因があったりした、とかなのか……?

 

 そんな風にひとしきり考えこんでいたのだけれど、

 

「……ダメだ。やっぱりいくら考えても、全然わかんね……」

 

 結局、『何もわからない』という結論にしかたどり着けなかった。

 いつまでも抜けだしている訳にもいかないと、考えるのを諦めて。

視聴覚室へと戻ることにして、玄関で履物を変えているとパタパタという小走りの足音が聞こえてきた。

 振り返ると、

 

「──目覚くん!」

 

 硝子が駆け寄ってくるところだった。

 

「あれ、須々野さん? どうしたの、なんか慌てて……?」

「どうしたのじゃないよっ、ねえ、ちゃんとまくらと話したのっ!?」

 

 何事かと首を傾げてみせると、硝子はぶつかりそうな勢いで詰め寄ってきた。

 

「えっ……う、うん、話はしたよ。ちゃんと、謝りもした、つもりなんだけど……」

「うそっ! だったら、まくらがあんなに落ち込んでるハズないでしょう!?

……表面上は普通だけど……でも、私にはわかる!」

「……そっか……やっぱり……」

 

 別れ際の様子からすれば、確かにまくらは消沈している筈だけれど、

周りに人がいる時には無理してでも明るく振舞っているのだろう。

その辺は流石だったけれど、やはり機微に敏い硝子には見抜かれると言う事か。

……それにしても、

 

「本当に、何なんだろうな……あいつが言ってた事、オレにはさっぱりだったんだよ……」

 

 頭をガリガリとかきながらぼやいてみせると、いくらかは落ち着いた様子の硝子が尋ねてきた。

 

「ねえ、どんな話をしたの?

昨日の目覚くんの気持ち、正直に話したんなら、まくらだったらきっと笑って許す筈なのに……」

「うん、オレもそれはそう思ったんだけど……」

 

 さっき自分が不審に感じた事と、全く同じ事を考えている硝子の、

相変わらずの鋭さに内心舌を巻きながら説明を始める。

 

「まくらが来る直前、アリスと話してたんだけど……

それをまくらのヤツは遠目に見てたっぽいんだよね。で、オレがアリスのウソを叱るっていうか……

ちょっと髪をグシャグシャにしたりしてたんだけど。それを見て何か怒ってたみたいで。

……子供に対してやり過ぎだって怒ったのかと思ったら、そうじゃないって余計キレてさ?」

 

 一旦言葉を切って、硝子の様子を伺う。

 

「……それで?」

 

 硝子は軽く俯いて、口元を右手で覆ったまま、計佑に視線を合わせないで何か考えこんでいる様子で、先を促してきた。

 

「それで……『私には、それをやらなくなったよね、どうして』って訊いてくるから、

『もうお前は一人前だし、オレが一方的に兄貴ヅラなんか出来ないだろ』

っていう風な事を言ったハズなんだけど……オレ、褒めたんだよ? 

なのに、すげーキレて……『私の頭を、今までみたいにやってみろ』

とか言い出すんだよ。そ──」

「『──そんなコト言われたって、訳わかんなくて、言うとおりになんか出来なかった──』でしょう?」

 

 先回りされ、驚いて言葉を飲み込んだ。

 軽く俯いていた筈の硝子が、いつの間にかこちらを見上げてきていて──

その視線に、責めるような光が含まれている気がしていたたまれなくなった。

 

「そ、そうだけど……いやっだって! それはそうだろ!?

本気で嫌ってはいなかったと思うけど、それでも基本的にはアイツがイヤがってた行為なんだよ?

それを、キレてる状態なのにやれって言われたって、そりゃあやれないよ。

……第一、オレは謝るつもりで話してたんだから、尚更そんなコト出来るわけないって」

 

 慌ててそんな風に弁解したけれど、硝子はまた俯いてしまっていて、計佑の言葉を聞いてはいない様子だった。

 

「……まくら……そんな風に考えてたのね……」

 

 悔しそうに眉を顰める硝子のその呟きに、また驚かされた。

 

「すっ、須々野さん……!? 今のオレの話だけで、もうまくらが考えてたコトがわかったの……?」

 

 恐る恐る尋ねると、硝子が計佑に視線を合わせてきて、軽く頷いた。

 

「……うん、多分わかったと思う」

「すっ、すごいねホント……須々野さんってマジでテレパシーかなんか備わってんの? 何でも分かんだね……」

 

 計佑の事だけではなく、まくらの心でも簡単に見通せるというのか。

 自分には10年以上の付き合いがあるのにわからない、今のまくらの考え。

それをあっさり見抜いてしまう硝子に、改めて溜息が出る思いだったが、

 

「……別に、何でもわかる訳じゃないよ。

本当に分かってたら、こんな事態になる前にどうにかしたかった……」

 

 そんな風に答えた硝子が、はぁっとため息をつくと、

 

「……とりあえず、目覚くんはまくらの望んだ通りにしてあげればよかったんだよ」

 

 複雑そうな顔で、そんな事を言ってきて。けれど、それには納得出来なかった。

 

「いっいや、ちょっと待ってよ。さっきも言ったけど、オレあいつのコト褒めたんだよ?

それも珍しく。なのにいきなりキレてくるとか、そんな訳わかんないヒス起こしてる相手に、

髪グシャグシャにする嫌がらせとか、出来る訳ないでしょ?」

 

 そんな風に訴えると、硝子も困った顔になって。

 

「う……ん。……目覚くんの言う事もわかるよ。

確かに目覚くんからしたら、理不尽な話かもしれない。

……でも、タイミングが悪すぎたの。

以前だったら、目覚くんにそんな風に認められたら、まくらもきっと喜んでたと思う。

……けど、今となっては……」

 

 言葉の最後には、俯いてしまう硝子。

 

「……ごめん須々野さん、須々野さんの言うことはオレには難しいよ……

出来れば、もっとわかりやすいように教えてほしい、んだけど」

 

 自分ではいくら考えてもわかる気がしないまくらの気持ち。なのに硝子には全部わかってる様子だった。

 けれど、硝子の言う事は自分にはさっぱりわからなくて、これではモヤモヤが募るばかりだ。

すがる思いで尋ねたのだけれど、

 

「……教えたいのはやまやまだけど、そんな事をしたら……私がまくらに絶交されちゃうかもしれない……」

 

 返ってきたのは、そんな返事だった。

申し訳無さそうな顔でそんな事を言われては、それ以上食い下がる事もできなくて。

 

「……そっか……うぅ~ん……」

 

 ひとしきり唸って。……そして、とりあえずの方針を決めた。

 

「……わかった、色々ありがとう須々野さん。随分ヒントは貰えたんだし、

自分でちゃんと考えてみて、また明日にでもまくらと話してみるよ」

 

 苦笑を浮かべて、そんな風に硝子に伝えたが、

 

「明日!? それじゃ遅いよ! 今日中にでも、どうにか──」

「いやいやっ、待って待って」

 

 慌てる硝子に、割り込んで。

 

「須々野さんの予想からすると、どうもオレが考えてたよりずっと根が深い話なんだよね?

でも、今は合宿中だし……二人きりで、落ち着いて深い話とかはしづらいよ。

……そもそも、今はオレ、何もわかってないしね」

 

 また苦笑して、一回言葉を切った。

 

「それに完全にヒス起こしちゃったまくらは、一晩は時間置かないと、かえって意固地になっちゃうんだよね……

これは、長年の付き合いでの経験則だから間違いなく」

「……それは……そうかもしれないけど……」

 

 説得を重ねると、一応は言い分を認めてくれたのか、詰め寄ってきていた硝子が少し下がってくれた。

 

「……でも! それじゃあ絶対に明日……必ずちゃんとまくらと話してね!? でないと、まくらはもう……」

 

 けれど、最後にはまた必死に訴えてくる硝子に、

 

「うん、必ず」

 

 そう、微笑を浮かべて約束した。

 

 

──けれど、その約束は果たされなかった。

 

 決して、少年は硝子の訴えを、まくらの気持ちを軽んじた訳ではなかった。

しかし、この次の日の少年には、落ち着いて話をする余裕などなかったのだ。

この日の深夜に起きる出来事は、少年にそれ程の衝撃を与えるもので……無理もない事だった。

 

─────────────────────────────────

 

 この日の夜も昨夜同様、屋上での活動だった。

そして、一人増えただけの事だから班分けも昨夜同様、二手に別れる事になる。

 まず、まくらと硝子は一緒になる事を希望して。

すると、今はまくらと気まずい計佑は必然的にもう一人の枠から外れる事になり、

茂武市がそこに入るとなると、結局昨夜と組み合わせがほぼ変わらない事になってしまう。

 となれば、雪姫かアリスがそこに入るのが理想だったのだけれど、

アリスは「絶対にけーすけと一緒がいい!」と声を上げ、

そうなると雪姫も、はっきりと口にこそしなかったが明らかにそわそわし始めて。

「はいはい、じゃー先輩は、今日もそっちにどーぞ」

苦笑する茂武市がそう締めて、結局昨夜とほぼ同じ形になるのだった。

 

─────────────────────────────────

 

 また昨夜と同じ組み合わせになってしまった計佑たち三人。

そして、三人の位置関係も、またまた同じだった。

 

……そう、アリスが計佑の上にうつ伏せで寝転がっているところまで、全く。

 

「せ、先輩、あの……」

「ん? どうしたの計佑くんっ?  そんな心配そうな顔しなくたって、今日は大丈夫だよっ?」

 

 昨夜の惨劇(?)を忘れられる筈もない計佑が恐る恐る伺えば、雪姫はしっかりと笑顔で応えてくれた。

 

……不自然なほどの、満面の笑みで。

 

──ホ、ホントに大丈夫なのか、これ……?

 

 鈍感王子とて、昨日と全く同じ流れを辿っていれば、流石に危険性は理解出来る。

ならば、さっさとアリスを下ろすなりしてしまえば済む話なのだけれど──

 

「な、なあアリス? お前もうずっとオレの上でうつ伏せのままだろ。いい加減降りて、ちゃんと星観ないか?」

「やっ、もうちょっとだけ……お願い、いいでしょ?」

 

 切なそうな顔で懇願されてしまって、それ以上は言えなくなってしまう。

 校門での一件の後、なんだか妙にしおらしくなってしまったアリスに

どうにも調子が狂ってしまって、いつものように強く出れないでいたのだった。

 

──う、うぅ~ん……これが、また先輩を煽るとかいう目的だってんなら、そりゃきっぱり叱れるんだけど……

 

 昨夜、そして今朝のドタバタで、

アリスが雪姫の嫉妬を煽って面白がっていた事は、流石にもう理解している少年。

 もしまた、同様にイタズラ半分に仕掛けてきているというのなら、

デコピンでも見舞って跳ね返してやるところなのだけれど。

 しかし今のアリスの様子は、先の二件の時とは明らかに違う。

前までは、しきりに雪姫の様子を伺っていた筈だけれど、

今のアリスは一心に自分の事を見つめ続けてきていて、それに戸惑わされて。そして──

 

──……なんか、ホタルみたいな甘えっぷりなんだよな……

 

 ホタルを思いださせるような、べったりと甘えてくる子猫を可愛く思えてしまう気持ちもあって、

結局アリスの望むがままにさせていたのだった。

 

──……そういや、ホタルはどうしてるかな……もう元の姿に戻ったのかな……

 

 少年は今ひとつ自覚していなかったけれど、

もうあの幼女ホタルに会えないだろうという事に、実は結構な寂寥感を覚えていた。

 そして、爪をしまって完全に従順になってしまった子猫少女は、

子犬幼女が抜ける事で出来た、少年の心の穴を見事に埋めてしまう形になっていて。

 

──まあ、アリスのやつ、先輩を煽ろうとはもうしてないみたいだし……

  これなら、以前の状態と同じって事で……それには先輩の許可もらってた訳だし。

  ……うん、だったら先輩が爆発するなんてコトにはならないハズだ!

 

 少年は結局、

『寂しさをアリスに癒してもらう』という無自覚の欲望に後押しされて──そんな "甘すぎる" 結論を出した。

 

─────────────────────────────────

 

 一方の雪姫は、悶々としながらも今夜はきっちり自分を抑えるつもりでいた。

 

──いくら何でも、最近の私余裕なさすぎだもん……いい加減、しっかり自制しないと!

 

 昨夜の事も勿論だが、今朝の事は特に深く反省していた。

 決してそんなつもりではなかったけれど、

結果的には二人がかりで押し潰してしまうなどという暴挙に及んでしまって、

雪姫とアリスを庇ってろくに受け身もとれなかった少年には、下手をしたら怪我させていた可能性だってあった。

 だから、本当に本当に、深く反省して。

 

──それにあんまり焼きもちばっかり妬いてると、計佑くんに嫌われるかもしれないし……

 

……そんな利己的な気持ちもあったりしたけれど、とにかく今夜こそは平静を保つつもりで──

そう、保てると思っていた。計佑が、自分の事を気にかけてくれている間は、まだ。

 少年が、また雪姫が爆発するのではと、

ビクビクとこちらを伺ってくれている間は、確かにまだ一応の余裕があった。

 けれど、やがて少年は、

もう大丈夫だと何やら確信したのか──ある瞬間から、全く雪姫の事を気にかけなくなった。

 

──ん、んん……?

 

 それに気付いた瞬間、雪姫の中からザックリと余裕が削り取られていった。

 

──計佑くん、そ、それはやっぱりヒドイんじゃないかな……?

 

 ついさっきまでの反省や申し訳なさはもう萎んでいってしまい。

代わりにとばかり、じわりと不満が鎌首をもたげた。

 

──私が、すごく焼きもち妬きってコトはもう十分わかってるよね?

  なのに、私のコト無視してアリスばっかり構っちゃうんだ……?

 

 口にこそ出さないが、そんな不満が心の中で膨らんでいく。

 

──確かに、自由にアリスに構ってあげてとは言ったけど……

  そこまで真に受けなくてもいいんじゃない!?

  普通、ちょっとくらいは遠慮してくれるものだと思うよっ!!

 

……この少年が、そういった類の配慮などしてくれる筈がない事は分かりきった事だったけれど、

それでもやっぱり納得いかない少女。

 そんな、じりじりとストレスを高めていく少女を他所に、アリスが計佑に話しかける。

 

「ねえけーすけ、私さっき……久しぶりに、パパと電話で話せたんだよ?」

「おっ、そうなのかっ? ……よくやったなっ、アリス!」

 

 はにかむアリスと、自分の事のように喜ぶ計佑。

 

……しかし、それを傍らで聞かされた雪姫だけが笑顔とはいかなかった。

 

──なっ、なにそれ!? 私そんなの初耳なんだけどっ!?

 

 アリスと叔父の、ちょっとこじれてしまっていた関係は、親戚である自分にとっても無関係ではないのに。

なのに、そんな大事な話を、自分より先に計佑へと話すなんて。

 なんだかんだ言っても、自分に一番懐いてくれていると思っていた少女の裏切りに唖然としてしまう。

 

「けーすけのお陰だよ、ありがとね……」

 

 そして、相変わらず恥ずかしそうに、

けれどしっかりと計佑の目を見つめて礼を言うアリスの横顔に、ふと違和感を感じた。

 考えて、すぐに理由に気付く。

 

──……そういえば、アリスが全然私のコト見てこない……

 

 今朝までは、しつこいくらいに挑発を重ねてきては、面白がっていた筈のアリス。

けれど気がつけば、アリスのそういった振る舞いが完全に鳴りを潜めていた。

 

──今朝、計佑くんにケガさせそうになったコトはアリスもホントに反省してたから、

  それで……って考えれば、別に不自然じゃない……んだけど……

 

 雪姫の事など完全に空気扱いで、

幸せそうに笑いながら少年にじゃれついているアリスの姿に、心がザワつきだす。

 

 アリスに対しては、焦りや怒りばかりだった筈の嫉妬、

それには殆ど含まれていなかった筈の不安な気持ちが──ついに芽生えてきた。

 勿論、まくらや硝子の時ほどではない。けれど、

 

──や、やっぱりこれって、すっごくまずいコトな気がする!?

 

 他人の色恋に関してはちょっと鈍い少女が、ようやく危険な状況に気がついた。

 

─────────────────────────────────

 

「ね、ねぇっ計佑くん? そろそろアリスを下ろしたくなってきたんじゃない?

いい加減、暑かったり重かったりしてきたでしょうっ?」

「えっ? あ……」

 

 突然、雪姫にそんな提案をされた計佑だったが、

先に述べた通り、今はアリスとの触れ合いを求めている訳で、

 

「いえ、オレは別に全然。気にならないですよ?」

 

 返す答えは当然そんな物にしかならなかった。

 そんな答えに、雪姫が頬をヒクリとさせてから。今度は、

 

「ねぇっ、アリス!? 計佑くんは優しいからこんな風に言ってくれてるけど、

でもそろそろ、アリスの方から遠慮したらどうかなっ?

……そっそれにほら、今は合宿中なんだから、活動は真面目にやるべきだと思わないっ?」

 

 アリスに矛先を変えると、昨夜の自分の行動は棚上げしてそんな事を言い出す。

 するとアリスが、初めて雪姫の存在に気がついたような顔をした。

 

「ぁっ……お、おねえちゃん……そっか……」

 

 アリスが俯いて、やがて少年の顔を見上げて。そして雪姫の方に向き直ると、

 

「……ごめんね、おねえちゃん。でも私、もう──」

「謝らないでぇえ!?

そんな済まなそうな顔じゃなくて、前みたいにニヤニヤって顔して、冗談だってからかってよおお!!!」

 

 アリスの謝罪に、いきなり雪姫が爆発した。

雪姫にガクガクと揺さぶられるアリスの姿に、計佑も慌てる。

 

「ちょっ先輩!? どうしたんですっ、別にアリスはもう先輩のコトからかってる訳でも何でもないんですよ!?」

「だからこそダメなんでしょお!!?」

 

 鎮火するつもりで、実は油を注いでしまった愚かな少年。そんな鈍感王へと、雪姫が矛先を移す。

 

「計佑くんも計佑くんだよっ! な、なんでアリスのコト、そんなに猫可愛がりしちゃってるのぉ!?」

「へえっ!? な、なんでって、それは……」

 

『もう雪姫の嫉妬はないだろう』と勝手に思い込んでいた少年が、まさかの事態に狼狽えて。

 そして、そんな少年がなんとか出来た言い訳は、

 

「だっだって! 先輩言ったじゃないですか!? アリスには好きに構っていいって──」

「限度があるでしょお!?」

 

……一蹴だった。

 

「だ、大体っ、話が違うじゃない!

アリスを可愛がったら、私にも同じコトしてくれるって約束で許した話だったでしょっ!? 

なのに、私には全然……!!」

「はぁっ!? えっいや! あ、あの話まさか本気で……!?」

 

 喚く雪姫に、計佑が全くついていけないでいると、

 

「お、おねえちゃん達……そんな約束してたの!?

ていうか、私みたいなのならともかく、おねえちゃん達が同じコトするっていうのは……」

 

 自分と計佑が今どんな状態か──省みたアリスが、みるみる赤くなっていく。

 

「ちょっ、おい!?  変なコト想像すんなよ!!

先輩が一人で勝手に言ってただけで、オレはそんな約束した覚えないっての!」

 

 とんでもない誤解をされている事に気付いて、恥ずかしさから必死で否定する。

 

……けれどそれは、雪姫にとっては裏切りにしか思えない言い草で。

 

「ひ、一人で勝手に……? そ、そんな……ひどいよ。ど、どうしてそんな言い方するの……?」

 

 べそまでかきそうな気配を漂わせる雪姫に、慌てて向き直る少年。

 

「あっいや!? すっすいません!

と、とにかく先輩の言いたい事はわかりましたから、えっと、その……」

 

 一旦言葉を切ると、またアリスへと向いて、

 

「な、なあアリス、もう今日はこんなんはやめにしよう、な? 確かに、お前にもちゃんと星見て欲しいし」

「えっ……でも……」

 

 アリスが寂しそうな顔になって。

そんな、可愛がっている子猫の悲しそうな顔に、『うっ』という声が漏れてしまう。

 それでもアリスを抱えると持ち上げて──隣に下ろしながら、

 

「先輩がいない時にでも、ちゃんと甘えさせてやるから」

 

 そんな言葉をこそっとアリスに囁いて、

 

「聞こえてるよぉお!!?」

 

 しっかり雪姫にも聞き取られてしまう、間抜け少年。

 

「わ、私に隠れて、二人っきりで今みたいなコトしようっていうのぉ!?

そ、それこそヒドすぎるよっ!!

もおっ、もおお!! どうしてっ、どうして計佑くんはそうなのぉ!!?」

「あっいやっ、その! そんなっ、別に泣くほどのコトじゃ……!?」

 

 とうとう泣きだしてしまう雪姫に、計佑はおろおろする事しか出来ない。そして──

 

「……く……くく……っ!!

お、おねえちゃん必死過ぎる……! ホ、ホントにべそかいちゃうなんてっ、面白すぎっ……」

 

 計佑の隣で身体を折り曲げて、くっくっと笑いをこらえている少女がいた。

 

「……へ……?」

「……な……?」

 

 雪姫がきょとんとして、計佑は唖然として。

それにアリスが、目尻の涙を拭いながらニヤニヤとして、

 

「今朝までみたいなのは、もうけーすけにバレちゃってるからちょっとシュホーを変えてみたんだけど。

まさかここまで面白くなるなんてね~?

おねえちゃんだけじゃなくて、けーすけも最高に面白かったぞ!

オマエ、ホントにおねえちゃんには弱いんだなー!!」

 

 言い終えると、ついにはお腹を抱えて、足までバタつかせながらアリスが笑い始めた。

 やがて、事態を理解した雪姫が、

 

「よ……よかった……!!」

 

 心底ホッとした笑顔で天を仰いで、

 

「こっこのクソガキ……!  なんってタチの悪いコトを!!」

 

 怒りに燃える計佑がアリスに馬乗りになると、ウメボシを仕掛けた。

 

「いたたたた!! ああっホントに痛いイタい痛い!!

ごっごめんなさいごめんなさい! からかった風なのもウソです! 

ホントは、おねえちゃんがあんまり焦るもんだから、

『やっぱりいつもの冗談だよ』ってしといた方がいいと思って!!」

 

 痛みに悶えるアリスがそんな懺悔をしてきて、

それを聞かされた雪姫は「えええ!?」とまた余裕をなくす。

 

「そっそれどういうコト!? えっとつまり、結局やっぱり、あ、あなた計佑くんのコトを……!?」

 

 慌てる雪姫が起き上がって、アリスの顔を覗きこむ。と──

 

「……なんちゃって♪」

 

 またもアリスがニンマリとしてみせて。

 

──三人による喜劇は、まだまだ終わらないようだった。

 

─────────────────────────────────

 

 そんな大騒ぎを続ける三人から、かなり離れた場所にいるまくら達三人。

けれど、ギャンギャンと大騒ぎをされていれば、ある程度は声も届いてしまう。

 そして、この三人では一番計佑達に近いまくらは、

もう空など一切眺めずに、横を向いたまま計佑たちの方だけを見続けていた。

 

「……ねえ、あの三人って昨日もあんな感じだったの?」

 

 ぽつりと、まくらがそんな質問を口にして、

 

「そ──」

「あー、昨日はあそこまでやかましくはなかったけどねー。

いやでもっ、実際は昨日も相当いちゃついてやがったんだけど! 聞いてよ、オレがたまたま近く──っ!」

 

 反対側の端にいた硝子が答えようとした所に、真ん中の茂武市が先んじて答えてしまった。

……それでも、途中で硝子に脇腹をつねられて、中断させられていたけれど。

 

「す、須々野さん何……っ!?」

 

 まくらの後頭部から硝子へと振り返るべく、

首を180度回転させた少年は、眼鏡少女の眼力に沈黙させられた。

 

「……ふーん……そっか……」

 

 そして、またぽつりと──感情の抜けたような声で、まくらがつぶやいて。

 

……それっきり、まくらは完全に沈黙してしまうのだった。

 

 

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