貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

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しばらく書かないだけで、地の文がめっきり書けなくなりました。ツラい。


第124話 相性関係

 互いの事情や情報を交換してから、三十分ほど。ようやく拘束が解かれ、俺たち三人は長時間の正座による足の痺れを感じながら、地面に這いつくばるように彼女たちを見上げた。

 

 女性版の自分、というのもなかなか興味深いものだ。並んでみたら、ちょっと女の子っぽい俺と、男の子らしい俺で見分けられる。先輩たちは顔が違うし、西条さんに至っては胸が巨大化してるし……。

 

「その胸、動きづらくないのか? 刀を構えにくいだろう」

 

「普段はサラシを巻いているに決まっているだろう。貴様がいたせいで準備する暇がなかっただけだ」

 

「サラシを外したら巨乳とかすっごい俺得」

 

「わかる。初めてサラシ外したの見た時、思わず触りに行ったもん」

 

「感触は?」

 

「そこの天パ、殺すぞ」

 

「待って、頼むから足はやめて! まだ痺れてるのォォォ!」

 

 女性の西条さんが先輩の足をズカズカと踏みつける。先輩が釣り上げられた魚みたいにビタンビタンッと暴れ回った。辛そう。

 

 まぁそれはどうでもいい。いちいち西条さんだの女性版だの言い分けるのもなかなか面倒だ。どうにか良い呼び方はないものか、と話してみたところ、普段とは逆の呼び方をすればいいという結論に至った。名前なら苗字を。先輩は苗字呼びすればいい。俺は……どうしようか。普通に唯野さんと呼べばいいのか。なんだか不思議だ。

 

「そろそろ足の痺れも取れたし……珈琲でも飲みながら状況を整理していきません? 俺たちは元の世界に帰りたいし、俺たちの世界とこっちの世界で何か違うところがあれば、そこから探りを入れてみるのが現実的かと」

 

「確かにな。そもそもVR空間にいたのに、どうして別世界にいるのか不思議な話だが。装備は訓練中のもので、携帯も何もなし。金もないときた。どう生活したものか」

 

「まぁ……そこは私たちの部屋でいいんじゃない? 西条だって部屋空いてるし、私たちは同性同士か自分同士で寝ればいいし」

 

「そりゃ助かる。まぁ自分とはいえ、女性とお泊まりってのはなかなか……てか、氷兎の女性バージョンってかなり良くない? 家事やってくれるし面倒見てくれるし、ゲームも一緒にやってくれるし。どうする、結婚する?」

 

「確かに……がわ゛い゛い゛な゛ぁ゛びょ゛う゛と゛く゛ん゛」

 

『申し訳ないけど異性の先輩はNG。貞操の危機を感じる』

 

 いくら先輩が女性であっても、なんとなく抵抗感がある。てか先輩は年上好きでしょうに。

 

 嘘か本気かわからない先輩の戯言を流しつつ、唯野さんが淹れてくれた珈琲と紅茶でホッと一息つく。唯野さんも俺同様にカフェオレ、鈴華さんはブラック、薊さんは同じ茶葉。趣向も同じだから当然っちゃ当然なんだが。差異を探す方が難しそうだ。

 

 テーブルを囲むように、男性女性で別れて座っていると……なんとなく、元の世界のことを思い出す。やっぱり、こっちの世界の人は皆性別が反転しているんだろうか。となると……。

 

「なぁ、もしかして菜沙って男なのか……?」

 

「当然だよ。そっちだと、藪雨が女の子になってるってことだよね。やかましそう」

 

「男バージョンの菜沙ちゃんか……俺の知ってる菜沙ちゃんのままだと、ちょーっといろいろ不味い気がするんだけど……主に氷兎ちゃんの貞操的な意味で」

 

「貞操もなにも……付き合ってたら、自然とそうなっちゃうじゃないですか……」

 

「だよねぇ、付き合ってたら……はぁ!?」

 

「えっ、菜沙と付き合ってんの!?」

 

 思わず問いつめる。唯野さんはしどろもどろしつつ、頬をほんのり赤らめて笑っていた。まさかの差異発見伝。まるっきり全部同じって訳じゃないらしい。むしろ付き合ってないのかと驚かれた。向こうの鈴華さんと薊さんからも。そしてこっちの二人からも。

 

「やっぱ付き合ってるのが自然だよなぁ。七草ちゃんが嫉妬してそうだぁ」

 

「……七草ちゃん、ですか?」

 

「うちにそんな人いたっけ」

 

「いいや、七草という女性……いや、こちらだと男性か。そもそもその苗字の人物はオリジンにはいない」

 

「桜華がいない……? いやいや、そんなはずないです。最初の頃から、ずっと一緒にいるんですよ!?」

 

 交友関係が変わっていて、一緒にいる人も変わっていて。そもそも桜華と出会ったから、俺はここにいると言っても過言じゃない。だとしたら、向こうの俺はどうやってこの組織に入ったんだ?

 

 菜沙がいるにも関わらず、こんな命懸けの組織に入る。俺の場合は桜華を放っておけなかったってのが理由の一つだけど。それがなければ、俺はこんな組織入ってなかった可能性も高い。

 

「……そっか。そっちだと、生きてるんだね」

 

 思考を続ける耳に、小さな声が届く。ボソリッと呟くように、彼女は言った。遠い昔を思い出すように、苦々しく顔を歪めて。

 

 生きてるんだね、と彼女は言う。その言葉に耳を疑うしかなかった。それはまさか、この世界では死んでいる、ということなのか。そんな馬鹿な。あの天然で、頭も緩いけど、その笑顔に何度も救われてきたというのに。そんな彼女が、いないのではなく……死んでいた……?

 

「それは、どういう……」

 

「……初めて神話生物と会った時の事、覚えてる? 七草君と一緒に、私は孤児院から逃げ出した。けど、深きものどもに追いつかれて、彼は私を護るように戦い始めた。だけど……武器持ち相手に敵うはずがなくて。私は、黙って……彼の死を、見続けることしかできなかった。加藤さんが助けに来てくれるまで、私はただ、震えて泣き続けることしかできなかったよ」

 

「そんなっ……」

 

 桜華は、既に死んでいた……? 最初のあの時、助けられずに?

 

 確かに、彼女は最初から強かった。その時の俺は、戦えるような状態でもなかった。俺は彼女に護られるだけの存在でしかなかったのかもしれない。だとしても……この差は、一体なんだ。ただの平行世界なのか。俺たちが辿ったかもしれない、可能性の世界だとでも言いたいのか。

 

 じゃあ……他のはどうなんだ。天在村は。山奥村は。蛇人間の事件やその他諸々の出来事は。

 

 説明できるだけ、彼女たちに話していく。そのひとつひとつに頷き、また首を振り、俺たちとの差を明らかにしていった。

 

「花巫さんが人の心を色で見れたのは同じ。でも、私の心は見えていたし、それなりに仲は良くなったけど……きっと、君が言うように、完全に心を救いきれたわけじゃないと思う。その他のは、ほとんど同じだよ。誰を助けて、誰を殺してっていうのも」

 

「最近の出来事で、決定的に違うのもあったな。私たちはドリームランドに遊びに行った時、ノーデンスに会って園内の神話生物退治を依頼された。最上はその時に貰ったものだ」

 

「……なるほど。つまるところ、こっちの唯野の中には……奴がいないんだな?」

 

「ナイアと契約していないってことですか。だから……俺は桜華を救うことができなかった、と」

 

「そんなところだろう。出生は同じでも、辿った歴史がほんの少し違う。その根底にあるのは……お前がナイアに見初められたかどうか、なんだろうな」

 

 ナイアに目をつけられたかどうか。たったそれだけの差。本当に、たったそれだけのことで……彼女と俺は、いや、彼女たちと俺たちは明確に異なっている。例え同じ存在であっても。

 

 自分が化け物になるかもしれない恐怖と……桜華を救うことができなかった、罪悪感と無力感。どちらがいい、とも言えない。どっちも最悪だ。

 

 こっちの俺は、幼馴染である菜沙と付き合っている。その理由も、なんとなくわかった。壊れかけたんだ。彼女を、いや……彼を救う事ができなかったから。目の前で殺されるのを、見ている事しかできなかったから。崩れそうな心に加え、その後自分の両親の死を見た。唯一残されたのは、菜沙だけ。だから、そうなってしまったんだろう。

 

「……一体、なんなんでしょうね。どうして俺たちは、この世界に来たんでしょうか」

 

「意味のないことはない、と言いたいが……如何せん、情報が足らんな。俺たちの、もしもの可能性なのか。それともまた、別のものなのか」

 

「どーするにしたって、結局のところ俺たちにできることねーじゃん? 今はともかくさ、元の世界に帰る方法探しつつ、こっちの世界でしばらく休暇ってことでいいんじゃね?」

 

「働かざる者食うべからず、だ。貴様らの衣食住は賄ってやるが、その代わりこっちの仕事を手伝ってもらうぞ。幸い、武器はあるようだからな」

 

 薊さんが、壁に立て掛けた俺たちの武器を見てそう言った。先輩の言う通りでもあるし、薊さんの言う通りでもある。現状、情報を探しつつ、彼女たちの仕事を手伝うしかないだろう。

 

 この世界との差異を突き詰めていけば、何かしらわかるかもとは考えてはいるが……桜華が死んでいたから、何か変わるのか。俺と菜沙が付き合っていることで、何かしら変化はあるのか。その差異に、きっと意味はない。

 

 じゃあナイアとの契約か。これもまた微妙なところだ。最大の差異は性別だが……男女逆転したところで、性格も何も変わっていないし、戦闘能力だって差があるようには思えなかった。

 

「……考えたところで、キリがないですね」

 

「今貴様が悩んだところで、出ないものは出ないだろう。それより、他の組織の人間に見つからないように行動する術を模索して欲しいものだがな」

 

「あぁー、確かにね。私たちはともかく、藪雨とか来たら説明が大変だぁ。木原さんにも何かしら言われるかもしれないし。氷兎くんは……ウチの氷兎とあまり変わらないからねぇ。そのままでもいけそうだけど」

 

「良い機会だし、氷兎はメイクの練習でもしてみたらどうだ? ほら、潜入捜査とかで女装する可能性もなきにしろあらずだし」

 

「絶対に嫌です」

 

「女の子のメイク舐めてませんか、そっちの先輩。まぁこっちの先輩も女子力そこまでありませんけど」

 

「氷兎がいてくれたら髪のセットとか超楽。私もう氷兎抜きの生活考えられない」

 

「わかる」

 

 何故かどうでもいいところで意気投合して、先輩同士で握手している。実質先輩が二人に増えて、ツッコミも二倍。気苦労も二倍。向こうの先輩から度々視線が向けられるし……この人本当に狙ってきてる? そんなことないよね、多分。いくら先輩が女性でも、流石に素直には頷けない。

 

「なぁ、ところで質問なんだけどさ。仮に、自分同士でヤったとしたら、それは童貞卒業になるのか? それとも自慰扱い?」

 

「いや、流石に相手が男の私ってのは……初めては好きな人にあげたいし?」

 

「あらら、価値観の違いか……? 俺は童貞捨てたいんだけどなぁ」

 

「お互い初めてがまだなのは変わりないみたいだね。でもこの歳でまだなのは、なかなか恥ずかしいんだけどねぇ……。年上の男の人にリードされつつ、初めてを迎えたい」

 

「わかる。年上のお姉さんに甘やかされつつ、時に厳しくこう、リードされて……優勢逆転した時に恥ずかしがる顔とか見てみたい」

 

「……なぁ、それ以上下世話な話をするなら、その粗末な棒っきれを斬り落とすぞ」

 

「ほう、奇遇だな。俺も似たようなことを考えていた。乳房を落とせばその女の口は止まるか?」

 

「貴様……」

 

「フンッ……」

 

 ……なんで西条さんは自分同士で喧嘩してるんですかね。あの二人、波長が合わなすぎる。先輩もドン引きしてるし。てか悪いのは完全に下世話な話をしだした先輩なんですけど。

 

 身内はともかく、相手の世界の人には厳しい感じか。なんて面倒くさい性格してるんだあの人は……。そもそも首落とせば口も止まるんですけどね。息子を斬り落とすのはちょっと勘弁願いたい。ともかくこれは、仲裁しないと西条さんが斬り合い始めちまうな……。

 

「今回は先輩が悪いと思いますけど。流石に女性に振るネタではないんじゃないですかね」

 

「どうせウチの先輩も、似たようなことそのうち話し出していたでしょうし、私の方は別にって感じですけど。なんかもうやっぱ……同じなんだなぁって……」

 

 向こうの俺も心做しか疲れきった目をしている。普段からそういった話を振るのは、例え性別が女性でも変わらないらしい。先輩は本当にもう……いやでも、これが先輩らしさだし、それで救われることもあるから困る。

 

「とりあえず、西条さんは喧嘩腰をやめて。先輩たちは変な話するなら別室に行ってくださいね」

 

「西条さんも、武器しまってください。お二人が斬り合い始めたら誰も止められないので。最悪、周りで死人が出ますよ」

 

「そのオールバックが気に入らん」

 

「だらしがない胸だ」

 

「生まれ持った特徴を馬鹿にするな、殺すぞ」

 

「オールバックは前髪が邪魔にならん。それがわからんのか」

 

「丸めてしまえ。頭が軽くなるぞ」

 

「斬り落とせばサラシを巻く手間も、無駄な脂肪もなくなって身体が軽くなるだろうな」

 

「よし、訓練室だ。貴様の髪型を坊主にしてやる」

 

「上等だ。無駄な肉を削ぎ落としてやる」

 

『だから喧嘩はやめてくださいって!!』

 

 向こうの俺と一緒に、西条さんを止めにかかる。こんな感じで、大丈夫なんだろうか。そのうち本当に自分同士で殺し合い始めそうで、気が気じゃない。

 

 自分同士で愚痴を言い合う機会が増えそうだ。向こうの俺の顔をみたら、同じようなことを考えていたようで……互いに小さくため息をついて、西条さんを宥め続けた。事の発端の先輩は、自分同士で笑いながらこの惨状を見ている。後で絶対にデスソース喰らわせてやる。そう心に強く刻んだ。

 

 

 

To be continued……




そういえば、書かなかった期間でバーの色がオレンジに……。
この小節が完結する頃には、バーが全部埋まって、色も赤になったらいいなぁと思います。
まぁ……最終章とその前章はかなりやばく作りますけどね。早く書きたい。

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