貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

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また長らくお待たせしました。色々と落ち着いてきたので、また書いていきます。期間が空いてしまったので、また軽くあらすじを。

男女逆転の世界にきてしまった氷兎たち。変異した風俗嬢を追って、変な空間の穴へと突入♂

穴の先はDEEP♂DARK♂FANTASY

いかん、危ない危ない……(レ)


第130話 夢と現実の狭間

 洞窟の中は薄暗く、入ってすぐの場所は外の明かりでなんとか見える程度。二人の翔平が持っているライトがなければ、足は止まってしまうだろう。暗闇というのは本能に恐怖を覚えさせるものだ。幽霊なんてものは、今となっては恐怖にもならない。本物の化物がすぐそこにいるかもしれないのだから。触れるかも分からないものより、物理的な障害の方が恐ろしい。

 

 一歩、また一歩とゆっくり歩を進めていく。不思議と彼らの間には言葉は出なかった。嫌な緊張感が充満し、話す気にもなれない。誰かの生唾を飲み込む音すら聞こえてくる。音はほんの少し反芻し、奥へと消えていくようだった。漂ってくる臭いも、正直良いものでは無い。湿気を感じさせるような、変な臭いだ。今まで嗅いだことはないだろう。

 

 道は一本のようで、見落としていなければ背後から奇襲されるような心配はなさそうだった。天井は彼らの背丈の二倍ほど高く、穴もない。固そうな土壁には文字はおろか、文明を感じさせるようなものすら見つけられなかった。これがあの蜘蛛の巣穴だというのなら、絵柄のひとつくらいあっても良さそうなものだが。

 

「……奥の方、なんか光ってんな」

 

 翔平が何かを見つけたようで、全員でその場に近づいていく。光っていたものは……今まで見てきたのと同じ、土壁だ。亀裂が入っているようにも見えるが、そうではなく、それはそのような柄であるらしい。淡い緑色に、薄らと発光している。

 

「……自ら発光しているのか、これは」

 

「あんまり触らない方がいいんじゃない?」

 

「自然発光する物質っていうと……何かあるんですかね」

 

「いや……鉱物で自然発光はないだろう。ブラックライトで照らされて光るものならあるが」

 

「となると……ここはもう、俺たちの常識の範囲外な場所ってことですよね」

 

 西条の言葉に、氷兎は確信を持った。あの空間の歪みのような穴の先は、別の空間に繋がっていたわけではなく……おそらく、次元が異なった場所へと繋がっていたのだろう。先程から感じている胸騒ぎにも似た感覚が、それを雄弁に物語っている。

 

「現実じゃあねぇってことか」

 

「穴の先は異次元、か。閉じていなければいいがな」

 

「それは……まずいですね……。もう帰りません?」

 

「この場所がどういうところなのか確認せんことには帰れんだろう。穴の閉じ方も、時限式なのか、何かしらの手段があるのかわからんしな」

 

 どう考えてもこのまま突入するべきではなかっただろう。そう氷兎は思ったが、そんなものはもう後の祭りだ。今はとにかく進むしかない。最後尾には薊と唯野がいるので、少なくとも背後からの奇襲は心配しなくていい。一番怖いのは天井に穴が空いているパターンだろう。それらに注意しながら、奥へ奥へと進んでいった。

 

「ねぇ西条、後ろから何か来てたりしないよね?」

 

「わからん。あの穴が消えていれば、別の通路になっているかもしれん。元々あった道に戻ったとしたら、後ろから何か来るかもな」

 

「少なくとも、後ろからは音はしませんよ。先輩はともかく、見落としがないように照らしてください」

 

「でも、ここら辺は光ってるおかげで明るいし、ライトも温存した方がいいかな……電池切れが怖いし」

 

「確かになぁ。なら、ライトを消して進むか。いいよな、西条」

 

「……まぁ、いいだろう。非常事態の時に使えないよりはマシだ」

 

 西条の言葉に頷いて、二人はライトを消した。道はまだ奥へと続いているようだ。暗闇にも目が慣れてきたおかげで、発光する壁の明かりだけで十分に見える。先頭をいつでも交戦できる西条が歩き、その背後を氷兎が歩く。真ん中に二人の翔平が移動し、最後尾は変わらず薊と唯野だ。

 

 翔平と鈴華の二人の間にはそれなりに会話が生まれつつあったが、相変わらず男女の関係は悪いまま。喧嘩に発展しないのが救いだろう。そんな余裕が無いとも言えるのだが。

 

「………ッ」

 

 歩いている最中、突然氷兎は立ち止まった。ここに来てから違和感はなんとなくあり、頭痛もしている。そんなことは今までに何度もあり、辛くはなかった。だが、今だけはいつもと違う。足が前に出ない。いや、出したくないのだ。なんとなく、前に進みたくない。そんな心情に足が支配されている。

 

 突然立ち止まった氷兎に、翔平はぶつかりそうになった。動き出しそうもない氷兎に疑問を持ち、何故と問いかける。

 

「……何か、嫌な感じが……なんかこう、この先に行きたくないような……」

 

「……なるほど。だとすれば上位の神話生物……いや、生物と呼ぶには相応しくないか。また神格か何かだろう」

 

「いやお前、そんなポンポン神様がでてきてもなぁ……んで、どうすんだよ。引き返すのか? ぶっちゃけ俺は引き返したい。氷兎が立ち止まるって、多分相当やべぇぞ」

 

「そんなにヤバい奴なの? 流石に私も帰りたくなってきたな……」

 

「たわけ。事件をお蔵入りできるような状況じゃないだろう」

 

「解決するのが、私たちの仕事だ。例えここで帰ったとして……誰が解決できる? 自衛隊でも送り込むか? 十や百の犠牲で済めばいいがな」

 

「組織に現状、太刀打ちできる人員がいませんからね……よくて加藤さんですけど、あの人がいたとしてもってところですか」

 

「……そっか。こっちだと桜華がいないんだよな……」

 

 男女混じえての作戦会議。オリジン兵である加藤 玲彩と七草 桜華の二名がいれば、多少は戦局が有利に働くかもしれない。だが、こちらの世界では桜華は既に死亡している。英雄と呼ばれた彼女はいないのだ。例えここにいるのが普段の二倍の戦力であっても……桜華がいるという事実に比べたら、大して差はないだろう。戦闘メンバーは多すぎても邪魔になるだけなのだから。

 

 ある種、この三人は戦闘要因としてはほぼ完成系なのだ。攻撃、サポート、防衛、連携。加えて魔術もある。メンバー六人と数えるのではなく、パーティー二つと捉えた方が良いのだろう。

 

 その二つのパーティーの仲が一部険悪なのが心配事ではあるが……仕事に関して、手を抜くような彼らではない。そんなことをしていれば、とっくに死んでいるのだから。引くか、進むか。その二択を迫られたが、先頭にいた西条が刀にいつでも手が届くようにしながら、前へと歩き出してしまった。悩むよりも、スパッと決めてくれる彼の姿に少なからず有難みを感じたが……やはり恐怖心は拭えない。いつ襲われてもいいよう、彼らは各々の武器を握りしめる。

 

「……あの穴の向こうは、多少開けた空間のようだな」

 

 今までモグラが進んだような一本道であったが、とうとう空間にぶち当たったらしい。壁に背中を這わせるように進んでいき、様子を確かめる。穴の内側から見えるだけでは、どうにも光があるらしい。今まで見てきたような、淡い緑色の光だ。天井から照らされているように思える。

 

 そして耳に届いてくるのは、何かの動き回る音。囁くような声も聞こえる。何かを話しているようだが……氷兎にはわからなかった。日本語ではない。怪物語かなにかだろう。

 

「……フランス、中国、ロシア、そんな程度か」

 

「いや……英語も混じってる。さながら、国際交流会だな」

 

「なんで二人は聞き取れるんですかね……」

 

 西条と薊の二人には、それが外国語だと聞き取れたらしい。そもそも何ヶ国語知っているのだろうか。相変わらずの化物スペックだと感心し、何を話しているのかを氷兎が尋ねてみたが……二人揃って、首を横に振った。

 

「馬鹿言うな。こんな状況で複数言語を聞き分けて翻訳なんぞ、流石に俺でもできん。各言語につき一人は聖徳太子が必要になるぞ」

 

「……そりゃ、そうですよね。でも……ここには、人間の言葉を話せる奴がいるってわけですか」

 

「あの変異した蜘蛛だろう。聞く限り、どれも音域が高い。女性の声ばかりだな」

 

「女性ばかり狙われたってことか……いやー、まさしく変態だな。間違いなく、敵は野郎だぜ」

 

「……男女反転してたら、元の世界では男ばかり狙う女の化物ってことなんですかね?」

 

「あまり無駄口を叩くな。勘づかれる」

 

 忠告され、素直に口を閉じる。壁に背中をつけたまま、ゆっくりと前に歩いていき……穴から顔を覗かせた。進んできた道はそこで途切れている。なにしろ……そこは巨大な空間であり、地面などない穴だったのだから。いや、穴と呼ぶには似つかわしくない。崖だ。対面にも壁はあり、そこには同じように大小様々な穴が空いている。

 

 崖の下は、底なしのようであった。先が見えないほど暗くなっている。上を見上げれば、幾重にも張り巡らされた通路のようなものがあり、その隙間からは不思議な色をした光が漏れている。上には空のようなものがあるらしい。

 

「……なんだ、これは」

 

 先頭の西条が絶句するのも無理はない。続いていた地面がバッサリ切り落とされたように、いや切り抜かれたと言う方が正しいのだろう。その部分だけ不自然に切り取られ、ぶち抜かれた崖。対岸に向かって、通路のようなものが伸びているように見えるが……向かい側に向かうためには、それに飛び乗らなくてはならないだろう。まるで、迷路のような通路だ。壁はなく、人が通るには細い。それを通り抜けるのは至難の技だ。

 

「なんつーか、幾何学模様みたいな道の作り方だな。アレだ、蜘蛛の巣みてぇな……」

 

「……いや、多分その通りだと思います」

 

 張り巡らされた通路を、大きな物体が駆け抜けていく。数本の足を器用にワキワキと動かす、下半身が蜘蛛の人間……それは氷兎たちが追いかけていた風俗嬢の変異した姿と相違ない。

 

 それがこの空間の至る所に生息していた。壁や通路に張り付き、蜘蛛の卵のようなものを作っている個体もいる。身も心も、蜘蛛になってしまったというのだろうか。

 

「……ねぇ、氷兎。あの奥の方、なにかいない……?」

 

「なにかって……アレは……」

 

 彼女らが指さす方を、氷兎は見据える。崖の下の方に、今まで見てきたような蜘蛛の巣とはまったく別物の巣が張り巡らされている。糸が緑色に光っているのだ。しかも巣の作り方も、かなりキメ細かな、繊細な作りになっている。それを作っているのは……とてつもなく、巨大な蜘蛛だった。

 

「ッ……!!」

 

 見ていることがバレたのか、蜘蛛が体勢を変えてこちらを見てくる。その蜘蛛もまた、他と同様……いや、少々異なった姿ではあった。体は完全に蜘蛛そのもの。しかし顔であろう部分は卵形に丸みを帯びており、口元は大きく裂け、複眼は全て真紅に染まっていた。目だけを除けば……人の顔の造形と、大して差はないだろう。

 

「───Atlach、Nacha」

 

 氷兎の口から、ふと言葉がこぼれる。その名前を聞いて、何と聞いても答えられる人はいないだろう。それは今も尚、彼らのことを見つけても一瞥しただけで、巣を張り巡らし続けるのをやめない神性を指す呼称なのだから。大昔、人がそれを呼ぶために名付けた名前だ。自ら名乗った訳では無いだろう。

 

 夢と現実とを繋ぐモノ。アトラク=ナクア。今の氷兎には、それだけを認識する余裕しか残っていなかった。ただわかることは……近寄らない方がいいというだけ。近寄って邪魔をしたら最後、無惨に喰い殺されるだろう。

 

 足場も不安定。戦えるわけもない。ここはアレの意識の外にあるうちに、撤退するべきだ。そう氷兎は提案する。しかし、だ。

 

「ここで撤退する訳にもいかんだろう。何も、解決していないのだからな」

 

「……たかが一介の人間如きに、解決できる問題ではないんです。俺たちにできるのは……きっと、見なかったこととして目を閉じるだけなんですよ。神と呼べば、感じはいい。しかし……アレらは、人智の及ばぬ化物です。撤退しましょう。目をつけられる前に」

 

 どうにかなる相手ではない。そう伝えて、氷兎は踵を返そうとする。そんな時……耳に不快な音が聞こえ始めた。カサカサと、何かの這いずり回る音。それも多数の。

 

 彼らのいる穴の天井に、何か小さなものが蠢いていた。発光する壁の光では、詳細が掴みにくい。誰もが息を呑んで、少しずつ来た道を戻ろうとする。そこにいる何かを識別しようと……翔平は、手に持っていたライトでソレを照らしだした。

 

「ひっ……!?」

 

 鈴華と唯野が小さな悲鳴をあげる。天井の一部を、海苔の佃煮のように纏まって張り付いていたのは……小さな赤子の顔をした、手のひらよりも大きな子蜘蛛だったのだから。

 

 

 

To be continued……


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