貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

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第19話 駆け引き開始

 天在村調査三日目。今日も天候は晴天だ。しかし、気分はどんよりと暗いものとなっている。悪いことがあった訳では無いが、今日することは集落の人達との駆け引きだ。一手ミスをすれば間違いなく不味い展開になるだろう。できれば先輩に交渉をお願いしたいところだが……。

 

「ふぁ……」

 

 隣で寝ぼけ眼を擦っているこの状況を見るに、あまり任せられなさそう。あまり交渉なんて得意ではない……というよりそもそもそんな経験がないのだが、果たして上手くやれるだろうか。内心焦りと緊張で堅くなりながらも、なるべく顔には出さないようにして槍の入った袋を弄りながら集落を歩いていく。

 

「……そういえば、なにか作戦とか考えてるのか?」

 

 ようやく頭がスッキリとしてきたのか、今日やることについて話を切り出してきた。何か考えているのかと言われても、実際どうしたものかあまり考えついていない。そもそも、ちょっと前までただの高校生だった俺にはハードルが高すぎないか。

 

「なんだかんだ先輩ヅラしてるけど、俺もこの手の任務は初めてだからなぁ……交渉とか、駆け引きとかしたことないし。あまり口を出せることでもないんだよな……」

 

 困ったように眉間にシワを寄せる先輩。まぁ仕方のないことだろう。なにせ先輩もここに所属して一年経っていないのだから。それでも、歳が近くて話しやすいというのは本当に助かる。日常面においても、こういった時でも。

 

「……全く考えついていない、という訳では無いですが……ミスするの、怖いですね」

 

「そりゃそうだ。誰だってそうだ。けど、昨日の話じゃ人の命すらも関わる可能性があるって話だろ。なんだっけ、あのなんちゃらって儀式。氷兎も加藤さんもこの儀式がヤバいってことに気がついたんだろ? なら、やるしかない。どの道、後には引けないだろ?」

 

「……前向きですね、先輩は。羨ましいくらいです」

 

「おう、もっと褒めてもいいぜ?」

 

 そう言ってニヤリと笑う先輩。本当、よくわからない人だ。頼りになりそうに見えてダラっとしてるっていうか……。

 

 ……まぁ、先輩らしさというのかもしれない。ともかく、今は作戦を考えなければならない。加藤さんは集落の人にはまだあまり知られていないだろう。大々的に動くのなら顔の知られてる俺と先輩が色々とやらかした方が、いざとなった時に加藤さんが動きやすくなる。

 

「そんじゃあまぁ……頑張って行きましょうかねぇ」

 

「あぁ……心臓に悪い……」

 

 明るい先輩と暗い俺。二人して並んでこの集落の村長の家があるという場所に向かって歩き続けた。

 

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 

 集落の中心辺りに、一際大きな家があった。周りの民家と比べて一回りは大きいだろう。ここが村長の家のはずだ。先輩と顔を見合わせ、玄関の前に立って扉をコンッコンッと叩いた。暫くすると、中からは老いた女性の声が返ってくる。扉が重々しく開かれ、現れたのは優しそうな顔をした老婆だった。

 

「おはようございます。記者としてこの集落の取材に来ました、唯野と言います。こちらは自分の同僚の鈴華です」

 

「おや……最近他所から来たって人達かい。こんなチンケな場所に、話題になるようなものなどありゃしないけどねぇ……」

 

 ……ほんの一瞬だ。目の前の老婆は怪訝に顔を歪めかけた。それを見逃さなかったのは幸運だっただろう。やはりこの集落の人達は俺たちよそ者を好んでいない。

 

 チラリと先輩を見たが、気づいていない様子。ならいい。このまま何事も無かったかのように平然を装いながら話を進めていこう。さて……まずは、第一関門か。緊張で噛みそうになる口をなんとか開いて、俺はその老婆に言った。

 

「いやぁ、皆さんに聞いて回ったところ村長さんに聞くのが一番だと言われましてね。ですのでここに訪ねてきた次第です。村長さんはいらっしゃいますか?」

 

「いるよ。まぁ、なんだね。お茶でも入れるから中に上がんなさい」

 

 そう言って老婆は俺たちを中に招き入れた。一応先輩には周りの警戒をバレないようにしてもらっている。物陰から襲われたらたまったものではない。

 

「………」

 

 中は随分と広かった。村長の家だからというのもあるのか、やけに他の家よりも豪華な感じがする。まぁ、多少裕福そうに見えるというだけだが。

 

 招かれるままに進んでいき、客間につくと還暦を迎えたであろう白髪の老人が座っていた。眉に皺を寄せて、こちらを睨んでいる。俺はあくまで営業スマイルでその白髪の老人に話しかけた。

 

「どうも、おはようございます。貴方が天在村の村長……でいらっしゃいますね?」

 

「あぁ……。儂がこの村の村長だ。何か用かね、こんな辺鄙な場所までわざわざ。お前さんみたいな若いもんが来るところでもあるまいて」

 

「お仕事の一環ですよ。時に、私はこの集落に関しての取材をしに来たのですが、あいにく情報が少なくてですね。できれば、村長さんからお話などを聞ければと思ったのですよ。会った人皆が、村長さんなら答えてくれると言うものですから」

 

 無論嘘だ。誰一人としてまともに取り合っちゃくれなかったが、こうでもしないとこの老人は逃げるだろう。なんとかして話を聞き出さなければならないのだ。村長はしかめっ面のまま、儂とて何もかもを知っている訳では無い、とため息をついた。

 

「そうですか。できれば資料や文献があれば良かったのですが……。あぁ、ならばこうしましょう。私達が調べた情報に関して、正しいかどうかを答えてもらいたいのです」

 

 そう言うと村長は、それならばいいだろう、と答えた。よかった。しかし、問題はここからだ。まだ第二関門突破……というより、ここから先はずっと修羅場か。胃が痛くなって、心拍数が跳ね上がってきてるが……抑えなくては。失敗は許されない。

 

「では……この天在村という名前なのですが。由来は『神様がいるから』という理由でよろしいですか。この集落では豊穣の神を祀る祠があると聞きます。そして、『天』は『神』を指すものではないか、と思ったのですが……」

 

「あぁ。合っているとも。といっても昔の村長が考えた名前だがね」

 

「なるほど……」

 

 村長の話を聞きながら、バレないようにチラリと先輩に視線を送った。そして膝に置いた人差し指で自分の膝をトンットンッと二度軽く叩く。それに気がついた先輩は、何気ない動作で天井を見上げた。そして不思議そうな顔をして、ボソリと呟く。

 

「……天上……供犠……」

 

「────」

 

 反応した。確かに、村長は軽く目を見開いて驚いていた。やはり、知っている。それが確信できただけでもいい。先輩は村長の視線に気がついたような態度をとって、苦笑いをしながら後頭部を搔いて言った。

 

「いやぁ……天井に釘っぽいのがそのまま残ってるように見えたもので……すいません。ただの木目ですね、あれ。最近仕事が多くて、目が疲れてしまったようです……」

 

 ハハハッと笑う先輩。村長の警戒心が目に見えるくらい上がっていっている。事を急かしすぎたか。少しばかり早まったかもしれない。とりあえず次の話をしなくては……。

 

「しっかりしてくださいよ、先輩。あぁ、すみません。とりあえず次のお話をお聞きしたいのですが……」

 

「……なんだね」

 

「はい、この集落を見て回ったのですが、若い人達が全く見当たらなかったんです。もしや、若い人達は誰一人いないという状況なのですか?」

 

「神社に住んでいる娘を除いて、若いもんは残っちゃおらんよ。皆、都会に移り住んでいった」

 

 花巫さんにも聞いた通り、この集落には若い人達がいないらしい。それが聞けただけでもいいだろう。切れる手札が増えたのはありがたいことだ。さて……少し詰めていこう。

 

「では、次の質問を。私も神社に赴いて神様を祀ってあるという祠を見たのです。洞窟にポッカリと穴が空いていて、その奥に祠がある……という見解ですが、まぁそれはさておきましょう。見たところお供え物が多く置かれていたのです。神社に住んでいる巫女さんに聞いてみたところ、皆様が交代でお供えしていらっしゃるとか」

 

「そうだ。儂らが育てた作物を供えているのだ。儂らの村はあの豊穣神様がいらっしゃらないと美味い作物は実らんのだ」

 

 ……果たして、本当にそうか? 確証はないが、あの奥にいるのは神話生物だ。その神話生物が村に利益をもたらしていると?

 

 ……ありえないだろう。

 

「なるほど……。あぁ、そうでした。聞かなければならないことがあったのでした。いえ、村のことではなく……私達の同僚のことなのです。先日この村に同僚の一人が取材に来たのですよ。しかし、連絡は途絶えて現在消息不明なのです」

 

「それは……困ったものですな。しかし、儂らの村には来ておりませぬ」

 

「おや、そうなのですか。確かに民宿の方に聞いても集落の方々に聞いても、誰も来ていないと言うのですよ。ですが……」

 

 ……さて、ここが最大の見せ場だ。恐れるな。俺なら大丈夫だ。そう言って心の中で自分を激励し、震えそうになる手を動かして、胸ポケットから黒いカバーの手帳を取り出した。それを見た村長の目付きが細くなったのを見て、心臓が掴まれたような感覚に陥る。

 

 やはり、この集落に諜報員は来ていた。そして、殺されたのだろう。

 

「……この黒い手帳は、その同僚の私物なのです。これがどういうことか……神社の裏手にある祠の入り口付近に落ちていたのです」

 

「……ほう」

 

「おそらく、民宿に泊まらなかったのでしょう。好奇心の強い人ですから、誰にも見られないように祠の中に入っていってしまったのかもしれません。あの中に電波が通っているとは思いませんし、それに何日も前のことです。下手をすれば……中で何か起こって死んでいるのかもしれません」

 

 少しだけ俯いて、村長の顔色を伺う。警戒心は最高潮に、そして驚愕と怒りだろうか。それらが混ざったような表情だった。口を開くことすら恐ろしい……。小心者の俺には、この睨みつける視線がとてもこたえた。けど、やめるわけにはいかない。

 

「神聖な祠なのでしょう。万が一彼に何かあったとして、中に死体を置いて置く訳にもいきません。ですので、できれば中に入る許可をいただきたいのです」

 

 そう伝えると、村長の口元が少しだけ上がった気がした。あぁ、何を考えているのか目に見えてわかる。

 

「あぁ……それなら別に構わない。ただし、中にあるものを壊さないでいただきたい」

 

 そう言ってくる村長の内心は、どうせ中に行けば生きて帰っては来ない、と思っていることだろう。だが、甘い。ここぞとばかりに俺は意を決して村長に詰め寄った。

 

「ならば、誰か人をつけてはもらえませんか。何か壊してしまうといけないし、何より見た感じ中はとても暗かったのです。とても、私達だけでは探せないでしょう。私達も会社の責任を負わねばならぬ立場ですので、器物破損などは御免被りたいのです」

 

「……なるほど。しかしのぉ……儂らも皆年寄りだ。とてもじゃないが、祠には辿り着けんよ。行ったのならばわかるだろう? あの階段は老人にはちとキツイものがあるのだ」

 

「そうなのですか。ならば、どうやってあんなに多くのお供え物を運んでいるのですか?」

 

「………ッ!!」

 

 村長の顔が歪む。顔のシワがより一層深まった。ざまぁみろ、と内心ほくそ笑む。かかった。自分で言った言葉が今自分を締め付けている。そりゃそうだ。若手がいないのならば、お供え物を運ぶのはこの集落の老人達だ。ならば……階段を上るのもわけないだろう。ならなぜ行きたがらないのか。

 

 ……あの中にバケモノがいるからだ。この集落の人々が崇め祀っている、バケモノが。

 

「……おいおい氷兎。流石に年寄りにそれはキツいだろう。きっとどっかに荷物を運ぶ機械かなにかがあるのさ。頼れないのなら仕方が無いことだよ」

 

「……まぁ、確かにそうですね。あぁあと、もうひとつだけ聞きたいことがあったのです」

 

 なんだ、と村長は返した。あぁ、完全に怒っている。でももうほとんど知りたい情報の裏は取れた。あとは適当にあしらって帰るだけだ。先輩も予定通りに話を止めてくれたことだし、なんとかこのまま逃げ切ろう。

 

「集落の方々が、もうすぐお祭りをするのだとか。どんな祭りなのですか?」

 

「……儂ら天在村の住人だけの祭だ。お主らのようなよそ者に参加する権利はない。荷物を纏めて帰っていただきたい」

 

「いえ、帰りませんよ。まだ同僚を見つけていませんので」

 

 売り言葉に買い言葉、と言ったか。挑発に対して俺も軽く返させてもらったが別にいいだろう。最早ここまで来たら小言の一つ二つは問題ではない。既に、俺たちは敵対者だ。村長側も敵意を隠すことはない。完全な宣戦布告だ。

 

「……お時間もいい頃合ですし、私達はここでおいとまさせていただきます。お話を聞けてよかったですよ」

 

「フンッ」

 

 先輩と共に村長の家から出た途端、バタンッと勢い良く扉が閉められた。駆け引きは終わり。そう脳が理解した途端、身体から一気に力が抜けていく。暴れだした心臓は止まることを知らない。歩きだそうとした途端、つまづいて転びそうになってしまうほどに精神的な疲れがきていた。

 

「おっと……大丈夫か?」

 

「はい……なんか、もう……疲れました……」

 

 先輩が近寄ってきて肩を貸してくれた。お礼を言って先輩の肩を借りて立ち上がる。背丈は同じくらいなので特に辛くはなかった。

 

 先輩はニヒヒッと笑って空いている手で俺の頭をグシャグシャと力強く撫で回してくる。くすぐったいと言うよりも、痛い。

 

「やるじゃん、氷兎。大成功だろこれ!」

 

「ハハッ……いや、よかった……本当に……」

 

 もっとも、今度はもっと大変な目に遭わなければいけなくなりそうだが、今はこの難所を超えたられたことに感謝しよう。もうこんなのはできればやりたくないものだ。

 

「うっし。今やることも済んだ。とりあえず帰って昼飯食って……そっからはまた考えるか!」

 

「……えぇ。そうしましょう」

 

 先輩の肩から離れて、二人で並んで歩き出した。後ろにある村長の家から、嫌な視線を感じる。けど、先輩は気がついていないようで、話題を振ってきた。いやほんと、鈍感だなこの人。

 

「しっかしまぁ、見事に対応変わったな。なんだよありゃ、『私が町長です』ってか?」

 

「どこの町の長ですかそれ。そういえば、リメイクでしばけるらしいですよ」

 

「マジで!?」

 

 なんて、くだらない話をしながら俺達は民宿に帰っていった。

 

 辺鄙な集落で起きた殺人事件。仕掛け人はおそらく集落の人全員。それに対抗できる人員はわずか三人。そう考えると、心の中で一抹の不安がよぎった。

 

 ……さて、ここからどうやってあの神話生物を倒そうか。

 

 

 

To be continued……




 感想、評価などいただけると作者のやる気があがります。とはいうものの...作者は現在受験シーズンなので書くスピードは上がらないかもしれませんが、それでもよかったらお願いします。

 ここをこう書いたほうがいい、といったご指摘でも大丈夫です。

 それではまた次回も読んで頂けたら幸いです。

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