貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

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あらすじを変えてみました。
前のと今の、どっちがいいんでしょうかね。


第20話 敵視か警戒心か

 村長との話し合いという名の駆け引きの後、昼食を食べてから再び先輩と共に集落の調査に出かけた。どのような事があったのか、ということだけは加藤さんにも連絡をいれてある。なんにせよ、精神的にだいぶ疲れてしまった。今日はもう休みたい。

 

「……なぁ、氷兎」

 

 先輩が眉をひそめて話しかけてきた。なんだと思って尋ね返そうとしたところで先輩が、周りをキョロキョロと見ないようにしろ、と忠告してくる。

 

「……なんか、変じゃないか?」

 

 言われて、不自然さがないように視線だけを動かして周りを見た。畑や田圃、民家……。はしゃいで遊び回る子供たち。特に何も不自然な点は見当たらない。不思議な顔をする俺を見た先輩は、指で頬を掻きながら伝えてきた。

 

「なんか、さ……大人が見当たらないんだ」

 

「……言われてみれば、確かに」

 

 この集落自体が過疎っている場所だったとしても、必ず誰かしら大人はいた。田圃で作業をする人や、自転車に乗って移動している人、子供と遊ぶ人……。だが、今はその大人達が誰一人として見当たらなかった。

 

「嫌な予感がすんだよなぁ……」

 

 そう呟く先輩の言葉に俺も同意した。あまりに不自然だ。この集落に来てすぐに、俺は集落内では横と繋がりが強いので情報が出回るのが早いという話をしたが……。まさかとは思うが、あの村長何かやる気だろうか。それとも何か他の理由がある?

 

「祭りの準備なら良いんですけどね。おそらく違うでしょうけど」

 

「天上供犠、だったっけ。一体どんな儀式なんだ?」

 

「……憶測になるんですけど、良いですか?」

 

「大丈夫だ。むしろ推測できてることに驚いたわ」

 

 驚愕と共に強く頷いた先輩に、俺も天上供犠というものについて考えついたことを説明することにした。とは言うものの、全て憶測に過ぎない、確証も何も無い話なのであまり俺は話したくない。下手な先入観は考察を止めてしまうからだ。

 

 ……まぁ、この人が考察なんてする訳ないか。ゲームの事しか考察できなさそうだし、別にいいかもしれない。

 

「まず、朝村長にも言いましたが、『天』という字には『神』という意味もあるんです。おそらく、あの洞窟の中にいるバケモノを神聖視しているのかもしれません。だから、神の在る村、『天在村』と名前が付けられたんだと思います。それを踏まえると……天上供犠というのは、神に供物を上納する儀式なのではないでしょうか?」

 

「上納?」

 

「一般的に上納とは年貢を納める時などの、所謂税金の支払いなどに使われますが、ここでは奉る、捧げる等の意味として捉えましょう。つまり、あの洞窟の中にいるであろうバケモノに捧げものをするという儀式なのだと思います」

 

 そこまで伝えると、先輩は顎に手を当てて、それじゃあ何かおかしくないかと尋ねてきた。先輩の言いたいことはわかる。ここの集落の人達は毎日お供え物を持ってきているのだ。ならば、こんな儀式などいらないはずである。

 

 ……ならば、この儀式は何のために必要なのか。何を捧げるべき儀式なのか。よもや、ただ単に豊穣を祝い、次の農作物が美味しくできるように願うだけの儀式ではないだろう。

 

「……なら、何を捧げるんだ?」

 

「確信ではないですが……いえ、今はやめておきましょう。連中戻ってきたみたいですし」

 

 道の奥の方を見ると、チラホラと大人達が戻ってきていた。流石にこんな会話を続けるわけにも行かないだろう。会話を切り上げて歩き続けながら、今後どうするのかを相談する。

 

「……対策を考えた方が良さそうか。俺は一旦民宿に戻って装備を整える。氷兎はどうする? 俺としては、ここで単独行動は不味いと思うけど……」

 

「……花巫さんの場所に向かおうと思います。何故大人がいなくなったか、知っているかもしれないですし」

 

 俺の返答に、先輩は少しだけ困ったような顔をした。それもそうだろう。集落で溢れている不穏な空気は、最早目に見えて明らかだ。そんな中で俺が単独行動をするのはどれだけ危険なことか……。

 

 ふと思い出したが、ここに来てから加藤さんがずっと単独行動だった。彼女も呼んで一緒に行動するべきかと思ったが、脳筋(魔術)なあの人なら大丈夫だろう。なにしろ、俺を助けてくれたあの日の夜に彼女は一人であのバケモノの集団を蹴散らしたのだから。

 

「……わかった、気をつけろよ。銃は持ったか?」

 

「鞄の中です。流石に持ち歩けませんよ。この袋の中に突っ込んでたら何かの拍子に暴発しそうで怖いですし」

 

「槍があるなら、まぁ……。流石に相手も飛び道具は使わないだろ」

 

「わかりませんよ? 草刈り鎌ぶん投げてくるかもしれません」

 

「田舎特有の殺傷武器だな……」

 

 軽く言葉を交わして、俺と先輩は別れた。俺は真っ直ぐに花巫さんのいる神社に向かって歩いていく。幸いにも集落の大人達が帰ってくる方向とは逆なので、すれ違いで何かされることはないだろう。これで子供まで巻き込んで何かされたらたまったものではないが。

 

「……はぁ……」

 

 暑いくせに肝だけは冷えていく。暑さでかく汗も嫌だが、冷や汗も勘弁して欲しい。だから夏は嫌いなんだ。熱中症対策もしないといけないし、第一半袖が好きじゃない。ズボンなんて年中長ズボンだ。そう考えると、俺の服装は全くもって夏に適していないな。半袖の上に羽織ったシャツに、長ズボン。春か秋に着る服装だな、これ。

 

 昔は菜沙が勝手に俺の服をコーディネートしていたが……。なんで女子って明るい服を着させようとするのか、俺にはわからない。別に黒一色で良くないか。そう菜沙に言ったら呆れた目で見られた記憶がある。

 

「……この階段登るのも、中々疲れるんだよなぁ」

 

 ため息をつきながら登りきると、神社の境内には花巫さんがいなかった。昼間はここで神社の掃除をしているものだと思っていたが、ここにいないのならば彼女はどこにいるのだろうか。

 

「……集まりに参加した、か」

 

 彼女はもう子供と呼べる年齢でもないだろう。いや、世間一般からすれば紛れも無く子供なのだが。流石に集落の伝統行事らしいものの集まりであったのならば、呼ばれていてもおかしくはないだろう。

 

 しかし、あの集まりが俺達に対する対策会議だったとするならば……花巫さんが敵に回ることになってしまう。そうなると途端にやりづらくなるな。

 

「………ッ!?」

 

 不意に後ろから誰かに肩を叩かれた。周りは警戒していたはずだ、なのにどこから現れた……?不安と驚愕で背筋が一気に凍りつき、まずったと思った俺はすぐさま後ろに振り向く。すると、頬に何か柔らかいものが突き刺さった。

 

「……えへへ。大成功、です」

 

 振り向いて見えたのは、イタズラが成功して笑っている花巫さんだった。そして、頬に突き刺さったのは彼女の人差し指だ。俺は安堵の息を吐きながら彼女に苦言を漏らした。

 

「……心臓に悪いんですけど。寿命縮みましたよ、絶対」

 

「こういうの、やってみたかったんです。階段のお掃除しようとしたら唯野さんが来るのが見えたので、階段のすぐ隣の森に隠れてました」

 

 そう言って笑っている彼女とは裏腹に、俺は自分の警戒心の甘さを悔やんでいた。完全に盲点だった。神社に目がいくあまり、森の中にも隠れられることを失念していた。これで彼女以外の人だったら、下手すると頬ではなく腹に何か突き刺さっていたかもしれない。そんな俺の内心など知らぬ彼女は、微笑みながら傍に近寄って尋ねてきた。

 

「お昼から来るなんて、何かあったんですか?」

 

「……まぁ、そうですね。花巫さんに聞きたいことがあって来たんですよ」

 

「なんですか? 答えられることなら答えますよ!」

 

 そう言った彼女を見て、俺は初めて彼女にあった時を思い出した。そして、目の前の彼女と重ね合わせる。随分と態度が柔らかくなった。元々固かった訳では無いが、対話をするにあたって一歩引いていたような気がしたからだ。

 

 しかし、今の彼女は一歩引くどころか二歩くらい前に出てきている。正直に言おう。近い、恥ずかしい、さっきので嫌な汗かいたから出来れば近くに来て欲しくない。暑さ以外の理由で体温が上がりながらも、俺はなるべく悟られないように彼女に尋ねた。

 

「正午くらいから集落内で大人を見なくなったんです。何か知りませんか?」

 

「祖父が何か集まりがあると言って、集会場にまで行きましたけど……。それでしょうか?」

 

「なるほど……。何かあったんですかね」

 

 なんて、口では言ってはいるものの今現在心臓の鼓動がとんでもないことになっている。最早穏便にはいかないだろう。本当に、集落の人達が白であれと願うばかりだ。

 

 ……もう、黒が確定しているようなものだが。精神的な疲れに、深くため息を吐くと花巫さんが心配そうな顔で見てきた。いや、今は現状を憂うよりも花巫さんがその集まりに参加していなかったことを安堵した方がいいかもしれない。

 

 聞くことも終わった。民宿に戻った方がいいだろう、と思い彼女に別れを告げてこの場から離れようとしたその時だった。

 

「……菖蒲?」

 

 低く渋い声が聞こえた。声のする方を見れば、険しい顔つきの老人……という程の歳をとっているようには見えないが、恐らく60を過ぎてそう長くは経っていないように見える男性が立っていた。服装は紺色の袴に白の着物。神社の関係者だろうか。

 

「お爺ちゃん……」

 

「えっ……」

 

 目の前にいる爺さんは、どうやら花巫さんの祖父のようだ。先程からずっと、皺の多いその顔を歪めてこちらを睨んでくる。

 

 ……それが、よそ者に対する敵視の目なのか、それとも孫娘の隣に男がいることに対する警戒心なのか判別できないが、あぁ……もうこれ、ろくな目にあわないな、としか思えなかった。

 

 先輩助けて。

 

 心の中で仲間を呼んだが、しかし誰も来なかった。

 

 

To be continued……


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