貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

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第28話 思春期故仕方無し

 波打つ音と人々の楽しそうな声が聞こえる。夏真っ盛り、熱中症になること間違いないくらいに気温は上がってきている。

 

「ひっさしぶりに海来たなぁ……」

 

 気持ちよさそうに先輩はぐっと身体を伸ばしている。確かに俺も久しぶりだ。隣を見れば、七草さんが目をキラキラとさせて海を見ていた。

 

 七草さんがいたあの孤児院は海辺に作られていたが……一緒に遊ぶ人がいなかったのか、海に来ることを楽しみにしていた。

 

 ……あのバケモノ、深きものどもだったか。アレのせいで海にいい思い出はないが、こういう時は何もかも忘れて羽根を伸ばそう。そう思っていると、俺達が乗ってきた車に寄りかかって休憩していた加藤さんが愚痴をこぼした。

 

「結局私が運転なんだからなぁ……。鈴華君、君免許持ってるんじゃないの?」

 

「持ってますけど……いやほら、ここは大人の方が安心できるじゃないっすか。なぁ氷兎?」

 

「先輩に運転任せたら事故りそうなんで、加藤さんがいてくれると助かりますよ」

 

「……そ、そうか……いや、まぁ……手が空いてる時ならこういうのも、な」

 

 ……この人チョロ過ぎる。どれだけ褒められなれてないのか。にしても、加藤さんの私服って中々シンプルだな。白いシャツに半ズボン……って田舎少年か。でもなんか普通に似合ってるな。元がいいからか。羨ましい。

 

「じゃあ私達着替えてくるから、ひーくん準備お願いね」

 

「はーいよ。不良に絡まれたら連絡しろよ、すぐ行くから」

 

「……うんっ」

 

 はにかむように菜沙は笑った。昔は不良が怖かったが……今となってはそんなものあまり怖くはないな。バケモノの方がよっぽど怖い。

 

 まぁ、加藤さんもいるし七草さんもいるから不良に連れていかれることはないだろう。あの二人の戦闘力俺よりも高いしな。言ってて悲しくなる。

 

「……じゃあ、準備しましょうか」

 

「そうだな……バーベキューセットに、クーラーボックス、パラソル、シート……沢山あるな」

 

「載せてくやつも持ってきたんで、なんとかなるでしょう」

 

 荷物を纏めて台車に載せ、手で持てるものは持って移動を始めた。車からそう離れていない場所で空いているところを陣取り、シートとパラソルを設置する。

 

 遠くの方で、ビーチバレーをする音が聞こえてきた。いいなぁ、俺もバレー久しぶりにやりたいもんだ。

 

「女の子って大変だよなぁ。簡単に着替えられないし」

 

「自分たちは海パンで外出てもセーフですからね」

 

 既に水着を履いているので着替える必要が無い俺達。十数分で荷物の設置が終わり、暑くなってきたので上に着ていたものを脱いだ。

 

「……自分で言うのもなんですけど、だいぶ締まった気がしますね」

 

「まぁ、見てくれは悪くねぇな。筋肉があるって訳でもねぇけど」

 

 オリジンに入ってからの訓練のおかげか、だいぶお腹周りが締まってきた。流石に割れてはいないが、見られても恥ずかしくはない体型になった。先輩も、中々にいい身体をしている。

 

 ……ゲーム三昧なのにどうして体型維持できているんだろうか。不思議だ。

 

「……んでよ氷兎。お前は誰が一番グッとくると思う?」

 

「水着ですか? そりゃぁ……七草さんじゃないですかねぇ」

 

「胸で決めんなっての」

 

「胸だけじゃないですよ」

 

 体型も、胸の大きさも、そして顔立ちも。七草さんは女性としてはだいぶ完成した存在だと思う。世の女性が嫉妬すること間違いなしだ。それに性格もいいし、笑うと可愛らしい。

 

「菜沙ちゃんが不憫だぁ……まぁ、俺は加藤さんだけどな。大人の色気っての? 五、六くらいしか差はないけど」

 

「四捨五入すれば三十路ですよ」

 

「やめてあげて。あの人結構気にするから」

 

 加藤さんも、中々にいいスタイルだと思う。シュッとしてるし、仕事ができそうな整った顔立ちだし、胸もまぁ悪くない。まるで秘書さんみたいな感じがする。

 

「ひーくん、お待たせ!!」

 

 一緒に海を見ていたところ、背中から菜沙に声をかけられた。どうやら着替えが終わったらしい。声のした方に振り向いてみると……。

 

「えへへ、どう? これでも結構いいの選んだんだよ?」

 

 ……いつもの菜沙とは、また違った彼女がそこにいた。いつもの通りの眼鏡をかけていて、チャックを開けた状態の薄い緑色のパーカーの前部分では白と緑の横縞柄のビキニが見えていた。いつも自己主張しない胸も心做しか大きく見え、おへそ辺りもくびれていて少し扇情的に見える。

 

「……随分と、似合ってるな」

 

 少しだけ言葉を失った。なんとか彼女に返事を返すと、菜沙は嬉しそうに笑いながら少しだけ頬を染めていた。

 

 俺の幼馴染がいつもより可愛らしい。天変地異の前触れだろうか。

 

「良かったぁ。ひーくんの為に選んだんだからね?」

 

「はいはい。可愛らしいよ」

 

「もう……またそうやって……」

 

 頬を染めたままそっぽを向く菜沙。最近の彼女はどうもどこかおかしい気がする。いや、昔からか。やっぱ特に変わってないなこの子。

 

 そうやって菜沙と話していると、肩をちょんちょんっと突っつかれた。振り返ってみると、そこにいたのは……。

 

「氷兎君、私も着てみたよ! どうかな……?」

 

「………!?」

 

 開いた口が塞がらない、とはこの事だろうか。突っついてきた本人は七草さん、なんだけど……。

 

 ……本人のわがままボディに飽き足らず彼女の純真無垢さを表したような白いビキニに、白いパーカーを前を開けて羽織っていた。魅惑的な谷間と、それに反するようにしてキュッとなっているお腹。そして恥ずかしそうに片手で腕を抑えるようにしているせいで余計に谷間が盛り上がっている。

 

 色白で綺麗な肌に、華奢な手足。ほっそりとした足に程よい感じに肉がついている。

 

 ……可愛いを通り越して、何かもう別のものだった。とても言葉で表せそうにない。

 

「……驚異的な胸囲だぁ……ぐほぁッ!?」

 

「っ………!!」

 

 アホなことをぬかした先輩の脇腹に肘を叩き込んでおく。先輩の言葉のせいで七草さんが顔を赤くして少しだけ俯いてしまった。それでもそこから見上げるようにして俺の顔を見てくる。

 

「ど、どう……? ダメ、かな?」

 

 一気にクラっと来て、少しだけ頭を抑えた。これ以上見られたら持たないと思ったので、すぐに頭の中に浮かんだ言葉を彼女に返す。

 

「そ、その……とても、似合ってるよ」

 

「……ありがとう、氷兎君」

 

 さらに真っ赤に顔を染めて、俯いた七草さん。気恥ずかしくなって、熱くなる頭を掻きながら視線を逸らした。

 

「……ばかっ」

 

「痛いっ」

 

 菜沙に思いっきり足を踏まれた。いきなり何をするんだこの子は……。彼女は、ふんっと拗ねたように声を出していつものように俺の右手を握ってくる。彼女の手がなんだかいつもとは違う感じがした。少しだけひんやりとしていて心地よく感じる。

 

「……さて、最後は私か」

 

 そして最期に満を持して登場したのは、加藤さんだった。流石に年齢もあれだからか、二人のように堂々とではなく、ゆったりと大人の佇まいを感じさせるように近づいてくる。

 

「どう? まだまだイケるよね? 大丈夫だよね?」

 

「い、いやいや全然イケますよ! めっちゃくちゃ似合ってます!」

 

 先輩が少し興奮気味に彼女を褒めた。褒められた本人は、そ、そうか……と言ってこちらも七草さん同様に顔を俯かせている。口元が抑えきれないのかニヤリと笑ってしまっているように見えた。

 

 加藤さんの水着はパレオと言われる、腰に布が巻き付けてあるタイプのものだった。色は落ち着いた青色で、静かな雰囲気を感じさせるものだ。当然、加藤さん自身のスタイルもいい。普段運動している人だから、身体も締まっているし肉付きもいい。美人さんだと思うが……俺には七草さんのインパクトが強すぎたようだ。

 

 ……きっとこの水着選んだ理由、天在村で爺さん共に薬盛られても身体触られなかったからだろうなぁ。いい事なはずなのに、軽くへこんでたからな。

 

「いよぅし、じゃあ海行きますかぁ!!」

 

「氷兎君、行こ行こっ!」

 

「あっ……ちょ、七草さん……!?」

 

 先行していく先輩についていく七草さんに手を引かれながら菜沙と一緒に海に突入する。全身浸かるのも早いと思ったので、皆で足先だけ入ってみた。少しだけ冷たいけど、夏の暑さには丁度いいくらいの温度だ。

 

 ……とりあえず七草さん目掛けて水を飛ばしてみる。

 

「きゃっ……もう、氷兎君!!」

 

「ごふぁ!?」

 

 勢いよく振り抜かれた足によって、考えられない量の水が勢いよくぶつかってきた。あまりの勢いに尻餅をつくかと思ったくらいだ。

 

 七草さんが超人的な力の持ち主だってことをすっかり忘れていた……。

 

「いよいしょっ」

 

「いだっ……な、菜沙お前まで……」

 

 後ろから近寄ってきた菜沙に身体を崩され、今度は尻餅をついた。そしてすかさず菜沙が水をかけてくる。

 

「ふふっ……」

 

 口元を抑えて笑っている菜沙を見て、少しだけイラっときたので、立ち上がりながら彼女の足と腰を腕で持ち上げた。

 

「ふぇ、ひ、ひーくん……?」

 

 顔が近い。それに身体が完全に密着していた。ここまで肌と肌を密着させる機会はそうないだろう。まぁ、特に彼女に対して思うこともない訳ではないが、身体を海の方に向けてニッコリと微笑んだ。

 

「そーらよっと!!」

 

「い、やぁぁぁぁッ!?」

 

 そしてぶん投げる。可愛らしい悲鳴をあげながら飛んでいき、そして水しぶきをあげて着水。少しだけ爽快な気分になった。浮上してきた菜沙の恨めしそうな目線が突き刺さる。

 

「桜華ちゃん、ひーくん投げちゃって!」

 

「え、ちょっとそれはシャレにならないんじゃないかなぁ……?」

 

 当の本人である七草さんを見れば、彼女は笑顔のままにじり寄ってくる。嫌な汗が背中に流れていく。少しずつ後退しながらも、必死に止めさせようと説得した。

 

「いや、七草さん……あのだな、流石にこれはマズイというかなんと言うか……と、ともかく止まって!」

 

「菜沙ちゃんも楽しそうだったから大丈夫だよ! 氷兎君も飛んでみようよ!」

 

「待って、頼むから待って!」

 

 そんな願いが聞き届けられるはずもなく、がっしりと彼女に手を握られてしまう。そして力づくで引き寄せられ、両腕で軽々と持ち上げられてしまった。

 

「……ぁ……」

 

 小さな、彼女の声が聞こえた。顔の距離が、30センチもない。そして、身体も密着していて彼女の果実が身体に当てられてぐにゃりと形を変えている。

 

 ……みるみるうちに顔が赤くなっていく。そして……。

 

「っ、えーーい!!」

 

「う、あぁぁぁぁぁッ!?」

 

 盛大に投げ飛ばされた。視界がぐるぐると回って、最終的に一面が水によって何も見えなくなってしまう。身体に叩きつけられた水のダメージも中々に高く、少しだけ意識が飛びかけた。

 

 なんとかもがいて浮上しきると、七草さんは顔を赤くしたまま笑っていた。反して菜沙はどこか不愉快そうにしている。

 

「……次は七草さんを投げるか」

 

「ダメっ」

 

 海の中で接近してきた菜沙に腕を掴まれ、残念ながら七草さんを投げることは出来なかった。ちょっと残念……いや本当にちょっと、うん、結構残念。

 

 ……けっこうモッチリしてるんだろうなぁ、とか思いながら海の中で3人で遊んでいた。

 

 そんな一方で、先輩と加藤さんはと言うと……。

 

「へぇ……魔術で水操作して砂の塊を強固にできるんすね……」

 

「すごいだろう? これなら砂のお城も楽々だ」

 

 二人してすっごい細かいところまで作り込まれた砂のお城を作っていた。やっぱりあの二人は仲が良さそうだ。

 

 

To be continued……


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