貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

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第29話 大惨事バレー大戦

 全身海に浸かって、ぷかぷかと浮いている。夏の陽射しと海の温度が心地よい。隣を見れば、先輩が浮き輪にケツだけを突っ込んで浮いていた。

 

「あぁ〜……平和ってのはいいもんだよなぁ……」

 

 そう呟いている先輩の身体は完全に脱力しきっていた。普段の生活と何ら変わっていない。あれから二時間くらい経ったが、流石に女性陣は疲れたようなので俺と先輩の二人だけで泳いでいた。なにしろ、体力は有り余っているからだ。普段の戦闘に比べれば、遠泳なんて苦ではない。死ぬよりマシだ。

 

「……そういえば先輩。菜沙達放っておいて大丈夫ですかね? 揃いも揃って美少女揃いなんで、ナンパされそうなんですけど」

 

「おいおい、そんな漫画やアニメみたいなテンプレ起きるわけねぇだろ? 現実世界でナンパするやつなんていないって。いたら顔見てみてぇよ」

 

 ケラケラと先輩は笑っている。まぁ確かに。俺もアニメの見すぎか……。いやどうにも、離れてたらナンパされたり、どこかに連れていかれたりと変な妄想というか……嫌な想像が止まらない。海の色と同じく、俺の気分も少しだけブルーだ。

 

「大丈夫だって安心しろよ。へーきへーき、何かあったら加藤さんがパーンッてすれば万事OK」

 

「万が一何かあったら先輩の身体にデスソースぶちまけますよ」

 

「素肌はやめろよ? マジでやめろよ?」

 

「フリですか?」

 

「マジで言ってんの」

 

 最近先輩への嫌がらせにデスソースを持ち運ぶようになっていた。今日もクーラーボックスの中に冷やしてある。わざわざ冷たくしてあげるなんて、俺はなんて優しいんだろうか。素肌につけたらきっと涼しいだろう。

 

「ふぅ……そろそろ一旦上がるかぁ。喉乾いちった」

 

「水なら沢山ありますよ」

 

「海水飲んだら死ぬから。とりあえず押してってくれ」

 

 仕方がない、と呟きながら先輩の浮き輪を押していく。ようやく浅瀬まで泳ぎ終わると、何やら俺達が設置したシート付近で男達が集まっている。嫌な予感がした。

 

「おろろ……?」

 

「こりゃ先輩デスソースの刑ですね」

 

「使うなら今だろ。あいつらにぶっかけてこいよ」

 

「そんなことしたら怒られちゃうでしょ」

 

「俺にはいいのか……?」

 

 とりあえず二人で少しだけ眉をひそめながら集団に近づいていく。男達の反対側には、菜沙達が少し驚いた様子で話していた。菜沙はどうやら俺に気がついたようで、笑顔で手を振りながら俺の名前を呼んだ。

 

「ひーくん! こっちこっち!」

 

「ひーくん……って、まさか氷兎か!?」

 

 菜沙の近くにいた男が振り返った。その顔に俺は見覚えがある。中学時代一緒にバレーをやっていた友人だ。その他の奴らもみんな見覚えのある連中ばかりだった。どいつもこいつも、俺のバレー仲間だった奴らだった。

 

 その事実に少しだけホッとし、俺はひそめていた眉を戻して彼らの元へと歩いていく。

 

「久しぶりだな、カズ。それに、お前らも」

 

「氷兎、お前なんか体締まってねぇ!? お前バレー辞めた筈だよな!?」

 

「久しぶりにお前見たらなんか結構変わったな……」

 

 皆して俺の元へと集まってくる。どうやら、部活を引退した彼らはビーチバレーをするために集まったらしい。それで休憩がてらに散策していたら、菜沙を見つけたから話しかけたようだ。

 

「なぁ氷兎、久しぶりにバレーやろうぜ! そこの女の子達も一緒にさ!」

 

「バレーやるの? 私やってみたい!」

 

 その言葉に真っ先に反応した七草さんを見て、一気に俺達は凍りついた。嫌な汗が頬を伝っていく。当の本人は楽しみにしているのか、ニコニコと屈託のない笑顔のまま周りの男達を魅了している。

 

「……ヤバいっすよ、先輩どうにかしてください」

 

「ごめん無理。俺お腹痛いからトイレ行ってくる」

 

「ちょっ、逃げないでくださいよ!?」

 

「友人だろ? ほら、部外者抜きで楽しんでこいよ……骨は拾ってやるから」

 

 先輩に助けを求めたが、残念ながら先輩は頼りにならなかった。その上加藤さんを引き連れて観戦しようとする始末。仕方が無いので次はなんとか視線だけで、菜沙に助けを求めてみる。

 

「………?」

 

 だが、彼女は少し笑って首を傾げただけで俺の意図が伝わらなかった。なんでこういう時に限って彼女は俺の考えていることをわかってくれないのか。胸について批判する時はすぐに気がつくくせに。

 

「……ひーくん? 私疲れちゃったから、桜華ちゃん達と楽しんできて、ねッ」

 

「痛ッ……」

 

 足を踏まれた。なんでお前はそう、本当に……。もうダメだ、言葉にならん。もう地獄を免れることは出来ないのだろう。俺はただ、彼女と一緒のチームになれるように祈るだけだ。

 

「じゃあチーム分けてやるかぁ! 七草さん、だよね? 勝手にチーム決めちゃっていい?」

 

「んー、出来れば氷兎君と一緒がいいかなぁ……」

 

「……お前菜沙ちゃんと言うものがありながら、こんな可愛い子にまで手出してるの?」

 

「誤解だ。それに菜沙とはそんなんじゃないって何度言ったら……」

 

 そう答えたら、皆からため息をつかれた。何故なのか俺にはわからない。

 

「んじゃ、俺氷兎と組むわ。久しぶりにやろうぜ?」

 

「適当だなおい……。まぁ、よろしく頼むわ」

 

 中学時代のセッターのカズと組むことになった。残りのメンバーは適当に別れ、最初のサーブはこちらの七草さんからとなった。皆揺れる胸が見たいようで……。

 

「よーしっ、いっくよー!」

 

 そんな可愛らしい声とは裏腹に、初心者の筈なのに綺麗なフォームで回転をかけてボールをあげ、しっかりと踏み切って強烈なドライブをかけたジャンプサーブが放たれた。炸裂音のようなものが鳴り、気がついた時には既にボールは相手コートにあった。

 

「ウッソだろおい!?」

 

 リベロが素早く反応してボールの真下に入るが、ボールが腕に当たった瞬間あまりの勢いに腕が持っていかれ、強烈なドライブ回転のせいで何故か弾まずに彼の顔面へと直撃した。そのままボールは真上に上がっていく。

 

「な、ナイスカット!?」

 

 セッターが入り、なんとかトスをあげてスパイカーが打ってくる。

 

「………」

 

 久しぶりの感覚だった。相手の動き、手の向き、そして視線……それらを重ね合わせた上で、相手の思考を読んでどこに打ってくるのかを見分ける。

 

「……右だッ!!」

 

 予想通り、右側に打たれたボールを正面であげることに成功した。腕に当たった衝撃が、心地よい。

 

 ……あぁ。やっぱり、バレーって良いわ。

 

 とても、懐かしい気持ちとともに少しだけ目に涙が溜まってしまった。こいつらとやったバレーは、どんな結果であれ楽しかったのだと。そう思えた。

 

「よーし、もう一回!!」

 

「ファッ!? ま、まて七草さん、二回目で打つな!!」

 

 俺が上げたボールに対し、既に七草さんが後ろから走って跳ぶ姿勢に入っている。まさかの初心者なのにバックアタック。しかも正規のトスではなくカット球。流石にカズも目を見開いている。

 

「おりゃっ!!」

 

 揺れる彼女の豊満な双丘。まるで太陽のような楽しそうな笑顔。そして……放たれた豪速球。

 

「がはぁぁッ!?」

 

「ナラサカが吹っ飛んだ!?」

 

「でも上がってるすげぇ!!」

 

 偶然打球の軌道上にいたリベロのナラサカがカットしてしまった。当たった瞬間にナラサカが面白いように飛んでいった。アニメじゃない、これは現実だ。まさかボールで人が飛ぶなんて夢にも思わないだろう。

 

「チャンス返すぞ!」

 

 チャンスボールが緩く返ってくる。よし、今度はしっかりとカズに上げよう。そうしないとウチのわんぱく娘が人を殺しかねない。なんとか真下まで入ろうとすると、後ろからなんと七草さんの声が聞こえてきた。

 

「氷兎君、肩借りるね!」

 

「えっちょ、痛ァ!?」

 

 まさかの七草さんが俺の肩を足場にして跳躍。高く上がったはずのチャンスボールに向かって跳んでいく。そしておおきく振りかぶって……。

 

「七草さん、加減、頼むから加減して!!」

 

「えいっ!」

 

 俺の必死の忠告も虚しく、可愛らしい声とともに放たれた先程の威力を超える豪速球に、相手チームの連中がまた吹っ飛んでいった。楽しくなるはずのビーチバレーがまさかの悲鳴だらけのスパルタという名前が生優しくなるほどの拷問になるとは誰が思おうか。しかもやってる本人が楽しそうな笑顔のせいで、誰も止めるに止められない。

 

「やった! 氷兎君見てた? 私すごい?」 

 

「あぁ、うん……七草さんはすごいね……」

 

「でしょ? じゃあ私もっと頑張るね! 応援、してね?」

 

 俺の手を両手で握って、笑顔で語りかけてくる七草さんに、俺はもう何も言えなかった。ただ、このあまりに酷いバレーの試合の続行と、ボールの球速が上がった瞬間である。

 

 あぁもうめちゃくちゃだよ……。

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 夕方になり、氷兎が買ってきたバーベキューセットで氷兎の同級生を含めて皆で食うことになった。肉の焼ける匂いが漂ってきて、食欲をそそる。だが……。

 

「……なぁ、女バレ見ててあんな子いたか……」

 

「いや、全国にもいねぇよ……」

 

 氷兎の同級生達は皆死屍累々。全身傷だらけで酷いものだった。けど、不思議と皆笑顔で、あの球はヤバかったとか、俺あれ上げたぞ、吹っ飛んだけどとか。少なくとも楽しめてはいたようだった。

 

「……ん?」

 

 加藤さんでも探そうかと思っていたところ、少し離れた場所で菜沙ちゃんと……確かカズ君だったかな。二人が話しているのを見かけた。ちょっとだけ気になったから、気づかれないように近寄って聞き耳を立ててみる。

 

「……なぁ、まだ氷兎と付き合ってないの?」

 

「……うん」

 

 表情は見えない。けど、なんとなく俯いて悲しそうな顔をしているんだろうなって事くらいはわかった。二人は仲が良かったんだろうか。

 

「アイツ、あの子に取られちゃってもいいのか?」

 

 そう言ったカズ君の視線の先にいるのは、仲間達と笑いながら肉や野菜を焼き、横から七草ちゃんに話しかけられて頬を緩めている氷兎だった。青春だな……。けど、本当なんでアイツは菜沙ちゃんの想いに気がつかないのかね。

 

「……嫌だよ。けど、でも……ひーくんは、私から離れていかないから……」

 

「そんな保証ないだろ」

 

「うっ……」

 

「……皆、ヤキモキしてたんだよ。昔っからお前らが付き合わないから。だから……取られる前に、何とかしないと」

 

「……わかってるよ、そんなの」

 

 そう言って、菜沙ちゃんは少し駆け足で氷兎の所へと戻って行った。それを見送るカズ君と目が合った。軽く会釈をして、彼は俺の元に近付いてくる。

 

「どうも、氷兎の……先輩、でいいんですよね」

 

「まぁ、そうだな。翔平だ、よろしくな」

 

「カズアキです。氷兎とは、中学時代よくツルんでました」

 

「へぇ……。なぁ、アイツの中学時代のこと聞かせてくれないか? アイツ、自分で言うと自分のこと卑下してばっかりだからさ」

 

「……そうですね……」

 

 カズ君は押し寄せてくる波を見つめながら、ポツポツと話し始めた。

 

「中学時代のアイツは、本当に熱心な奴でしたよ。多分、誰よりもバレーが好きだったと思います。人一倍向上心があって、他人のプレーを見て身につけようとする貪欲な心もあった。皆もそれを評価していました」

 

「……けど、上手くはなれなかった」

 

「……いえ、一概にそうとは言えません。ただ、周りが上手くなりすぎたんです。氷兎も良いプレイヤーでした。けどそれ以上に周りが強かったんです」

 

「……なるほどねぇ」

 

 前に氷兎から聞いた話と、あまり変わらなかった。ただ、自分のことをド下手くそなプレイヤーと卑下していたが。

 

「……顧問もあまりいい先生ではなかったんです。皆心もバラバラで、チームプレーはうまくなかったと思います」

 

「でも、聞いた話だと県大会でいいとこ行ったんだろ?」

 

「はい……。けど、それは多分氷兎のおかげだと思うんです」

 

「……氷兎の?」

 

 彼は頷いて、笑いながら皆で肉を食べている氷兎を見て少しだけ微笑んだ。

 

「アイツ、誰よりも努力をしていました。だから、皆アイツの言葉はすんなり聞くんです。ここはこうした方がいいって言う指導も多くしていました。アイツは皆のプレーを細かく見て吸収しようとしていたから教えられたと思うんです」

 

「……他人のプレーを見て、自分の吸収とともに悪いところは伝えるようにしていたのか」

 

「はい。だから、皆バラバラな気持ちでコートに立ってても、アイツがコートの外から一声かけるだけで皆の気持ちが高まったんです。俺は……出来るのならば、アイツともっとバレーをしたかったんですけど……アイツ、才能がないって高校では辞めてしまいましたから」

 

「……なんか、聞くだけだと凄いことしてるんだな」

 

「アイツは凄いですよ。皆認めてます。それこそ、アイツがいないと勝てない試合もあります。調子が悪くなる奴もいました。アイツはいるだけで、皆のやる気を高めてくれたんです。けど……やっぱり、本人は中に入ってプレーをしたがっていた。俺らも、一緒にしたかったんです。けど……顧問は氷兎の能力を評価していなかった。メンタル面では良くても、技術が足りない、と」

 

「………」

 

 頑張り屋にしかなれない、と氷兎は言っていた。アイツには、アイツなりの悔しさとかそういうのがあるんだろう。俺には、あまり理解ができないけど。だって、そこまでして何かに打ち込んだことがなかったから。だから……俺はすげぇって思う。アイツはそれでもやり切ったから。

 

「高校で皆バラバラに散って、練習試合で会う度に皆言いますよ。やっぱ調子が出ねぇって。氷兎がいないとダメだって」

 

「……いるだけで士気を高めるプレイヤーか……いるもんなんだな」

 

「えぇ、本当に……勿体無い奴でしたよ。俺なら、もっと上手くアイツを扱える気がしたんですけどね」

 

 そう言って彼はセットアップの形を作り、ボールをトスするように身体を動かした。少しだけその表情が憂いを帯びている気がする。

 

「……翔平さんは、氷兎と菜沙のことを見ていて何か思いませんか?」

 

「ん……あの二人かぁ……。まぁ、仲良いよなぁ。幼馴染なんて羨ましいよ」

 

「菜沙の奴、昔っから氷兎のことが好きなくせに……あぁして幼馴染という楽な枠に居座ってるんです。先に進むのが怖いのかわからないですけど……氷兎も氷兎で、その現状に慣れてしまっている。おそらく、菜沙が何をしても氷兎は特に何も感じないんじゃないかと思うんですよ」

 

「あぁ、わかるわ……。普段のアイツら見てると、もどかしくて仕方が無い」

 

「……お願いがあるんです」

 

 彼は俺の顔を真剣な眼差しで射抜くように見てきた。そして、少し頭を下げて頼み込んだ。

 

「菜沙のこと、応援してあげてほしいんです。あの二人に、できれば結ばれてほしいってのが……俺達の想いです。なにしろ、あの二人の甘い空間に悩まされましたから」

 

 そう言って彼は苦笑いをした。俺も少しだけニヤリと笑い、まぁ考えておいてやると答えた。

 

「……何もかもを決めるのは、アイツだからな。少しは手を出すかとしれないけど、基本的には傍観だよ」

 

「それでもいいです」

 

「そっか。んじゃ、頼まれたわ」

 

 頭を掻きながらそう答えると、腹の音がぐぅっと鳴った。そういえば、結局まだ肉を食ってなかった。カズ君は俺の腹の音を聞いて少し笑っている。

 

「……うーし、肉食いに行くか!」

 

「そうですね。俺もお腹減りました」

 

 いざ肉を食わん、と身を翻して未だに肉を焼いている氷兎の元へと向かう。アイツの側には、菜沙ちゃんと七草ちゃんがいて、氷兎は七草ちゃんの言葉に頬を染めながら肉を焼いていた。それを、菜沙ちゃんは少し恨ましげに見つめている。

 

 ……どうにか、してあげたいものだ。

 

 

To be continued……


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