貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

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第38話 是か否か

「おい氷兎、お前顔真っ青だぞ!? 外で何してきたんだ!?」

 

 帰ってきて、開口一番に先輩に言われたセリフだった。俺は……なんて答えたのか覚えていない。ただ恐怖心から逃れるように民宿に逃げ込み、部屋の中に戻ってきた途端身体から力が抜けて座りこんでしまった。頬や額には、冷や汗が多かった。

 

「……お前はトラブルメーカーというか、事件巻き込まれ体質だな……」

 

 ただ部屋の壁にもたれかかって震えながら、俺は脈絡のないセリフで説明をした。外に出て、何があったのか。何を見たのか。それらが全て、幻だったのではないか。とてもじゃないが、俺は正気ではいられなかった。頭がまだ混乱している。思考が上手くまとまらない。

 

 七草さんが容れてくれた水をちびちびと飲みながら、震える身体を押さえつけるように座っていた。七草さんが隣で手を握ってくれたり、先輩がタオルで汗を拭ってくれたりと世話をしてくれた。いつもなら自分でやるからいいと突っぱねるが……もはやそんな事を考える気力も行動するだけの体力も残っていなかったと思う。

 

「……落ち着いたか?」

 

「……なんとか、ですかね」

 

 時刻は昼近く。ようやく俺は動ける程度には回復することが出来た。大丈夫。身体も震えていないし、思考もまともだ。朝見たことは……あまり思い出したくはないが、あれを見ることが出来たのは不幸中の幸い、とでも言うべきか。あれはおそらく事件解決の手がかりになるだろう。

 

「本当に大丈夫? 怖かったら、今日は休もう? 氷兎君がおかしくなっちゃうの、私は嫌だよ」

 

 俺の隣で涙目ながらにも落ち着かせようとしてくれた彼女の頭を、優しく数回撫でる。大丈夫だ、俺は正気に戻った。そう言って笑いかけると彼女も少しだけ笑って返してきた。

 

「お前のそのセリフはアカンやつだ。まぁそんなセリフが言えれば問題なさそうか」

 

「心配かけました。まぁ……問題ないでしょう。それよりも、俺の話はだいぶ滅茶苦茶だったと思うんですけど、わかりました?」

 

「まぁ、なんとかな……」

 

 そう言って先輩は置いてあった小さなホワイトボードを取ってきて、俺達に見えるように置いた。こんなものを持ってきていたのか。聞くと、置いてあるだけでなんだか作戦会議っぽいだろ、とのこと。この人の行動基準が最近わかってきた気がする。

 

「とりあえず、簡潔にまとめた。氷兎の見た婆さんが殺されたことを前提条件とすると、殺されるまでの間がスムーズかつ短時間で行われる。そして、死んだはずの婆さんはすぐさまその場で蘇生。婆さんのその後の行動的に、蘇生直後は思考回路があやふやになっている。だが、その後すぐに自分のするべきことを思い出し、死ぬ前と同じ行動を取ろうとする」

 

「……近くに人がいたかどうかは、残念ながら見れませんでした。しかし、大人はいないと思われます。いたら気がつきますしね」

 

「おそらく、氷兎が近づいたタイミングで犯人は逃亡。氷兎が離れたタイミングで蘇生されたんだろうな。しかし……蘇生させる意味はなんだ? 犯人は殺すことを楽しんでるのかね」

 

「……数が減らないことを利用した半永久的な殺人ですか」

 

「わからん。だが、俺達は今まで世界の裏側とも言えるものを見てきた。神話生物しかり、俺達の『起源』しかり。加藤さんのような『魔術』を使える存在がいるのならば……蘇生は出来るかもしれない。そうなると……犯人は俺達のような起源覚醒者か」

 

 ……村の内部に起源覚醒者がいるということか。木原さん曰く、天然ものの起源覚醒者というのは存在するらしい。それこそ、超能力者だとかいったのがその例だそうだ。

 

 何が目的かはわからないが……楽しむことが目的なら、犯人は近くにいる。しかも、野次馬になることも出来て尚且つ犯人を探そうとする立場にもなれる中間位置あたりに。そういった手合いは、自分の身の潔白のために探す立場になり、そして皆が必死こいて探しているのを見て楽しむというタイプが多い。

 

 例えば、放火魔がいい例だろう。放火魔は家に火を放った後は、その場でバレないように留まり野次馬と一緒にその光景を見るのだとか。

 

「……だが、これらの話は前提条件が確かな場合が絶対だ。なら、他の可能性も出てくるわけだ」

 

 先輩がホワイトボードを裏返すと、再びペンで文字を書き始めた。先輩の表情は真剣そのもの。いつもの巫山戯た感じは見受けられない。やはりこの人はやる時はやる人なのだろう。いい性格をしているというか、なんというか……。

 

 そういえば、七草さんはどうだろうか。気になったのでチラッと横を見てみると、何が何だかわかっていなさそうで困惑した表情を浮かべていた。頭の上に疑問符が浮き出ているのが幻視できそうだ。

 

「俺の今までの人生経験(ゲーム歴)を使って考えるとだな……おそらく、婆さんは蘇生されたのではなく別の存在に生まれ変わったんじゃないかと予想される。そして別の存在に成り代わった人は……仲間を増やす。ゾンビみたいにな」

 

 ホワイトボードに、婆さん蘇生から婆さん転生、とごっちゃになりそうな文字が書き加えられる。いや先輩の言い方的には転生ではなく変成ではなかろうか。

 

 しかし……それを前提条件とすると、現状がとてつもなくまずいことになる。そんな俺の考えを見透かすように、先輩は軽く頷いてから話を続けた。

 

「氷兎の考えてる事は、おそらく当たりだ。別の存在にするということは、その別の存在になったモノが何かしらの目的として使用されるということだ。例えば、頭の中に信号を送れて、思いのままに操れるだとか。自爆装置がついていたりとか」

 

「最悪の場合……村人が全員ソレになって襲いかかってくることもありえます」

 

 俺の言葉に、先輩は今度は首を振って否定した。最悪のケースというのはそれではない、と。ではなんなのか、それを問いただすと先輩は少しだけ眉をひそめながら答えた。

 

「考えられる最悪のケース。それは……俺達が変わり果てた村人と同じになることだ。変化すると、思考回路は普通のままで生活することになる。つまり、今この瞬間この中の誰かが変化していてもおかしくないんだ」

 

「……あっ………」

 

 そう言われて、一気に身体中に寒気が出てきた。自分は今本物だろうか。襲われて偽物になり果ててはいないだろうか。その疑問を払拭するべく、先輩はある提案をしてきた。

 

「二人とも、ここにオリジンのカードを出してくれ」

 

 言われるがままに、俺と七草さん、そして先輩も互いに見えるようにカードを置いた。全員生存状態で、カードの故障も何も起こしていない。それを見ると先輩は安堵したかのように深く息を吐いた。

 

「おそらく……変化するとカードは『死んだ状態』になる。つまり、だ」

 

 先輩が言いにくそうにしているのを察し、俺はゆっくりと口を開いてその先を言った。

 

「……紫暮さんは変化している、ということですよね」

 

「俺の予想が正しいのなら、な」

 

 なんとも言えない顔のまま、先輩は後頭部を掻いて思考にふけった。俺も現状をどうにかできないか考えようとすると、チョンチョンっと服の袖が引っ張られた。見れば、七草さんが俺のことを見つめていた。

 

「えっと、今の話聞いてたらさ……紫暮さんが、その……違う人になっちゃったってことだよね?」

 

「まぁ、予想ではね」

 

「……やっぱり、あの時氷兎君が一緒にいてくれてよかった。じゃなきゃ私、きっと襲われてたのかもしれない。だから……ありがとう、氷兎君」

 

 いつもの純真無垢な笑顔で、お礼を言ってくる七草さんに対し俺はすぐには何も答えられなかった。ただその笑顔を直視するのが少し恥ずかしくて、そっと目を逸らしてから俺は、力になれて良かったと答えた。その返答に嬉しそうに、また七草さんは微笑んだ。

 

「………」

 

 そんな俺らのやりとりを先輩は苦々しく見ていて、思考がまとまらん、と容れてあった水を一気に飲み干した。その後すぐに先輩は、何か思いついたようで話し始めた。

 

「そういえばあの見廻りの時、俺は氷兎と連絡を取れる状態にあったわけだ。その理由は紫暮さんがトイレに行くと言って森の方に消えていったからなんだが……」

 

「……おそらくその時獲物を探しに行ったのでは?」

 

「……急に使命感に駆られるようにポッと別の思考回路が働き、やることを終えると疑問が残らない場所にまで移動して思考を切り替える、ということか」

 

「……厄介すぎる。本人に罪の意識はなく、犯人も特定されない。やった側もやられた側も何も覚えてなければ、証拠が出るわけがない。そりゃ、家の中で事件が起こっても家族揃って何も無かったと答えるわけだ」

 

 難事件すぎるこの任務に、流石にため息も出る。壁に寄り掛かって脱力し、今後どう動いていくかを考え始めた。

 

「……この前提条件を認めるのなら、時間は圧倒的に少ない。考え方としてはねずみ算式か?」

 

「一人が二人に、二人が四人に、四人が八人にっと倍々方式で増えていくってことですか。それは……まずいですね……」

 

 悲鳴が上がらないだけで、おそらくとてつもないスピードで村人達は襲われて変化していっている。村人全員が変化してしまうまで、時間はそうかからないだろう。それまでに変化した人を戻す、もしくは増えないようにする手段を見つけなくてはならない。

 

 ……けれど、この考え方をするにあたって、考慮しなければならないもっとも重要な問題が発生する。おそらく先輩も同じ考えだろう。

 

「もっとも問題視しなければならないのは変化していくことに関してじゃない」

 

 先輩はそう告げると、ホワイトボードにでかでかと文字を書いていった。全て書き終えると、先輩は少しだけ荒くペンを置いて、ホワイトボードを見せつけるようにしながら口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───変化してしまった人は『人間』なのか、だ」

 

 

 

 

 

 

To be continued……




この調子だと完結は200話近くになるんじゃないか……

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