貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

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第45話 新たな仲間、拒絶不可

 暇な時間というのは案外多いものだ。午前の早い時間帯に自主練を終わらせ、昼近くになったら部屋でのんびりダラダラと過ごしている。こんなのが最近の日々だ。

 

 珈琲の香りが部屋を包んでいる。いい香りだ。この匂いを嗅いでいるだけで、ホッとできる。幸せな空間だった。

 

「……暇だな」

 

「……暇ですねぇ」

 

 特に何をしようというわけでもなく、互いに手待ち無沙汰な俺と先輩は珈琲片手に各々の趣味で時間を過ごしていた。先輩はいつものようにゲームを。俺は小説を読みながら適当に家事をしている。

 

「……そういえば、ちょいと前に木原さんに申請を出してきた」

 

「この前話してた、人員補強の話ですか」

 

 山奥村沼男事件での最大の敗因は、信頼出来る仲間が少なすぎたことだ。せめてあと一人、信頼出来て動ける仲間が欲しかった。だから互いに話し合った結果、パーティーメンバーを増やそうということになったのだ。この際男だろうが女だろうが関係ない。ともかく、人手が欲しいのだ。

 

「せめて加藤さんが仲間に入ってくれればなぁ……」

 

「そりゃ無理な話ですよ。あの人はオリジン兵ですからね。俺達みたいな一般兵より厄介な仕事を一人でこなしてるんですから」

 

「凄いもんだよなぁ。俺一人とか絶対無理だわ」

 

「遠距離職が一人で戦えるわけないでしょう。殴られて終わりですよ」

 

「ゲームバランス的に考えると、近接格闘の七草ちゃん。中距離で槍と銃を使う氷兎。遠距離特化の俺と、近中遠が揃っちまってるわけだ。個人的には魔法使い系とか、回復補助のヒーラーが欲しいところだな」

 

「この世の中にそんな便利な起源持ってる人がいればいいんですがねぇ……」

 

 確かに、回復系統の起源覚醒者は組織の中にいる。しかし彼らは基本的に組織の中でしか活動しない。どういった能力なのかは知らんが、表立ってその力を使えるのかといえば否であろう。そんなことしたら医者の立場がなくなる。

 

 ……しかし多くの人を救えるのも事実。医者の立場をなくして多くの人を救うのか否か。まぁ、今のところ俺達は表舞台には立てないのだから、どう足掻いても彼らが人を癒すということは俺達以外にないのだろう。

 

「……部屋にこもっててもあれですし、適当に散歩でもしません?」

 

「えー、俺はこうしてゲームをやっていたい。誰にも邪魔されず自由で、なんというか……救われてなきゃダメなんだ」

 

「だらけ過ぎです。動かないのなら、俺が作ったこれを喰らわせますよ」

 

 そう言って俺が鍵がかけられていた引き出しから取り出した霧吹きを先輩の目の前に置いた。中には真っ赤な液体が入っていて、近くに置いただけでも何か鼻と目に来る臭いがする。先輩も流石にゲームを置いて目を見開いた。

 

「な、なんだそれは……」

 

「液体では飲ませなければ効果がなかったので、ならいっその事霧吹きでぶっかけようと、デスソースセカンドエディションを更に濃縮したデスソースサードインパクト。通称、『ゲキカラスプレー』です」

 

「怒られちゃう!! しかもそれ人にぶっかけていいものじゃないって!!」

 

「濃縮されたゲキカラ成分が皮膚に触れると、とてつもない刺激に身体が興奮状態に陥り、素早い動きと共に攻撃力が上昇して地面をのたうち回ります」

 

「それ痛がってるだけだからぁ!! お願いだからソレこっちに向けないで!!」

 

「いっそのこと『ゲキニガスプレー』も作ろうとしたんですけど……生憎苦そうな物が思い浮かばず、作っても先輩は苦いの得意なので効かないと判断し、製作を取り止めました」

 

「お前のその創作意欲は一体どこから湧いて出てくるんだ……」

 

「先輩への……愛?」

 

「愛という名の加虐心ですねわかります」

 

 やれやれ、と首をすくめた先輩。俺も仕方がない人だ、と言いながらゲキカラスプレーを引き出しの中にしまいこんだ。顔を上げると、先輩のジトッとした目と合った。お前は一体何を言ってるんだ、とでも言いたげな目だった。

 

 その目を軽く流し、動く気のない先輩の対面の椅子に座って、読みかけの小説を手に取った。最近恋愛ものにハマっている。菜沙も結構小説を読むのが好きだ。試しに何か良い感じの小説はないかと尋ねたら、『僕は愛を作れない』というタイトルの本を薦められた。

 

 内容は、冴えない男の子と幼馴染の女の子との青春ラブストーリーといったところか。主人公が、いつしか恋心を抱いていた幼馴染に、自分の感情を伝えようとする。だが、主人公は悩んだ。『愛』とはなんだ。『好き』という感情とはなんだ。それらはどうやって形作られ、どうやって渡せばいいのか。

 

 ……結局。主人公はその想いを伝えられぬまま、幼馴染は他の男の人と結婚してしまい、主人公はそれを遠巻きに見ているという終わり方だった。

 

「……菜沙ちゃんからのオススメ本は、面白かったか?」

 

 顔を上げると、少しだけニヤニヤとしている先輩が俺のことを見ていた。俺は少し悩んでから、その本を読んだ感想を述べた。

 

「面白かったですよ。けど……ラストシーンは胸に刺さりましたね。なんとなく、こう……ズキっときました」

 

「へぇ……それはまぁ、何よりだ」

 

「………?」

 

 先輩の言っている意味がわからず問い返したら、その胸の痛みこそが答えだ、と意味のわからない返事を返された。先輩は菜沙が何故この本を薦めたのか、その理由がわかっているのだろうか。

 

「お前にも直にわかる日が来る……俺は切にそう願っている」

 

 ドヤ顔でうんうんと唸っている先輩。俺は立ち上がって引き出しから例のブツを取り出して、先輩の口に向けて吹き掛けた。

 

「いだぁぁぁぁぃぃぃッ!?」

 

 椅子から転げ落ちて、その場でジタバタともがき苦しむ先輩を見て、少しだけ気分が晴れやかになった。いやどれもこれも先輩がいけないのだ。あんなドヤ顔をされたらスプレーを吹きかけたくなるというもの。俺は悪くない。

 

「………?」

 

 動かなくなった先輩を眺めていると、部屋の中に設置されたスピーカーから音声が流れ出してきた。声の主は木原さんだ。何かあった場合、こうして招集のために館内放送がかかるようになっている。

 

『一般兵鈴華、唯野、及びオリジン兵七草は司令室に来るように』

 

 どうやら今回呼び出されたのは俺達のようだ。面倒だが、仕方がない。しかし任務のスパンがやけに短い。もう少し休暇が欲しかったが、仕事だから仕方なし。目の前で動かない先輩の身体をツンツンと突くと、ビクリと痙攣してから起き上がった。

 

「……痛みのあまり失神するとは……俺も、まだまだだな」

 

「普通の人なら軽く数時間は起きないと思うんですけどね。耐性付きすぎじゃないですか?」

 

「お前はなんで人に危害を加える兵器ばかり作るんだ……」

 

「先輩にだけですよ」

 

「そんな特別いらない」

 

 身だしなみを整えて、部屋から出て司令室へと向かう。通路ではあまり人にはでくわさないが、広場にまで来ると人が多い。しかしほとんどは話したことの無い赤の他人だ。時折自慢話が聞こえてくるが……自慢をして何になるというのか。命の奪い合いを、自慢するのは流石に罰当たりではなかろうか。

 

「あっ、氷兎君! それに、翔平さんも!」

 

 向かい側の通路から手を振りながら走ってきたのは、七草さんだ。身体が揺れる度に彼女の豊満なソレが上下に揺れる。

 

 ……周りの連中が七草さんを見ていたので、急かすようにして俺達は司令室へと急いだ。隣を歩いている七草さんが、顔を少し傾げながら尋ねてくる。

 

「何の召集だろうね? まだ、前の事件からそんなに時間経ってないのに」

 

「流石に任務の間が短いな。この前喧嘩売ったせいで目の敵にでもされたか……」

 

「それは有り得るな。厄介な任務でも押しつけられそうだ。まったく嫌になるぜ……」

 

 精神的に摩耗した三人。そんなことを話しながらようやく司令室へと辿り着いた。中々に距離があるせいで、時間がかかる。

 

 先輩がコンッコンッとノックしてから、順々に部屋へと入っていく。中にいたのは木原さん一人だけ。いつものように両腕を机につけ、手を組むように合わせて俺達を待っていた。全員が揃ったことを確認すると、木原さんは口を開いた。

 

「揃ったか。今回お前達を呼んだのは任務を任せるためではない。先日話があった、人員補強について目処がたったので、そのメンバーを紹介するためだ」

 

「……早いですね。つい先日言ったばかりなのですが」

 

「元から外に出たいという要望があったのだ。藪雨、入っていいぞ」

 

『……藪雨?』

 

 その名前をつい最近聞いたばかりの俺と先輩は互いに顔を合わせてから、司令室の入口である扉を見やった。軽いノックの音が二回聞こえると、扉を開けて一人の女の子が入ってきた。

 

 明るい茶色の髪の毛で、長さはショート。華の髪飾りを頭につけ、化粧は薄め。背丈は低い方だろう。誰かに媚びるような笑い方をしながら、彼女は俺達の前にやってきた。

 

「うわっ……」

 

「げっ、あの時のパリピ!?」

 

「うわっとかげっとか、女の子に対して酷くないですか!? あと、パリピなんかじゃないですよぉ!!」

 

 心の声が漏れてしまった。誰かにつけ入るために磨かれた話し方。媚びるような仕草や目線。何もかもが癪に障る。七草さんと比べたら、まるでその顔は泥でも塗りたくったように汚い。七草さんを見習ったらどうだ。彼女の純真無垢な笑顔は世界すら救えるはずだ。

 

「……え、まさかお前が新しい仲間候補!? ってか、お前オリジンだったの!?」

 

「だから、この前よろしくお願いしますって言ったじゃないですかぁ!!」

 

「あぁ、あの時のせんぱいってそういう……えぇ……」

 

 流石に頭を抑えた。頭痛が痛い。どうやら脳の処理能力すら低下してきたようだ。確かに目の前の女の子は味方にバステをかける能力を持っているらしい。迷惑すぎる。

 

「えっと……氷兎君の、知り合い?」

 

「いや赤の他人だ。今知り合った。七草さんはこんな女の子と仲良くしちゃダメだよ。穢れちゃうから」

 

「さっきからせんぱい達揃ってなんで私の事貶すんですかぁ!! 酷いですよぉ、こんなに可愛らしい後輩がせんぱい達の仲間になってあげようとしているのに!!」

 

「氷兎、こいつはダメだ。早いとこ収容所に帰そう」

 

「新手のSCPですかね。財団に掛け合ってみましょう」

 

「……積もる話は後にしてもらっていいか」

 

 咳払いをして場の空気を元に戻そうとする木原さん。仕方なく俺達は木原さんに向き直った。藪雨さんは、七草さんの隣ではなく何故か先輩と俺の間に入ってきた。

 

 ……ダメだ。俺と先輩の苦手なウェーイ系女子に媚を売るスタイルまで掛け合わせた最悪の相手だ。しかも頭の悪そうとまできた。多分メールとかで、ゎたしとか、ズッ友だょとか使う輩だ。きっとこんにちは、と書く時もこんにちわと書くに違いない。

 

「……知り合いだったのなら何より。彼女の名前は藪雨 藍。君達の新たな仲間候補だ」

 

「えへへ、よろしくお願いしますねせんぱいっ」

 

「ウザい」

 

「媚を売るな後輩」

 

「酷いっ!?」

 

「……話はあとにしろ」

 

 木原さんの冷たい言葉が部屋の温度を少しだけ下げた気がする。これ以上この女に構っていたら、おそらくストレスと疲労で倒れるかもしれない。スルーしよう。そう決めた俺は、沈黙して木原さんの言葉の続きを待った。

 

「最近オリジンに入ったのだが、どうにも中で待っているのが退屈で仕方ないらしい。丁度いいから次の任務を一緒にこなし、親睦を深め給え」

 

「……そんな理由で一緒にこられても困るんですが」

 

「そうだな。俺達はバケモノを退治しに行くんだ。言っちゃ悪いが……変な理由で着いてきて足でまといになるってのはゴメンだ。守ってやれるほど俺達も強くないんでな」

 

「えぇー、大丈夫ですよ。私これでもちょっとは戦えるんですから!」

 

 そう言って握りこぶしを見せてくる後輩。もうずっとこの前みたいに泣いたままでいてほしい。あの時の方が今よりもずっとマシだ。俺と先輩の心の内も知らず、彼女は笑顔を振りまいている。

 

「とりあえず、今はまだ任務がない。暫くは一緒に過ごす等で連携をとれるようにしておけ。話は以上だ」

 

 軽く頭を下げて、俺達は司令室から外に出た。すると、藪雨さんは俺達の前に出てきて、作られた媚びる笑顔のまま頭を下げてきた。

 

「じゃあ改めて、これからよろしくお願いしますね、せんぱい」

 

「え、やだ」

 

「頭痛が痛くなってきた……」

 

「え、えぇっと……よろしくね?」

 

 ……こうして新たな仲間が加わってしまった。勘弁して欲しい。いっそのことゲキカラスプレーでも吹きかけて動けなくしてやろうかと思ったが、一応女性なのでやめておいた。これで男だったら容赦なくぶちまけていたことだろう。

 

 

To be continued……




 藪雨 藍

 そこら辺にいる唯の女子高生だった女の子。順調に行けば高校二年生を満喫できるはずだったが、夜通し遊んでいた彼女は神話生物に襲われて、夜間巡回中の顔を隠していた加藤 玲彩に助けられる。
 その後オリジンに入ることを決意。親の言うことなんて突っぱねて過ごしていたが、つまらない組織内生活は彼女には合わなかった。明るい茶色の髪の毛と華の髪飾りがチャームポイント。周りの人を使って楽しようと、自分の可愛さを使って男達をたらしこみ、自分の手と足として使っていた。
 どうやら、彼女の性格にも秘密はあるようだが……。


しかし、次の章は難産になりそうだ……
中々話が良い感じに纏まらない

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