貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

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第55話 満月に叫ぶ

 外にいるらしい蛇人間達。それらを物陰から監視している先輩と七草さんが言うには、森のはずれのほうに移動していっているとのこと。おそらくそこが儀式をするための場所なのだろう。

 

「元々我々蛇人間は、地下で暮らしていたのです。しかし、多くの蛇人間は人間を由としなかった。我々蛇人間こそが人間よりも上位の種族であると思っていた。だからこそ我々は地上に出てきたのです」

 

 地下で暮らしていたという蛇人間。目の前の狩浦さんだった生物は、敵対の意思を見せないまま俺を見つめていた。時折スっと視線を逸らし、月見さんのことを見て目を細めていた。

 

「……人に化けていたのは、その方が人間を生贄として持ち去ることが容易だからです。相手の家族や、婚約相手になり変わればある程度その家庭状況を操作することが出来る」

 

「だから、新月と満月が終わった後に引越ししてしまった家族が存在するわけだ。いなくなっても誰も不審がらないように」

 

「そんな……まさか、紗奈に取り入ったのも生贄に捧げるためだと言うのか!?」

 

「違うッ!! 私は……私は彼女を愛していた!!」

 

 人の声ではないガラガラとした怒声が響いた。狩浦さんは真剣な眼差しを林田さんに向けながら、自分の想いを吐露し始めた。

 

「一目見て、彼女を好きになってしまった。だが、私は蛇だ。他種族の恋なんてものが実るわけがない! けど私は、この想いを捨てきれなかった、我慢出来なかったのだ!! だから私は人間に化け、彼女の近くで……でも、本当は彼女が話しかけてくれるだけでも良かった。それだけで幸せだった。しかし彼女は私に恋人の振りをしてくれと頼んだのだ。あぁ、仮とはいえ、その言葉を投げかけられた時、どれほど嬉しかったか!!」

 

「……恋人の、振り?」

 

「君が、彼女の想いに気が付かないから、彼女の苦心の策として私が彼氏の振りをしたんだ。彼女が傷ついたのは、私だけのせいじゃない……君も、同じだ」

 

「……紗奈が、僕のことを? そんな……なら、でも……なんで紗奈はそんな回りくどいことを……」

 

 ……なんだか嫌な感じだ。このままだと泥沼になりそうだ。事態は一刻を争う。なんとかしてこの場を穏便に収め、事の収拾をしなければならない。俺は二人の間に割って入るように言った。

 

「恋は盲目、ということですよ。恋をすると、理性という心のブレーキが緩んでいきます。そうすると、善悪の判断であったり、今後の未来予想だったり。そういった事が考えにくくなります。だから……誰が悪いでもなく、皆悪かった。ただそれだけですよ」

 

「……そうか。そういう、ことだったのか……僕は、なんてことを……」

 

「悔やむのは後ですよ。貴方にはまだ未来があるんですから」

 

 そう言って、強引に会話を終わらせた。別に、言っていることは本当に本心から出てきたものだ。適当にそれっぽい言葉を並べていた訳では無い。そうするのが一番早かっただけの話だ。

 

「……こんな、蛇である私の話を信じてくれるのかい?」

 

 狩浦さんの驚きに満ちた目と合った。その瞳は澄んでいて、直感的に……あぁ、この人は嘘をついていない、と思えた。本当に、なんとなく感覚的なものだが。でも……あそこまで本心を吐露した人を、俺は疑うことは出来ない。

 

「蛇だから。人間じゃないから。それで互いに殺し合うのは、バカバカしいことです。そんなことをしたら、お互い同じ唯のケダモノへと成り下がりますよ。偏見や先入観に惑わされず、自分の意思で判断しなければ。それを辞めてしまったら……蛇も人も、差異がなくなってしまう。俺は、そんな何もかもを切って捨てるようなケダモノにはなりたくない」

 

 思い出すのは、山奥村での出来事。あぁやって助けられるかもしれない人を、バケモノと決めつけて殺すなんてことを俺は許容できない。何かもっと良い解決方法があるのではないか。そうやって考え続けなければならないのだ。

 

 考えるのをやめたら、人はそこで終わる。それだけは確かなことだ。

 

「……そうか。信じてくれてありがとう」

 

「ひとつ聞かせてもらいたいです。なんで、彼女を連れて逃げなかったんですか?」

 

「……逃げても無駄だからだよ。どうせ捕まってしまう。なら、彼女が生贄として選ばれるまでこうして暮らして……その時になったら、別れるべきだと考えていた。それなら、彼女だけでも逃がせるかもしれないと思っていたんだ」

 

 ……それで、別れられた方の月見さんは、どれだけ辛い思いをするのだろうか。しかし、それ以外の手が思いつかないんだろう。きっとそう。俺も逆の立場になれば、同じようなことをするか……もっと早い段階で、別れていただろう。心の傷が深くならない段階で。

 

 でも……きっと、できないんだろうな。だって、それが恋というものなんだろう。自分から大切なものを手放すなんて、誰だってしたくないだろうさ。

 

 そんなことを考えていると、インカムから声が聞こえてきた。今度は七草さんからだ。少し離れた所にいるのか、少しだけ途切れ途切れだがなんとか聞き取れた。しかし、その伝えられた内容に驚愕することとなる。

 

『氷兎君、大変!! 蛇みたいなのがこっちに向かって来てる!!』

 

「なッ…… 先輩はどうした!?」

 

『翔平さんも監視しながら逃げてきてる!! これ、森だけからじゃないよ、住宅地の方からも来てる!! しかも、今氷兎君達がいるところに向かって!!』

 

「何があったんですか?」

 

 狩浦さんに状況を伝えた。蛇人間達がこちらに向かって来ていると言うと、彼は額を抑えるようにして悔しそうに顔を歪めた。

 

「監視されていたのは私もだったかッ……」

 

「なぜ同胞を監視する必要があるんですか?」

 

「先の理由で、私はあまり蛇人間達の中であまりよく思われていなかったのだ。おそらくそのせいで……」

 

「………」

 

 どうする。どうするべきだ。頭の中で色々と策をめぐらしていく。狩浦さんが言うには、儀式をするための近くの民家、すなわちここら辺一体を含めて皆深い眠りにつかせる魔術を使われているらしい。そのせいで林田さんがあれだけ大きな声を張り上げても、誰も反応しなかったのだと。

 

 つまり、ここら辺なら戦うことが出来るということだ。誰かに見られるという可能性も少ない。しかし相手の数がわからない。どれだけの数がいるのかわからないのに、下手に薮を突くのも良くないだろう。しかし二人だけを隠すか逃がすかをしてしまえば、それを察した連中は彼らを探しに行くだろう。それは二人に危険が及ぶ可能性が高い。

 

『氷兎君、どうしたらいいの!?』

 

『氷兎、逃げ道なんてねぇぞ。どうする?』

 

「せ、せんぱい……私、どうすればいいんですか……?」

 

 インカムから、そしてすぐ側から。皆の声が聞こえてくる。早くどうにかしないと。この状況を打開しないと。そうやって焦りながら考えていても、まったく策は閃かない。むしろ、迫り来るタイムリミットに心臓が暴れだし、呼吸がどんどん浅くなってくる始末だった。

 

 息が苦しい。落ち着かなくては。けどどうやって。何か策は。何か案は。何か、何か……

 

『落ち着いて』

 

 ……インカムからの声に、一瞬呼吸と共に身体の機能も停止したような気がした。子供を宥めるような、優しい声が耳に届いてくる。

 

『大丈夫。氷兎君なら、大丈夫だよ』

 

 優しく励ましてくるその声に、グチャグチャとしていた頭の中がまるで晴天のようにサッパリとした気がした。不思議と呼吸も落ち着いてきて、槍を握る手からも余分な力が抜けていた。

 

 いつの間にか歪んでいた顔を元に戻すように触ってから、俺は全員に聞こえるように言った。

 

「……全員、戦闘準備を。敵の状況を見て、せめて二人だけでも逃がします」

 

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 

 静かな夜だった。上を見上げると、満月が煌々と輝いている。なんだか落ちてきそうなくらい大きく見えた。それが不安や緊張からくるものであると判断した俺は、深呼吸をしてから周りを見回した。

 

 家の近くにあった大きな広場。ここでなら戦闘するのも苦ではなく、周りに遮蔽物もない。どこかからいきなり奇襲される、なんてのもない。

 

 気絶してしまった月見さんを抱える林田さん。その二人を囲うようにして俺達は陣形を組んでいた。各々が自分の武器を持ち、ただただ過ぎ行く時を待った。藪雨は小太刀を。狩浦さんは曲刀と呼ばれる先端がカーブした剣を持っていた。

 

 ビュウッと勢いよく風が吹き抜けていく。それに何かを感じ取ったのか、狩浦さんが誰に言うわけでもなく声を上げた。

 

「来たよ」

 

 その言葉を合図としてか、ぞろぞろと蛇人間が集まってきた。物陰や木の裏から出て来て、俺達を更に大きな円で囲むように移動してきていた。見ているだけで気持ち悪くなりそうだ。緑色の皮膚を持つ人型のようなものに囲まれているのだから。そして周囲がざわめきたつ。それはきっと、蛇人間である狩浦さんがこちらにいるからだろう。

 

「……殺気を抑えてもらえないか。こちらは争いたくはないのだ。穏便に事を済ませたい。そちらの意向はどうか?」

 

 俺の言葉に、おそらく蛇人間のリーダーであろう者が輪から外れて一人前に出た。握り締めた槍を更に強く握り、その蛇人間を睨みつける。体格は他の者よりも一回りでかいだろう。奴らは皆、狩浦さんと同じような武器を持っていた。

 

「下等種族が我々に口を利くでない。それよりも……なぜ貴様がそちらにいる?」

 

 下等種族という言い方にカチンときたが、今は言い返してもどうにもならない。なんとか堪えて、狩浦さんの言葉を待った。彼は特に何も気負うことは無い、といったふうに答えた。

 

「全て私の判断でここにいる。彼らは悪い人ではない。どうか見逃してはもらえないか」

 

「巫山戯たことを抜かすでない! 人間如きの側に、我々と同じ蛇がいるのが気に喰わんのだ!! そうだろう、皆の者!!」

 

 そうだ、そうだっと雄叫びのような声が上がる。奴らは皆片手を上にあげ、自分の得物を月光で鈍く光らせた。こうとなってはもう、平和的解決はできないだろう。

 

 もっとも……人を殺していた段階で、許すも何もなかったようなものだが。

 

「問おう。何故人を生贄に捧げるのだ。生きた生物であるのならば、他の動物でも良いではないか」

 

 俺のその問にリーダーは答えた。その顔は暗い夜でもわかるくらいに歪み、笑っているのだとわかった。

 

「貴様らは数が多すぎる。その上環境に悪影響を与えるではないか!! 他の動物は貴様らの血となり肉となっておるぞ。なのに、貴様らは何の血肉にもならぬではないか!! 貴様は言ったな、他の動物でも良いと。所詮は自分至上主義の下等種族よ。ならば、それを殺して何が悪いと言うのか!!」

 

 再び、そうだそうだっと歓声が上がる。最早何も言い返せまい。しかし、俺達が彼らと戦うのは何も人間が殺されたからという理由だけではない。

 

 俺達が今、殺らなきゃ殺られる立場にあるから、戦うのだ。

 

「今宵の生贄は多いぞ!! 全て捕らえ、偉大なる父イグ様に捧げるのだ!!」

 

 一際大きな声が上がる。俺は、隣にいる狩浦さんに月の影響で高揚して震えそうな声を察せられないように抑えて話しかけた。

 

「……本当に敵対していいんですか?」

 

「私が決めたことだ。愛するものを守る為なら……私は、彼らを裏切ろう」

 

「……そうですか」

 

 一瞬の沈黙。辺りの音が一切なくなり、次の瞬間には蛇人間のリーダーが天高く上げた腕を俺達に向けて振り下ろし、その人ではない声を張り上げて命令を下した。そして、それに抵抗するように俺も声を張り上げる。

 

「裏切り者に死を!! 人間に死を!! 偉大なる父イグ様のため、殲滅せよッ!!」

 

「作戦、開始ッ!!」

 

 連中が俺達を皆殺しにせんと、一斉に走り出してくる。しかしこれこそが好機だ。距離はまだ十分にある。蛇人間が全員集まったであろうタイミングでしか、二人は逃せない。この瞬間を逃せはしない。俺の声を合図に一斉に林田さんの家の方面に向かって走り出した。

 

 先輩がハンドガン二丁で牽制しつつ、七草さんが単独で先に突っ込んでいき、その蹴りひとつで相手の一部を一気に吹き飛ばした。俺もポーチから手榴弾を取り出すと、ある分を全て退路先である方へぶん投げた。

 

「退避っ、退避しろぉぉぉッ!!」

 

 誰かが叫ぶも、遅い。爆発に巻き込まれて円のように囲まれていた陣形が崩れる。その間を一気に駆け抜けて、俺達は奴らの包囲網から抜け出した。そして俺と先輩で銃で牽制しながらその場から逃げ出していく。

 

「逃がすな、追えぇぇッ!!」

 

 怒気を孕んだ声が聞こえてくる。その声に、ざまぁっと嘲るように笑ってやった。俺達は七草さんを先頭にして、なるべく距離を離していく。

 

「あっ……せんぱい、あんなところに人が……!?」

 

 藪雨が逃げるルートの方で座り込んで動けなくなっている男性を発見した。彼女は何の疑いもなくその人物に駆け寄っていく。まずい、と思っても『忍者』の起源を持った藪雨の足の速さには間に合わなかった。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「た、助けてくれ!! へ、蛇みたいな奴が襲ってきたんだよ!!」

 

「そんな……大丈夫です、私達がなんとか……」

 

 走って駆け寄っている俺達の方を振り返る藪雨に、俺は声を荒らげて怒鳴った。

 

「馬鹿野郎ッ!! そいつから早く離れろッ!!」

 

「えっ……」

 

 倒れていたはずの男が急に立ち上がって、藪雨に向かって隠していたのであろうナイフを振り下ろさんとしていた。

 

「いやぁっ!?」

 

 頭を護るようにしてしゃがみ込んだ藪雨。しかし藪雨にナイフは当たることなく、男性がその場に倒れ伏した。先輩の放った一発の弾丸が眉間を貫いていたのだ。

 

 いつ見ても惚れ惚れする射撃だ。しかし今は先輩を褒めている時間すら惜しい。藪雨に近寄って無理やり立たせながら、俺は言った。

 

「何警戒なく近づいてんだ!! 全員眠ってるってのにこんな所で生存者がいるわけねぇだろ!!」

 

「ひぅっ……ご、ごめんなさい……」

 

「いいから、とりあえずもう少し安全な所まで……」

 

 藪雨を引っ張って動かそうとしても、彼女は動けなかった。どうやら腰が抜けてしまったらしく、涙目の状態でまた座り込んでしまった。

 

 ……これ以上逃げ続けるのは厳しいか。仕方がない。もう少し逃げながら数を減らしたかったが、もう無理だろう。作戦自体は大分成功しているのだ。引き撃ちしながら敵を一方向に纏め、背後からの奇襲をなくして正面から殺り合う。それが今回の作戦だったのだ。

 

「七草さん、藪雨を連れて逃げて。俺と先輩と狩浦さんで、なんとか凌ぎきるから」

 

「で、でも……大丈夫なの?」

 

「大丈夫だ。きっとな」

 

 不安がる彼女を安心させるように少し微笑んで言った。本来は七草さんだけが林田さん達を護衛するはずだったが、仕方ないだろう。残る三人で走ってきた道を振り返り、逃げる段階で荒くなった呼吸を整えた。俺のことをチラッと見た先輩が、不安そうな声で話しかけてくる。

 

「……頼むから死ぬなよ。お前の横で戦えないのが、本当に悔しくて仕方が無い……」

 

「平気ですよ。仕方がないじゃないですか。それに……今回は、狩浦さんがいますしね」

 

「……私の招いたことだ。自分の始末は自分でするよ」

 

 決意を新たにする狩浦さん。もうすぐ蛇人間達が俺達に追いつく距離になってきていた。俺は少しだけ先輩の前に立って、顔だけを振り返るようにしてから口を開く。

 

「……背中は任せましたよ」

 

「ッ……お前にそれ言われちまったら、もう何も言えねぇじゃねぇかよ……」

 

 後ろからクツクツと笑い声が聞こえてくる。先輩も、十分やる気に満ち溢れているようだ。頼もしい相棒が後ろにいてくれることが嬉しく、自然と口角が上がっていく。

 

「……あぁ、任されたぜ相棒ッ!!」

 

 力強く返ってきた返事に、俺はニヤリと口元を歪めた。あぁ、気分がいい。満月がまるで俺の事を祝福してくれているようだ。

 

 もう高鳴る心を落ち着ける必要は無い。この高揚心に身を任せ、俺は向かってくる蛇人間共に向かって叫んだ。

 

「満月は、テメェらだけの特別じゃねぇんだよォッ!!!」

 

 槍をしっかりと握り直してから、俺は狩浦さんと共に駆け出した。一匹たりとも逃しはしない。人に害をなすというのならば、全員殺すだけだ。

 

 

 

To be continued……




 大学生になりたてで疲れているせいか、どうにも文章が良くないですね……すいません……。

 新環境で過ごす疲れからか、不幸にも黒塗りの高級車に追突してしまう。作者を庇い全ての責任を負ったあなたに対し、車の主、暴力団員谷岡が言い渡した示談の条件とは……。

「感想を書くんだよ。一回だよ一回、あくしろよ(懇願)」



 悪ふざけがすぎましたね。
 しかしまぁ、こういったことをするのなら前みたいなクトゥルフっぽい演出の方がいいのかな。
 無論しないのが一番いいと分かってるんですがね……。

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