貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

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第61話 ふたつの道

 時刻は昼過ぎ。任務のない状態で自堕落な俺達は部屋にこもって各々ゲームや家事に勤しんでいた。昨日メンバーに一時的に加わった西条さんの事に関してだが、本当にどうにかしなければならない。このまま劣悪な状態で任務に行けば、怪我人が出る。最悪死ぬ。先輩も薄々そう思っているのか、軽く頭を悩ませながらソファに寝っ転がってゲームをしていた。先程から何度かため息が聞こえてくる。

 

「はぁ……どうすっかなぁ……」

 

「西条さん、取っつきやすかったら良かったんですけどね」

 

「この謎解きマジわかんねぇ」

 

「必死こいて悩んでると思ったら謎解きかよ」

 

 呆れた。ポケットの中からこの前ゲキカラスプレーを更に濃縮したら何故か液体から気体へと変化を遂げたモノを取り出そうとしてやめる。小さな丸いボールみたいなもので、当たると破裂して辛み成分を撒き散らす爆弾だ。通称『デスソース零式』である。最早ソースじゃない。

 

 欠点としては、この部屋で使うと俺にまで被害が出ることか。使用は控えることとする。振り向いて俺を見た先輩の顔が青ざめている気がする。

 

「なんだか寒気が……」

 

「気のせいでしょう。寒いならここに一嗅ぎするだけで身体の芯から発火したかのような暖かさを得られるものがありますが」

 

「原因それだよなぁ!? 俺の寒気の原因の十割十分それだよなぁ!?」

 

「九割九分九厘、気のせいです」

 

「んなわけあるか!!」

 

 先輩が怒って仕方がないので、いつでも使えるように机の中に閉まっておく。今度藪雨が来た時にでも……いや、やめておこう。流石に女子にこれをやったら死ぬ。むしろ先輩以外が喰らったら多分死ぬ。先輩は弛まぬ努力により、対辛味Aを取得している。そのうちEXまで成長することだろう。

 

 そんなバカみたいなことをやっている俺達の部屋の扉が、コンコンッとノックされた。誰が来たのかわからないが、とりあえず中に入っていいと答えた。

 

「……邪魔をするぞ」

 

 背筋に一瞬寒気が走った。中に入ってきたのはまさかのヤクザ……ではなく、西条さんだった。意外な人物の登場に流石に俺も先輩も目を見開いて驚愕した。とりあえず、何をしに来たのか聞いてみる。

 

「……どうも。何か御用で?」

 

「フン、下々の連中の生活がどのようなものか見に来ただけだ」

 

「なんつー上から目線。昨日も言ったけどよぉ、態度デカすぎんよ」

 

「実際俺は貴様らよりも上だからな。しかし……」

 

 西条さんはぐるりと部屋の中を見回して、どこか悔しそうに顔を歪めた。その歪んだ顔がどうにもモノホンのヤクザにしか見えなくて恐ろしい。眼鏡の奥で眼球が人を殺せるくらい鋭い輝きを放っている気がする。

 

「……思ったよりも片付いているのだな。だが、二人部屋だ。その点俺の部屋は一人部屋……。フッ、やはり貴様らと俺の差は歴然というものか」

 

「多分同居人がお前と一緒に生活するのを嫌がっただけだと思うんだが」

 

「煩わしいぞ天パ。確かに俺の部屋は二人部屋並に広いが、俺が一人で生活するには狭いくらいだ」

 

「やっぱ元は二人部屋なんだよなそれ。同居人に嫌われてやんのープークスクス」

 

 うぜぇ。おそらく西条さんと心の中の声が一致した瞬間だった。片手で指をさし、もう片手は口元を隠すように置かれていて、人を貶す笑い方をする先輩の味方には流石になれない。先輩、最低です。

 

「……まぁあのバカは放っておいて、そこの椅子にでも座ってください。今飲み物いれるんで」

 

「すぐに帰る予定だったが……まぁ貰えるものは貰っておくとしよう」

 

「待って。サラッと流そうとしたけどなんで氷兎そっち側にいるの。しかもバカって言った!」

 

「猿でもバカの単語はわかるようだな」

 

「誰が猿だこのインテリヤクザ!!」

 

 椅子に座ったまま先輩が西条さんに向かって威嚇している。その光景はまるで餌を取られた猿のよう……。やっぱり猿じゃないか。

 

 なんてことを考えながら西条さんの分の珈琲を作っていく。豆が炊かれて、独特のいい香りが部屋に漂っていくのがわかる。癒される匂いだ……。

 

「……紅茶はないのか? まさかこんな()()()()()のようなものを飲ませるわけではあるまい」

 

 ピキンッとマグカップの取っ手が折れてしまった。おかしいな。この前買ったばっかりなんだが、もう老朽化しているのか。また新しいのを買ってこなければ……。それよりも、今なにか西条さんは言っただろうか。豆を炊くのに夢中で聞こえなかった。

 

「……失礼。今何か言いましたか?」

 

「紅茶はないのかと言ったんだが」

 

「その後です」

 

「下品な泥水のような───」

 

「くたばれクソッタレがッ!!」

 

 素早い動きで机の中にしまいこんだデスソース零式をぶん投げる。一瞬の迷いもない完璧な動きだったはずだ。なのにその動きに合わせて西条さんは俺の飲み終わったマグカップを使ってデスソース零式をキャッチ。そしてそれを先輩に向かってリリース。

 

「ちょ、まっなんでだァァイタァァァァァッ!?」

 

 直撃した先輩を中心として辛味成分の気体が蔓延する。閉鎖しきった空間に男が三人……何も起きないはずがなく……。

 

「思ったよりも範囲が……ごふっ」

 

「毒ガスだとッ!? うぐ、おぉぉぉ……」

 

 バタンッ、バタンッと俺と西条さんは倒れてしまった。西条さんは完璧に気絶しており、俺ももう痛みとは何なのかわからないくらいに神経の麻痺やら何やらが起きていて、だんだん瞼が重くなってきているような気がする……。

 

「クッソォ……これ前に喰らった奴より痛てぇよぉ……って、二人ともぶっ倒れてるし……」

 

 ……なんで先輩だけこんなにピンピンしているんだろう。それが気絶する前の最後の記憶だった。

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 

「まったく酷い目にあった……」

 

「まだ目が痛い……」

 

 意識を取り戻して、俺と西条さんは椅子に座って項垂れていた。お互い目が真っ赤でどう見ても体調はよろしくないように見えることだろう。元気な先輩はとりあえず俺達を救出した後、空気の入れ替えを頑張っていたらしい。地下施設だから窓開けても空気入れ変えられないのは辛いな……。

 

 換気設備についてどうにかしようと考えていると、西条さんの鋭い睨みが俺の顔を突き刺した。憎ましげな顔で彼は伝えてくる。

 

「貴様のことは俺のブラックリストに載せておこう」

 

「勝手にしてください。けど次また珈琲のこと下品な泥水とかぬかしやがったら次は拳が飛んでいくぞオイ」

 

「西条、頼むから煽るな。氷兎の語尾が荒くなるのって本当にガチギレしてる時だから……」

 

 先輩が俺の後ろ側に立って、氷の入った袋を額に当ててくる。頭を冷やせとでも言っているのだろうか。いや、俺は冷静だ。冷静に目の前の眼鏡が珈琲を貶したことに怒りを感じているだけだ。

 

 俺が睨みつけていても澄まし顔の西条さんは、俺の惨状を鼻で笑ってから立ち上がると、見下すような目つきで言ってきた。

 

「また無駄な時間を過ごしたな……。俺はこれで帰らせてもらうぞ。それと……紅茶くらいは淹れられるようにしておくんだな」

 

「だから煽るなって! 氷兎も猫みたいに威嚇しないの!」

 

 先輩に腕でがっしりと後ろから掴まれてしまっていて身動きが取れない。そうこうしているうちに西条さんは扉を開けて部屋から出て行ってしまった。まだ間に合う。まだ間に合うからその腕を離して欲しい。今ならまだあの背中に向かって走りよってドロップキックかませるから。

 

「クッソ……なんだよたかが紅茶の一体全体何がいいって言うんだ……」

 

「いや俺も紅茶苦手だからさ。頼むから落ち着こうな氷兎」

 

「あんなの茶葉を発酵させただけじゃねぇか。納豆と変わんねんだよあの眼鏡野郎」

 

「うるせぇ掘るぞ」

 

「サーセン」

 

 先輩の一言でいやに落ち着いた気がする。だってなんだか先輩の顔が近い。しかもさっきよりがっちり掴まれてるせいか、身の危険を感じる。ケツの安否がまずい。とりあえずもがいて先輩の腕から逃れておく。

 

「はぁ……なんだよまったく……」

 

「ここまで荒ぶった氷兎を久しぶりに見た気がする」

 

「前にガチギレしたのって天在村でしたっけ。あぁ、山奥村でもキレた記憶がありますね」

 

 とりあえず精神的に落ち着くために珈琲を作り始める。豆を焙煎すると香ってくる独特な匂いが心を安定させていく。この珈琲の香りのどこが泥水だというのだ。

 

 そもそも紅茶だって茶葉を発酵させたりしているだけなのに。その後のお湯の入れ方や、使う茶葉によってまた味も香りも違うだけだというのに……。

 

 ……あれ? ちょっと待てよ。

 

「……もしかして、珈琲と紅茶ってさほど変わらないのでは……?」

 

「落ち着け」

 

「まさか俺は何かとんでもない間違いを犯していたのか……?」

 

「落ち着けって。なんで今になって錯乱してるの」

 

「珈琲道と同じように、紅茶にも紅茶道というものが存在し、最終的にこのふたつは繋がっているのでは……?」

 

「ダメだこいつ、早く何とかしないと……」

 

 先輩が後ろで何かブツブツ言っているが、そんなことはどうでもいい。俺は勿体ないことをしていたのかもしれない。そう、一見違うように見えてきっとこのふたつは繋がっているのだ。互いの技術、そのブレンド。このふたつには何かすごい一体感を感じる。今までにない熱い一体感を……。風……なんだろう、吹いてきてる確実に、着実に、俺の方に……。

 

 こうしてはいられない。俺は必要な物を鞄に詰め込んで、部屋の扉を開いた。そして何故か唖然としている先輩に向けて、俺は言った。

 

「……修行に行ってきます」

 

「なんの!? ちょ、待てって!」

 

 ガタンッと閉めた扉の向こうから先輩の声が聞こえてくる。しかし俺は止まるわけには行かない。ようやく見えた。一筋の光が見えたんだ。俺はようやく登り始めたばかりだからな。この果てしなく遠い紅茶坂をよ……。だからよ……止まるんじゃねぇぞ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……飯どうしよう」

 

 氷兎が帰ってきた時には、部屋の中がカップラーメンや弁当の容器で散乱していたそうだ。無論氷兎は翔平にブチギレた。

 

 

 

To be continued……




遅くなりました。1話と2話の書き直ししたり、絵を書いたりしていたもので……。
間があいたせいか、どうにも文の質が落ちている気がします。

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