貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

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第77話 普通

 窓からは陽の光が差し込んできている。昨日とは違い睡眠不足になっていない俺は意気揚々と朝食を作り上げ、食卓に並べていった。そして順々に皆起きて来て、揃ったら一斉にご飯を食べ始めた。

 

 白菊君は朝ごはんを美味しそうに食べ、笑っていた。まだ幼い彼は口元にご飯粒をつけながら言ってきた。

 

「おいしいっ! お母さんも、これ食べたら喜んでくれるかな……」

 

「アキくん……」

 

 白菊君本人は特に何を思った訳では無いのだろうが、その言葉は海音さんにとっては思うところがあったらしい。弟を愛称で呼んだ彼女は、その顔を少し曇らせた。白菊君はまだ幼い子供だ。だが、無邪気というのは時に残酷で、ナイフのような鋭さを持ってしまう。

 

「おねえちゃん……お母さん、いつ帰ってくるのかな……」

 

「……きっともうすぐ、帰ってくるよ。だからいい子で待っていよう?」

 

「……うん」

 

 白菊君はまた朝ごはんを食べ始めた。食卓には少し重苦しい空気が流れ始める。

 

 海音さんの母親は、少し前に家を出て行ったきり帰ってきていないようだ。それに……あまり、彼女の母親は精神的に良くなかったらしい。父親は白菊君が産まれたあと、しばらくして死んでしまったようだ。朝起きたら突然、死体となっていた。その姿はまるでミイラのようで、生気を感じないような死に方だったらしい。

 

 ……正直、その父親の死因は中々きな臭いものだ。警察も死因不明だと言っていたらしい。残された母親と子供二人。うち一人は身体が不自由だ。母親の苦労が目に見えてくる。だが……だからといって、子供を置いてどこかに行くなんてのは、ダメだろう。

 

「よーし、なんだか空気が重いし、ひとつここは俺の笑えるオヤジギャグを……」

 

「重い上に冷たくしてどうする気ですか。デスソースぶん投げますよ」

 

「身の程をわきまえろ。貴様のつまらんギャグで冬が来たらどうするつもりだ」

 

「待って。西条、お前まで俺のことをそんな風に言うのか!? 昨日一緒に腹を割って話し合った仲じゃないか!」

 

「知らん。貴様は勝手に聞いていただけだろう」

 

 確かに、昨日は先輩が勝手に聞いていただけだが……。それでも、あそこから一気に距離を縮めたのは先輩だ。西条さんもどこか話しかけやすそうな雰囲気になった気がするし、先輩のお手柄だろう。当の本人は困ったような顔をしているが。

 

「連れないなぁ……。わかった、実はお前ツンデレだな? 普段はドギツイ言葉を浴びせて、ふとした時にデレるんだな? じゃあもうそろそろデレてもいい頃合だな! よし、西条のデレ期到来RTAはい、よーいスタート。計測は西条のセリフが出てからだ」

 

「唯野、この馬鹿を黙らせろ」

 

「アイアイサー」

 

「待って、悪かった。お前がツンデレじゃなくてツンドラだってことはわかったからやめっ、ア゙ァァァァァァッ!?」

 

 哀れ、先輩の口には真っ赤な液体が。濃縮しすぎたせいか、先輩の口の中に入っているというのに独特な匂いが蔓延している。なんだか目に染みてきた。いつぞやの悪夢が蘇ってきて、西条さんと俺は苦しんでいる先輩から目を背けた。

 

 白菊君は先輩が暴れているのを見て楽しんでいたが、結局先輩を助けた人は誰もいなかった。自分で水でも飲んで、どうぞ。

 

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 

 朝食を食べ終わり、白菊君は学校へ向かった。俺達は昼間は辺りを散策して情報収集をしてみたが、まったく目新しい情報は見つからなかった。夜になって、先輩は帰ってきた白菊君にせがまれて海音さんの家に残ることに。俺と七草さん、そして西条さんの三人で夜間の調査に向かうことになった。

 

 しかしどうしたものか。近隣はほとんど調べ尽くしてしまった。これ以上収穫は得られなそうだが……。そうして考え込んでいると、西条さんが携帯を取り出して俺と七草さんに見せつけてきた。

 

「唯野、七草。貴様らには少し遠出をしてもらう」

 

「……一体どこまでですか?」

 

「俺達が降りた空港は、新千歳だ。そこから少し離れた賀茂家に移動。だが、近隣を探し回っても何も得られないということはこの付近にはおそらく何も無いのだろう。それに、大勢の人を収容できるくらいの施設だとすると、規模は中々でかい。ならば、その施設をどこに置けばいい。どこに置けば、人目につきにくくなる?」

 

「……住宅街から離れた場所ってことですか」

 

「更に言えば、ポツンと建っていても気づきにくい場所……それが考えられるとしたら、山か森だな。今回は山の捜索に向かえ」

 

「……冗談でしょう? 山っていったっていくつもあるし、全部相当な距離ですよ」

 

 西条さんの携帯のマップに記されている山の位置は、どれも現在地からかなり離れている。俺は明らかに嫌だという気持ちを隠さずに言ったが、西条さんはそれを無視。仕方の無いことだと割り切れと言ってきた。

 

「今は幸い夜間だ。月齢も悪くない。お前達二人なら夜に行って朝早くには帰ってこられる距離だろう」

 

「……タクシーもなく?」

 

「走って帰ってこい」

 

「……勘弁してくださいよ」

 

 俺は頭を抑えて辟易とした様子で答えた。この距離を走っていくことは多分可能だが……いや、どう考えたってやりたくないだろこんなの。俺は七草さんに向き直って、流石に走るのは嫌だよな、と聞いてみたが……。

 

「私は氷兎君と一緒なら、走っても大丈夫だよ! 色々な景色が見れるかもしれないし、行ってみよう?」

 

 彼女は笑顔でそう言った。退路を塞がれてしまい、俺はもう半ばヤケになって、あぁわかりました行きゃあいいんでしょうっとその場から七草さんを連れて歩き出した。後ろの方から西条さんの声が聞こえてくる。

 

「何かあったらすぐにインカムで連絡しろ。発見しても突入はするな。バレないように帰ってこい」

 

「了解です……ちくしょう、労基で訴えてぇ……」

 

 俺の嘆きはきっと七草さんにしか聞こえなかっただろう。最も、彼女が労働基準法というものを理解しているのかはわからないが。

 

 互いに黒い外套を身に纏い、人目につかないような場所を選んで走っていく。俺の夜間の身体能力と、七草さんの起源による身体能力。それはただただ目的地に向かうだけなら問題はないだろう。疲労を度外視すればだが。

 

「……なんだか、平和だね」

 

 すぐ隣を走っている七草さんがそう言ってきた。まぁ確かに、と頷ける部分はあった。

 

「神話生物がいて悪さをするわけじゃないしな。問題は、本当に幸せを得られているのかどうかだが」

 

「そうだよね……。たまには、ゆっくりと夜の街を歩いてみたいな」

 

「……どこか行きたい場所があれば、言ってくれればなんとかするよ」

 

「本当にっ!?」

 

 七草さんは嬉しそうに言った。彼女からは、どこがいいかなぁと悩む声が聞こえてきて、お互いフードを被っているせいで顔は見えないが、きっと楽しそうな場所を想像して顔を綻ばせているのだろう、ということは予想出来た。

 

「んー……考えたけど、なんだか思いつかないや。きっと……どこに行っても、氷兎君がいてくれるなら楽しめると思う」

 

「……俺が?」

 

「うんっ。だから……今度どこか一緒に遊びに行こう? 氷兎君のオススメの場所とか、お気に入りの場所とか、そういう所!」

 

「……そうだな。なくもない。きっとつまらないだろうけど」

 

 お気に入りの場所といえば、やはり地元のあの高台だ。そうだ、久しぶりにあそこから夜景を見るのも悪くない。適当にお菓子や飲み物を持って行って、あそこで時間を過ごすというのも悪くないだろう、きっと。

 

「じゃあ、そこに連れていってね。約束だよ?」

 

「わかったよ。約束な」

 

「ちゃんと守ってね?」

 

「当たり前だろ」

 

 隣からは、えへへっと笑う声が聞こえてきた。七草さんが嬉しいのなら、それはそれでいいんだろう。道中、話題に困ることもなさそうだ。七草さんとなら、本当にどうでもいい些細なことでさえ楽しく話せるような気がする。

 

 ……それに、なんとなく。七草さんと話していると気が弾むというか……恥ずかしいけど、話していたい、とか。そんな感じ。きっと菜沙以外の女子とここまで親しくなったことがなかったから、新鮮味を感じているのだろう、と俺は決めつけた。

 

 夜はだんだん深まっていく。途中からは、人もいなく、また車も通らず……二人だけの世界に入ったような、そんな気分になった。星が綺麗で、隣にはかわいらしい女の子が笑っていて。

 

 なるほど、端的に言えば……これが幸福というものなんだろう。俺はそれを笑いながら噛み締めた。

 

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 

「白菊君はやっと眠ったか……。若い子って体力有り余ってるなぁ……」

 

 寝室で眠っている白菊の隣で、翔平は身体をぐっと伸ばした。動きたい年頃の子供の相手というのは疲れるものだ。なまじ翔平は、その性格からか子供との相性がいいから尚更白菊君との遊びが活発だった。

 

「さてと……どうすっかなぁ。氷兎達はどこ行ったかわかんねぇし、今から何か探すってのも……」

 

 時計を見れば、氷兎達が外に出ていってからだいぶ時間は経っていた。携帯を確認してみれば、昨日交換したばかりの西条から連絡が来ていた。氷兎と桜華は遠出をして捜索、西条は周辺で何か変なことがないかを調べてみるとのこと。

 

 特に何をしろと書かれていた訳でもない。これは今日はお役御免かな、っと呟いた翔平は寝室を後にし、海音のいるリビングへと向かっていった。たまには綺麗なお姉さんとお話でもしよう。彼らしい下心満載な腹積もりであった。

 

 リビングにまでやってくると、海音は車椅子に毛布をかけて窓の外を眺めている最中だった。翔平がやってきたのがわかったのか、彼女は車椅子を動かして翔平に向き直った。

 

「……あっ、鈴華さん。アキくんは寝ちゃいましたか?」

 

「ぐっすり寝てますよ。いやー、やっぱ若い子って凄いっすね。俺はもうヘトヘトっすよ」

 

 氷兎がこの場にいたら、お前は何を言っているんだと突っ込まれそうだが……。そんなことは知らないとばかりに、翔平は椅子に座って深く息を吐いた。そんな彼を見て、海音は口元をおさえながら微笑んだ。しかし、その微笑みはしばらくすると急に途切れるようになくなってしまった。

 

「……皆さんが来てくださってから、生活が楽になりました。私はこんな身体ですから……身の回りの事も、十分にはできなくて……アキくんにも、苦労をかけています」

 

「……やっぱ、大変っすよね。でも、白菊君優しくていい子じゃないっすか。頼まなくても色々と手伝ってくれるでしょう?」

 

「はい……。でも、アキくんも本当は自分のやりたいことがあるはずなんです。友達とも遊びたいはずなのに……いつも、学校が終わったらすぐに帰ってきて……」

 

「お姉ちゃん想いのいい子じゃないっすか。そりゃ確かに迷惑かけちまってるかもしれないけど……家族だし、やっぱ頼った方がいいと思うんすよ。白菊君が何かしてくれたら、ありがとうって言って頭を撫でてやるくらいでいいんすよ、きっと」

 

 翔平は海音に笑いかけた。しかし、依然として海音の表情は暗いまま。彼女は俯き、かけられた毛布を握りしめながら言った。

 

「……母が少し前に出ていったと、言いましたよね」

 

「えぇ、ここまで帰ってこないってことは……何か事件に巻き込まれたとか……」

 

「……母はきっと、招待状を貰ったんですよ」

 

 その言葉に、翔平は顔をしかめた。確かに心のどこかで思っていたことではあったのだ。時期的にも、今起きている失踪事件的にも。招待状を受け取って、そのまま帰ってこなかったというのが妥当な考えだからだ。

 

 しかし……それを認める訳にはいかなかった。認めてしまえば、母親は自分の子供を見捨てて幸せに暮らしているという事実を認めてしまうことになる。そんなことは考えたくもなかった。

 

「……招待状っすか。眉唾物じゃないんすかねぇ」

 

「なら、なんで鈴華さん達はまだここにいるんですか。少なくとも……それがあるってわかってるから、まだここに残っているんですよね」

 

「………」

 

 困ったことに、ここには口達者な西条も、話術で誤魔化す氷兎もいない。翔平は頭を掻きながら、ため息をついた。やっぱこういうことは苦手だ。翔平は心の中で静かに毒づいた。

 

「母は逃げたんです。私達を置いて……」

 

「……それが事実かまだわかんないっすよ」

 

「いいえ、きっと事実です……。だって、母は……私を疎んでいた。父が死んでから、手のかかる私の事をずっと嫌っていた。いえ……多分、父の死なんて関係なく、障害を患っていた私の事を嫌っていたんだと思います」

 

 ……もし仮に自分の子供が障害持ちなら、どうするのだろう。翔平は考えた。しかし出た結論は、それでも愛するのだろうという予想だった。しかしそれはきっと父親からの観点だ。母親同士の付き合いとなれば、それは致命的なものになるのではないか。

 

 翔平のその予想は、嫌なことに的中してしまった。

 

「母はずっと言われていました。障害を持つ子の世話なんて大変だねって。そんなことを、ずっとずっと言われ続けて……ある日、私にそれをぶつけました。どうして、普通の子に産まれてきてくれなかったのって」

 

「ッ………」

 

 怒鳴りたくなる気持ちを翔平は抑えた。目の前で苦しさを吐露する彼女のように、翔平もまた自分の手を強く握りしめた。

 

「私だって……好きで産まれたわけじゃない……。こんな、不自由な身体で産まれたくなかった……。産んだのは、お母さんだ。お母さんが私の事を勝手に産んだのに、なんで私がそんなふうに言われなきゃいけないの! 私は何も悪くないのに、全部全部ッ、私を産んだお母さんのせいなのにッ!」

 

「落ち着け海音さん! 気持ちはわかるけど、抑えて……。白菊君が起きちゃうし、それに……やっぱり、産みの母だ。悪くいうもんじゃないっすよ」

 

 海音の言葉はだんだんと荒くなり、声量も大きくなっていく。翔平は彼女に近づいて宥めようとするが、彼女は瞳に涙を浮かべながら翔平の服を掴んで手繰り寄せた。

 

「普通に産まれて、普通に過ごしてる貴方に、私の何がわかるっていうの!? 何もわからないくせに、何も理解できないくせにッ!」

 

「ッ………」

 

 翔平は何も言えなかった。彼は普通の家庭に産まれ、普通の学生生活を過ごし、普通に皆と遊んでいた、普通の男の子だ。今はこうして社会の裏側にいるが……それでも、自分は今こうして、恵まれた生活を送っていたのだと実感した。

 

 睨みつけてくる彼女に何も言うことは出来ず、また何かをしてやれるわけでもなかった。ただ黙って、服を掴んでいる彼女の手に自分の手を重ね合わせた。彼女の手は力が込められているのか、酷く震えていた。

 

「何も、しらないくせに……。私の苦しさなんて、理解できないくせに……」

 

「……海音さん」

 

「……ごめんなさい……私、口に出したらもう、止まらなくて……」

 

「……いいんすよ。俺も、すいません。確かに、俺はきっと幸せな家庭で産まれたんすよ。だから……俺は、海音さんの苦しみを、きっと理解できない」

 

 翔平は彼女と視線を合わせるためにしゃがみ込んだ。何も出来やしない。何も言えやしない。ただ……彼は黙って、彼女の手を握ったまま見つめていた。

 

 彼女はもう片方の手で涙を拭い、翔平の視線から逃れるように目を逸らした。

 

「……私には、お金は稼げません。今はずっと母のお金で生活しています。でも、蓄えもそうありません。鈴華さん、貴方は私の事を理解できないと言いましたよね。何も出来ないって」

 

「………」

 

「……こんな私でもできること、あるんですよ。貴方にも、できることが。ねぇ、鈴華さん……私のこと、助けてくれませんか……?」

 

 彼女は涙を拭った手で、服のボタンを上からゆっくりと外し始めた。柔らかそうな肌が見え、やがて彼女の下着が見え始める。その事態の変わりように、翔平はただ目を見開いて絶句していた。

 

「……私の身体を、買ってください。私を、一時の快楽に溺れさせてください。そうやって……私を、助けてください。私が貴方と会った時も、その事を考えながら街に出ていたんです。ロクに働けないこの身体で稼ぐのは……私には、これくらいしか浮かばなかったんです」

 

「………」

 

「……まだ誰にも触らせてませんよ。貴方の好きなようにしてください。できることなら……私をそのままどこかへ連れていってください。貴方専用のモノになってもいい。そうやってお金を稼いで……」

 

「……稼いで、どうするんすか」

 

 翔平は握っている手を更に強く握りしめた。その顔は目の前に女性の素肌があるというのに険しく、怒りに満ちていたものであった。

 

「そんなお金で育てられた白菊君が、喜ぶと思ってるんすか。実の家族がそうやって稼いだ金で、喜んで学校に行けるわけがない」

 

「なら、どうすればいいんですか。私は、どう生きていけばいいんですか?」

 

「………」

 

 翔平は言い淀んだ。明確な答えはなかった。だが、このままではいけないことはわかっていた。

 

「……俺には、氷兎みたいに深い所まで考えて行動出来ないし、西条みたいに何もかもを即決断できるだけの判断力もない。だから……俺には、何も言えないですけど……でも、これはダメです。ダメなんすよ、海音さん……」

 

 翔平は彼女の目を見てから、服のボタンをひとつひとつ丁寧にかけ直していった。翔平の手には、ポツポツと彼女の涙が零れ落ちてきていた。それを拭うことは、彼にはできなかった。

 

「……ごめんなさい、海音さん。俺が海音さんに出来ることっていうのは、きっとほとんど何もないですよ」

 

「………」

 

「俺が今、できることっていうのは、きっと……」

 

 ……翔平は何も言わなかった。だが、その決意はもう明らかだった。招待状を突き止め、そこにいる海音の母親を連れ戻す。彼女のためにできることはきっと、これくらいしかないだろう。両手を握りしめ、彼は精一杯頑張って彼女に微笑みかけた。

 

「もう寝ましょう。今日は何も無かった……そういうことに、しましょう。寝室まで送りますよ」

 

「……いいえ、自分で行きます」

 

「……そっすか」

 

 海音は自分で車椅子を動かして、リビングから出ていこうとする。部屋の扉を開けて出ていく直前、彼女は翔平に背を向けたまま言った。

 

「……ごめんなさい、鈴華さん。私、どうかしてるみたい。でも……本当にちょっとだけ……気分が楽になりました。おやすみなさい」

 

「……おやすみなさい、海音さん」

 

 リビングから車椅子の音が遠ざかっていく。翔平は近くに設置された鏡の前までやってくると、鏡に映った自分の顔を見て自嘲するように笑った。

 

「……カッコわりぃなぁ、俺」

 

 やるせない気持ちを燻らせながら、翔平は昨日西条と打ち解けあったテラスポートに足を運んだ。今も尚調査を続けている仲間のことを案じながら、空を見上げた。

 

 今日はもう眠れそうにない。翔平は自分でもわからないうちに、歯を食いしばっていた。

 

 

 

 

To be continued……




夢を見た。ハーメルンの評価バーに色がつく夢を。
起きた時に思った。夢が現実だったらよかったのに、と。

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