貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

89 / 136
第七章 Are you Hero? Villain? Or……
第89話 単独任務へ


 人間の心というのは本当に不思議なものだ。最初はコレと決めていても、次第に心が移ろい、変化してしまう。それは多くの場合自覚できない変化だ。

 

 最初は自分のため。気がつけば誰かのため。じゃあ今は……なんのため?

 

 気づいていないだけで、手段と目的が変わってしまうのも多々あることだ。その原因は、大きな変化を得られたか、それとも停滞してしまったかのどちらかにある。

 

 君が謙虚でいられる自信はあるのかい? 人間というのは、否応なしに傲慢になってしまうものさ。

 

 見せて欲しいものだね。君がどうやってこの危機を乗り越えるのか。終わらせ方は多くあり、また過程も様々だ。君らしい結末を、私は期待しているよ。

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 いつからだったのかは記憶にない。ただ気がついた時には君は隣にいた。確か……そうだ。幼稚園のバスを待つのに、親が仲良くなったから一緒に行こうというだけの話だったと思う。君と会ったのはその時が初めてだ。

 

 その時の僕がどう思っていたかなんて、もう思い出せない。ただ、それからはよく一緒に遊んだ。一緒にバスに乗って、一緒に卒園して。一緒に小学校に入学して、卒業して。中学生になっても僕達は一緒だった。そこまでだと思っていたのに、高校になっても君と行くところは同じだった。

 

 いわゆる、幼馴染って奴なんだろう。いや、腐れ縁かな。どちらにしても、それだけ多くの時間を共に過ごせば……嫌でも君との記憶が僕の記憶の大半を占めることになる。

 

「もう、なに難しい顔してるの?」

 

 ふと顔を上げた。そこにはいつもの君がいる。飾り気のなかった彼女は気がつけば化粧を覚えていた。女の子らしいといえば、女の子らしくなったんだろう。

 

 まぁもっとも、僕の中では君はまだ小さな子供の時と何ら変わりない。慌てん坊も治ってないし、こうやって僕と二人で会うのも躊躇わないし。そんな彼女を……子供の時からずっと好いている自分も、何ら変わりないことだった。

 

「ごめんごめん。ちょっと考え事してて……それで、相談って?」

 

 慣れ親しんだ相手との会話ほど楽なものは無い。何も考えなくて済むし、逆に考えれば相手を喜ばせる会話をすることだってできる。昔から頭はそれほど良くはない君の事だ。どうせ今回も、近くなってきたテストの勉強を教わりたいんだろう。

 

 こうやって学校帰りにマックに寄ってポテトを摘みながらテストの話をするのだって、何度目だろうか。そんなことを考えながら、コーラを口に含んで飲み干した。

 

「えっとね……コウ君になら、話していいかなって思って……」

 

 少し俯きながら話す君の顔は……僕が今まで見てきたことのないものだった。一体どうしたというんだろう。でも、彼女が僕に話すということは、僕なら何か力になれるってことだ。ならその期待に応えなきゃ。その為に僕は体力だってつけた。筋トレだって頑張ったし……他にも、色々と頑張ってる。

 

「何かあったの?」

 

 そう……僕は、ヒーローだ。彼女のヒーローであり続けるんだ。僕にはそれができるんだから。

 

「……あ、あのね……私……」

 

 僕はいつだって隣にいた。君が望んだことをし続けた。誕生日をお互いに祝いあったし、夜中に二人で遊びに行ったこともあった。僕はいつだって……。

 

 

 

 

「……好きな人が、できたの」

 

 

 

 

 ……君のヒーローだったはずなのに。

 

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 

「君達に集まってもらったのは、新しい任務に行ってもらうためだ。だが、今回はメンバーを分解させてもらう」

 

 朝早くから呼ばれて何かと思えば、次の任務についての話だった。司令室でいつものスタイルで待ち構えていた木原さんと、俺、先輩、西条さん、桜華の四人チーム。しかし今言われたように、今回はメンバーを分解させて異なった任務に行かせるという話らしい。

 

「メンバーの分解……。なぜ今になってそんなことをするんですか?」

 

「……困ったことに、組織内の平均能力が下がりつつある。君達はもはやこの組織のトップレベルだ。となれば、厄介な仕事が増えてしまうのも仕方がない話だが……如何せん、難易度の高そうな任務に行かせて帰ってこない連中が多くてな。帰ってきても、もう任務に行きたくないとPTSDを起こす始末だ」

 

 まったく困ったものだ、と木原さんは額を抑えてため息をついた。PTSD、心的外傷後ストレス障害。強いショックや恐怖体験のせいで、その出来事が終わったとしても酷い恐怖症状に襲われるというものだ。

 

 ……普通に生活してきた人間が、神話生物と戦って精神をやられないわけがない。俺達だって下手したら死んでいるような修羅場をくぐり抜けている。生きているのに運だって大きく関わっているのだから。

 

「……話についてはわかった。で、今は任務をこなせるだけの練度の兵がいない。だから俺達を分けて別の任務に行かせるというわけか」

 

「そういうことだ。それともう一つ悪いが……今後、オリジン兵である七草は君達と一緒に任務には行かせないことにした」

 

「えぇ!? な、なんでなんですか!!」

 

 流石にその事について俺も驚いたが……一番驚いていたのは桜華だった。彼女は木原さんの机に向かって近づいていき詰め寄ったが、木原さんは表情をピクリともさせずに口を開いた。

 

「知っての通りだと思うが……君はオリジン兵。いわゆる我々のリーサルウェポンだ。そして組織の防衛能力を担う女性陣だが……彼女らにも神話生物との戦いを実践でわからせなければ、いざという時に戦えない。君には今後、組織内で加藤と連携して女性陣の戦闘能力向上に務めてもらいたい」

 

「そんなっ……私は氷兎君と一緒じゃなきゃ嫌です! 氷兎君が任務に行くなら、私も一緒に行きます!」

 

「頼むから私の願いを聞いてもらいたい。実際、我々の組織のある地域付近で変な活動が増えたりと、不安な点も多い。それに、言ってしまえば過剰戦力になりかねん。戦闘特化の西条と情報収集能力の高い唯野。戦況判断とサポートに回れる鈴華。この三人で正直十分な戦力だ」

 

 木原さんがスクリーンを起動させると、そこには今まで提出してきた報告書から作成したのであろう、俺達ひとりひとりの能力値のようなものが映し出された。言われたとおり、西条さんの戦闘に関する能力は高く評価され、コミュニケーションの円滑さは低かった。

 

 逆に俺の戦闘に関する能力は低く、代わりにコミュニケーションと情報収集に関しては高い評価になっている。西条さんに言われ、俺は木原さんには魔術が使えることを話していない。戦闘能力の低評価はそれのせいだろう。

 

 そして先輩はどれをとっても平均的だ。やや戦闘能力が高いと評価されているくらいだろう。もっとも、一緒に任務にいないと先輩のありがたさというのはわからないんだろうが。

 

「……誰がコミュ症だ」

 

「鏡見てこいよ、西条。少し前のお前なら今この瞬間抜刀しかかってもおかしくないくらい他者とコミュニケーションをとろうとしてなかったぜ」

 

「お前に言われると腹が立つな……」

 

 少しムッとした顔で睨みつけている西条さん。なんだかんだいって感情表現も豊かになってきているようだ。その感情表現や他者との関係性も、多くはゲームの影響力がでかい気がするが……。

 

「……ともかく、任務についての話だ。西条と鈴華の二名、そして唯野は単独行動をとってもらう」

 

「……戦闘面評価が低いのに俺が単独なんですか」

 

「君にやってもらうのはそこまで面倒でもない。それに、西条と鈴華の任務が早期に終われば応援に行かせるとも」

 

「内容如何によるな。唯野は確かにひとりで多くのことをやれるが、ひとりではまだ不安な点も残る。今回はせめて七草を一緒に行かせるという考えはないのか?」

 

 西条さんが割って入り、俺の単独行動をやめるべきだと進言する。確かに不安だ。今まではずっと誰かと一緒だったわけだし……仮に俺が神話生物と戦うのなら、夜間以外は無理なのだから。昼間でも戦うことのできる仲間くらいつけてくれたっていいだろうに。

 

 しかし、木原さんは西条さんの言葉に首を振った。先程も言ったように、桜華は残って女性陣の訓練に当てさせたいとの一点張りだ。

 

 ……あまりにも不自然だ。怪しまない方がおかしいというもの。一体何を考えているんだ、この人は。

 

「七草を行かせるにしても、それは君達二人の手が離せないという状況下に陥った時だけだ。それまでは単独で頼む」

 

「……まぁ、ヤバくなったら逃げるだけですかね。流石にひとりで神話生物と戦うのはゴメンだ」

 

「面倒事じゃないと言っただろう。神話生物絡みの任務じゃないということだ」

 

「おい、また人殺し案件じゃねぇだろうな? 氷兎にそんなことさせねぇぞ」

 

「最後まで聞け」

 

 上司に不満を持つ三人。それに今までの木原さんの態度。俺達が反論しようとするのも無理はない。そんな現状に嫌気がさしているのか、木原さんは面倒そうにため息をついていた。ざまぁみろ、と心の中で嘲っておく。

 

「まずは西条と鈴華だ。君達二人には、山から聞こえる謎の鳴き声の正体を暴き、事態の収拾をしてもらいたい。地域住民の話からして、十中八九神話生物だ」

 

 スクリーンの画像が切り替わり、日本地図が映し出される。赤い丸で囲まれた場所があり、それは四国を示していた。なるほど、先輩達はまた遠出らしい。

 

「……毎度毎度遠いとこだなぁおい。オリジンって支部とかないんすか?」

 

「オリジンは暗部組織だ。それに、こんな規模のものをポンポンと作れるほど日本の経済は良くない。オリジンは日本でここだけだ」

 

「岡山の県北にある川の土手の下とかに支部つくればいいんじゃないっすかねぇ……」

 

「やったぜ」

 

「やめないか」

 

 言おうとしたら西条さんに止められた。いや、流石に全部言う気はないけど。こんな場所で堂々と朗読できるか、あんなもん。

 

「……話を続けるぞ。唯野にやってもらうのは……これだ」

 

 また画像が切り替わる。今度は黒い背景に、人々の悩み事などが書かれた胡散臭いサイトのようだ。デカデカと書かれているのは……『I'm your Hero』。私は貴方のヒーローです、ねぇ。

 

「……最近どこぞの地方で有名な、代行人だな」

 

「知っているのか、西条」

 

「SNSの投稿でいくつか見かけたな。なんでもそのある地域では、悪を成敗するヒーローがいるらしい。最初はそこらのチンピラがやられるだけだったが……いつしか、こうしてサイトが立ち上げられ、悪人を成敗してほしいと書き込みがされていった。恐らくサイトを立ち上げたのは別人だろうが……なんにせよ、そのサイトに書かれた悪人を倒して回っているのが現状だ」

 

「あぁ、現代に現れた正義のヒーローって話がありましたね。ガセネタだと思ってましたが……」

 

 わりと前からあった話だ。それこそ俺がオリジンに入るよりずっと前から。正義を執行するヒーローは、どんな方法で悪を成敗しているのかわからない。ただ、確かに悪党はボコボコにされて路上放置されていたり、オフィスでぶっ倒れていたりするらしい。

 

 警察はお手上げ。最初の頃は評判もかなりよかった。そう、最初の頃はだ。

 

「警察からの依頼だ。このヒーローを自粛させるか、捕まえろとな」

 

「あぁん、なんで? 良いことしてるのに?」

 

「そのボサボサな頭でよく考えろよ鈴華」

 

「俺を馬鹿にするのはいいが、アイデンティティである天パを馬鹿にするのは許さんぞおい」

 

「さっさとストパーをかけろ」

 

「拒否する」

 

「……えぇっと……氷兎君、どういうことなの?」

 

 隣でバカやり始めた二人。西条さんの言葉に疑問を感じたらしい桜華が俺に尋ねてきた。しかしまぁ、俺の考えがあっているのかはわからない。

 

「……一応予想だけどな。多分、監視されてるみたいで嫌なんだろう」

 

「監視? なんで?」

 

「ヒーローとまで言われる影響力を持った人間、あるいは組織。それが掲示板に書き込まれた悪を成敗しているらしい。犠牲者は悲惨な姿で発見される。そうなると……そこに住んでる奴は恐ろしいだろうな。自分が書き込まれるんじゃないかって」

 

「そうなの?」

 

「そうだよ。誰だって気がつかないうちに誰かの恨みを買っているものさ。書き込まれないように、周りに気を使って生きていく。このご時世、たいそう生きづらいだろうな。しかも書き込みは誰でも手軽にできる上に匿名だ。今となってはヒーローじゃなく……私刑で人を裁くヴィランだな」

 

 悪いことをしているわけじゃないのにね、と桜華は悲しそうな顔をした。まぁ、そうだな。決して悪いことじゃない。だが問題は……やり過ぎたんだ。なりふり構わず、誰かのヒーローであろうとした。

 

 正義なんてものは、決して凝り固まった概念じゃない。時と場合、そして主観によって大きく変わる。更にいえば、コイツ邪魔だからどうにかして欲しい、なんて悪いこと考えた奴の依頼も受けてしまってる可能性だってある。

 

 ネットの情報なんてものは虚構の入り混じった紛い物が大半だ。面と向かっての依頼じゃないのだから……そりゃ、悪用する奴が出てくるに決まってるさ。

 

 嫌なことばかり浮かんできて俺まで嫌になってくる。頭をガシガシと強く掻きながら、俺は深いため息をついた。

 

「そういうことだ。住民からも苦情が殺到している」

 

「都合がいい時だけ使い、邪魔になったら潰す。なんとも愚かな連中だな。苦情を言っているのは、どうせ自分が書き込まれるかもしれないという、自分が何かしら悪い事をした自覚がある連中だろう。やってやる義理はあるのか?」

 

「……まぁ、仕方ないですしやりますよ、俺は。しかし俺ひとりは中々に荷が重い話です。相手が単独か複数かもわからず、その上警察ですらわからなかった犯行手口。お手上げ侍だな」

 

 やれやれと言わんばかりに俺は両手を上げて降参ポーズ。俺ひとりでこんなのやってられるかってんだ。人海戦術くらい使わせてくれよ頼むよー。

 

 まぁそんな俺の提案が受け入れられることなく、木原さんは目頭を一度抑えてから言ってきた。

 

「君は情報収集の能力が高い。しかもそれは対人で活かされるという報告がある。現地で情報を集め、このヒーローを特定しろ。それなら戦闘する必要もない」

 

「世の中には物理的に口を割らせるという方法もあるんですがねぇ……」

 

「対人なら負ける要素は君達にないだろう。それほどヤワな鍛え方をしていないはずだ。では……心してかかれ」

 

 軽く頭を下げて、俺達は司令室の外に出た。木原さんに聞こえないところまで来ると、誰ともなしにため息をつき始める。まったくウンザリだ。

 

「……氷兎君……ちゃんと、怪我なく帰ってきてね?」

 

「わーってるよ。特定だけでいいなら、怪我することもないはずだしな」

 

 心配そうに言ってくる桜華の頭にポンッと手を置く。すると心配そうな顔はすぐになくなり、嬉しそうに頬を綻ばせるかわいらしい彼女が現れた。

 

 ……単独行動したくねぇなぁマジで。そんなやさぐれた心を桜華の笑顔が癒していくが……それでも癒し足りない。まるで仕事をする人が足りないのに人員補強をしないクソみたいな会社みたいだぁ。

 

「……唯野。単独行動に気をつけろと言いたいが……俺達が注視すべきはそこではないぞ」

 

 癒されている最中に、眼鏡を弄りながら話しかけてきた西条さん。そこにはいつもの鋭い目つきと真剣な表情があった。

 

「ここに来てオリジン兵を無理やりにでも引き剥がそうとしてきた。お前もそうだし、俺達もそうだ。何かやってきても不思議ではないぞ」

 

「……確かに、なんだか強引でしたからね。俺達なんでそんなに目つけられてるんでしょうか」

 

「知らんが……最悪戦闘になって、お前が死んでも構わない。言葉の節々からそんなことを感じた」

 

「えっ、それマジ?」

 

「流石に俺も人の心は読めん。これは直感と予想だ。死ぬなよ、唯野」

 

「……そんな簡単に死にませんよ。ちゃんと生きて帰ってきます」

 

 真剣な顔で心配してくる西条さんにお礼を言ってから、俺達は任務の準備にとりかかった。

 

 さてと……ヒーロー、ね。一体どんな奴が、どんな意図を持ってやろうとしたんだか。些か興味はあるが……ロクでなしじゃないことを祈っておこう。

 

 

 

 

To be continued……




とうとう氷兎が他の主人公達と別れて単独任務へ。しかも桜華もいない。オイオイオイ、死ぬわアイツ。
ヒロインが主人公と離れていいのかって?
馬鹿野郎お前いつも隣に這いよってる真っ黒なヒロインがいるだろ!

それと、評価が増えていましたね。評価してくれた人ありがとナス!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。