ぼくのかんがえたさいこうのれいまり   作:Laplaceの悪魔

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レイマリは闇です


博麗という神

 博麗神社。 

 人とそれ以外の均衡を保つ役割を担う巫女が住まう社。

 魑魅魍魎が跋扈するこの地で私達が生きていく上で生命線と言えるほど重要な地点であるにも関わらず、私がそこへ赴くのはこれが二度目だ。

 

 しかしながら、神社に初めて訪れたのは一体いつだっただろうか。

 それを思い出そうとする度に、くすんだ黒い瞳から不自然な痛みを感じてしまう。

 

 今回のような余程の事情でもない限り神社の名前さえも聞かないこと、かの巫女が人妖問わず畏敬を集めていることから、すべからく恐ろしい場面に立ち会ったのだろうと想像するに容易かった。

 けれど、その失われた日の記憶はどれ程の月日が流れても、私の心を蝕み続けた。

 

 何度も、その日のことを考える。

 何日もそれを繰り返していた。

 何年もそれを繰り返していた。

 

 疑問に答えてくれる者もおらず。

 ただ闇雲に月日が流れるだけだった。

 

 結局のところ、籠の鳥で居ることを是とした私にそれは必要の無い代物で。

 いつしか考えることもやめてしまっていた。

 心に深々と刺さった棘だけを残して。

 

 そう。

 私は、お父様の言いなりになって生きて行く。

 それだけでいいのだから。

 それこそが私の歩んでいく道になるのだから。

 

 

 

 私を含む人里からの団体は、人間に友好的な半妖を先頭に、ただ無言のまま進んでいく。

 神社への道を歩む毎に、幼い頃の私が記憶を封印した理由が分かるような気がした。

 無駄に幅の広い神社への参拝道には、至る所に罅が入っており、黒い染みがそこかしこにできていた。

 人気も無い荒涼な道といえど、この荒れ具合はいくらなんでも異常だ。

 

 漆のような美しい黒ではなく、目を背けたくなるような汚らしい黒で、そこからは見た目通りの嗅いだことのない悪臭が漂ってくる。

 人里からろくに出ることのない私にとってそれは未知のものであったが、人間としての本能か、背筋に冷や汗が流れているのを感じ取った。

 

 

 得体の知れぬ黒い染みの正体は血だった。

 その確信に至ったのは山頂の神社へと長い長い階段に差し掛かったときのこと。

 

 私の目の前では血が、今もなお山頂からの階段を駆け下りていた。

 紅みがかった空と調和しているところからも、紅の幻想郷と呼ぶべき光景に思えた。

 

 反射的に手で口をふさいでいた。

 そこに充満していたのは、自然特有の心地良い香りではなく、むせかえるような血の臭いだったから。

 

 息が詰まる。

 心臓が激しく動悸する。

 まるで脳が目の前の現実を否定するように。

 

 「なに・・これ・・・?」

 

 周りにいる大人達は誰も私の問いに答えてくれない。

 重苦しい雰囲気の中、ただただ無言で階段へと歩みを進めるだけ。  

 乾いた地面の上を、血が生き物のように広がり、罅割れた大地を潤すように血の海が拡大していく。

 

 血の気が引き、吐き気を訴え、込み上がってくる胃液が気持ち悪くて。

 気がつけば階段の路肩で全てを吐き出していた。

 胃からの吐瀉物は、今朝食べた食事がドロドロになって口の中から溢れ出る。

 酸っぱい匂いが鉄の匂いと混ざりあい、息が詰まるほどの異臭を放っていた。

 

 普段であればきつく叱るであろうお父様も、今は何も言わずにただただ静かに、私の側で気分が落ち着くのを待っていてくれた。

 参拝者全員の脚を止めさせていることに罪悪感を覚えながらも、私はすぐに立ち直れないでいた。

 

 重苦しい鎖に繋がれることで安らかな日々を選んだ私には、目の前の出来事がまるで出来の悪いお伽噺のように思えたのだから。

 それも本来の物語から外れ、終焉へと向かっているような奇々怪々な代物のようで。

 とても恐かった。

 何がかは分からない。

 ただただ、自分が自分じゃないような不思議な感覚に襲われていた。

 

 血塗られた階段を登り終えた私達を出迎えたのは、数多の妖怪の亡骸だった。

 彼らのものと思われる大きな血の染みと臓物とが混ざり合い、石畳の色を上書きするように赤が広がっていた。

 

 薄々勘づいてはいた。

 それでも予想と現実はあまりにも掛け離れすぎていた。

 

 分かったことは神社の境内に、裸の死骸と、服を着た死骸とが無造作に散らばっているという事。

 それらの亡骸は皆、生きていたということを疑ってしまうほどで、まるで童がバラバラにしてしまった人形達のように思われた。

 

 身体のあちこちに大きな傷口が開いており、それらからは剥き出しになった歪な形状の骨が見え隠れしていた。

 傷だらけであるものの、全体を見渡しても切り傷や刺し傷の様なものは見つからない。

 想像も絶する程の力を込められた重い棒状のものによる乱舞によって打ち砕かれたような、人ならざる所業による傷だった。

 そのような武器による犯行の筈だが、より効率的に殺すためだろうか、身体を構成するうえで重要な要素となる部分がどれも綺麗に消え去っているという事実がチグハグに感じられた。

 死んでから然程時間が経っていないためか、傷口からは凝固していない黒い液体が滴っていた。

 そして異形の顔には筆舌に尽くし難い恐怖と震慄の表情が残っていた。

 まるで生態系の頂点に君臨するはずの彼らが、より強大な何かに許しを乞うように。

 

 

 

 

 

 本当にそれらが人形だったなら、そこまでぞっとすることもなかっただろう。

 しかし、それらの正体は人形でも、人でもなく本物の怪異だった。

  

 人の天敵である怪異が、かつて、生きていたという事実さえ疑われるほどに、無残に潰されてごろごろと冷たい石畳の上に転がっていた。

 そして、その光景を作り上げたのはたった一人の、それも私と同年齢の少女である博麗の巫女だと言うのだ。

 いったいどれだけの力があれば怪異に恐怖を与えられるというのだろうか。

 噂には聞いていたとはいえ、博麗の巫女は私の予想を大きく上回る化け物であるということがひしひしと伝わってきた。

 

 この神社は現状の猟奇的な現場とは裏腹に、人も妖すらも存在を許されない純粋なる神域のように感じられた。

 もしそうならば私達も彼らも異物にほかならないのだろう。

 だからなのか、私達を排他するため、脳に恐怖を植え続ける。

 ここに存在を許されるのは博麗の巫女という存在ただ一人。

 それなら、博麗の巫女とは一体なんなのだ?

 

 「博麗の巫女には関わるな。ただ彼女を恐れていればそれでいい」

 

 恐怖に支配されていた私を解放したのはお父様の言葉だった。

 今代の博麗は妖怪巫女だ、と言われている理由がよくわかった。

 人は怪異に対して無力でなければならない。

 それならば、博麗という存在は人間では無いに違いない。

 人心の棄却を行わなければ、人は怪異には勝てないのだから。

 だから人が怪異と戦うための力を得た魔法使いはひとでなしなのだ。

 魔法使いさえも超えた存在である博麗はきっと、人の皮を被った異形の怪物で、妖怪巫女であるに違いない。

 

 

 頭の歯車を回転させ考え事をしていた私の耳に、魂から絞り出したような叫びが辺りに木霊するのが入ってきた。

 それに追随するように先程まで私の後ろにいた男が遮二無二逃げてきたという形相であったのが目に映った。

 反射的に振り返ると、そこには怪異がいた。

 生きた、本物の怪異が。

 出来の悪い夢の世界から現の世界へと抜け出てきたように。

 

 その姿は異形という他なかった。

 犬のような四足歩行の獣のようであったが、姿形は犬のそれでは無い。

 

 特徴的であったのはその面持ち。

 大きく歪みながらも辛うじて人の顔を保っていたが、爛れたような赤い瞳には狂気の色が見え隠れしていた。

 口からは油分を多量に含んでいると思われる黄色い汁と、思わず鼻を覆いたくなるほどの嫌悪感を感じさせる悪臭を垂れ流している。

 四肢は鍛え上げられたもののふの様に強靭であり、その先端は研ぎ澄まされた矛先のような鋭角を描いていた。

 その姿は紛うことなき怪異であった。

 

 人は忘れることが出来ないのだ。

 得体の知れぬ恐怖を。

 

 境内を極度の緊張感が走る。

 そこには食物連鎖における、喰うものと喰われるものという自然の理そのものである構図が出来上がっていた。

 

 護衛としてついていた半妖も続けて行動に移るが時既に遅かった。

   

 人の顔から発されたのは人ならざる者のけたたましい雄叫び。

 声にならない叫びであるのに、どこか人の言語らしきところを感じるのは皮肉に感じる。

 酷く鈍い低音でありながらものそれは被食者たる私に更なる恐れを抱かせるには十分だった。

 恐怖心により竦んだ身体をどうにか動かそうとするよりも早く、妖怪は行動を開始する。

 獲物を狩るために研ぎ澄まされた腕の筋肉が、バネのように収縮したかと思うと、次の瞬間には火筒から弾が飛び出すような勢いで空を切った。

 一連の動作は瞬きするほどの時間だった。

 にも関わらず、私の黒く濁った瞳はその全てを捉えていた。

 あの頃の金の虹彩を帯びたかのように。

 

 そして鮮血が舞った。

 

 声にならない悲鳴と泣き声が金切り声となって木霊のように聴こえてくる。

 そこには被食者特有の響きが含まれていた。

 けれども事の真相は予想もつかない方向へと進んでいた。

 

 そう。

 私だけは許された。

 この場にいる人間の誰よりも早く事の顛末を見ることを。

 

 力任せに振りかぶられた怪異の腕は私に触れる直前に、壊死したかのようにどろりと腐り落ちた。

 

 剥き出しにした邪悪な微笑みから一転して、歪に膨れ上がった眼球が私を見つめ返す。

 しかしそれは秒にも満たなかっただろう。

 含まれていたであろう諦観と侘しさを私に伝える暇も無く、砂上の楼閣の如くどろりと溶け落ちた。

 

 怪異が腐敗臭を放つだけの肉塊へと姿を変えたのは文字通り、一瞬の出来事だった。

 

 音も無く、空高くから針が飛来した。

 金属特有の光沢が、空をキャンバスにして、白銀の線を真っ直ぐに描きながら件の怪異に突き刺さったのだった。

 その針は神のみに許された腐敗の力を振るい、寂を齎した。

 

 今もなお黒くくすんでいくものの、粘性を帯びた黄色の体液を撒き散らしながら蠢く体躯。

 穢れにまみれた肉の中でも、清められた針は汚濁に塗れた池に咲く可憐な蓮の花のように自身の存在を主張していた。

 だがそれは過ぎたるは及ばざるが如く、純粋さ故、猛毒にまで昇華されているようにも見えた。

 

 この現象を作り出した人物には心当たりがある。

 無論、彼女以外に他ならないわけだが。

 

 一握りの好奇心と、今の私にも残された精一杯の勇気を振り絞り空を見上げると、赤と白に彩られた無垢な少女がいた。

 こいつはさも当然のように空を飛ぶ。

 その姿はさながらに、手を伸ばせば触れられる癖に捕まえられない空気だった。

 人の理を超えているこいつを見て、私のような非力な人間とは違うとその身を以て思い知らされた。

 

 ああ。

 私のような籠の鳥なんかじゃない。

 こいつは大空を舞う鳥なんだ。

 私が手放した自由を、こいつはその手にして。

 

 人里の誰よりも整った顔立ちで。

 腰まで届きそうな黒艶な髪で。

 私よりも上質そうな服を着て。

 怪異を退ける力を持って。

 

 そう、私はこいつに嫉妬していたんだ。

 私よりも何もかもが恵まれていたのだから。

 

 無論、畏れが無かった訳では無い。

 けれども人が感じる恐ささえも、美しいと思ったんだ。

 それが幻想郷のプロパガンダとして必要な美しさだったとしても。

 

 

 

 

 

 

 その癖に、どうして。

 どうしてお前は。

 どうして、そんな瞳をしているんだ。

 

 年相応の娘が浮かべる光も、私のような濁った闇も。

 そのどちらも浮かべていない。

 ただ虚ろにこの世界を映していた。

 

 能面を貼り付けたような無表情と何も映さない瞳は、彼女は人ではなくモノであるという認識を私に植え付ける。

 だから彼女と関わってはいけなかったのだろう。

 

 私は全てを理解した。

 こいつは人の為の神なんだって。

 

 怪異を鎮めるために人は神を信仰するならば、こいつは紛うことなき神だ。

 博麗という神として畏れ崇めることが正解なんだろう 。

 だからこそ、こいつは正しく天蓋の存在なんだ。

  

 もし私に金の瞳が残っていたならば、こいつと友達になれたかもしれない。

 すぐには追いつけなくても、いつの日かこいつのように空を志して、空を舞えたのかもしれない。

 そんないくつもの「もしも」を掲げたところで、今の私に光は残されていない。

 

 友達というのは対等な存在でなければ成立しないものだ。

 最低でも、対等であろうとしなければならない。

 だから私はこいつと友達になれない。

 

 その結論に至った時 、こいつのことを何も知らないはずなのに、私の凍りついた心が根元からひび割れていくような異様な感覚を覚えた。

 

 「久しぶりね・・・」

 

 底冷えするような声で、遥か上空から私に語りかけた。

 でもその声はどこか儚げで、懐かしくもあって。

 こいつのことを守ってあげなきゃいけない。

 なんて見当違いも甚だしい感想が出た。

 

 無論こいつと会うのは初めてだ。

 いや、初めての筈だ。

 

 奇妙な既視感と未視感が混在していることが悪性のしこりのように固まっていく。

 

 言葉に出来ない感覚に戸惑いながらも、私はその言葉にそっと声を返していた。

 その一瞬だけは自分の体ではなくなったように、一人でに、知らない言葉を紡いだ。

 口から漏れでたそれは、誰かの名前らしきもので。

 

 それを聞き届けたこいつはどこか嬉しそうで、悲しそうに見えた。

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