我思う、故に我有り   作:黒山羊

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魚心あれば水心

 シンジが退院した次の日。

 

 サキエルの住処に珍しい客人が訪ねてきていた。

 

「……サッキー」

 

 ファーストチルドレンの綾波レイである。

 

「む、君は確か、エヴァに乗っていた子か」

「そう。綾波レイ」

「レイ君か。私をサッキーと呼ぶと言うことは、シンジ君から私のことを聞いてきたのか?」

「えぇ」

「成る程ね。……で、君も泳ぎに来たのか?」

「話しに来たの」

 

 そう言うレイは、怯える素振りもなくサキエルの白い仮面をペチペチと触っている。

 

「……私の仮面がどうかしたのか?」

「ユニーク」

「そうか。……ときに、レイ君は使徒なのか? 妙なシンパシーを感じるのだが」

「……碇司令から聞いていないの?」

「聞いてないな」

「……なら言えないわ」

「そうか。今度機会があれば訊くとしよう」

 

 そんな会話をしている間に既にレイはサキエルの頭の上によじ登っているのだが、サキエルは『変わった子だな』程度で済ませている。まぁ、サキエル自体に害はないのでそんな対応なのは仕方がないだろう。

 

「レイ君は友達を連れては来ないのか?」

「いないもの」

「ふむ。レイ君は美人だから友達ぐらい簡単に作れそうなものだが」

「美人?」

「『目が大きい、睫毛が長い、鼻と口が小さい、頭が小さい、顔のパーツが左右対称に近い、肌が白い、ニキビがない、スタイルがよい』というのが一般的美人の認識らしい。これを大体満たしているのだから美人と言って良いと思う」

「……そう。でも友達はいないわ」

「ふむ。ならば私が記念すべき初の友人というわけだな」

「そうね」

 

 ほのぼのと浅瀬に漂うサキエルの頭上にちょこんと乗っかっているレイは、その表情を殆ど変化させていない。が、サキエルは何となく嫌がってはいないようだと判断した。

 

「……サッキー」

「何かなレイ君」

「友達とは何をするものなの?」

「何をするものか、か。……こうやって会話したり、後は一緒に遊んだりするのが『友達』らしいよ」

「そう、遊ぶのね。……遊ぶって、何をすればいいの?」

「うーん、此処だと泳ぐぐらいしかないな。人間ならば、街に繰り出す、食事を食べに行くといった遊びもあるのだが、如何せん私は身体が大きいからね」

「……なら、泳ぎましょう」

「……待ちたまえレイ君。水着はあるのかね?」

「下着では駄目なの?」

「駄目だ。……ちょっと待って居たまえ」

 言うなりサキエルはレイを優しくつまみ上げ、その体型、骨格などを把握する。

 

 その直後、サキエルの指先から『プラグスーツ』の様なものが現れた。

 

 ともすれば魔法のようにも見えるが、その原理は簡単。実際のところ、それはプラグスーツ形に整形されたサキエルの皮膚なのだ。

 

「……これを着れば泳いでも良いのね?」

「ああ。多分水着の代用にはなるハズだ。」

 

 サキエルがそう言うなり、レイは着替え始める。流石に予想済みだったサキエルが両手で囲いを作って臨時の更衣室を作ったから良いものの、一歩間違えれば露出狂である。

 

 おそらく諜報部の皆さんは確実に見ていると思われる以上、隠してあげるのが優しさというものだろう。

 

 諜報部の皆さんからすれば不服かもしれないが。

 

「着替えたわ」

「そうか。なら、私の背中に掴まってくれないか? 落ちると危ないからね」

「こう?」

「そうそう。……では、出発と行こうか」

 

 その声と共に、サキエルはジェットスキーのように水上を駆ける。

 

 その背中に、少し楽しそうな表情のレイを乗せながら。

 

 

--------

 

 

 さて、一方その頃。

 

 ネルフ本部の第一発令所では、モニター全体にサキエルの解析データが映し出され、侃々諤々の大論争が巻き起こっていた。

 

 作戦一課主催の、『第三使徒対策会議』である。

 

 

「二つのS2機関の並列駆動が行われている場合、もはや現状のエヴァ用兵器では対応出来ないと思います」

「ポジトロンスナイパーライフルを改良すれば、どうにかATフィールドを貫けないか?」

「プログレッシブナイフを延長してプログレッシブソードにするとか」

「何が怖いって、あの知能だよな」

「ああ、多分もうその辺の人間より賢いぞアイツは」

「なのに、なぜ葛城一尉の名前を間違え続けるのか。という謎が攻略のキーかも知れない」

「いや、流石にそれはないだろ」

 

 などと意見を交わし合うのは主にオペレーター達や作戦一課の下っ端連中である。当然ながら、良い案がなかなか浮かばない。

 

 そんな中、ある強力な助っ人がふらりと現れた。

 

「……何してるの?」

「あ、赤木博士! 丁度良いところに!」

「第三使徒の弱点とか、MAGIで分かりませんかね?」

「あぁ、それなら確か……メルキオールが『逃げなきゃ駄目だ』、バルタザールが『笑えば良いと思うよ』、カスパーが『気持ち悪い……』だったかしら」

「役に立たないですね……」

「そんなこと無いわよ? 戦ってはならないということが分かっただけでも儲けものだわ」

「……ん? 戦わないんですか?」

「戦わないわよ?」

「何故です?」

「MAGIが『手を出さない限りは安全』と判断したからよ。……此方からの交渉役にはレイが任命されたわ。と言っても、あの使徒と仲良くなって貰うのが目的なんだけど」

「情に訴えかける作戦って事っすか?」

「まぁ、そんな所ね。……虎の尾を踏まない気をつけながら打てる手はこのぐらいだもの」

 

 そう言いながら、リツコはコンソールを操作して芦ノ湖の状況を映し出す。

 

 モニターに映るレイは、高速で水上を駆けるサキエルの背で水しぶきと戯れており、それなりに楽しんでいるらしい。

 

「あー、なんか良い感じっすね。……俺も泳ぎに行けりゃあ良いんすけどね」

「ネルフは24時間年中無休よ、諦めなさい青葉君」

「……ですよねぇ」

 

 溜め息をつく青葉は羨ましげに画面の中のレイを見つめる。

 

 その視線の先で、サキエルとレイは悠々と泳ぎ回っていた。

 


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