我思う、故に我有り   作:黒山羊

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青天の霹靂

「これより、零号機再起動試験を行う」

 

 そう告げるオペレーターの声が響く中、ゲンドウがレイへと声をかける。

 

「レイ、準備は良いか?」

「はい」

 

 その短いやり取りと同時に、モニタールームのスタッフは各種機器の操作を開始する。

 

「パイロット、零号機と接続開始」

「シンクロ問題なし」

「中枢神経素子に異状無し」

「一から二千五百九十までのリストクリア」

「絶対境界線まであと、2.5、1.7、1.2、1.0、0.8、0.6、0.4、0.3、0.1」

「ボーダーラインクリア! 零号機起動しました!」

 

 その報告に、モニタールームの張り詰めた空気が和らぐ。

 

 では、この調子で次の試験を……。などと皆が考え始めた頃、直通電話が鳴り響いた。それを素早く取った冬月副司令は、緊張した面持ちで告げる。

 

「芦ノ湖経由で此処に向かう未確認飛行物体が出現! おそらく第五使徒だ!! 総員第一発令所へ移動!!」

「碇司令、零号機は?」

「まだ使えん、待機だ。初号機で応戦する!!」

 

 その号令に素早く準備を始めるスタッフ達。

 

 三度目の戦いの幕が開いたのだ。

 

 だが、その緊迫した空気の中で、誰かがポツリと呟いた。

 

「ん? 芦ノ湖?」

「「「…………芦ノ湖!?」」」

 

 

 作業を進めるスタッフ達の身体が一瞬膠着したのを責められるモノは、此処には居なかった。

 

 

--------

 

 

 マズいときにマズいモノが来たなとサキエルは内心歯噛みした。浜辺にへたり込むトウジとケンスケの視線の先に浮かぶ青色の正八面体。

 

 間違い無く第五使徒である。

 

 普段ならばエヴァに対処をお願いしたいところだが。生憎使徒の進路上にトウジ達が居る影響でみすみす通過させるわけにもいかない。

 

 ならば、この場で二人を守るためには彼が立ち向かうほか無いと判断したサキエルは、寝そべるような体勢から素早く上体を起こして直立歩行へと移行すると共に、全力でATフィールドを展開。第五使徒と二人の間に仁王立ちで立ちふさがった。

 

「二人とも早く逃げろ!」

「…………はっ!?」

「逃げろと言っているッッ!!」

 

 サキエルが再度吼えると同時にケツを叩かれたかのように二人が逃げ出す。

 

 それと同時に飛来した閃光は容赦なくATフィールドごとサキエルの皮膚を焼き、その仮面にビシリと亀裂を入れる。

 

 だが、サキエルとてやられたままではない。

 

 目から強化された光の矢を放つと同時にATフィールドを仰角に変え、第五使徒が放つ閃光の威力を斜面で受ける事によりどうにか持ちこたえる。だが、その両腕の皮膚は焼けただれ、ATフィールドは今にも破れかねないほどの圧力に軋みを上げる。

 

「この圧力、レーザー攻撃ではなく荷電粒子砲か!? 厄介な!!」

 

 その攻撃を素早く、そして正しく把握したサキエルはトウジ達が既に第五使徒の射線上から逃れた事を確認して水中に潜る。

 加熱した皮膚が急冷されたことでひび割れ剥離していくが、再生する上では炭化した部分が剥がれたのは幸いだ。

 

 既にうっすらと皮膚が再生し始めた事を確認しつつ、サキエルは水中から光の鞭を伸ばして第五使徒へ攻撃を敢行する。

 

 その一撃は確かに第五使徒へ直撃し、その身体に僅かに傷を付ける。反撃として、当然荷電粒子砲が飛来するが、先程と異なり水という二つ目の防壁のお陰で先程よりはマシだ。だが、それでもその攻撃は容赦なくサキエルの肉体を焼き焦がす。

 

「超攻撃力と固すぎる身体とは、随分羨ましい限りだな!!」

 

 思わず悪態をつくサキエルは、だが諦めることなくそのひび割れた仮面から光の矢を放つ。

 

 水の天使の名を冠する第三使徒サキエルと雷の天使の名を冠する第五使徒ラミエル。

 

 二つの使徒による怪獣大戦争は、サキエルの圧倒的不利で幕を開けたのだった。

 

 

--------

 

 

「芦ノ湖にて第三使徒が第五使徒を迎撃!!」

「第五使徒の攻撃手段は荷電粒子砲と推定されます!!」

 

「芦ノ湖、沸騰し始めました!」

 

 次々と齎される理解を拒否したくなるような情報。

 

 それを受け取りながら、ミサトは理解に苦しんでいた。

 

 『生きたい』というのが目的であるはずのサキエルが、何故わざわざ彼処まで身体を張るのかが分からなかったためだ。

 

 だが、その疑問はすぐさま解決する事となる。

 

 

「諜報部より入電!! 『第三使徒と接触していたらしい民間人、鈴原トウジと相田ケンスケの二名を保護。第三使徒は彼等を守るために戦闘していると供述しており、現在詳しい事情を調査中』」

「……成る程ね、道理で無茶してる訳か」

 納得したように呟くミサトに、横からリツコが声を掛ける。

 

「ミサト、あの威力の荷電粒子砲は流石にエヴァでも危険よ。画像を拡大したけれど、あの第三使徒ですら両腕が焼け焦げてるわ。……同時に同等のスピードで再生している様だけど」

「……アイツ、S2機関ってのを二個も乗っけてるんでしょ? なのに千日手なの?」

「ええ。一つでもエヴァを永久に稼働させうる装置二個でやっと千日手まで持ち込めるってわけ。……荷電粒子砲はそれ程強力ってわけよ」

 

 そう言って苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるリツコ。

 

 その表情から状況を大体察しつつも、ミサトは気になる事を訊いてみる。

 

「その荷電粒子砲ってのが凄いのは分かったけど、具体的にはどう凄いのか教えて」

「確かに、あまり聞かない言葉よね。分かったわ」

 

 そう言ってから、リツコはコーヒーで舌を湿らせて語り始めた。

 

 

 荷電粒子砲。

 それを一言で説明すれば、「ぼくのかんがえたさいきょうの水鉄砲」というのが分かり易いだろう。水鉄砲に水の代わりに重金属を入れ、光の速さで発射するという馬鹿げた兵器。電荷を帯びた粒子を電磁力で以て光の速さまで加速させた結果齎される被害は凄まじい。

 

 主な被害は三つ。まず、荷電粒子砲が直撃した物体は原子核を破壊されて消滅すること。

 

 次に、発射に伴い大量の電磁波が放たれる事。この場合の電磁波はマイクロ波、赤外線、紫外線、可視光線、エックス線と選り取り見取り。

 

 つまり、周囲を電子レンジでチンしながら、浴びれば一発で皮膚ガン確実な紫外線をバラまき、赤外線で周囲を焼き払い、挙げ句にエックス線で周囲の電子機器を叩き潰すという鬼畜仕様だ。

 

 そして最後に、摩擦熱。

 

 亜光速で飛来する物体は大気と摩擦を引き起こし、周囲もろともプラズマ化。その高温は芦ノ湖を一瞬で沸騰させるレベルである。

 

 

 そんな解説を懇切丁寧にされたミサトは思わず頭を抱える。

 

「……ちょっち、強すぎでしょ」

 

 その彼女の独白は、この場にいる全てのスタッフ達の心の声でもあった。


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