煮えたぎる湖水、立ちこめる蒸気、煌めく閃光、放たれる光剣。かれこれ四時間は続く激戦は、依然、両者共に決め手を欠いた千日手。
そんな中、使徒対使徒の戦闘に横槍を入れたのはネルフ……ではなく戦略自衛隊だった。
なかなか現れないエヴァンゲリオンに業を煮やした彼等はN2弾頭搭載ミサイルによって『第三使徒共々第五使徒を焼き払う』という暴挙に出たのである。
次々と二子山から飛来するミサイル。それにサキエルが気付いた時にはもう遅い。
炸裂するミサイルが芦ノ湖の湖上を照らし、爆風が音速を超えて周囲の雑木林を薙払う。
その破壊の嵐が止む頃には芦ノ湖の湖上に、二つの黒こげになった使徒が静止しているのが確認され、戦略自衛隊は確かな手応えにほくそ笑んだ。
その一方で、状況を確認した地下のネルフ職員達が思わず頭を抱えるのも仕方がないだろう。
事態は、最悪の方向へとシフトしたのだから。
「……碇、これはマズいぞ?」
「……ああ、拙いな」
そう零す冬月とゲンドウは、冷房がかかった室内だというのに冷や汗で額を濡らしている。
そんな中、やはりと言うべきかオペレーターから予想通りの報告が述べられた。
「第三使徒から高エネルギー反応、高速で再生開始!! 二十分程度で完全に再生すると思われますが、微動だにしません」
「S2機関を二つとも再生に回してるんだわ。……第五使徒は?」
「現在、自己修復ちゅ……いえ、第五使徒からも高エネルギー反応!? 荷電粒子砲射出準備に入ったと思われます!!」
「第五使徒、円周部を加速!!」
「…………マズいわね」
「…………はい」
血の気の失せた顔で頬をひきつらせるネルフ職員達の前で、第五使徒ラミエルは荷電粒子砲を二子山に向けて叩き込む。
溶解、沸騰、蒸発のプロセスを諸々すっ飛ばして二子山をマグマの海へと変貌させたラミエルはかなりお怒りらしく、既にドロドロのマグマになった其処に再度荷電粒子砲を照射している。
まぁ、当たり前と言えば当たり前。サキエルの攻撃をほぼ完封していたラミエルにとって、自身に傷を負わせた戦略自衛隊の方が危険度が高く、そちらを優先的に攻撃しただけの事である。
MAGIがその展開を予想していたからこそネルフは様子見に徹していたのだが、戦略自衛隊にはMAGIは無い。ならばネルフに何故様子見なのかを問い合わせでもすれば良いのだが、いわゆる面子の張り合いという下らない理由でその連絡が行われることはなかった。
N2を使用したならば政府からの許可は降りているのだろうが、どうにも戦自のお偉いさんがごり押ししたような雰囲気である。シビリアンコントロールのお題目はどこに消えたのだろうか。
その結果がコレでは損得勘定が釣り合わないと思われるが、後の祭りだ。
「……第五使徒、第三新東京市に向けて侵攻を再開。およそ五分程度でネルフ本部上空に到達する見込みです」
その報告にゲンドウはポツリと呟く。
「……冬月」
「……なんだ、碇?」
「戦自に抗議文を送れ」
「もう送ったさ」
「そうか」
そんな会話の一方で、リツコとミサトが率いるスタッフ達は使徒の迎撃準備に取り掛かっていた。
「妨害用電極設置完了!!」
「ご苦労様。『盾』はあとどれぐらいで出来そう?」
「後三時間程で完成します」
「レールガンは?」
「砲身は完成してます。現在コンデンサをエヴァ用電源から充電中。此方は後二時間程で充電が完了します」
「第五使徒本部直上に到達!! 目標下部の変形を確認!」
「変形?」
「はい、錐に酷似した形状へと変形しました」
「目標、地面の掘削を開始しました」
「なる程、此処に直接攻撃するつもりね。……本部への到達予想時刻をMAGIに計算させて」
「了解。……明日、午前4時6分54秒です」
「あと10時間って所ね。じゃあ、念の為にレールガンの予備コンデンサにも充電開始。盾は明日の二時まで使って全力で強化して。エヴァ用の予備装甲も使って構わないわ」
「「了解!!」」
「あ、リツコ。シンジ君の待機状態を解除して休憩させてあげても良い?」
「良いわよ。万全のコンディションで居てくれた方が此方としても助かるもの」
「サンキュー、無線借りるわよ。……シンジ君聞こえる?」
『はい』
「一旦休憩して良いわよ。なんなら仮眠室で寝てても良いわ」
『了解です』
タイムリミット付きとはいえ、ある程度余裕が出来たネルフ本部は万全の状態で戦闘を行うべく、より一層慎重に準備を進めていく。
と、その準備を応援するかの様な朗報が一つ。
「第三使徒完全復活!! 第五使徒に攻撃を開始しました!!」
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「やれやれ、ある意味あの爆弾は私の生みの親とはいえ、そう何度も爆破されては堪らないな」
思わずそんな事を愚痴りながらも、サキエルは上体を起こした。 それと同時に表面にこびりついた焦げがボロボロと落下し、その下から再生された表皮が現れる。
そうして軽く身体を動かしてみて、異状無しと判断した彼は第五使徒へと向けて第三新東京の広い道路を駆け抜ける。
もともとエヴァが自由に動くための六車線道路を使用して素早く突撃を敢行した彼は、当然ながらラミエルの荷電粒子砲の妨害を受ける。
だが、此処でリツコ達が用意した電極が役に立った。
荷電粒子砲はその名の通り帯電した粒子を発射する武器である。
故に、パチパチと放電する電極からの電気的反発を受け、あらぬ方向へと荷電粒子砲はねじ曲がる。
その隙を見逃さず、懐に飛び込んだサキエルは輝く拳を振りかぶる。その拳の正体は、光の鞭をバンテージ代わりに巻いた即席のグローブだ。
殴る、殴る、殴る殴る殴る殴る殴る。
怒涛のラッシュを叩き込むサキエルに、ラミエルは防戦一方と成らざるをえない。
荷電粒子砲を放つ場合、そちらにエネルギーを消費する事でどうしてもATフィールドの弱体化が発生する。
その状態ではサキエルのラッシュを受けきれない。
ならば逃げれば良いのだが、生憎ラミエルは掘削地点から動けない。
「攻撃は最大の防御とは良く言ったものだな。これで私が殴り続ける限り身の安全を確保出来るというわけだ。……先程まで散々こんがり焼かれた怨みは重いぞ」
恨み辛みのこもったラッシュパンチがATフィールドを殴りつける音と、ドリルの掘削音だけが響く夕暮れの第三新東京市。
戦闘はもう間もなく、開始から五時間を迎えようとしていた。