我思う、故に我有り   作:黒山羊

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石橋を叩いて渡る

 深夜二時。芦ノ湖を見下ろす位置に存在する三国山にて、対ラミエル戦の最終準備が行われていた。

 

「エヴァ専用レールガン、照準完了」

「第一コンデンサ、使用準備完了。予備の第二、第三コンデンサも同じく使用準備完了」

「エヴァ専用対荷電粒子砲防御シールド、最終調整完了しました」

「交換用レール、並びにプロジェクタイル準備良し」

「葛城一尉へ連絡。エヴァ零号機、初号機、共に所定位置に到着しました。現在パイロット二人がヘリで其方に向かっています」

「了解、各員最終調整を継続して。……リツコ、目標の様子は?」

「今のところ、サキエルに殴られているわ。尤も、サキエルの攻撃自体は通っていないようだけれど」

「マジで滅茶苦茶堅いわね……レールガンで本当に大丈夫なの?」

 

 そう不安げに問い掛けるミサトに、リツコはクスリと笑って頷いた。

 

「レールガンの初速は秒速35キロメートル。マッハにすればだいたい109。十二分にATフィールドを貫けるわ。但し、一発撃つのに十億円かかるけれどね」

「十億ぅ!?」

「レール部分をプロジェクタイルごと交換するから、それぐらい掛かるのよ。何しろ、大量のプラチナと希少なレアメタルを使ってるから、値も張るのよ」

「十億かぁ……私のお給料もそれだけあればエビス飲み放題なのに」

「十億円でビールを買おうとする辺りがミサトらしいわね」

「私の血はビールなのよ」

「ふふ、そうかも知れないわね」

 

 笑うリツコ、おどけるミサト。そんな雑談で緊張が幾分かマシになったらしいミサト。其処に、プラグスーツ姿のシンジとレイがやってきた。

 

「ミサトさん、作戦会議って聞いて来たんですけど……」

「……私も」

「あら、二人とも早いわね」

「そうですか?」

「……葛城一尉がのんびりなだけ」

「レイは手厳しいわねぇ。……まあ良いわ、二人とも良く聞いて」

 

 そう言って、ミサトは姿勢を正し、作戦の説明を始める。 超長距離射撃による使徒殲滅作戦、『屋島作戦・改』。

 

 作戦一課とMAGIが全力で考え出したこの作戦は、源平合戦における『屋島の戦い』を元に考案された物だ。 

 

 その要と成るのが、エヴァ専用レールガンである。

 

 全長30メートル、口径46センチ、使用電力1ギガワット。原子炉一基が一時間掛けて発電した電力を一瞬にして消費するモンスターマシン。その砲身から放たれるタングステン弾は衝撃波を伴い直進する。

 

 その砲撃手として、碇シンジが操るエヴァ初号機を使用。この際のロックオンはMAGIシステムによる補助を受ける。

 

 そして、この計画の成功率をあげるために使用されるのが『盾』と零号機である。

 万が一に備えて初号機前方で待機する零号機の役割は、盾で荷電粒子砲を受け止めることである。初撃でしとめきれなかった場合に使用されるその盾は、スペースシャトルの底部パーツをベースにエヴァ用の装甲を組み合わせた巨大な逆三角形の形をしており、荷電粒子砲に対して一分程度の耐久が可能である。

 

 一分あれば十分に残り二個の予備で狙撃を行えるため、それさえ当たれば問題はない。

 

 八時間で用意した策としては悪くはないものと言えるだろう。

 

「……って感じなんだけど、質問ある?」

「あの、僕が盾役じゃ駄目なんですか?」

「えぇ。流石に零号機はまだ狙撃みたいな精密作業はできないから」

「……そうですか。……じゃあ、仕方ないのかな」

「……シンジ君、不服そうね?」

「だって、綾波さんは女の子だし、盾役は危ないみたいだし……」

「あら。可愛い見た目なのに、意外に男らしい考えじゃない」

「ミサト、その発言、男の子のプライド抉ってるわよ」

「……あ、ごめん」

「気にしてないですよ」

 

 そう言いつつも微妙な表情を浮かべるシンジに、横合いからトドメが入る。

 

「……大丈夫。碇君は私が守るもの」

「…………うん。ありがとう綾波さん。でも、このタイミングだと素直に喜べないや」

「……どうして?」

 

「いや、まぁ、男子のプライドとか?」

「……?」

 

 

 可愛らしく首を傾げるレイと、乾いた苦笑を漏らすシンジ。

 

 良い具合に緊張がほぐれた二人は、暫くしてやってきたスタッフに連れられて、エヴァに乗り込み最終調整に入る。

 

 

 今宵は満月。

 

 

 月光の中で、着々と進む準備は、最後の詰めに入っていた。

 

 

 

--------

 

 

 

「ん?」

 

 背筋に走った妙な感覚に、思わず声を漏らしたサキエルは、最早作業と化したラッシュの手を休めることなくその感覚が何であるかを考える。

 

「……何かこう、ビビッと来たな。虫の知らせにしてはハッキリと感じたが。……となると、電波でも拾ったのか?」

 

 そんな疑問を解決すべく、サキエルは自身のラジオ機能をオンにして受信周波数をゆっくりと上下させる。その帯域が軍用周波数に達した所で、サキエルは先程自身を驚かせた原因を察知した。

 

『こちらネルフ。第三使徒サキエルに告ぐ。我々は芦ノ湖方面より第五使徒ラミエルに砲撃を開始する。至急射線上から退避されたし。なお、攻撃は続けて貰えれば有り難い』

 

 そんな通信が頭の中に響いてくれば、流石に原因は分かるというものだ。

 

「……まぁ、取り敢えず言われた通りに移動するが、何をやるつもりだ?」

 

 そんな呟きを漏らした所で、あちらに聞こえる由もない。せめて何か通信手段があればな、などと思いながらステップを繰り返し射線上から逃れたサキエルは唐突に思いついた。

 

 こちらがあちらの送った電波を読み取れるならば、あちらも此方の送る電波が読み取れるのでは無かろうか、と。

 

 そうと決まれば話は早い。取り込んでいたパソコンから無線LAN機能を読み取って周波数を弄り、様々な周波数でメッセージを送信しようと試みる。

 

 流石に他の人々が受信してしまう危険性を考えて、一番最初のメッセージは意味が分かる人にしか伝わらない『サッキー』という単語だけだが。すぐに返信が帰ってきた。

 

『こちらネルフ。こちらの受信帯域は372メガヘルツである』

『こちらサキエルだ。聞こえるかな』

『こちらネルフ。通信に異状無し』

『それは良かった。……ところで、ミサヨ君は其処にいるのかな?』

『ブフッ……いや、失礼。こちらオペレーターの青葉シゲルだ。葛城一尉は今作戦行動中で手が放せない。伝言ならこちらで言っておくが』

 

 その返答に、サキエルは少し考えを巡らせてから、言付けを頼むこととした。

 

『ふむ。では、作戦への協力の対価として此方は使徒ラミエルの死骸を貰い受けたいとサトミ君に伝えてくれないか。正直、手が疲れた』

『惜しいっ……いや、何でもない。分かった、伝えておこう。協力感謝する』

『どう致しまして。そちらも作戦頑張ってくれシゲル君』

『了解。今から五分後に初撃を行うので注意してくれ』

 

 

 その通信が切断された後、青葉シゲルが「俺の名前は言えるのか」と、安堵とも突っ込みともつかない独り言を呟いていたことは、サキエルが知る筈もなかった。

 

 

--------

 

 

 午前二時二十七分。

 

 三国山山頂にて、初号機は身体を伏せ狙撃体勢に移行していた。

 

「コンデンサ、接続!!」

「MAGIシステムによるロックオン開始!!」「最終安全装置、解除!!」

 

 

 次々と飛び交うそれらの言葉は既にシンジの耳には届かない。

 

 ロックオンのタイミングを見極めるべくヘッドマウント型モニターから表示される画像を食い入るように見詰めるシンジは、半ば無意識に初号機からの音声情報をカットしていた。

 

 それ程の集中の上で、遂に引き金が引かれる。

 

「第一射、撃てッッ!!」

 

 その司令と同時に人差し指で引き金をカチリと引き絞る。

 

 金属を強引に引き裂いたような音と共に飛翔する弾丸は表面を摩擦で赤熱させ、流星のように尾を引いてラミエルへと直撃する。

 

 が、しかし。

 

「着弾!! ですが、コアから少しそれました!!」

「レール交換!!」

「目標から高エネルギー反応!! サキエルの拳を受けながらも円周部を加速、収縮していきます!!」

「零号機、スタンバイ!!」

「荷電粒子砲、来ます!!」

 

 飛来する破壊の稲妻。

 

 二子山をマグマに帰したそれを受け止めたのはエヴァ零号機。その正面に構える盾は表面が溶け、荷電粒子砲の威力に押されてはいるが、未だ健在。

 

 リツコの言葉通り、一分の時間を稼いだその盾の陰から、初号機は冷静に第二射、第三射を放つ。

 

「第二射、着弾!! コア直撃!!」

「第三射、コアを完全に粉砕しました!!」

 

 オペレーターがそう告げると同時に、ぐらりと傾き、地に沈む使徒ラミエル。

 

 その死骸に組み付いて、どうにかこうにか持ち上げた末、芦ノ湖へと戻るサキエル。

 

 その光景に、緊張の糸が一気に解けたシンジとレイは仲良くエントリープラグで眠りに落ちる。

 

 第五使徒迎撃作戦は、戦闘開始から13時間を経て、漸く成功したのだった。

 


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