第五使徒ラミエル迎撃作戦の翌日。作戦後からずっと芦ノ湖の浄化作業に勤しんでいたサキエルは、漸く綺麗になった湖でのんびりと身体を休めていた。
第五使徒を捕食して獲得した物も含め、現状三つのS2機関を持つサキエルは肉体的疲労とは無縁なのだが、精神的疲労というのはどうしても蓄積される。
故に、形だけでも休息が必要なのだ。
その時間を利用して、今は新たに手に入れた能力の確認をしている。
今回手に入れた能力は荷電粒子砲と頑丈なボディ、そしてドリル。
荷電粒子砲は強力過ぎて使いどころに困るが、ドリルはなかなかに便利である。
パイルバンカーに組み込んでみた結果、貫通性が跳ね上がったのだ。
地味だが汎用的なその機能は、サキエル的には今回一番の収穫であると言えよう。
その特徴は甲高い回転音と、舞い散る火花。威嚇としても使えるだろうその見た目は、実に心躍る物がある。
「……格好良いな」
漢の浪漫兵器として名高いそれに、サキエルは御満悦であった。
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さて、一方その頃。シンジ達は学校の屋上で昼食をとっていた。
今日のメニューはトウジがコロッケパンと焼きそばパン、ケンスケがコンビニの豚の生姜焼き弁当、そしてシンジとレイが『シンジお手製豆腐ハンバーグ弁当』である。
何故、シンジがレイの弁当を作っているのか。
理由は単純、栄養剤だけで生活していたレイを見かねたシンジが弁当を渡しているだけである。因みに、レイから報告を受けたリツコからミサト経由でお弁当代が支払われているため、葛城家の家計に支障はない。
まあ、問題があるとすれば、シンジがお弁当を渡している光景のせいで、学校内における『碇・綾波姉弟説』の信憑性が右肩上がりな所だろうか。もはや、一部の教師すら信じている節がある。
というか、シンジ自身が周りに言われすぎて、実は本当に姉弟なのではなかろうかと疑心暗鬼を生じている。
何しろ、改めて自分とレイの姿を見比べれば、他人とは思えぬ程似ているのだ。特に鼻の辺りと目元はそっくりである。
此処まで似れば、シンジ自身が勘ぐるのも致し方ないだろう。彼の中では、ゲンドウの隠し子ではなかろうか、という説が有力である。
「しかし、センセの弁当は旨そうやの」
「そうかな?」
「そうやで。……のう綾波、そのハンバーグ、ちょっとだけくれへんか?」
「駄目」
「そこを何とか」
「駄目」
「ハハハ、諦めろよトウジ。……けど、碇、その辺の女子よりよっぽど女子力あるよな」
「……女子力は流石にないと信じたいなぁ」
苦笑いと共に答えるシンジに、ケンスケはニヤリと不敵な笑みを浮かべると質問を開始する。
「じゃあ、趣味は?」
「料理とチェロかな。……チェロはマンションに住んでるから最近弾いてないけど」
「得意料理は?」
「オムレツ、ハンバーグ、後は和食全般。……何の質問なのさ、これ」
「碇の女子力判定」
「結果は?」
「碇に有るのは女子力ではなく母性でした」
「余計にイヤだよ!?」
割と本気で嫌がるシンジと「残念ですが、手遅れです」などと言ってからかうトウジとケンスケ、口角を一ミリほど上げて微笑むレイ。
そんな平穏な日常は、確かにシンジやレイの心の寄りどころとなっているのだった。
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さて、その頃。
ネルフ職員も流石にこの時間帯は食事休憩を楽しんでいるその中で、伊吹マヤ、日向マコト、青葉シゲルのオペレーター三人組はコーヒーを飲みつつ、お喋りに花を咲かせていた。
「青葉はもうサキエルと喋ったんだったか?」
「俺はまぁ、確かに喋ったな。そういう日向は?」
「僕はまだだね。……伊吹さんは?」
「私はまだですよ。先輩と葛城一尉、それに司令、副司令は既に接触済みらしいですけど。……羨ましいですよね」
「何が?」
「だって未知の知性体との遭遇ですよ? 子供の頃夢見たSFの展開そのままじゃないですか。ほら、光の巨人とか」
そう言って「でゅわっ」とポーズを決めるマヤに、日向と青葉は納得したように頷きながら自分の所感を述べる。
「あー、確かに。でも俺はサキエルはバッタ男ってイメージだな。ほら、アレも正義の心を持った怪人が悪い怪人をやっつける!! みたいな感じだし」
「僕は普通にエイリアンを思い出したけどな。進化スピードとか特に」
「……確かに。黒くて手足も長いからな」
「そうそう」
「えぇー、アレよりはサキエルの方が百倍は可愛いですよ」
「……可愛い、か?」
「……俺は何となく分からなくもない。円らな瞳とか」
「それです!! 青葉さんは分かってますね」
「まぁ、実際話すと下手な人間より良い奴っぽいしな」
そう言ってコーヒーを啜る青葉に、どうにも納得の行かない表情で日向が問う。
「そういうモノなのか?」
「ま、少なくとも諜報部の情報だと子供の面倒までみてるんだ。ガワはともかく、中身は大分マトモだろ」
「それはまぁ、そうだな」
「そうですよ、レイちゃんやシンジきゅんが懐いて居るみたいですし、悪い性格ではないはずです」
「……きゅん?」
「あれ、日向知らなかったのか? 伊吹含めて、シンジ君のファンは地味に多いぞ」
「……あぁ、シンジ君、華奢で可愛いからね」
「そう、あの柔らかそうなのに少し筋肉の付いた二の腕とか、張りのある太腿とか、白くて長い首筋とか!! 少年には無限の可能性があります!!」
熱く主張するマヤに、日向は苦笑いしながら「構い過ぎてシンジ君に負担掛けるなよ」と忠告する。と、如何にも心外だと言わんばかりの顔でマヤが返答を返してきた。
「当たり前です。此方から接触しない事でこそ天然物の良い表情がですね……」
「ま、この職場、俺達みたいな駄目物件が多いからな。あの葛城一尉の部屋を『綺麗』な空間に改造したシンジ君の家事能力は掃き溜めに鶴なんだろ」
「先輩から聞いたんですけど、最近はレイちゃんのお弁当もシンジ君担当らしいですよ」
「……なんというか、男が女の子の胃袋掴む時代が来るとはなぁ」
「日向、草食系が流行したのはかなり前だし、今更だろ」
「……そうか、僕がモテないのは流行に疎いからか。……それもこれも仮眠室暮らしのせいだ」
「あー、作戦一課は多忙だもんな」
「僕も青葉と同じ通信課にすれば良かったよ」
「ま、俺は確かにバンドやるくらいの暇はあるからな。……でも、作戦一課の給料、ウチの1.5倍だぞ?」
「そうなんだよなぁ……」
「開発局員みたいにいっそのこと住み込みで働けば良いんじゃないですか?」
「ゴメン、その勇気はない」
ワイワイと雑談を続ける三人組。
のんびりとした空気が漂うネルフ。
そんな、日常の1コマは、今日もゆっくりと過ぎ去って行くのだった。