我思う、故に我有り   作:黒山羊

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寡は衆に敵せず

 闇の中に浮かぶモノリスの群れ。赤く輝く数字が記された墓標のようなその石版は、現代美術の類に見えぬ事もないが、その実、それは空中に投影された立体映像なのだ。

 

 世界を裏で牛耳る秘密結社ゼーレ。彼らのアバターが、この浮かび上がる石版なのである。

 

 秘密結社と聞けば、なんともチープで使い古された印象が否応無しに想起されるが、ゼーレとは真実その名の通りの組織である。古くから各国に根を張り、世界を裏から支配する、支配者達。その存在はやはり、秘密結社と言い表すほか無い。

 

 では、その秘密結社の皆様方が雁首揃えて何をしているのかと言えば。

 

 

『……シナリオに大幅な歪みが出ているな』

『左様。第三使徒による生命の実の独占。これがシナリオに与える影響は計り知れん』

『S2機関が確保できぬ以上、エヴァ量産機の開発も見合わせねば成らんな』

『戦略自衛隊を唆してはみたが、仕留めるどころか返り討ちにされてしまうとはね』

『湖上故に遠慮なくN2を投下したのだがな』

『あの量でも効かぬならばN2は足止めと割り切るべきだな』

『……まぁ、戦略自衛隊についてはその程度で良かろう。重要なのは補完計画だ』

『然り。死海文書の予言にない事態が発生した以上、臨機応変に対応せねば成るまい』

『……アレを使うか?』

『……タブリスか。確かにヤツならば』

『槍を使うという手もあるが』

『槍はマズい。万が一、リリスと第三使徒に繋がりが出来てしまえば補完計画は終わりだ』

『……それもそうか』

 

 今まで死海文書に頼り切っていたツケとでも言うべきか、ゼーレは不測の事態に弱い。そんな彼らが長考の結果打った一手が、今後の展開を更に混沌の坩堝へと変化させるとは、この時の彼らは思いもしなかった。

 

 

--------

 

 

「カウンター?」

「せや。特訓の第二段階やな」

「避けるだけじゃなくて、避けながらも攻撃を加えるのがカウンターだよ。碇はもう避けるだけならかなり出来てるからね」

 

 

 第五使徒戦から数日たったある日の午後。芦ノ湖の畔で、もはや日課と化した特訓をこなしていたシンジ達三馬鹿と、水泳の傍らその様子を眺めていたレイ。

 

 そんな中でコーチ役のトウジとケンスケから提案された特訓第二段階。

 

 それは、有り体に言えば軟式テニスだった。

 

 但し、三対一の。

 

「エヴァの武器はナイフやろ?」

「うん。そうだけど、なんでテニス?」

「ナイフでカウンターする感覚に近そうなのがテニスかな、と思ってさ。で、僕とトウジと綾波がボールを碇の身体に向けて打つ。それを碇は避けつつ打ち返す訳だな」

「成る程。確かに練習にはなりそうだね」

「ボールは柔らかいプニプニのゴム球だから怪我はしないけど、当たるとちょっと痛いぞ。全力で避けろよ、碇」

「まぁ、痛いのはイヤだし頑張るよ」

「湿布ならあるわ」

「お、準備がええな、綾波」

「私はお姉さんだもの」

 

 そう言って数ミリ程度上体を反らすレイ。この反応を見て『綾波が胸を張っている』と認識できているあたり、三人も随分綾波レイという少女に慣れたものである。

 

「ほな、始めよか」

「うん」

 

 シンジが答えると同時に、トウジは腕を大きくしならせてボールを放つ。丁度綺麗に顔面目掛けて放たれたそれを、シンジは危なげなく避けて打ち返す。この所の特訓の成果とも言うべきか、反応性が日に日に上昇しているシンジからすれば、この程度の球速には充分に対応出来る。

 

 が、次なる一撃は流石のシンジも予想外だった。

 

「……えい」

 

 弓形に反った美しいフォーム。太ももと背筋で生み出されたエネルギーを鞭のようにしなる腕から放たれたその一撃は、吸い込まれるようにシンジの額に直撃し、シンジは「ホゲッ」という奇声と共に大きくのけぞった。

 

 その球を放ったのは綾波レイ。

 

 どうやら、こういうスポーツは得意な方らしい。

 

「……そう言えば、女子は今体育でテニスやってるって言ってたっけ」

「……センセ、大丈夫か?」

「うん。ゴムボールだし」

「……ごめんなさい」

「大丈夫だよ、綾波さん。これは僕の特訓なんだから、避けられなかった僕が悪いさ」

 

 そう言って再びラケットを構えるシンジ。そんな中、ケンスケがふと閃いた様に提案する。

 

「碇、今回は十回当たったら罰ゲームな」

「あぁ、そう言えば罰ゲーム決めてなかったね。それで良いよ。またアイス奢り?」

 

 軽い調子で承諾したシンジに、ケンスケはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて罰ゲームを発表する。

 

「いやいや、そんなんじゃないさ。……碇は十回当たったら、明日一日綾波を『お姉ちゃん』と呼ぶ事な」

 

 その宣告は、その場に居る全員を硬直させた。

 

 その衝撃からいち早く立ち直ったのは、当事者であるシンジである。

 

「……マジで?」

「マジだよ?」

「…………神は死んだ!!」

「ニーチェかよ。其処まで大したこと無いって」

「……明日は月曜日なんだけど」

「知ってるよ」

「……学校でも『お姉ちゃん』?」

「当然だろ?」

「ぐっ。…………そうだ、綾波さんが嫌がるかも知れないじゃないか」

「……そうかな?」

 

 問うようにレイへと視線を移すシンジとケンスケ。その先で、レイは口角を三ミリ上げるという彼女史上最大級の満面の笑みと共に、ポツリと告げる。

 

「……毎日『お姉ちゃん』でも良いわ」

「だってさ」

「……むぐぐぐぐぐ。…………分かったよ。罰ゲームはそれで良いよ」

「よし!! 約束だからな!! おーい、トウジ、惚けてないで始めようぜ」

「お、おう、せやな、うん」

「当たっちゃダメだ、当たっちゃダメだ、当たっちゃダメだ、当たっちゃダメだ…………」

「……」

 

 ブツブツと自己暗示を掛けるシンジ、いつになく真剣な表情なレイ、未だにぎこちないながらもしっかりとサーブを打ち込むトウジ、意外にもそこそこ動けるケンスケ。

 

 三対一とはいえ、ボールの数は一つ。攻撃の方向さえ掴めば充分に対処出来る筈だ。

 

 そんな考えで自身を鼓舞したシンジは腰を落とし迫り来る速球に備える。

 

 

 砂浜に描かれた20メートル程度のテニスコートにおける三対一の決戦は丁度二時間後の夕方五時まで続き、結果としてシンジの被弾数は12回。

 

 晴れて罰ゲーム履行と相成ったのであった。


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