我思う、故に我有り   作:黒山羊

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草を打って蛇を驚かす

 サキエルお散歩事件から一夜明けた朝。

 

 リツコとミサトはルノーに乗って芦ノ湖までやってきていた。

 

 その目的は言わずもがな。サキエルが要望した品を届けるためである。

 

 朝方の芦ノ湖に向かってメガホンを向けるミサトは、リツコの呆れたような苦笑を敢えて気にせず、いつも通りに声を出す。

 

「あー、テステス、只今マイクの……」

「朝から何の騒ぎだ、チサト君。周辺の皆様に迷惑だろう」

「大丈夫よ、芦ノ湖周辺はこの前のラミエル戦で沸騰して以降無人だから。それと、私はミサトよ」

 

「む、昨日の火事では人集りが出来ていたが?」

「そりゃ、野次馬ってヤツよ。……ところでサッキー、お望みのブツを持ってきたわよ」

「何というか、人聞きが悪い言い方だね。それではまるで私がメチレンジオキシメタンフェタミンを持ってきて欲しいとでも頼んだように聞こえるよ、ミサエ君」

 

 苦笑するような声と共にやれやれ、と肩をすくめるサキエルの姿は相変わらずやけに人間臭く、ミサトとリツコは思わず脱力してしまう。使徒を前にして気を緩めるのは良くないと頭では理解しているものの、理解しているだけではどうにもならない事もあるのだ。

 

「相変わらず、人間臭い奴ねぇ。ところで、めちれんじおきし……えーっと、リツコ、めちれん何とかって何なの?」

「MDMA、分かり易く言えばドラッグね。……まぁ、『お望みのブツ』とかいわれたらだいたいの人はそっちを想像するわよ?」

「あー、そゆこと。ま、狙って言ったんだから良いわ。さてと……サッキー、はい、これ。スマホが欲しいなんて、やっぱりあんた変わった使徒だわ」

「そうか? ゲームも出来る、ネットも見れる、ついでにワンセグも見れるという便利なものだと思うが」

 

「いや、そうじゃなくて、そのガタイでこんなに小さいスマホを持っても仕方ないと思うんだけど?」

 

 そう言うミサトにサキエルはしばし呆気に取られたように言葉を失った後、ある可能性に気が付いてその大きな手をポンと打った。握り拳で手のひらを叩き、ご丁寧に仮面の目を光らせるその「閃き」ポーズにリツコは思わず吹き出すが、そんな彼女にサキエルは一言質問を投げかける。

「リツコ君、さては、ミサキ君は使徒に詳しくないな?」

「まぁ、そもそも使徒に詳しい人間は数えるほどしかいないけれどね」

「それもそうか。……さて、マサト君の疑問への返答だが、私はこのスマホでも問題ないよ」

 

  敢えて事実をぼかした返答を返すと同時にミサトの手からスマホをつまみ上げたサキエルはそのままスマホを仮面の裏側へとしまい込んだ。

 

 その状況に首を傾げるミサトだが、取り敢えず『サキエルに暇つぶしを与える』という任務を果たした以上、芦ノ湖に居る理由もない。

 

 なんだか納得が行かないというような表情で車に乗り込むミサトとサキエルを興味深そうに眺めてから助手席に座るリツコ。

 

 そんな二人を乗せたルノーが第三新東京市に向けて去っていくのを確認してから、サキエルは仮面の裏からスマホを取り出し丸飲みした。が、その直後にまたもや何か閃いたかのように仮面の穴を光らせる。

 

 

「……む。そう言えば二人の電話番号を聞いていない」

 

 しくじったな、と反省しつつ、サキエルはスマホの初期設定を開始する。

 

 そんな彼が初のアドレス交換を行うのはそれから六時間後、学校帰りのシンジ達が遊びに来たときのことだった。

 

 

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 さて、一方その頃。太平洋ではインド洋艦隊から弐号機とアスカが太平洋艦隊に引き渡されていた。

 

「エヴァンゲリオン弐号機専属パイロット惣流・アスカ・ラングレー大尉です、この度は小官の為にご足労頂き誠に有り難う御座います」

「太平洋艦隊旗艦『オーバー・ザ・レインボー』艦長、カール・クラウザー少将だ。これも任務の一環なので気にしないでくれたまえ」

「お心遣い感謝します。……時に少将閣下。私の同僚は何処にいるのでしょうか?」

 

 

 そう言って周囲をキョロキョロと見回すアスカ。彼女の言う『同僚』を察した少将は苦笑混じりに口を開く。

 

「あぁ、彼か。彼なら……」

 

「僕、渚カヲル。今貴方の後ろにいるよ」

「きゃあっ!?」

「ふぐぅっ!?」

「君の後ろに……っと、遅かったか」

 

 可愛らしい叫び声と共に背後へ放たれたアスカの後ろ蹴りは綺麗にカヲルの股間を捉え、カヲルによる背後からの奇襲攻撃は敢え無く失敗した。

 

 その光景に甲板勤務の兵隊さん達が青い顔で前を押さえているが、気にしてはいけない。

 

「って、フォース!? あんた何やってんの!?」

「ウグググググググ…………」

「いや、ウググじゃなくて何とか言いなさいよ。って、あんた凄い汗よ!? 大丈夫?」

「あー、ラングレー大尉。多分渚准尉は暫く喋れんと思うが」

「……少将閣下、アレって、そんなに痛いんですか?」

「あぁ。……む、ジョナサン兵長、良いところに来た。君は医官の経験があるのだったな?」

「サーイェッサー!! 小官は医官としての講習も受けております!」

「よろしい、ならば渚准尉の応急手当のついでに惣流大尉に分かり易く『あの痛み』を解説せよ。私はそろそろブリッジに戻る」

 

「了解しました! ……渚准尉、触診しますよ。……よし、潰れてはないみたいですね」

「ぐぎぎぎぎぎぎ…………」

 

 手早くカヲルの状態を確認して、命に別状が無いことを確かめたジョナサン兵長は痙攣しながら滝のような汗を流すカヲルを軽々と持ち上げると、医務室に運ぶ傍ら隣を歩くアスカに『睾丸は骨盤内臓器である』、『つまり、女性に例えるなら剥き出しの子宮を蹴られたくらい痛い』、『潰れたら内臓破裂で命に関わる』、『ついでに股間には太ももへ流れる血流が集中しているので二重にヤバい』、『なので敵以外の股間は蹴ってはいけない』などの解剖学的な知識を教え込む。

 

 それを聞いたアスカは、カヲルの自業自得とはいえ、流石にちょっと申し訳ない気持ちになるのだった。

 

 

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 さて、それから一時間後の医務室。幸いクリーンヒットは何とか避けていたカヲルは内股に大きな湿布を貼り付けられた、情けない姿でベッドから身を起こした。 その傍らでは、アスカがピコピコと携帯ゲーム機をいじっている。

 

「あ、気が付いた?」

「なんとかね……。お迎えの天使様が目の前まで迫ってたけど」

「あー、流石にアレはやりすぎたわ。ごめんなさい」

「いや、女性に背後から忍び寄った僕も悪いさ」

「これに懲りたらあんなドッキリは止めなさいよ? あたしは軍事訓練受けてるから背後から脅かされるとつい攻撃しちゃうし」

「ああ。今後はこんなドッキリは二度としないよ。僕も命は惜しい。……しかし、なかなか良い蹴りだったねラングレーさん」

 

 蹴られた瞬間を思い出しているらしく遠い目をしているカヲル。そんな彼に、アスカはキョトンとした顔で問い掛ける。

 

「あれ、あんた、私の所属聞いてなかったの?」

 

「……? ユーロ空軍のエースで、階級は大尉ってぐらいしか聞いてないけど」

「あー、そこまでしか知らないのね。良いわ、教えたげる。…………私の所属してたのはユーロ空軍ドイツ基地所属、第二降下猟兵部隊。ドイツの降下猟兵部隊の流れを汲む部隊よ」

 

 そう告げるアスカの声に、カヲルは思わず頬をひきつらせる。

 

 歴史に名高いドイツの降下猟兵。そんな部隊のエース相手に素人が背後から奇襲を仕掛ければ当然『ああなる』だろうと納得したためだ。

 

 

「それを、最初に聞いてればあんな事しなかったよ」

 

 そう呟いたカヲルの顔は何ともいえない後悔に満ち溢れていたとかなんとか。

 


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