我思う、故に我有り   作:黒山羊

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竿の先に鈴

 インド洋艦隊との合流から2日後。カヲルは不慮の事故、もとい全身にビーフステーキを括り付けてライオンの群れに突撃するかのような自爆行為の代償から復活し、現在、艦内に設けられたトレーニングルームで汗を流していた。

 

 と、言うのも、丸一日ベッドで寝ていたせいで衰えた筋力を取り戻す為である。諸事情で常人より遥かに頑丈な肉体を持っているとはいえ、エヴァをより高速かつ高機動で運用する場合にはどうしてもそのGに耐えうるだけの筋肉が求められる。

 

 まして、カヲルとアスカが乗るのはエヴァのプロダクションモデルである四号機と弐号機。カタログスペックは初号機を遙かに上回るそれを乗りこなすには、それ相応の準備が必要になってくるのだ。

 

 そんな事情からウェイトトレーニングに勤しむ彼の頬にヒヤリとした金属が背後から押し当てられる。思わずダンベルを落としそうになるカヲルだが、その前に手に持っていたダンベルを白魚のような指にヒョイと奪われてしまう。

 

「……ラングレーさんか。危うくダンベルを落としそうになったよ」

「ダンベルって言ったって五キロでしょ? こんな軽いダンベル落としたところでどうって事無いわよ。……それより、水分補給も無しにトレーニングとか、あんたバカ?」

 

 散々な言われようだが、そう言うアスカの手からは先程カヲルを驚かせたスポーツ飲料の缶が差し出されている。その缶を受け取りながら、『性格は良いのに口調で損してるなぁ』などと中々失礼な事を考えるカヲルはかなり太い神経の持ち主であると言えよう。普通の人間は急所にキックボクサー顔負けの蹴りを入れられた相手にこんな思考は抱けまい。

 

 

「あんた今、しょうもないこと考えてたでしょ」

「……ラングレーさんって、リリンにしては勘が良すぎないかい?」

「女の勘は当たるのよ。……と、言うか、リリンって何よ。私がサキュバスだって言いたいわけ? 私が可愛いのはこの世の全てが知るところだけど、サキュバスになった覚えはないわよ?」

「君の自信が凄いのは分かったけど、サキュバス呼ばわりしたつもりはないよ。……そうだね、僕の口癖みたいなものさ」

「口癖でサキュバス呼ばわりとは堪ったもんじゃないわね。謝罪としてダイエットコークを要求するわ」

 

 

「了解、でも今後うっかり口にしても気にしないで欲しい」

「わかったわよ。それよりコーク買いに行くわよ」

 

 そう言ってニヤリと微笑むアスカに、カヲルはやれやれと肩をすくめて立ち上がる。

 

 スポーツ飲料を奢って貰った以上、カヲルとしてはプラスマイナスゼロである事は、アスカほどの才女なら気付いているに違いない。と、なるとアスカの目的は一つ。

 

「やれやれ、年下に根の詰めすぎをやんわり諭されるとはね。惣流・アスカ・ラングレー、実に優秀なリリンだよ」

「ちょっとフォース、早く来なさいよね! 上官命令よ!」

 

「了解しました、大尉殿」

 

 ヘラヘラと笑いながら敬礼し、駆け足でアスカの後を追うカヲル。その笑顔の下では、彼のリリンに対する興味がストップ高で上昇しているのだった。

 

 

--------

 

 

 さて、太平洋でヘラヘラとした年上男子の尻をしっかり者の年下女子が蹴り飛ばしている頃。

 

 シンジ、レイ、そしてミサトの三名はオスプレイに乗って空を飛んでいた。

 

 と、言うのも、弐号機と四号機の到着が明日に迫った為迎えとして太平洋艦隊に合流するためである。

 

「……葛城一尉」

「ん? どうしたのレイ? 酔った?」

 

「……問題ありません。……それより、到着予定時刻は?」

「あー、あと二時間って所かしら。…もしかして、退屈?」

「…………少し」

 

 オスプレイが第三新東京市を飛び立ってからかれこれ五時間。途中、空中給油を受けたりと言った小さな変化は合ったものの、代わり映えのない空の旅に流石のレイもいい加減に飽きてきたらしい。シンジに至っては暇すぎて隣に座るレイの肩に頭を預けてすやすやと眠っている、と言えば、いかに退屈であるか理解して貰えることだろう。

 

 

 パイロットの安全運転のおかげで空中を滑るように移動するオスプレイは、さながら空飛ぶ揺りかご。実のところ、ミサトも先程から欠伸を繰り返している程だ。

 

「レイもシンちゃんみたいに寝れば?」

「……駄目。私が眠れば、シン君が……もたれられなくなるもの」

「いや、かなり眠そうじゃない。レイがシンちゃんの方にもたれて寝れば、もたれ合う力が釣り合うから大丈夫よ」

「…………葛城、一尉」

「何?」

「……おやすみ、なさい」

「あ、寝るのね。おやすみー」

「………………」

「……ついに私だけか。睡魔は強いわねぇ」

 

 そう言いながら欠伸をするミサトのポケットで、ネルフから支給されたスマホが『クエ~』と間の抜けた音を出す。葛城家の一員たる温泉ペンギンのペンペン。その鳴き声を録音したその音は、ミサトのメール着信音である。

 

 ちなみに、音声着信だとペンペンが三回鳴く。

 

「……メール? リツコかしら?」

 

 首を傾げつつポケットからスマホを取り出してみると、メールボックスにメールが一つ。メールアドレスは見慣れないものだが、その件名をみたミサトはそれが誰からのメールであるか一目で理解した。まぁ『ミサヨ君へ』などと書かれていれば誰からのメールであるかは一目瞭然な訳だが。

 

「……サッキーからね、コレ。どうやって私のメアド知ったのかしら」

 

 眠気も吹っ飛ぶ脱力感という斬新な感覚を味わったミサトは、メールをタップして本文を開く。

 

 まぁ、本文も予想通りミサトをおちょくっているとおぼしきモノだったが。

 

「……絵文字だけって、舐めてるのかしら。……というか、コレ、もしかして似顔絵なの?」

 

 思わずスマホの画面に突っ込むミサトは端から見ればちょっぴり危ない人だが、その反応も仕方がないだろう。

 

 何しろ、本文に『(●↓●)』としか書いていない。『括弧、黒丸、下矢印、黒丸、括弧閉じる』が正しい読み方なのだろうが、知るものが見ればサキエルの仮面であるのは丸分かりである。

 

 そんなほぼ迷惑メールに近いメールに、ミサトはしばらく迷ってからアドレスを登録。その後、熟考の末メールに返信を返す。

 

 『ミサヨじゃなくてミサトよ!!』とだけ打たれたそのメールに、芦ノ湖のサキエルは自分のおちょくりが成功したことを察して大いに笑ったとか何とか。

 

 

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 さて、それから暫く後のこと。視点は再び太平洋艦隊に戻る。

 

 あれからアスカも参加し、改めてトレーニングルームで汗を流した二人はシャワーを浴び、それぞれトレーニングウェアから私服に着替えて甲板にあるヘリポートにやって来ていた。

 

「……あ、あれがシンジ君達かな?」

「え? ……あー、あの小さい胡麻粒みたいなの? あんたよく裸眼で見つけられるわね」

「僕は並のリリンよりも目が良いからね」

「実はマサイ族だったりする?」

「……僕は知らないけど、マサイ族というのは目が良い一族なのかい?」

「視力が6.0くらいあるらしいわ」

「なる程。……あ、ちなみに僕の視力は13.4だよ」

「…………訂正するわ。あんたアメコミヒーローか何かでしょ」

「そう、僕こそアメリカのヒーロー、スーパーマンなのさ!! って言えばいいのかい?」

「こんなモヤシみたいなヤツがスーパーマンだったら今頃ニューヨークとワシントンは壊滅してるわ」

「…………君がネタ振りしたのにその反応は酷くないかい?」

 

 そんなふざけた会話を交わしつつ、紅い瞳を細めて雲間を見据えるカヲルと双眼鏡片手に空を眺めるアスカ。その視線の先には一機のオスプレイが飛んでいる。

 

 そう、二人は今、第三新東京市からやってくるシンジ達を出迎えるべく待機しているのだった。

 

「……話は変わるけど、あんた、この暑さでハイネックとか正気?」

「ノースリーブだから大丈夫だよ。……そういう君こそ生成りのワンピースと麦藁帽子だけってどうなのさ」

「いや、髑髏だらけのノースリーブハイネックにチェーンジャラジャラなレザーパンツ着てる奴だけには言われたくないんだけど」

「あれ、ドイツじゃパンクファッションってないの?」

 

「……無い訳じゃないけど、マイノリティよ? バンドマンとその追っかけが着てるぐらいで。……あんた、音楽出来るの?」

「ピアノとギターとドラムとベースとハーモニカなら弾けるよ」

「なにその一人ロックバンド。まぁ、バンドやってるならその格好も理解できなくはないけど……」

「あ、バンドは組んだこと無いよ?」

「あ、無いんだ。……じゃあ何でそんなに楽器弾けるわけ?」

「音楽はリリンの文化の極みだからね。……まぁ、楽器は触ればだいたい弾けるんだけど。一度聞いた曲なら耳コピ出来るし」

「……あんた、パイロットよりミュージシャンの方が向いてるんじゃない?」

「僕もそう思うよ。……所で、君が僕の服装を気にしてる間にだいぶ近付いてきてるよ?」

 

 そう言って人差し指でカヲルが指し示す先ではアスカの肉眼でも十分形が捕らえられる範囲に迫ったオスプレイ。

 

 その姿に慌てて服装の最終チェックを行うアスカの傍らで、カヲルは不敵に微笑み呟いた。

 

「……漸く会えるね、リリンの王子様に」

「訳分かんない事言ってる暇合ったらアンタも服装気にしなさい! 靴紐解けてるわよ!!」

「あ。本当だ」

 

 

 呟いたのは良いものの、結局締まらない男であることに変わりはなかったのだが。

 

 


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