我思う、故に我有り   作:黒山羊

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月に叢雲、花に風

 漸く到着したネルフのオスプレイ。

 

 その中から降りてきたシンジとレイ、そしてミサトを迎えたのは、流暢な日本語だった。

 

「ファースト、サード、それにミサト! ようこそ太平洋艦隊へ!! って、私が言うのは変なんだけど、艦長は忙しいらしいから許したげて」

「あら、相変わらず元気そうじゃない、アスカ。……何年振りくらいだっけ?」

「直接会うのは、ミサトが前にドイツに来たときだから……二年振りくらいじゃないかしら?」

「あれ、ミサトさんと惣流さんって、実際に面識あるんですか?」

 

「えぇ、前に研修でドイツに出向してた時期があってね。アスカは年下とはいえ階級同じだし、それに日本語が分かるから、言語関係では随分御世話になったわ」

「なるほど……」

「……葛城一尉が助けられた側なのね」

「相変わらずレイは痛いとこ突くわねぇ」

「まぁ、葛城さんを責めるのは酷だろうね。日本語は他の言語と系統が違いすぎる。他の言語に見られる共通点が無いあたりは、リリンの生み出した謎の一つに数えても良いくらいだよ」

「フォース、フォローご苦労様。でも、その解説は残念だけど今は要らないわ」

 

「ラングレーさん、僕にだけ採点が厳しくないかい?」

「アンタ、ほっといたらすぐに奇天烈な事しそうだもの」

「……やっぱり君の勘はリリンにしておくには惜しいレベルだよね」

 

 相変わらず賑やかな外国組と、長旅の眠さも相まって若干静かな日本組。そんな歓談の場に不意打ちのように響いたのは、やけによく通る低い声だった。

 

「やぁ、葛城。元気だったかな?」

 

 その声の主は、無精髭とよれよれのYシャツ、そして咥え煙草が似合う男。

 

 ドイツに出向していたネルフ局員の加持リョウジである。

 

 

 その姿をカヲルと碇姉弟がポケッとした顔で眺める中、ミサトとアスカが同時に叫ぶ。

 

「げ、加持!? アンタ、ドイツに出向してたんじゃないの!?」

「加持さん! 今までどこをふらついてたのよ!! 艦長がブチ切れそうになるのを宥める身にもなりなさいよ!!」

「まぁまぁ、二人とも騒ぐと美人が台無しだぞ」

「……葛城一尉、この無精髭は、誰?」

「ラングレーさん、こんな人この船にいたかい? 僕は会ったことが無い気がするんだけどね?」

 

「あー、レイ、一応コイツもネルフ局員よ。……名前は加持リョウジ。一応私の同期ね。今はドイツに出向してた筈なんだけど……」

「本部に転属する形で帰国するっていうから、私の帰国に便乗して太平洋艦隊の世話になってるのよ。……にも関わらず、艦長への挨拶には参加しないわ、船に乗ったが最後ふらふら自由行動するわで、私が関係各所を説得しなきゃ銃殺されてる筈の問題児。……だから、フォースも面識がないってわけ。納得した?」

 

「あ、ラングレーさんが何かを探してる兵士達にペコペコしてたのは彼のせいなのか。……僕は大体分かったけど、綾波さんは?」

「……私も大丈夫。ありがとう葛城一尉と惣流さん。要するに屑なのね」

 

 納得したらしいカヲルと、ひどい方向に結論を下したレイ。そんな二人の加持への評価を更にストップ安に下げるトドメのセリフをアスカは思い出した様に放つ。

 

「あ、ついでに補足すると女と見れば口説きにかかるスケコマシだから、ファーストは気を付けてね。この船だけでも女性兵士を十人はナンパしてたんだから」

 

「…………そう。……屑からカスにランクアップね」

「……シンジ君、頑張ってお姉さんを守るんだ。良ければ僕も手伝うから」

「ありがとう渚君」

「カヲルで良いよ。僕はシンジ君って呼んでるからね」

 

 アンチ加持で結束を固めるチルドレン達を、若干泣きそうな目で見ている加持に、ミサトは憐れむような優しい視線と共に言葉を投げる。

 

「……諜報部は大変ね」

「……分かってくれるかい、葛城?」

 

 

 ネルフの諜報部として、太平洋艦隊から情報を手に入れるためには、当然艦長をアスカが引きつけている間に艦長室に侵入したり、あちこちを探ったり、女性兵士をナンパして何気ない情報を手に入れたりといった活動が必要なのは、ミサトとしても承知している。

 

 だが、加持はアスカには自分が所謂スパイであることを漏らしていないし、他のチルドレン達はそんな事を知る由もない。

 

 ある意味諜報部の宿命であり、仕方ないと言えば仕方ないが、今回は加持がかなり不憫に思えたミサトだった。

 

 

--------

 

 

 さて、ミサトが加持を慰めたり、チルドレン達がワイワイと年相応に騒いでいる中で、地味に働いている人たちも当然いる。

 具体的に言えば、ジョナサン兵長率いる工兵部隊の皆さんがそうだった。

 

 彼らは現在、ミサト達が乗ってきたオスプレイの貨物室からアンビリカルケーブルを運搬している最中なのである。

 

「エヴァンゲリオン専用輸送艦オセローとの輸送用ケーブル、二本とも準備完了しました!!」

「よし、各アンビリカルケーブル先端部を輸送用ケーブルに繋げ!!」

「了解! ……接続完了! 防水・耐塩カバー装備完了!!」

 

「オセロー側に巻き上げ開始の合図を送れ!!」

 

 兵長の合図でゆっくりとオセローに向かって巻き取られていく二本のアンビリカルケーブル。それと同時に、オーバー・ザ・レインボーのリアクターにアンビリカルケーブルの供給側端子が接続され、エヴァへの給電環境を整える。

 

 それらの準備があらかた終了したのは、ミサト達が到着してから10分後。太平洋艦隊の作業員達の仕事の速さは並大抵ではなかった。まぁ、国連軍の面子の関係で、この艦の乗組員はエリート揃いなので当然と言えば当然かもしれないが。

 

「御歓談中失礼致します」

 

「あ、ジョナサン兵長。その節はどうも。……危うく死ぬところでした。男子として」

「ご無事で何よりです渚准尉」

「ジョナサン兵長が来たって事は、そろそろ移動かしら?」

「はい、ラングレー大尉。……当初の打ち合わせ通りにラングレー大尉、渚准尉、碇准尉、綾波准尉の4名は、これよりオセローへと移動して頂き、対使徒警戒態勢に移って頂きたく思います。葛城一尉にはこのままオーバー・ザ・レインボーに残っていただき、パイロットとの連絡を勤めていただければ幸いです」

「了解したわ。ありがとうジョナサン兵長」

 

「任務ですのでお気遣いなく。……では早速パイロットの皆さんは移動して頂きますので、私の後に付いてきて下さい。仮設の連絡橋を用意してありますので」

 

 そう言ってピシッと敬礼し朗らかに笑う兵長は、こんがり小麦色に焼けた肌とラテン系の顔立ちが相まってまさしく絵から飛び出て来たような『海の男』である。

 

 日本暮らしのシンジとレイはどうしても『セーラー服は女の子の着る服』という偏見があったのだが、やはりプロの軍人が着こなせば同じ服でも勇ましく見えるモノらしい。

 

「うわー、格好いいなぁ」

 

「……何というか、サードは男の子よね」

「……? シン君が女の子に見えるの?」

「そういう意味じゃなくて、やっぱり男の子は軍服に憧れるんだなって思っただけ。他意はないわ、ファースト。……というか、日本のチルドレンがピュア過ぎて辛いわ」

「あぁ、僕も何となく分かる気がするよ。……まぁ、姉弟なら似てる部分も多いだろうし、この二人だけを見て判断するのは木を見て森をみずだと思うよ」

「あれ、あんたまともな事も言えるのね、フォース」

 

「脳味噌の代わりににスパムミートが詰まってる訳じゃないんだし、マトモに喋るくらい出来るよ。変人なのは認めるけどね」

「あら、自覚してるなら改善しなさいよ」

「世の中マトモな人間だけだとつまらないからね。常識人だけの世界なんて、チーズの掛かってないナチョスみたいなものだとは思わないかい?」

「あ、ごめん、ナチョスが分からない」

「ファック!! 人生の内10000パーセントをクソと一緒にドブ川に流してるのと同じだよ、ソレ!? ……っと、ごめん。言葉が汚すぎたね」

 

「気にしてないから良いわよ。でも、なんて言うか……私、今やっとあんたがアメリカ人だって信じた気がするわ」

 

 そんな言葉と共に苦笑するアスカと、決まりが悪そうにヤレヤレと肩を竦め、所謂『困った外国人のポーズ』をするカヲル。

 そんな彼らがしゃべくりながら連絡橋にまでやってきた所で、艦隊全域に放送が鳴り響く。

 

『レーダーに感あり!! 七時の方向より未確認の巨大物体が接近中!! 繰り返す!! 七時の方向から巨大物体が接近中!!』

 

 

 その放送は、チルドレン達のヘラヘラとした空気を一掃するに十分なものであり、アスカとカヲルを先頭に四人は揺れる連絡橋を全速力で駆け抜ける。

 

 タイミング、状況、そして何よりチルドレンとしての勘がシンジ達の鼓動を否応無しに加速させた。

 

 まず間違い無く、第六使徒が襲来してきたに違いない。

 

 

 そんな予想は、七時の方向から飛び上がった鯨の数倍はある巨大生物の姿で裏付けられる事になるのだった。

 

 

--------

 

 

 

 ミサトが息を切らせて駆け込んだ頃には、オーバー・ザ・レインボーのブリッジは既に戦場と化していた。

 

「魚雷、全弾命中!! 効果無し!!」

「艦砲射撃開始!! 目標に損傷見られません!!」

「重巡洋艦キーロフ中破!! 総員脱出開始!!」

 

 次々飛び交うバッドニュースの奔流の中で、陣頭指揮をとるクラウザー少将の横に何とかたどり着いたミサトは、報告の奔流に負けないように声を張り上げる。

 

 

「ネルフ本部作戦一課課長、葛城ミサトです。ネルフからは今回の作戦における弐号機と四号機の使用を私に一任されておりますので、存分に使って下さい、少将閣下!!」

「おぉ、それは有り難いな。……先程から攻撃しているが、確かにアレは我々の武装では対応し辛いからね。……所で、エヴァは水中でも戦えるのかね?」

「……正直に言えば、エヴァは陸戦兵器です。特殊装備を付けていない現状では水中戦闘は厳しいかと」

「……成る程。エヴァを起動するまでにかかる時間は?」

 

「先程アスカ……ゴホン。惣流大尉から何とかエヴァのハッチに到着したと報告がありました。出撃にはあと二分は掛かるかと」

「……ふむ、二分か。……ならば、私に良い考えがある。……太平洋艦隊所属空母に告ぐ!! 艦載機を全機スクランブル! 甲板をがら空きにしろ!!」

『『『サー、イエッサーッッ!!!!』』』

 

 少将の号令に通信機から野太い声で返事があったその直後、空母という空母からオスプレイが飛び立っていく。

 

 その姿を確認しつつ少将は、その口にニヤリと笑みを浮かべてミサトに『良い考え』を話す。

 

 

「葛城一尉は赤壁の戦いを知っているかね? 私は映画で見たのだが」

「……三国志ですか? 学生の頃に漫画で読みましたが、確か火攻めですよね?」

「あぁ、火攻めだな。だが、今回は劉備ではなく曹操の案を使うのだよ」

 

 そう言って笑う少将を前に、ミサトは少しだけ思考を巡らせる。作戦一課を率いるミサトは、東西南北津々浦々の計略で有名なものはあらかた頭に叩き込んでいる。

 

 それらと、赤壁の戦いというキーワードから導き出されたのは、何とも凄まじい作戦だった。

 

「少将閣下は、空母で『陸』を作るつもりですか!?」

 

「そうだ。陸戦兵器を使いたくても陸が無くて困っているなら、陸を作れば良いのだよ」

 

 至極簡単そうに、狂気じみた作戦を語る。少将にミサトは一瞬錯乱しているのではと疑うが、すぐにその考えを撤回する。

 

 輸送艦オセローから飛び出した二機のエヴァがオーバー・ザ・レインボーの甲板に『着陸』した衝撃に揺れるブリッジの中で仁王立ちする少将の姿に、錯乱の影は一つとして無かったのだから。

 


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