紫色の巨人。それに彼は心当たりがあった。確か、記憶が正しければ爆発の直前、彼をタックルで弾き飛ばしたのがあの巨人だった気がする。
『あれにも小さい生き物が乗っているのだろうか?』
明らかに生物ではないパーツが幾らかついているそれを『小さい生き物』の乗り物だと判断した彼は、小手調べと、ついでに新兵器の実験もかねてその両目から『光の矢』を放つ。
圧縮した空気を解放するような音と共に放たれた光の矢は狙い通り巨人の足元に直撃し、足場を揺らされた巨人はドスンと尻餅をつく。
その姿に『それなりに便利』と光の矢について判定した彼は、同時にある疑問も抱いた。満を持して登場したにも関わらず、巨人の動きは緩慢で、なんとか立っていると言える様子なのだ。
『……弱すぎる』
彼の抱いた感想はまさしくそれ。まるで瀕死の様相を呈するその巨人は、今もヨロヨロと立ち上がるべくもがくその姿に、まるで脅威を感じないのだ。コケただけで見た目は損害がないにも関わらず、随分と弱っているな、と考えた彼は、ある結論に至った。
『中の小さい生き物が死にかけているのか』
成る程、それならば納得だとばかりに内心頷いた彼は、ならばどうするかと考えた。観察対象を死なせては元も子もない。
彼と違って随分脆いらしい『小さい生き物』がすぐに傷つくのは昨日の時点で大体察していた。
ならば、あのコケたときの衝撃で中の生き物は大変な目にあっているはずだ。
そう結論した彼は、どうすればあの巨人を止めて、内部の小さな生き物を無事に生き長らえさせられるかと考えを巡らせる。
その後暫くして彼が考えた作戦は少々荒っぽい物だった。
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使徒による遠隔攻撃。それによってバランスを崩したエヴァがどうにか立ち上がった直後、再び飛来した二発の光線は正確無比にエヴァの両腕を吹き飛ばした。
いや、消滅させたといった方が正確だ。なにしろ、衝撃すら感じぬままに腕が無くなったというその事実は、使徒の放った光線がその熱量でエヴァの両腕を一瞬にして焼き尽くしたことを意味するのだから。
「両腕消失!! シンクロ率低下!!」
「っ!? レイは?」
「衝撃自体は軽微なものだったためパイロットには影響ありません!」
オペレーターの返答を聞き、ホッと安堵の息をもらしたミサトは速やかに意識を切り替え、現状を如何にして打破するかと頭をフル回転させる。両腕を失った以上、今のエヴァに攻撃能力はない。ならば速やかな撤退が望ましいのだが、尻餅をついていたエヴァが両腕の支えを失ったことで仰向けに倒れている現状では、それも難しい。
ならばどうする?
苦悩するミサト。だがしかし、現実は非情である。
「使徒、エヴァに接近!!」
「マズいわ!! レイ、逃げて!!」
ミサトの声に反応するようにエヴァは足をじたばたと動かし、その場から逃れようともがく。だが、その脚に対し、使徒の手から発生した光の槍が振り下ろされた。
一閃。
たったそれだけでエヴァの股関節から下を切り落とした使徒はエヴァの頭部を掴み、ゆっくりと持ち上げていく。その事態に。ミサトは決断した。
「エントリープラグ強制射出!! パイロットの安全が最優先よ!!」
「了解!!」
その決断と共に射出されたエントリープラグはジェット噴射でもって飛行し、近くの湖へと落下する。
それと同時にガクリと力無くうなだれるエヴァ。初号機は諦める必要があるかも知れないとミサトが思考した直後、またしても予想外の事態が起こった。
使徒はゆっくりとエヴァを地面に横たえるとクルリと反転。元のように山に腰掛けてその活動を休止したのだ。
その姿をみたミサトは、ギリリと歯を食いしばる。
「……眼中に無いってわけね。……回収班、レイと初号機の回収急いで!!」
放たれる号令。それは即ち、使徒との第二戦は人類側の敗北に終わったことを意味していた。
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『あの白い小さな生き物は無事だろうか?』
再び山に腰掛けた彼は、そんな事を考えていた。その視力は人間の比ではなく、彼には飛んでいった白い筒--つまりは、エントリープラグ--の表面にある傷すら手に取るように見えていた。
当然、その内部から担架で運び出された『白い小さな生き物』、つまり綾波レイの事もしっかりと観察していた。
その姿に、彼が思ったのは『可愛い』という妙な感想である。
圧倒的なまでにか弱い存在を前にするとどうにも知的生命体というのは『可愛らしい』と思ってしまうらしい。例えば、幼児、子猫、ヒヨコ、ネズミ。圧倒的な弱さとは、そう言う意味ではある意味『強さ』と言えるかも知れない。
だが、彼が綾波レイに抱いた感情はそれに加えて『親近感』が入り交じっていた。
何処にも共通点など無いであろうと思われるにも関わらず、である。
『あの白いのは、小さな生き物に似ているけれど、小さな生き物ではないのかも知れない』
彼がそんな予想をしたのは別に気の迷いでもなんでもない。
綾波レイは、微かにATフィールドを展開していたのだから。
『……どちらかと言えば此方に近い存在なのだろうな』
そんな曖昧な結論で綾波レイに対する考察を打ち切った彼は、もう一つ気になっていた事を実行してみる。彼が観察した結果判明した『小さな生き物』の特徴その3、『小さな生き物の鳴き声には意味があるらしい』である。であれば、彼等の鳴き声を真似れば意志の疎通が可能なのでは?
そんな考えを持った彼は、機会があれば何時でも真似が出来るようにと、発声器官を仮面の内側に形成した。薄膜を振動させて音を生み出すその仕組みは、声帯と言うよりはスピーカーに近い。
その出来に満足した彼は、取り敢えず聞き覚えのある音声を真似てみる。
第三新東京市に響き渡るその音は、底抜けに大きく、そして間抜けだった。
「ニャー!!」
彼は知る由もないが、その元の声の主は猫。
一般的にはペットとされるその愛玩動物の鳴き真似は、夜の第三新東京市にいつまでも残響していた。